第239話 幕間(女忍者)

 我が愛しのハニーは、数か月ぶりに再会したら、もっと素敵になっていた。

 まったく君は私をどれだけ惚れさせれば気が済むのかしら? 

 結婚式はいつにすれば? あっ、でも結婚式はどこですることに? ジャポーネ? 帝国? それとも……


「アースくんは僕たちと同じ、カクレテールの住人なんだ!」

「ななな、何を言うか! あ、アースが生まれ育ったのはだなァ……」


 不毛な争いを続けているハニーの友とフィアンセイ姫たち。

 でも、そうね……カクレテールで式を挙げるというのも……あっ、でもそうなると式は当分先になりそうね。

 それに、この国の方々は皆、ハニーとあのクロンさんという娘との結婚を望んでいる様子だしね。

 現在最大のライバルと思われる彼女はかなりの強敵ね。でも、相手が強ければ強いほど燃え上がるのが恋というもの。

 ただ、それはそれとして……


「ふふふ、若いですね……皆さん」


 本来なら最大最強の障壁と思われた、このサディスさんはどうなのかしら?

 今もどこか温かい眼差しでフィアンセイ姫たちを眺めている。

 まるで、優しいお姉さんのように。見方によっては、大人の女の余裕にも見える。

 私とクロンさんとフィアンセイ姫に比べたらどこか一歩引いている様子だけれど……でも……


「で……サディスさん……」

「はい?」

「あなたの方はどうなのかしら?」

「?」

「だから……あなたは……ハニーのことを……私たちのように……想っていないの?」


 だから、私も聞いてみることにした。

 先ほどフィアンセイ姫たちの争いに参加しなかった私に対して、サディスさんは……


――あなたは良いのですか?


 その問いは、私からもしたかった。

 するとサディスさんは一切動じることも無く……


「想っていない? 私が坊ちゃまを? そんなはず、ないではないですか」

「ッ……」

「愛おしいですよ……世界中の誰よりも……」


 この人が抱いている想いは、恋ではないのかもしれない。

 でも……


「……ふふふ、その態度は……余裕なのかしら?」

「いいえ、焦ってますよ? 大事な愛おしい坊ちゃまが取られてしまうのは……嫌だな……と。でも、困ったことに私は何よりも坊ちゃまが幸せになることを至上と思っておりますので……」

「……それって……」

「ええ。あなたが仮に私よりも坊ちゃまを幸せにできるというのでしたら……私はそれでも……ただし……」

「ッ!?」

「私よりも幸せにできないのであれば、ちょっと私も黙っていないかもしれませんよ? うふふふふふ」


 女の私でも思わず少しドキッとしてしまうほどの魅力的な微笑みは、やはりこの人も私にとっては最大最強クラスの障壁と認識するに十分なものだった。

 ちょっと背中に冷たい汗をかいてしまったわ。

 笑顔ですごいプレッシャーをかけて来るわね。

 まるで、「坊ちゃまを幸せにできない女には何があっても渡しません」とでも言っているかのように。

 それに今の言葉は……


――いくら、私が彼に惚れているとはいえ、それでも出会ったばかり。もし彼が昔から想いを抱き、どうしても忘れられない女性が居るならば……その女性の方が私よりも彼を幸せにできるならば……私は黙って身を引くことも考えていたけれど……


 あのときの、私への意趣返しのつもりかしら?

 それとも牽制?

 どちらにせよ……


「ふ……ふふ、上等よ。負けないわ。フィアンセイ姫にも、クロンさんにも……あなたにもね」

「おやおや。アマエが入ってませんよ?」

「さっき飛び乗っていた小さい子かしら? でも、あの子は妹みたいなものなのでしょう?」

「ふふふふ、でも坊ちゃまはあの子を可愛がってましたからね……あんなに泣かれたら……坊ちゃまもクラっときちゃうかもしれませんしね♪ 私だって今のアマエぐらいの歳の頃の坊ちゃまを、それはもうどちゃくそ――――」


 まぁ、これぐらいで臆する私ではないけれどね。

 だからこそ、私もハニーと早く合流してもっと親密に……でも、ウザがられないような距離感を保ち……まだるっこしいわね……

 でも、私は絶対に――――――




「ふ~ん……モテるんだ……妹を泣かせる最低男なのにね……」


「「「ッ!?」」」



 

 いつからそこに!?


「え!?」

「ッ!?」


 いえ、突然現れた?

 私とサディスさんの背後に、その人は……


「な、な、え?」


 背後に誰かが立っていた。

 そこには誰も居なかったはず。

 ありえない。いくら何でも、私がこの距離、声を掛けられるまで気配に気づかなかった?

