第240話 ざまぁ

「花吹雪よ、舞い上がれ!」


 辺り一面の満開に咲いていた花畑。突如花びらが舞い上がり、親父と母さんの視界を覆っていく。

 これは攻撃じゃねえ。だが、それでもさっきより真剣モードになった親父と母さんは大して動じない。


「でりゃぁ!!!!」


 親父が吼えた。ただ、吼えるだけ。だけど……


「ッ!? あ……お、おお!」

「俺に目隠しするんなら、テラ級の魔法でも持ってくるんだな!」


 王子が魔法によって作り出した弾幕。それをただ吼えただけで吹き飛ばしていく。

 その圧倒的な雄叫びに王子も思わず動揺する。

 だが……



「ふふ、すごいね。でも……テラ級なんて持ってこないさ。『戦い』じゃあるまいし」


「……はっ?」


「それにまだ、お花畑は広がっているよ?」


「……ん? ……なにっ!?」



 花びらの弾幕を蹴散らして、親父たちは改めて王子を見て、そして次の瞬間にはきっと度肝を抜かれたはずだ。

 王子の輝く両目が……


「そ、それは!」

「紋章眼ッ!? ヤミディレと同じ!?」


 かつて、親父と母さんはヤミディレと戦い続けていたからこそ、その眼をよく知っているだろう。

 でも王子はその眼を光らせるだけで……


「マジかよ……ヤミディレと同じ種族だからか? だが……」

「でも、これでコッチに気を取られているとアースを逃がしちゃうし……仕方ないわ! ヒイロはそっちをお願い!」

「マアム!?」

「アースは私が捕まえるッ! だから、ヤミディレ含め、そっちの三人は――――」


 今の親父と母さんは俺たちに前後を挟まれている状況だ。

 そして、どっちも無視するわけにもいかないとなると、必然的に役割分担される。

 でも……


「綺麗な薔薇……棘を抜けば、ただの綺麗な花になる! 風花濃霧!」


 王子は攻撃ではなく、あえて花びらの弾幕だけを舞わせ続けていた。



「って、まだ話してる途中でしょうが!」


「だ~、くそ! しかもさっきより花びらが多い……なら、俺の魔力でまとめてブッ……とばせねーな……」


「当たり前でしょ! あんたが本気でぶっ飛ばすと島がふっとぶわよ!? アースだけじゃなくて、アマエって子まで居るんだからね!」


「ええい、とにかくあのイケメンをどうにかすりゃいいんだろ!」


「ヒイロ!?」


「どうせこんな花びらじゃダメージなんてないんだ。真っすぐ突っ込んで一発バシッと……」


「ちょ、あんたそんな単純に……」


「マアムはアースから目を離すな! この弾幕の隙にさっきのステップで逃げ回られたら厄介だ! 目を離すな!」


「ったく……」



 戦い……攻撃をすれば、親父と母さんは頭で考えるのではなく本能で動いて、そうなれば確実に俺たちは全員まとめて負ける。

 トレイナはそう断言した。

 ならば、あくまで戦いは仕掛けないという前提は継続する。

 頭の悪い親父と母さんを戦いに入らせずに、あえて悪い頭で考えさせ、動揺させて、そして態勢ややるべきことを整わせる時間を与えない。

 さらに、俺やアマエに気遣って、「とにかく全部ぶっとばす」みたいな単純な行動もとれない。

 なら、無理やりまっすぐ突っ込んで王子を殴って止めるか?

 そう来ようとする前に……



「ふふふ、本物はどれでしょうか?」


「ッ!?」


「さぁ、本物の王子様を見つけてみてくださいね♪」



 クロンの暁光眼が光る。


「な、ちょ、なんだ、あの娘も魔眼を?! でも、あの眼は……なんだ?」

「六道眼? 違う……アレは……ッ!?」


 そして、親父と母さんがクロンの魔眼に目を見開き、そして次の瞬間には……



「さぁ、僕をどうするのかな?」


「「……んなっ!?」」



 ニコリと爽やかな笑みを浮かべている王子が数百体の幻術となって出現した。


「これは……まさか!」

「幻術ッ!?」


 見事に親父と母さんは翻弄されてしまっている。

 これもまた戦闘であれば、花びらも幻術も関係なく周囲全部ふっとばすとか、野生の勘で本物を一瞬で見極めるとか、そういうことをされたかもしれない。

 

