第248話 幕間(母)
自分の息子に出し抜かれた。
マグレやその場の行き当たりばったりで偶然になったわけではない。
明らかに私たちは策で絡め取られた。
カクレテールの子たちが、アースはヤミディレに勝ったと言っていた。
私とヒイロの二人を手玉に取る策すら張れるのならば、確かにそうなのかもしれない。
でも、やはりそれでも私たち二人を尻餅つかせたあの動き。全てはあれができるだけの力があってこそ。
アースは強くなった。大きくなった。そしてその底をまだ私たちには見せてくれない。
いずれにせよ……
「ぬおおおおおおおお!」
「でりゃああああああ!」
私たちバカ夫婦は追いかける以外の選択肢を取るわけにはいかない。
まずは、無人島からさっさと出て、向こうの岸まで……泳ぐ。
「だあああ、もう、鮫もクジラも俺らをイチイチ食いに来るなあああ!」
「とりゃあっ!!」
二人で手を動かしバタ足で、ただ真っすぐ向こう岸を目指す。
その途中で私たちを飲み込もうとする巨大魚と遭遇しそうになったけど、全部蹴散らす。
「よっし、マアム! もう少しで、ベトレイアルの岸に辿り着くぞ!」
「ええ、ラストスパートよ! 見てなさいよ、たとえ実戦から少し離れて息子に転ばされるほど情けなくなろうとも、泳げなくなるほど老いちゃいないんだから! 私は永遠の17歳!」
息子に拒否されて、出し抜かれて、そのまま目の前でまた行ってしまった。
だけれど、これぐらいでへこたれて家に帰る私たちじゃないわ。
二人そろってノンストップで犬かきしながら、私たちは向こうの岸へと……
「あはは……ダサいな~……そして、二人ともカッコ悪い」
「「ッッ!!??」」
でも、その時だった。
「……え?」
「……は? え? なっ?」
今の私たちを滑稽だと嘲笑う声が、私たちの上から聞こえた。
上? ここは辺り一面が海よ? 上から……?!
私とヒイロが同時に顔を上げると、そこには……
「あっ!?」
「ちょ、あんたは……」
そこには真っ白いロングコートを羽織った、長い茶色い髪を後ろにまとめた女がプカプカと浮いていた。
私たちはその女を知っている。
私たちが知っている頃よりもずっと大人びて、体も大きく成長している。
だけれども、あの面影、そして何よりも少しくたびれてはいるものの「私たちと一緒に居た頃」から大切にしていた、あのリボン。
「お前……エスピッ!?」
「ちょ、うそ……エスピ! エスピじゃないの! あ、あんたどうして? こんな所で何を、いえ、今までどこに?!」
かつて共に命と魂を預け合って、あの大魔王率いる魔王軍と戦った仲間。
「おひさ。ヒイロ……マアム……なんだか……バカみたい」
当時はまだ十にも満たない子供だったのに、私とヒイロと同じ七勇者の肩書を持ち、数多の戦果を挙げて世界に名を轟かせた英雄。
でも……
「お、お前、今までどこに居たんだ! ベトレイアル王国から姿を消したって……ミカドのジーさんもお前の行方だけは分からないって……」
「そうよ、ちゃんと説明しなさ……あ~、でも、あ~~~、んもう!」
この娘(こ)には聞かなきゃいけないことが山ほどある……と思ったものの、私もヒイロも同時に別のことが頭を過った。
それは、本来なら何をおいても優先しなければならない……
「くそ……だけど、エスピ。何があって、何を考えてるか、今まで何をやってたか全然分からねーけど、すまねえ! 今、俺たちは急いでるんだ!」
「ええ! あんたも覚えてる? 私たちの息子、アースを。赤ちゃんの時に抱っこしてくれたでしょ? あの子が今、家出中で……しかも、今はヤミディレと行動してるっていうのよ!」
「エスピ、お前の『能力』で俺らを岸まで送ってくれ!」
「んで、できれば私たちもそのまま運んでほしいの!」
そう、アースよ。
エスピもまた行方不明となって数年ぶりの再会。大切な仲間。ずっと探していた。それは分かっている。
でも今の私たちは……
「知ってるよ~」
「「……え?」」
「カクレテールでちょこっとお話を聞いて来たから……」
「「ッッ!?」」
意外なことをエスピは口にした。エスピは……一連の流れを知っている?
