第237話 幕間(父)

 追いかけて、追いかけて、ようやく見つけたアースは俺たちを頑なに拒絶して、よりにもよってヤミディレとカクレテールの女神と、そして恐らくヤミディレと同じ種族と思われるハンサムと一緒に逃げている。

 ヤミディレのこの十数年をカクレテールで聞いた。良いことも。そしてあのヨーセイっていう若者のことも。

 戦争の時のヤミディレを知っている俺とマアムなだけに、今のあいつを判断できない。

 変わったのか、それとも何かを企んでいるのか。

 アースが騙されているのか。そうではないのか。

 そこに、アースが大魔王トレイナの技を使えたことと何か関係あるのか?

 分からない。

 だからこそ、あいつを追いかけた。

 真実を知りたい。

 あいつの気持ちを知りたい。

 そして何よりも、ちゃんとした親でいれなかったことを謝りたい。

 あいつと話したいこと、話すべきこと、言うべきこと、聞きたいこと、聞くべきこと、山ほどある。

 だけど…… 

 

――でも、やっぱり親父には俺の気持ちは分からねえよ

 

 俺たちには何も話さない。そんな気持ちの込められたその一言が、俺とマアムを抉った。

 そして俺もマアムも何も反論できなかった。

 あの御前試合の時から、「何も分かっていない。何が分かっていないかも分かっていない」という自分たちのマヌケぶりを突き付けられた。

 そして、そんなマヌケな俺たちにはもう話すことは何もないと、あいつはそのまま振り返らずに飛び去ろうとしていた。

 だけど……

 

――おにーちゃん!

 

 あいつを慕っているこの小さな子供の言葉にあいつは切ない表情で、同時に俺とマアムに対して「なんてことしやがる」って顔で睨んできた。

 それだけで、アースがこの子を可愛がってたんだなってことが分かった。

 まさか、俺たちがこんなチビッ子に嫉妬しちまうだなんてな……

 

 すると、意外なことが起こった。

 

 あの女神の娘が振り返って何かを言ってる。するとアースも止まり、振り返り、そしてその口元に笑みを浮かべている。

 

 何かを企んでいる?

 

 しかし、ヤミディレだけは微妙そうな顔をしている。

 

 そう、俺はてっきりあのメンツの主導権はヤミディレが握っていると思っていた。

 でも、そうじゃない?

 

 そして、アースたちは視界に入った離れ小島に降りた。

 それは、俺たちを迎え撃とうとしているかのように。

 

 アース。

 女神。

 イケメン。

 ヤミディレ。

 ペガサス。

 カバ。

 

 まさかこのまま俺たちと戦おうというのかと、俺とマアムにも緊張感が走った。

 ヤミディレが居るんだ。

 そういう展開だって予想はしていた。

 

 とはいえ、自分の息子がヤミディレと並んで俺たちと向き合っている光景には、何とも言えない胸の痛みが出ちまった。

 

 しかし、そんな緊迫した俺らに対して……

 

 

――アースのお嫁さんになります!

 

――既にアース・ラガンとクロン様は裸の付き合い!

 

 

 いや、そりゃ俺もマアムも驚くなって方が無理だ。

 事前にアースの友達だって奴らから、大会で優勝したアースがカクレテールの女神様と結婚するって話は聞いていたが、ここでそれを本人と、しかもヤミディレまで一緒になって大声で言われるとは思わなかった。

 

――満開の花畑を咲かせてみせよう!


 そんな驚く俺たちを更に混乱させるかのように、あのイケメンが魔法で足元辺り一面を花畑に変えやがった。

 その花に、何の脅威も仕掛けも感じないからこそ、何が起こって、何の意味があるのかも分からない。

 これが戦争だったら、とりあえずドカーンとふっとばしてるが、そういうわけにもいかず、俺もマアムもただ戸惑うだけ。

 そして、そんな俺たちに対して……



――行くぜ!



 アースが俺たちに向かって走ってきた。

 攻撃の気配も、殺気も敵意も感じない。

 だけど、その眼は何かを狙っていた。強い意志を感じた。

 そして……



――大魔・キラー・クロスオーバー!!



 俺とマアムは見た。いや、見せつけられた。

 今のアースが到達した領域を。


 カクレテールで、アースが大会で優勝し、更にはヤミディレと戦って勝ったという話を聞いた。

 しかし、俺もマアムもそれは「ありえない」と思い、何かの策を使ったのだろうと決めつけていた。

 ある意味で、俺たちはアースの力よりも、ヤミディレの力のことをよく知っていたからだ。

 だけど、ヤミディレが「策だけ」で勝てる相手ではないということもよく分かっていた。

 だから、アースも俺たちが思っているよりも強くなっているのだろう……と思っていた。

 そう思っていたはずなのに、それでも俺たちはあいつがここまで達しているということをまるで予期していなかった。

 分かっていなかった。


「アース。お前……今の動き……」

「御前試合の時よりも……さらにとんでもなくキレがあったわ……あんた……」

 

