第238話 幕間(メイド)

 申し訳ございません、坊ちゃま。

 旦那様と奥様には話をしておくと言いながら、その前にお二人は飛んで行ってしまいました。

 しかも、アマエまでドサクサに飛び乗ってしまった。

 でも、それだけ旦那様も奥様も、そしてアマエも、坊ちゃまのことが大好きなのです。

 いいえ、それは三人だけではありませんね。


「そんな……アースくんが……大神官様も女神様まで……」

「……くそが……」

「こんなのって……あんまりだよ……」

「ぼくたち、せっかく仲良くなったんだな……それに……女神様と大神官様までいなくなるなんて……寂しいんだな……」


 この数ヶ月、坊ちゃまの友として、トレーニング仲間として一緒に汗を流していた四人の男の子たち。

 モトリアージュくんたちもとても寂しそうな顔をしています。

 もっとも、寂しそうな顔をしているのは……


「そんな……女神様が……嗚呼、大神官様……」

「私たちはこれからどうすれば……」

「分からないよ……これから私たち……どうなっちゃうの?」

「もうここに女神さまが帰って来られない……大神官様も……」

「いつも私たちを導いてくれた大神官様がもう居ないだなんて……」

「ワシはアース君とクロン様の御子様を見られたら人生に悔いなしと思っておったのに……」

「そうだよ、アースくんまでなんて……寂しいな……」

「ああ、いつも朝早く走ってるアース君を見るのがもう日課になってたのに……」

「俺だってアレを見なきゃ、今日も一日始まった気にならないっていうか……今日も一日頑張ろうっていう気に……」

「アースくん、クロン様、そしてアマエが三人で居る光景を見たらすごい幸せな気分に……」


 ヤミディレとクロンさん……これまでこのカクレテールの方々の心の拠り所となっていたお二人を失った住民の皆さんのショックも大きい様子。

 ショックの大きさが、そのまま坊ちゃま含めた三人の存在の大きさを示しているのですね。


「まさか、あの六覇のヤミディレがここまで……それほどの存在だったのだな……それに……」


 そんなカクレテールの皆さんの様子に、姫様も複雑な様子。

 確かに、私は既に慣れてしまいましたが、外の世界の住人からすればあまりにも不思議な光景ですからね。

 それに……


「アースはこの地で……それほどの存在になっていたのだな……」

「うん……すごいや……だってここの人たちはアースが、勇者ヒイロの息子とかそういうのを知らないで……ただのアースとしてこんなに認められ、好かれてたってことでしょ?」

「……そう……だな……」

「僕たちは常に『七勇者の子』という肩書がついて回る。なのに、アースはそれを無しでゼロからここまで……本当に……すごいよ」


 リヴァル様もフー様も、住民の皆様から漏れる坊ちゃまの名を聞きながら、どこか感慨深そうにしています。

 ええ、そうです。

 坊ちゃまは血の滲むような努力を、そして成果を見せつけたのです。

 それゆえ、僅か数カ月で坊ちゃまもこのカクレテールにおいて十分すぎるほど大きな存在となられたのです。

 だからこそ、その影響を受けた方々なら、いつまでもただ悲しみに暮れるだけ……なはずが、ありませんよね?



「ええい、いつまでも辛気臭ぇぞ、オラァ! しゃーねぇだろうが、行っちまったもんはよ! 男が別れの挨拶できなかったぐらいで、いつまでもピースカギャースカ騒いでんじゃねえオラァ!」



 ほら。


「オラツキ……」

「オラツキくん……」

「いや、私たちは女なんだけど……」

「私も……」

 

 突如響いたオラツキくんの怒声に皆が振り返りキョトンとした顔に。だけど、オラツキくんは続けます。


「こ、こまけーことはいいんだよ、オラァ! と、とにかくだ、重要なのは別れよりも、今度会う時に俺らがどうなってるかの方が大事だろうが! 違うか、オラァ!」


 照れながらも、不器用で、乱暴で、だけどその想いは……



「強くなるんだよ! んで、ここも前のように復興……いや、前以上にだ! アースは帰ってくる! もっと強くデッかくなってな! 大神官様も女神さまもだ! そんとき、俺らが変わってなけりゃ意味ねーだろうが! いつまでも頼ってんじゃねえよ! そうじゃなけりゃ、三人とも安心して帰って来れねえだろうがオラァ!」