 でも、未だに王子やクロンが攻撃を仕掛けないことで、二人に対して親父も母さんも本気で反撃していいかの判断もできていない。

 

 なるほど。相手を雁字搦めにしちまえば、こういう戦い方もあるんだな。

 そして、こうなっちまえば……


「まったく……宿敵怨敵を目の前にして、私にこんな役割しか与えぬとは……アース・ラガン……クロン様と結ばれねば本当に許さんぞ」


 魔法は使えない。魔眼も使えない。しかし……


「それにしても、久しぶりだな……私がペガサスに跨るのは。ふぅ~……ハイヨー!」


 天空族としてペガサスを操るテクだけは健在。

 花吹雪とクロンの幻術で分身した王子に対して親父と母さんの足が止まっているその隙に、王子が乗っていたペガサスにヤミディレが跨り、単騎で突き進む。


「ッ!? うおっ……」

「ヤミディレ……来るッ!」


 ペガサスに乗ったヤミディレが駆け抜ける。

 流石に親父も母さんもヤミディレの動きにだけは目の色を変えて反応する……が……


「残念だが……今の私はお前たちを殺すことはできないのでな」

「「ッッ!?」」


 宿敵であるヤミディレすら、親父と母さんに攻撃しない。


「は、速ぇ!」

「ヤミディレ!?」


 ヤミディレの動きに反応してその行く手を抑えようと考えたと思われる親父と母さんだが、ヤミディレは……


「うわぁ……」

「な、なんという美しい騎乗……」


 クロンや王子が息を呑み……


『ほう。ヤミディレめ……余の騎乗フォームも追求していたようだな』


 トレイナもどこか嬉しそうにするほどの美しい騎乗フォームで馬の力を最大限に出して、親父と母さんが立ちふさがるよりも早く駆け抜け、俺とアマエの所へ……


「つか……い、今、俺らにも隙あったのに、あいつが俺たちに何も攻撃してこなかった!?」

「ちょ、それに……い、今の……ヤミディレの馬の乗り方……どこかで……」

「そうだ、確か……ずっと昔……」

「あっ! そ、そうよ! 競馬よ! 帝国ダービーを圧倒的な強さで制覇した謎の馬と騎手……フカインパクトに跨った正体不明の覆面騎手……『タケトヨ』とかってやつの!」

「そうだ! あの史上最高額の万馬券が出たってレースで優勝した……どうしてヤミディレが!?」


 やけに驚いた様子の親父と母さん。

 別にそこまで驚くほどのものでもないと思うが……


『あっ、ちなみにそのタケトヨは変装した余のことだ♪』

「………………」


 俺はもう驚かんぞ! サラリととんでもない事実があったとしてもな。

 で、だからこそ驚かない俺はアマエを抱きかかえたまま……



「アース・ラガン! アマエ! 捕まれ!」


「おう、ご苦労さん!」


「おー! 大神官さまぁ!」



 こっちに向かって走ってくるヤミディレの手をガッチリと掴み、そのままヤミディレの後ろに飛び乗った。



「は、はぁ!? アース! お、おい!」


「ちょ、あんた! よ、よりにもよってなんて奴の後ろに……!」



 親父と母さんの叫ぶ声を聞きながらヤミディレはペガサスをそのまま遥か上空へ飛ばせ……



「ピーーーーーーッ!!!!」


「「ッッ!?」」



 同時に、幻術で増えた沢山の王子の一人が指笛を鳴らした。

 その音に反応して、親父と母さんをここまで運んできたペガサスが王子の下へと駆け寄った。


「ふふふ。元々この子も天空族のペガサスなんでね……この通りさ!」


 そう言って、王子はそのまま駆け寄ってきたペガサスに飛び乗る。


「さあ、僕たちも行こうか!」

「ええ。ヒーちゃん!」

「任せてなのん!」


 次の瞬間、クロンを乗せたヒルアも王子とペガサスと一緒に上空へ。


「ちょ、ま、待て! お前らどこに……」

