第246話 またな

 ブロの男の意地に対して、ヤミディレも微妙そうではあるが事情が事情なだけに、文句もそれ以上言わなかった。

 それに、ブロが言う通り、ブロの知識や経験はこれから外の世界で生きていくには重要なものだというのも事実だった。


「アマエ、お前さんにも久々に会えたからもうちょいゆっくり話したかったが……」

「アマエ~、必ずまた私たちは帰ります。その時はもっとお互い大きく強くなっていましょうね?」

「今度はもっといっぱい遊ぶの~ん!」

「ん~……うぅ~……」


 そして、天空世界で俺がしたように、別れのハグをアマエとするクロンと、その頭を撫でるブロ。体を摺り寄せるヒルア。

 ちょっと拗ねた表情をしながらも必死に涙を堪えようとしているアマエ。


「アマエ、だいじょぶだもん……アマエ、すぐつよくなるもん」

「あら……」

「アマエがつよくなったら、すぐみんな帰るっていったもん。すぐだもん」


 まるで自分に言い聞かせるように「またすぐ会える」と口にするアマエ。

 その言葉にクロンとブロも笑顔で頷いた。


「ふん……」

「あんたはいいのか?」

「ガラではない」

「……そんなもんか? あいつが物心つくかどうかの頃から一緒にいたんだろ?」

「……………」


 ヤミディレは流石にクロンたちみたいにベタベタとアマエを抱きしめたりはしないか。

 とはいえ、それでも「どうでもいい」と思っているわけではないのは、俺にも分かった。

 たとえ、カクレテールがヤミディレにとっては利用した場所であったとしてもだ。


「ほら、ヤミディレもお別れの挨拶をアマエに!」

「クロン様……」

「ほらほらさあさあ」

「あ、う、ぁ……」


 余計なプライドが邪魔して何かを言うことが出来なかったとしても、クロンに言われたらヤミディレも従わざるをえない。

 言い訳が出来たヤミディレは軽く咳払いして…… 


「コホン……まっ……アマエ……」

「?」

「……か、風邪など引かぬようにな……」

「……ん!」


 素直じゃないヤミディレの、アマエを気遣う言葉。

 アマエはその言葉でまた泣きそうになりながらも小さく頷いた。


「くはは、素直じゃねえな」

「だな」

「ふふふ、ですね♪」


 そんな様子を、クロンとブロと一緒に俺も噴き出した。

 だが、そろそろ……


「……で、ブロ」

「おう、なんだ兄弟」

「……その兄弟はやめろ」

「なんでだよ、俺はお前さんの兄貴だろ?」

「バカ兄貴を持った覚えはねーよ」

「なーに言ってんだ、お前さんは俺の妹分の婿になるんだろ? なら、俺の弟で間違いねえ!」

「な、なんだその論法は!」

 

 相変わらず馴れ馴れしい奴だ。


「はい! ブロ、私は頑張ります!」

「おうよ! そうしたら、皆家族だ!」

「は~……」


 なんかこの二人が揃うと細かいことを考えるのがアホらしくなるが、そうも言ってられねえ。

 俺は一度溜息を吐いてから……


「で、ブロ。この後お前らはどこへ行く?」


 そう、こいつらはこれから先どこへ行くのか。

 俺はブロにクロンとヤミディレを預けるところまでしか考えてなかったので、これからのことは何も考えてない。


「風の吹くまま気の向くままだぜ」

「ヲイ……」

「とりあえずは……七勇者や連合だったり、旧魔王軍だったりの連中とあまり関りの薄そうな所かな」


 そりゃそうなるよな。特にデカく発展した国とかになると、それだけヤミディレのことを知っている者も増えてくるだろうしな。

 だが、そこら辺の配慮や、他の場所がどういう所とか、こいつなら色々知ってるだろうし大丈夫か。


「そーだよな。まぁとりあえず、お前の妹分には色々と常識も教えてやるんだな。ヤミディレだけだと偏ったことしか身に付けねえからな」

「カッカッカッカ!」


 なら……


「じゃあ、さっきも言ったが……」

「ん?」

「あとは、頼んだぜ?」

「おう!」

 

 俺は別にクロンの保護者というわけではないが、色々と背中を押したり、好きだと言われたりで、色々と気にかけることが多かったが、ここから先は任せると、ブロに引き継いだ。


