第236話 ハイクオリティ

 クロンとヤミディレの恥ずかしい発言で、すっかり親父と母さんも毒気が抜かれたのか、アホな顔してアタフタしてやがる。

 

「王子!」

「任せたまえ! さぁ、緑少ないこの離れ小島に満開の花畑を咲かせてみせよう! メガ・ガーデニング!」


 その隙に、まずは俺の傍らの王子に魔法を使わせる。


「は? 魔法!? おい、マアム……なんか来るぞ!」

「分かってるわ! でも、メガ級の魔法なら何が来ようと……へ?」


 そして、集中力が乱れていた二人に王子の魔法を即座に潰すなどの反応ができず、ただ驚いているだけ。

 もっとも、この魔法がそれこそ親父や母さんに向けられる「攻撃」ならば二人はまた「戦闘」を意識して集中するんだろうけど……


「ん? 花が……毒でもない……」

「わっ……これは……」


 僅かな緑と砂浜しかない小島に、本来ならありえない花々が咲き乱れる。

 攻撃ではなく、あくまで島中に花を咲かせるだけ。


「わ~、キレイ……おはなだ……」

「ちょ、チビッ子、お前は俺らの後ろから出てこないように!」

「あんまり触んない……よう……でも、普通の花? え? 何の意味が?」


 何もない島に突如色とりどり満開の花畑ができたんだ。

 ましてや、それに毒とか攻撃とかの悪意や敵意もない。

 アマエは興奮してるが、親父も母さんもこの環境の変化に戸惑うしかない。

 これに何の意味があるんだ? と。

 実際…… 


『意味などない。しかし、集中力が乱れていた二人からすれば、余計に混乱するだろう。何の意味があるのか……そう思わせることに意味がある。ましてや、童を気遣って向こうから攻撃を仕掛けることも無く、最初から受け身の状態の二人は何もできん。ふふふふふ、受け身なヒイロとマアム? 突撃特攻粉砕という単細胞な戦法ばかり取っていた貴様ら馬鹿どもには最も似つかわしくない戦法。全てが後手に回っているぞ? ヒイロ……マアム!』


 そう、意味なんてない。これも親父と母さんの二人をただ混乱させるだけのこと。

 ただし、ここからは……



「集中力が乱れ、目の前に俺が居るのにこんな簡単に視線も逸れて……そんなんで俺の何を見てくれるってんだ?」


『さぁ、虚仮にしてやれ!』



 その瞬間、トレイナの言葉で背中を押し出されたような気持になりながら、俺は二人へ向かって真っすぐ走った。


「……ッ! アース!?」

「え、あ、アース!? なにを……する気?」


 さんざん逃げ回っていた俺が、二人めがけて走る。

 慌てて二人は俺を見て、一瞬だけ俺から攻撃されるかもしれないと思って身構えようとした……だけど……


「「え……?」」


 ここで、二人はまた更に驚いたはずだ。

 何故なら、真っすぐ走る俺から何の攻撃の気配も感じなかったからだ。


「アース……」

「……突進?」


 これによって、二人の反応はまた遅れる。


『今なら……抜ける!』


 攻撃もしないなら、俺は何のために二人へ向かって走る?

 正解は、根本から違う。

 俺は二人に向かって走っているわけではない。

 単純に俺が走る先に、『障害』として二人が立っているだけ。

 俺が目指すのは、二人の後ろにチョコンと立っている妹。


『ブレイクスルーを使ってしまえば、二人は戦闘を意識する……だから、使うな。ここで必要なのは身体能力ではなく……走りの技術と質だ!』


 そう、俺が走るのは攻撃のためじゃない。二人を抜いてアマエの所に辿り着くためのもの。

 集中力乱され、視線も逸らされ、頭の整理もできない今の状況で……



「行くぜ!」


「「ッ!?」」



 ダッシュで二人の間合いに入る寸前にペースに緩急をつける。

 チェンジオブペース……からの……右へ体重移動。


「ちょっ、アース!」

「何を!? どこへ!?」


 親父と母さんも反応し、俺の動きに連れられて重心をズラす。

 だが、そこで俺は右への体重移動から左への切り返しのクロスオーバーステップ……


「ッ!? お……おま……ッ、逆移動か!」

「この動きは……っ、待ちなさい! 逃がさないわ!」


 だけど、俺の切り返しの動きを親父も母さんも驚きながらも瞬時に反応。

 二人から一瞬だけ視線を逸らす。その僅かな視線の誘導にも二人は反応。

 これだけお膳立てされながらのフェイントにも、流石に百戦錬磨の二人はついてこれるようだな……だけど……



「……からの~!」

  

「「ッ!?」」


「大魔・キラー・クロスオーバー!!」



 親父と母さんが反応して逆サイドに視線を向けたまま重心移動させようとした瞬間、俺は再び逆へステップし、一気に抜き去る。



「急ストッ……あ……」


「え……あ……」



 これが戦闘に使うステップだったら……二人が集中状態なら……多分、潰されたかもしれない。

 でも、俺は抜いた。


『ふふ……二重三重のお膳立て……だが、それだけではない。血の滲むような修練の果て、ヤミディレやパリピとの死闘で更に殻が破れた童のステップだ……たとえブレイクスルーが無くとも……目を奪われただろう?』