「「「「ッッ!!??」」」」


「ここが三人の帰る場所なんだ!」



 その想いは、確かに皆の心を打ったようですね。


「その通りだ」

「その通りかな!」


 すると、オラツキくんの言葉に同調するように、マチョウさんとツクシの二人も前へ出て頷きました。



「今回、自分たちがもっと強ければこんなことには……もっと自分たちが頼もしければ師範も女神さまも安心してこれからも……だが、それが叶わなかった。自分たちが弱かったばかりに……」


「だからこそ、私たちも変わらないとダメかな! 今まで大神官様に何もかも頼りきって、そして女神さまを心の拠り所にしていた。でも、それだけじゃダメかな! 変わらないと……強くならないと……そして立て直さないと……私たちだけでも……ううん、こればかりは私たちだけの力じゃないとダメかな! アース君じゃないけど、気合と根性かな!」


 

 多分ですが、もしこの国に坊ちゃまが来ていなければ……この方たちが坊ちゃまと出会っていなければ、このままヤミディレとクロンさんを失った悲しみで皆が途方に暮れているだけだったと思います。いえ、きっとそうだったはずです。

 しかし、坊ちゃま……彼らは悲しみにいつまでも立ち尽くしているだけではないようです。

 何かを坊ちゃまはこの国に残していたようですね。

 それが私には誇らしいです。

 とはいえ……


「そ、そうだよ、やらないと! ここが……三人の帰る場所なんだから!」

「う、うん……だよね……今度アース君に会った時に、全然強くなってないとか言われたら恥ずかしいし……」

「僕たちは一番の親友だからそうなんだな!」


 モトリアージュ君たちもやる気を出して気合を入れていますが……ここが坊ちゃまの帰る場所ですか……う~む……それに親友発言は……


「む?」

「一番……だと?」

「ん~?」


 姫様、リヴァル様、フー様はピクリと反応されましたね。



「あ~、コホン……その……諸君よ……その、我もアースの恋愛的なそのアレは……そのクロンという娘については、うん、もう我に口出しできないというか、我もここからスタートであり、まだ我が何も言う資格はないということで百万歩譲って、その……だ、だが……」


「え? な、なんです? 僕たちは何も間違ったこと……」


「そうだぜ、オラァ! アースは俺らのダチなんだよ!」


「一緒に頑張ってきたんだ」


「そうなんだな!」



 以前までの姫様なら坊ちゃまの恋愛関連は一番に反応されていましたが、今は心を抑えている様子。

 ですが、「友」というものまでは妥協する気はない様子ですね。



「俺たちはもっと昔からの付き合いだ」


「そ、そうだよ。今日までそれに胡坐をかいてすれ違っていたけど……でも、僕たちはまたやり直すんだ!」



 リヴァル様もフー様も、坊ちゃまの「一番の親友」という発言までは許容できないのか、ムッとした表情をされています。

 っというより、年頃の若者たちがどっちが坊ちゃまの一番の友達だと喧嘩するとは……ちょっと笑えてしまいますね。

 ただ、そんな中で……


「ふっ、みっともないわね、フィアンセイ姫。そんなことでイチイチ反応するから、ハニーにウザがられるというのに……」


 この争いにも一切参加せず、ずっと静かにしていたジャポーネの忍者戦士……シノブが姫様たちを嘲笑するかのようにボソッと呟かれました。

 正直、私も彼女のことはあまり知らないのですが、どうやらこの娘も坊ちゃまに……むぅ……


「……あなたは良いのですか?」

「ん? ええ、そんなことを口で争っても仕方ないし、ハニーだって迷惑でしょう? 別に口で争わなくても……今度ハニーが苦境に陥った時……その時、隣に立っている人物こそがハニーのパートナーなのだから」


 私の問いに自信満々に答えるシノブ。なるほど。これは姫様も大変でしょうね。

まぁ、私としては……今も今後も、坊ちゃまの一番の傍にいるのがあの大魔王というのが一番複雑なのですけどね……

 それにしても……このシノブという娘……ふむ……


「ふふ……さぁ、私はいつに……ハニーのお父様とお母様に捕まりそうになっている所に颯爽と登場? それとも捕えられてから助けるのがドラマチック? いいえ、むしろハニーならば自力で逃げている可能性もあるし、そうなると現れても私はマヌケ……むしろ、お父様とお母様の報告があった後の方がいいかしら? もしそうなら、少し時間をおけば、あのクロンという娘とも別行動になるでしょうし……うふふ……うふふふ、ハニ~♡ 私はいつでも駆け付けられるのよ?」


 何か不気味な笑みを浮かべてブツブツと……よく分かりませんが、坊ちゃまも大変ですね……

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