「妹を泣かせる最低男が、どうやら逃げ回っているそうだね?」
「「……へ? ……え?」」
妹……? まさか、エスピはあのアマエのことを言ってるの?
え? なんで?
「ふふふ、知らないのぉ? 私が……妹を泣かせる男をユルサナイってことを」
そのとき、ニッコリと微笑むエスピからは、禍々しい何かが溢れ出ている。
いや、え? 妹を泣かせる男を許さない? ……そんな子だったっけ?
「……ヒイロ?」
うん。確かにエスピは私たちにとっては妹みたいなものだった。というか、仲間というより妹のように思っていた。
でも……そんな一面があったなんて……でも……エスピにとって兄とかそういうので……何か確執みたいなものがあったとかは……
「いや、待て待て! 俺は知らないぞ? 俺は、何も……関係……」
「だ、だよね?」
「あ、ああ……心当たり……ない……はず……」
ヒイロも心当たりがないと焦った様子で海から出ている首を横に素早く振る……けど……
「「う、う~ん……」」
自分たちには何も悪い所はない? そんな自惚れた思考が愛する息子から失望され、そして拒絶された。
だからこそ、簡単に「心当たりはない」とヒイロも断言できず、私も微妙な気持ちになって、ちょっと昔を急いで振り返ってみようとした。
けれど……
「あははは、つまらなくなっちゃったね、ヒイロもマアムも」
「「ぬっ……?」」
「昔は何も考えず、考える前に行動という考えでバカやって、それでも大きな戦果を挙げていた。なのに今では、自分の血の繋がった子供のことが何も分かってなくて……それで足りない頭で悩んで……自信が無くなっちゃってる……昔の二人からは考えられないね」
私たちを呆れたように冷たく笑うエスピ。私たちに失望しているかのように。
昔からあの子は、私たちよりもずっと幼いチビッ子だったけど、その「生い立ち」からもちょっと大人びているところもあったし、バカやる私たちを呆れたように笑う時もあった。
でも、あんなに冷たく笑うことは……
「私、変わっちゃったかな? ヒイロ……マアム……」
「エスピ……」
「同じかな? 私も……ヒイロとマアムと同じで……つまらない大人になっちゃったのかもね」
そして、こんなに寂しく笑うなんて……遠くを見つめて……何を考えて……何を見て……でも……
「エスピ……私たちは息子を追いかけたいの」
「…………」
「でも……あんた今……何か……悩みでもあるの? 私たちの助けが必要な何かが……」
優先することは決まっている。
だけれど、数年ぶりに会い、すっかり大人になったエスピがこんな表情をするなんて……何か……何か私たちの知らないことを抱えているんじゃ……
「大丈夫。二人の助けなんて必要ないし、別に困っているわけじゃないよ。でも……少しは大人になったと自分で思っていても……だんだんと緊張しているから……そう見えちゃうのかな?」
「……はぁ?」
「だって……もうすぐ私の望みが叶うから……あと『数日』で……彼があの『遺跡』に行けばね」
望み? どういうこと? 思わせぶりなことばかり呟いて、その意味を私たちにまるで教えてくれない。
私たちには何も関係ないという態度にも見えるわ。
すると……
「じゃあ、もう行くね? 運動不足な二人はもうちょっと泳いでいればいいよ。『そのとき』まで……『彼』の周りをチョロチョロしないで欲しいからね」
「ちょっ!?」
「は?」
エスピはクスリともう一度笑い、そして私たちに背を向けるように明後日の方向を向いた。
「おい、エスピ! なんだ! つか、俺らをこのままにしていくのか? っていうか、彼って誰だ? まさか、アースじゃねえだろうな!」
「ねえ、エスピってば!」
「教えてと言えば何でも教えてもらえると思ったら大間違いだよ? だから、思春期の息子に反抗されるんだよ?」
この数年まったく会っていなかったのに、まるで私たちに起こったこと全てを知っているかのように……だけど、そのことを何も教えてくれる様子もなく……
「今日来たのは、気まぐれに二人の顔を見に来ただけだから。それともこれから起こる事の緊張をほぐすためなのか……いずれにせよ、それじゃあね」
「「ちょっ!?」」
そのまま私たちに一瞥もしないで、飛び去ってしまった。
まったく、どうなってんのよ。
七勇者として大魔王を倒し、世界を救った英雄だなんて言われた私とヒイロが……今……アースを中心に起こっている何かに対して、まるで蚊帳の外じゃない!
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