「アース……」

「じゃーな、クロン」

「……はい……寂しくなりますが、もう天空世界でハグもしてもらいましたしね。弱音は吐かず、これから頑張ります!」

「お互いな」

「ええ、アース……大好き♡」

「うなっ?! ……だ、だからお前は不意打ち……」

「んふふ~、今度会った時も言いますね?」


 もうクロンとの別れも十分した。あとは、再会を誓い合う挨拶だけ。

 そして……


「お~い、ヒルアも頼んだぜ? なんかあったら、女を守ってやれよ?」

「任せるのん!」


 ここからはクロンたちについていってもらうヒルアの頭も軽く撫で、そして……



「じゃあな、ヤミディレ」


「……アース・ラガン……」



 こいつとも今日で……本当はそういう間柄になるはずじゃなかったんだけど、俺は何だか自然とこいつにも別れの挨拶をしていた。



「あんたには三カ月前、無理やり攫われて……ほんとまあ、色々と面倒だったり……しんどいことになったりしたが……でも……俺はおかげで強くなれたよ」


「…………」


「良い出会いもあったし……楽しかった……俺は……カクレテールに行けて良かったよ。だから……」



 キッカケはどうあれ、あの国に俺は行けて良かったという想いに嘘はない。

 流石に「あのとき攫ってくれてありがとう」とまでは言わないが、せめて…… 



「世話になったな」


「……ふっ……」



 それだけはハッキリと俺は口にした。

 すると、ヤミディレは……



「アース・ラガン……あまりパリピと馴れ合わぬことだな」


「あ~、それは大丈夫。あんなクソ野郎絶対に信用しねーし」


「そうか……あと、ハクキにも気を付けることだな。奴も貴様に興味を持っているはずだしな」


「くはは……六覇はお腹いっぱいなんで、しばらくは関わりたくねえな……」



 ヤミディレは流石に俺相手にしんみりしたり、笑顔で握手とかハグとかそういうことはない。

 だが、代わりというわけではないが、軽い忠告をしてくれている感じだな。

 そして最後は……


「あと最後に……というより一番これが重要だ。とにかく、クロン様をいつまでもほったらかしにすることは許さんからな」

「くはは……」


 最後は母ちゃんだな。まるで。

 そんな言葉を最後に俺に残し、ヤミディレはクロンとブロと一緒にヒルアの背に乗った。

 そして……


「じゃあ僕も行くよ、坊や」

「おっ……」

「この小さなレディも送り届けないといけないしね」


 そう言って、王子がアマエの頭をポンポン撫でて笑った。


「ああ、頼んだぜ」

「ふふふ、もっとゆっくり話したかったが、それは次の楽しみにしよう」

「……だな」

「とにかく、君に出会えてよかったよ。どうか息災で」

「おう」


 アマエをカクレテールまで送り届けてから天空世界へ帰る王子とも軽く別れの挨拶。

 皆と同じように、また再会することを誓い合い、最後に握手した。

 そして……


「アマエ、またな」

「……う~……」

「……な~、アマエ。機嫌直してくれよ~」

「う~……」


 ペガサスに跨る王子の腕と腕の間にチョコンと座ったアマエ。

 さっきまでのように泣きはしないし、甘えてくるわけではない。

 確かに強くなるように言ったが、ここで我慢まではしなくてもいいんだけどな……と思ったら……


「おにーちゃん」

「ん?」


 アマエが小さな手で俺をチョイチョイと手招き。何かと思い顔を寄せると……


「ん!」

「あっ……」

「ぎゅ~~~~~~」


 アマエからの精一杯のハグだった。


「おにーちゃん、アマエはすぐおっきくなるよ!」

「……ぷっ……くははは、そっかそっか……ああ……」

「またうそついたら、アマエ……おこだよ?」

「ああ!」

「……んふ~」


 どうやら最後は我慢できなかったようで、だけどそれでも最後は笑ってくれて、もうそれだけで俺は心の底から安心した。


「カッカッカ、ツクシやカルイ、あとはマチョウの旦那ぐらいにしか懐かなかったアマエがな~、やるじゃねーか兄弟」

「うふふ、アマエが笑ってくれて私も嬉しいです!」

「やれやれ……」

「アマエちゃんも元気でなのーん!」

「ん! 女神さま、大神官さま、ヒーちゃんもバイバイ! ブロは……プイッ」


 そして、ついに別れの時。

 王子も自分の乗っているペガサスと、親父たちが乗ってきたもう一頭に合図を送って空へと飛ぶ。


「おおい、アマエ! 俺にはつめてーな! って、んじゃな、兄弟!」

「仕方ありません。ブロは勝手に外へ行っちゃったから、アマエはまだ怒ってるんです。そして、アース! 必ずまた会いましょう! 私も、もっと素敵なレディになってます!」

「ふん」

「んあー、それじゃバイバイなのーん!」

「アデュー、坊や!」

「おにーちゃんっ!!」


 こうして、クロン、ヤミディレ、ブロの三人はヒルアに乗ってどこかへ向かった。

 アマエと王子はペガサスでカクレテールへ戻った。


「ああ! またなーっ!!」


 その姿が見えなくなるまで俺は手を振り、そして溜息を吐いた。


「ふぅ……なんか……随分と濃い日々だったが、少ししんみりしちまったな」

『ふふ……まっ、出会った連中が濃い奴らばかりだったからな』

「だな」


 港に残された俺とトレイナ。この数カ月、ずっと俺の周囲には誰かしらが居た。

 だから、こういう空気も久しぶりな気がした。

 三カ月だ。しかし、たった三カ月とは思えないぐらい……本当に……どいつもこいつも……


『しかし、いつまでも寂しがっている暇はないぞ、童。体を休め、そしてまたトレーニングをし、その上でまた世界を目指すぞ』

「ああ!」


 そうだ。

 三カ月前に誓い合った、「この世の果てまで」という目標は、まだ全然達成されていない。

 帝国の中を少し渡り歩いて、その後はずっとカクレテールに居て、そして結局また帝国の領土内へ逆戻りだ。

 でも、またここに留まるつもりはない。

 三カ月前はヤミディレに攫われて他国へ足を踏み入れたが、今度は自分の意思でこの海を越えて、違う国にだって行ってやる。

 そして、次の目的地は――――


「よし、行くぞ! 次の目的地は――――」

『うむ。次は――――』


 と、そこで俺とトレイナは、同時にあることに気づいた。


「ん?」

『……あ……』

「……王子に……」

『送ってもらうはずでは……』


 そう、当初の予定はここでヤミディレとクロンを降ろしてブロと合流させる。

 それを果たしてから、俺は王子に次の目的地まで送ってもらう予定だった。

 だけど、アマエが居たことでそれが狂った。

 王子にアマエをカクレテールまで送ってもらうようにお願いしちまったから……俺たちは……



「あーーーー、しまったああああああ!」


『……はぁ……まぁ、良い。幸いここは港ではあるし……急ぎでもないしな……』


「は~……まっ、そうだな……」



 次の目的地は決まっているが、その目的地へ辿り着くのに、少しだけ時間がかかっちまった。



『「ゆっくり行こう」』



 少しだけ……





第五章 完

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