第六章
第247話 あれから……これから
――またな
再会を誓い合ったダチたちとの別れから、俺とトレイナはまた世界を目指して旅立った。
もうどれぐらい経っただろうか?
『どうした?』
「いや、ちょっとな……俺たちの『新たな旅立ち』から、もうどれぐらい経ったかなって……」
師であり、相棒でもあり、一心同体な存在でもあるトレイナ。
俺の言葉を聞いて、少し呆れたように笑いながら……
『うむ……『前』と同じで、まだ3時間ほどだ』
「うべえええ、ぎもぢわるい~、ふねがゆれるうう……うべぇ……」
『この軟弱者め……』
嗚呼……まだそれぐらいかぁ。
辺りは既に日は沈んで空には月が昇っているけど、まだ『今日』のままだ。
静まり返った四方に広がるのは、どこまでも続く暗い海。
「船がこんなに揺れるだなんて……」
異大陸を目指すには、海を越えるしかない。
王子のペガサスで送ってもらえれば楽だったが、結局俺はあの港から出ている定期船に乗るしかなかった。
商人やら観光やら里帰りのような恰好をしている連中やら、数十人程度が入った船に俺は乗っていた。
そして、完全に船酔いにやられて、夜の甲板でダウンしていた。
カクレテールから天空世界に乗り込んだ時の漁船は大丈夫だったんだけど……って、アレは空飛んでたしな……。
とはいえ、情けない……
「くそ……小さいころ、旅行で乗ったときはこんな揺れなかったんだけどなぁ……この船ボロッちくないか?」
『それほど大層な造りではないが、普通だ普通』
船は異大陸を目指すだけあって、それなりに大きな船だが、帝都の王族貴族が乗るような豪華客船ではない、どこか質素で古い感じの船。
まぁ、あの港自体がそれほど大きなものでもなかったし、こんなところが妥当なんだろうけども……
「おーい、そこの兄ちゃん、もう全部出しちまったかぁ?」
「だはははは、気ぃつけろよー! 海で生きられる男こそが、男の中の男よ!」
「出すもん出したら、部屋入ってさっさと休むんだな!」
俺のことを知らない船乗りの逞しいおっさんたちが、俺をイジって笑っている。
親父たちと乗った船では船乗りは全員騎士みたいにビシッとして整った顔をした連中で、腕利きのシェフとかも居て、全員礼儀正しくて、子供だった俺にも敬語使って頭下げて……それが今じゃ……いや、それを望んで旅に出たんだからそれはいいんだけどな。
「おまけによ~……集団で雑魚寝だしよぉ……金が無いとはいえ……個室がよかったな~……」
『お坊ちゃんめ……』
「うぐっ、久しぶりに言われた気が……うぷっ……」
小さいころ、船に乗ったことはあったが、こんな船旅は初めてだった。
そんな俺は船が出向してから数時間でダウンし、メシも全部出してしまった。
『三半規管が弱いのだ……貴様のような体術を扱う者にとって、それが弱いのは致命的だぞ?』
「そ、そうかぁ……?」
『まぁ、本来貴様はバランス感覚などは良いのだろうが、慣れてないこの不規則な揺れで体が……やれやれ、カクレテールではだいぶ力を付けたのだが……まだまだ貴様は余が鍛えてやらんとダメなのだなぁ』
「めんぼくない……」
とりあえず、最後の一滴まで海へと吐き出し、胃の中身が空っぽになったような脱力感が体を包み込んだ。
「ふぃ~……」
『やれやれ、またコマセを撒いたか……これが余の助力があったとはいえ、ヤミディレとパリピという余の六本腕の内の二本を倒したというのも……なんというか……』
「らってよぉ……」
『だってではない! 貴様、せっかくオナゴにもモテだしたというのに、今の貴様を見たらクロンもシノブもメイドも姫もガッカリするぞ?』
「う~……そうか……なぁ?」
俺はグロッキー状態になりながら、トレイナの言葉を聞いて「もしも」を思い描いてみた。
――アース……お体は大丈夫ですか?
――ハニー、背中をさすってあげるわ
――さぁ、坊ちゃま。今日はもうゆっくりお休みください
――おい、情けないぞ、アース! はぁ、それでも勇者の……
いや、一人を除けばなんか皆は優しくしてくれそうな気が……おっといけないいけない。フィアンセイとはもうそういうのは無くなったんだ。
だけど……
『貴様……いや、まぁ、確かに余もそんな気がしてきた……だが、それならば……あの幼女……アマエはどうだ?』
「ッ!?」
俺は改めてもう一度考えてみる。
もし、今の俺をアマエが見たらどう思うか?
アマエはあれで結構ハッキリ言うからなぁ……
――おにーちゃん……ゲロリン……かっこわるい
「そ、それは嫌だ!?」
『ならばしっかりせよ! よいか? 確かに慣れぬ者に船旅はきついかもしれないが、同時に船というのはバランス感覚を鍛えるのに優れているのだぞ! そして、貴様のような成長期がメシを吐き出すなど言語道断! ちゃんとその身に摂取せよ!』
「お、押忍!」
『よって、明日は船の上でできるトレーニングをする。本当は今すぐといきたいところだが……今日は流石に疲れたであろう』
「おっ……」
なんとなく、トレイナの形相が「今すぐやれ」、「根性だ」みたいなことを言い出すかと思ったが、そんなことはなかった。
最後は俺を気遣って、休息を命じてきた。
『余もそこまで鬼ではない』
「くははは、鬼どころか魔王だしな……」
『……ヲイ……今からヤルか?』
「優しい師匠が俺大好き」
『だ、だいっ……っ、バカ者が……とにかく今日はもう休め! よ、よいか? 休息もトレーニングの内だ! オーバーワークは逆効果! 今日は流石に連戦に次ぐ連戦で既に限界を超えている。しっかりと休息しなければ、トレーニングの効果がないだけだ。優しさなどではない。勘違いするでないぞ!』
「はいはい」
そう言われて、俺も確かにもう限界だと、船の甲板で寝転がって夜空の星を見上げた。
その瞬間、一気に緊張感も張り詰めていた糸も切れて、一瞬でウトウトし始めた。
「ああ……ほんと……疲れた……」
もうこの感覚、分かる。あと数秒後には俺は寝るだろうな……と……
こんなに星が綺麗なのに、それを楽しむ余裕がないほど……
「しかし……船でのトレーニング……なにす……んだ?」
『ふむ……まぁ、船旅は数日……そうだな……甲板で釣りでもするか?』
「はぁ? つ、釣り? あんた……釣りまでできんの?」
『余を侮るな? かつて、ソロキャンプをしていた際にはバス釣りをしたり、海へ出ればロッドをしならせてあらゆるものを釣り上げた。そう、あの巨大な『王魔のトゥナ』すらも一本釣りしたほど……』
釣りか……小さいころに……あ、ダメだ……
『ん~? おい、童! 何を寝ている! おい、余の話を………………ふぅ…………』
ゴメン……トレイナ、限界……もう、寝る……
『船での移動で三日……そこから陸地を渡って……まぁ、それほど時間はかからんだろうな……旧シソノータミ……パリピめ、果たして本当にマスターキーを……そういえば……シソノータミは余が滅ぼしたあのメイドの故郷だというのに、童は何も言わなかったな……次の目的地がそこと聞いても……』
ああ……何も力が入らな……夜風が気持ちいい……甲板は固いのに、もう起きたくないぐらい気持ちいい……
『ふっ……童……今日は本当に……本当に頑張ったな。しっかり体を休めるのだぞ?』
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