 アース……父ちゃんはな、昔っから相手の打撃だったり剣術だったり魔法だったりは、一度見たら大体使えるようになっちまうんだ。

 原理や理屈は分かんねーけど、「まっ、こんな感じだろ?」みたいな感じでポンとできちまった。

 そんな原理や理屈が普段はあまり分からねー俺でも、これだけは分かる。

 

 

「お前は……この数ヶ月……どんだけ走ってきたんだ?」

 

「……………」

 

 

 アースはチビッ子を抱きかかえたまま、こっちを見るけど俺の問いには答えてくれない。

 でも、答えは聞かなくてもこれだけは分かる。

 

 今のアースのステップは、ただ技を練習したとかそういう次元じゃねぇ。

 

 血の滲むような努力。走って走って走りまくって、何度も何度も反復練習して身に着けたと分かるほど、思わず見とれちまうぐらいの華麗で力強い動きだった。

 

 そうだ、御前試合の後、あいつを追いかけて俺も帝都から飛び出した時にもそのことをずっと俺は後悔していた。


 大魔螺旋だけじゃねえ。

 御前試合での、あの身のこなし、拳の力や、足捌き、どれをとっても目を見張るものだった。

 リヴァルを翻弄していた拳や足の動き。何も小細工なんて無かった。

 綺麗なフォーム、研ぎ澄まされた動き、どれをとっても努力をして身に付けたものだと気付いた。


 そして今、また新たに見せたあいつの動きは、数カ月前の御前試合よりも遥かにキレていた。

 アースはあのときよりも更に強く、逞しく、そして走り続けて来てたんだ。


 そう、六覇と戦えるレベルになるほどに。


 ああ、くそ……どうして俺は……



――俺、ど、どうだった? 強くなったんだ……俺、いっぱい、いっぱいさ……

 

――バカやろう!

 

――ッ!?

 

――何が強くなっただ……強くなるためだったら、何でもいいのか?

 


 何であの時点で……俺は……何度も何度もあの時のことがずっと後悔として頭を過る。

 

 

――大体、今の俺の何が悪かった? 俺は反則も、セコイ手も何もしていない! 自分が訓練して身に付けた、俺の力で戦っただけだろうが! それで、何でそんな目で見られなくちゃいけねーんだよ! 俺が壁にぶち当たって、ハズレの2世だとか、物足りないとか言われているのもずっと知らん顔してたくせに……そんな俺がようやくここまで来たってのに……なんでだよ!

 

 

 こいつの努力を見てやれなかった? 見てなくても、分かってやれなかった? 素直に労ってやれなかった?

 それまでもずっと……


――まっ、お前はじっくり伸びるタイプだ。焦らずガンバレ


 よくもあんなテキトーに……そんな俺にこいつが何を話すって言うんだ……そうだよ……だからこそ……



「アース……お前に止まってくれとか……話をしてくれとか……言葉だけじゃダメなんだよな……」


「…………」


「真剣に……本気の力でお前を捕まえる……俺がそれほど本気にならねーとお前を捕まえられないぐらい、お前が強くなったってことを俺はまだ分かってなかった……」



 お前はもう俺がそれぐらい本気にならねーと捕まえられないんだ。

 それを俺が伝えなきゃならなかった。

 だからこそ、俺は……



「そうね、アース。母さんも本気よ。あんたは……もう、それほどまでに強くなってるわ」



 俺たちは……



「「本気で行く」」



 言葉でいくらあいつを褒めても、認めても、もうあいつはそれを信じちゃくれない。

 だからこそ、本気を伝えなくちゃならないと思った。


 あいつを息子としてではなく……一人の男として認めるということを。


 でも、あいつはそれでも……



「けっ、この程度で認めてんじゃねーよ……俺はそんな安っぽいことは求めてねぇ」


「アース……」


「俺はまだ何も超えちゃいねーんだからよ。こんなんで『俺たち』は満足しねえ。してたまるかよ! サディスの涙を振り切ってまで世界を目指したこの俺が、こんな半端な評価で満足して、帰るとでも思ったか? いつまでも俺を嘗めてんじゃねーぞ?」



 俺たちの評価がどうのこうのじゃなく、単純にあいつがまだ自分自身に満足しちゃいねぇ。

 アースはそれほどまでに自分に厳しく、どこまでも高い目標を持って、まだまだ強くなることを口にした。


 その姿が尚の事、よりアースが強くデカくなっていると思い知らされた。


 そして……



「クロンッ! 王子!」


「「ッッ!?」」


「ああ、坊や!」


「はい、いきます!」



 次の瞬間、俺とマアムの後ろに居た二人の眼が光り、同時にどこまでも濃い花びらが舞い上がり、俺たちの視界を塞いだ。


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