 スピード、パワー、それだけじゃねぇ。


『普段なら、相手のフェイントや技術などお構いなしに正面から何も考えずに叩き潰す単細胞馬鹿の貴様らだが……思わず見てしまっただろう? あまりにも完成度の高い童のステップワーク……ゆえに、フェイントにも引っかかってしまっただろう?』


 技術で抜いた。親父を。母さんを。


「……アース……お前……」

「……アース……あんた……今の動き……」


 そして二人は俺のフェイントに引っかかり、付いてこれず、体重移動の繰り返しで足がもつれて、二人まとめてその場で尻餅ついた。


「アマエー!」

「あ……あ……おにーちゃん!」


 そして、障害を抜き去ればその先に待っているのはアマエだけ。

 あいつが俺を呼んだ瞬間、俺はあいつを抱きしめて、この手で抱きかかえていた。



『見事。相手の戦意すら殺すこのクロスオーバーステップ……まさに『大魔・キラー・クロスオーバー』と呼ぶに相応しい! それほど見事な『アンクルブレイク』だったぞ、童!』



 自分でも思い通りに体を動かし、思い通りに二人をもつれさせた。

 たとえ、こんな遊びみたいな攻防でも、俺には僅かな達成感と共に、トレイナの言葉に高揚した。



「す、すごいです! アースのお父さんとお母さんが転んじゃいました!」


「まったく……何という美しい動きをするんだ……坊や」


「アース……ラガン……あいつ……私と戦ったときよりも更に……」



 そうだ皆……もっと俺を見ろ……もっと驚いてくれ……つか、トレイナのやつ、また勝手に微妙なネーミングセンスを……ま、今は気分がいいからそのネーミングを一生使ってやるけどな!


『ふふふふふ、ふはははははははは! みっともないではないか、ヒイロ! マアム! 平和ボケして鈍ったか? 足が引っかかって転ぶなど、ふふふふふふ、ははははは! どうだ? どんな気持ちだ! しかし、これが今の童だ! 本来なら、たとえどれだけ集中を乱されようと、どれだけ動揺と混乱をしていようと、仮に完全に油断している隙をついても、貴様らが息子に触れることもできずにすっころぶなどありえないほどの実力差があった……しかし、今の童は違う! もはや貴様らの想像よりも遥かに『ハイクオリティ』に育っているのだ!』


 そして、俺以上に俺の師匠は上機嫌だった。

 でも、おかげで……


「う~……っぐ、おにーちゃん……おにーちゃん!」

「おう」

「おにーちゃん! う、あ、ううう、おにーちゃんのばかぁ、ばかぁ、うそつきい!」


 おかげで、こうやって泣いてる妹と逃げずに向かい合って触れることが出来たんだから。

 俺に抱っこされ、次の瞬間には泣きじゃくって俺の首にしがみ付き、両足を背中に巻き付けるようにギュッとしてくるアマエの、小さいながらも懸命な力と重みを改めて感じることができた。

 でも……


「ああ。ごめんな。でも、あとで、いっぱい怒られるし、叩いていいし、撫でてやるから……もうちょっとだけ待ってくれ」


 これでメデタシメデタシじゃねぇ。


「ふぅ……アース……お前……そうだよな……ヤミディレにも勝ったって……でもな……だけど……お前……」

「ちょっと……ううん……本気で……本当にビックリしちゃったわよ……アース」


 そう、俺にすっころばされた二人の勇者がこのまま引き下がることはない。

 二人は尻餅ついたまま俺に振り返っている。

 あの二人が俺を見上げている。

 今の一瞬の攻防で何があったのか? それを思い返しているのか、こんな静かで真剣な表情で俺を見る親父と母さんは初めてだった。


「お前……今まで……どれほど……御前試合の時から更に……どれだけ……走って来たんだ?」

「どれだけの戦いを……乗り越えてきたの?」


 そう、あの二人が……俺を見る目が変わった!


『フッ……この目をされると……流石にここからは……『今』の童では二人同時に相手にしては勝てぬ……『今は』な。だが……ヒイロ……マアム……いつかその目をした貴様らすらも……童は……』


 そうだ。今は不意打ちでこれで精一杯だ。

 だけどいつか、最初からこの目で見られた二人すらも……『俺たち』は……



『「超えてみせる!」』


 

 その一言の意味を親父も母さんも分からないだろうけど、『俺たち』は宣言した。

 そして……



「さて、向こうも真剣になってしまったみたいだし……僕たちも彼を守らないとね……舞い散れ、花吹雪!!」


「アース、とってもカッコ良かったです。私も……頑張ります!」



 俺を称賛しながら、向こうに居る二人の眼がキラリと輝き、同時に辺り一面に咲いている花畑の花びらが吹き荒れた。

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