「……あっ!? ヒイロ! わ、私たち……」

「え? ……あっ!!」


 そう、親父も母さんもここに来てようやく状況を理解できたようだ。

 二人は空を飛ぶことができない。ここまで無理やり気合でペガサスに連れて来てもらったが、そのペガサスも今は王子が乗っている。

 つまり……



「ちょ、待てお前ら! 逃げる気かァァァ!」


「ヤミディレー! あんた、正々堂々と戦いなさいよー! アースも何でまた行っちゃうのよぉ!」



 そう。もう二人に飛ぶ手段はない。俺たちを追いかける手段も無い。

 というか、こうなると誰かがこの離れ小島へ二人を迎えにくるか、それとも泳ぐかでもしないとこの島から外へ行けないのだ。


「だ~、クソ! こうなったら意地でも追いかけてやるぞ! 海を泳いででも!」

「ええ、やったろーじゃないのよ!」


 そして、案の定あの脳筋夫婦は気合で泳いで俺たちを追いかける宣言。

 確かに、親父と母さんなら、飛んでる俺たちを泳ぎでも追いかけることはできるかもしれない。

 でも……



「さぁ、クロン! 頼んだぞ!」


「はい!」



 百歩譲って泳いで追いかけてくるとして……「どれ」を追いかける?

 俺がクロンに合図を出した瞬間、クロンは両手を上げて頭の上で丸を作り……



「さあ、アースのお父さんとお母さん……あなたたちの眼は……ちゃんと見極められますか? そーーーれーーー♪」


「「ッ!?」」


 

 クロンの瞳が光った。その瞬間、俺とアマエとヤミディレとペガサスが……王子とペガサスが……クロンとヒルアが……



「げ……な、なにい!?」


「う、そ……」



 それもまた、さっきの分身王子と同じ幻。

 しかし、パッと見ただけでは本物と区別がつかないほどの精巧で、強烈な幻術。

 俺たち全員と同じ姿をした数百以上の幻が、空一面に現れて、そして全てがバラバラに四方八方に飛んだのだ。

 


「あ……お、あ……あーーーっ!!」


「くっ、まずいわ! それに、この幻術……強いわ!」


「なんつー小細工を……くそ……ビックリして動揺しちまったから、解除に数秒かかっちまった!?」


「っ……あ……もうあんなに遠くに……んもう! 何やってんのよ私は! 魔眼持ちと幻術使いとは『戦い』で眼を合わせないっていうのが基本なのに……まんまと……」


 

 的すら絞らせない。

 結果、俺たちは全員無傷でアマエだけを親父と母さんから奪い取り、二人の追跡手段すら奪った。


 そう、トレイナの作戦通り、最初から最後まで親父と母さんに「戦い」をさせなかった。

 俺に対して「本気を出す」と告げた二人に、本気を出せないように誘導した。


 その結果、あの二人を虚仮にして、マヌケを晒させて、翻弄した。



『ふふふふふ、ふはははははははは! 滑稽だ! 無様だな、ヒイロ! マアムよ! ふははは、どんな気持ちだ? なぁ、どんな気持ちか?』



 俺の傍らでこれ以上ないくらい上機嫌に笑うトレイナ。

 でも、その気持ちも分かる。

 俺もここまで最初から最後まで思い通りにでき、更には俺の力の片鱗を見せつけた上で、あの二人を生まれて初めて翻弄することが出来た。

 気持ち良かった。

 本当は、アマエみたいな純真無垢な子を抱きかかえたままこんなこと言うのは教育上悪いのかもしれないけど……ゴメンな……抑えきれない。



「くははははははは、どうだ! 見たか、親父ィ! 母さん! ざまぁ~~~!!!!」


 

 離れ小島で苦虫を潰したような表情で立ち尽くす二人に向かって、俺は笑いを抑えきれなかった。

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