 違う。まるで「いきなり現れた」かのように……


「妹を泣かせる男なんて最低……だから、殴っても、ぶっとばしても……何をしたって許されるのに……どうしてそんな男がモテちゃうのかな?」


 一人の女性がそこに立っていた。

 長い茶色の髪を頭の後ろに『ちょっとくたびれた白いリボン』で結び、どこか可愛らしさを感じながらも大人っぽさも醸し出している年上と思われる女性。

 太っているわけではなく、だけれどそのほどよく肉付のあるムッチリとした魅力的な太ももやらお尻やら、む、むね、ちょ、お、おっきいわね……

 白を基調としたコートのようなマントを羽織り、雰囲気的にこの国の住人にはとても見えない。


「……あ……」


 私が驚いて後ろに飛びながら距離を開けたと同時に、サディスさんはその人を見て驚いた様子で呆然と立ち尽くしたまま。

 そして……


「あ……あなたは……」

「ふふふ、久しぶりだね、サディスちゃん」

「ッ!?」


 顔見知り? サディスさんと? しかも「ちゃん」付けって……まさか、サディスさんより年上?

 

「ん? なんの騒ぎだ? おい、サディスよ。誰だ? その女性は」

「オラァ、姉さん……あんた誰だ? 見たことねーけど……」


 異変に気付いた様子のフィアンセイ姫たちも、口論を中断してこちらへ駆け寄ってきた。

 ただ、ハニーのお友達も、フィアンセイ姫たちもこの突如現れた女性をまるで知らなさそうね。

 だけど……



「ふふ~ん。あなたが、フィアンセイちゃんだね?」


「……え?」


「ソルジャくんの子供だよね?」


「ッ!?」


「で、君がリヴァルくん!」


「……」


「かわいい君はフーくんでしょ?」


「あ……あの……どうして僕たちを?」



 彼女はフィアンセイ姫たちを知っている様子。

 さらに、彼女は私を見て……



「で、君はジャポーネ出身の子かな? 『コジロー』は元気?」


「ッ!? コジロー……『コジロウ』……様?」



 まさか、七勇者の一人であるコジロウ様のことを聞かれるとは……この人は一体……


「おい、サディス。この女性は誰だ? 知り合いか? なぜ我らのことを……」

「あ……は、はい……この方は……陛下や旦那様たちと同じ七―――」


 そして、この女性が何者なのか、サディスさんの口から語られようとしたそのとき……



「あっ、ゴメンゴメン。本当はもっとゆっくり話したかったけど……でも……聞いた話だと妹を泣かせた男が逃げ回ってるみたいだし……ちょっとすぐに追いかけてぶっ飛ばしたいから、私はもう行くね?」


「は? え? ちょ、どういうことです? あ、お待ちを!」


「タイミングは『今日』っていうことだったんだけど……ちょっとだけズレちゃったみたいでほんと困ったさんだよね……」



 現れたばかりだというのに、その女性はニッコリと子供のように屈託のない笑みを浮かべながら私たちに手を振り、そのまま……え?


「な……え? なに?」

「ッ?!」

「え……ど、どうやって……?」


 その女性は、別に天空族というわけではない。だから、何かの魔法? 

 でも、呪文を唱えている様子はなかったわ。



「ふふ、またね、サディスちゃん。それに、フィアンセイちゃんたちも」



 なのに、その女性はプカプカと浮いた……空を飛んだ……



「一体どこへ? 何を? それに今までどちらに! 旦那様たちはずっとあなたのことを探して……急に現れて、一体どういうことなのです? 『エスピ』姉さん!」


「「「「ッッ!!??」」」」



 私は、そしてフィアンセイ姫も、リヴァルくんも、フーくんも、彼女を知らない。

 だけど、激しく動揺するサディスさんの口から叫ばれたその『名前』だけなら知っている。



「ごめんね、サディスちゃん。でもね、私は……十数年以上前から……妹を泣かすような男だけは、何があっても許さないって決めてるの。だから……あなたの大事な坊ちゃまも殴っちゃうからね」


「ッ!? お待ちを――――」


「とりあえず次の目的地は分かっているし……先回りしちゃお。あ……でも先に……あの赤頭を一発殴ろっかな? ふふふ、どっちにしろ逃がさないから!」



 そしてその人は、何の意味や目的があって現れたのかも告げず、ただ私たちに混乱だけを残してあっという間に飛んで行ってしまった。


 いや、本当に……何がどうなっているの?

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