第241話 最後の難関
親父と母さんに捨て台詞を残し、全てがうまくいった達成感で、俺は笑みを浮かべていた。
「ふん……やけに上機嫌ではないか、アース・ラガン」
「まーな」
「まぁ、私も少しは溜飲が下がったがな……」
親父と母さん、スゲー顔をしてたな。
そりゃ、まともに戦えば負けるはずのない俺たち相手にあそこまで好き放題翻弄された挙句にこうして逃げられてんだ。
何よりも、親父と母さんの子である俺が、こうして二人の宿敵でもあったヤミディレの後ろに乗せてもらってるんだ。
あんな顔するのも無理はねーな。
まっ、一番笑ってるのは……
『ふふふふ、しかし無様だったなァ、あの二人は。人間ならば本来奴らの今の年齢こそが全盛期のピークだろうに、あの体たらく。なぁ? 童。余の方が優れているのだ。な? 童よ』
全てトレイナが考えた作戦に親父と母さんがまんまとハマってこうなったことに、トレイナは未だに上機嫌の笑いが収まらない様子。
思えば、出会ったときからこいつはずっと、「一対一なら勝っていた! 自分の方が優れている」と意地になってるところがあったから、その鬱憤を少し晴らせて満足しているのかもしれないな。
「でも……強かったね。坊やの両親は。目の前に立つだけで分かる。正直僕は……坊やの言う通りに動いてなければ……まともに戦ったら勝てる気がしなかったよ」
「王子?」
「あれがかつて……ヤミディレや……その仕えた主でもある大魔王を倒した勇者か……あの二人に……僕たち天空世界はパリピの口車に乗って戦おうとしていたんだね」
一方で王子は苦笑しながらさっきまでのことを振り返り、感慨深そうに呟いた。
『卑怯な手でだぞ~』
と、王子の呟きに対してトレイナは聞こえないと分かりつつもツッコミを入れる。ここら辺はこいつもしつこいな……
「ふん。神は……負けてはおらん。卑怯な手で敗れたに決まっている」
「……ヤミディレ?」
「だからこそ……新たなる神を……次代の神を早々に誕生させねばならぬというのに……」
王子の言葉にヤミディレが少しムッとしながらそう呟き、その背中から何かモヤモヤとしたのが見えたような気がする。
背中に乗っている俺に向けてのプレッシャーのつもりなんだろうな……
「私はアースのお父さんとお母さんに挨拶が出来て良かったです。でも、いつの日かもっとゆっくりと正式にご挨拶したいです。そう……私がアースに好きになってもらえて、アースのお嫁さんになることができたら……ですね♪」
「うっ……」
「あっ、そうしたらあのお二人にも、私は『お義父さん』、『お義母さん』って呼ばないとダメなんですよね?」
「さ、さぁ、そこら辺はまだ先の事なので今は別に考えなくても……」
「でも、考えるだけで私は幸せな気分になります。頑張ろうって思えます。だって、そのためには……頑張って私がアースに好きになってもらえるように成長しないといけませんから……そうですよね?」
ですよね? って、そんな純真無垢な微笑みを見せられても俺が照れ困るだろうが……
「クロン様……そこまでしっかりと将来設計をされているのは感心します。まぁ、私としてはあの二人にクロン様が正式に挨拶というのは複雑ではありますが……」
「んもう、そういうこと言わないでください、ヤミディレ。それに、私とアースが結婚できたら、ヤミディレは……私のお母さんなんですから、アースの御両親とは親戚になるのですよ?」
「………………は?」
「そして、私がアースの子供を産んだら、ヤミディレもおばあちゃまです! アースの御両親と一緒におじいちゃま、おばあちゃまになって、皆仲良く……んふ~、考えただけで素敵な未来です」
んもうそんな目を爛々とさせて……何だろう……シノブとはまた違う。
シノブはこういうことをどこか狂気を感じさせ、俺をその将来設計から絶対に逃がさないみたいな意志を感じる。
でも、クロンは本当に純粋で、なんというか本当におめでたいというか、天然というか、ポワポワしていてどこまで本気なのか分からないのに、だけどこれに関しては本気っぽいというか……
結論としてシノブもクロンも、二人に俺はどうしても照れる!
「く、クロン様、だから私を母などと……なんと恐れ多い……というか、私が、お、おば、おばあちゃ……こ、この私が……」
で、ヤミディレも何というかクロンの「おばあちゃま」発言に物凄く唸っている。
まぁ、何歳かは分からないけど見た目はこんなに若いんだからショックなのかもな……
「ふふふふ、これがあのヤミディレか……この姿を坊やの両親にも見せれば、普通に信じて貰えたかもしれないのに」
「な、なんだよ、王子……」
「まぁ、それとも変わったのは……坊やのおかげなのか……いずれにせよ、力も封じているし、今のヤミディレならば……釈放して……遠くへ好きに行かせて問題なさそうだね」
全て王子の一存で今回はヤミディレを外に出してもらった。
王子が天空世界からの責任を全て負うということだったが、自分の判断はこれでよかったのだと、どこか王子も納得したように笑っていた。
だが……
「う~……やだ……とおく……いくのだめ……やだ」
「「「「あ……」」」」
「どこかいっちゃうの……やだぁ!」
そのとき、一人だけ弱々しく悲しみに満ちた呟きが、浮かれていた俺を元に戻した。
そうだよな……
「アマエ……」
「やだ……いやったら、やなの!」
俺とヤミディレの間で、俺の体に両手両足を回して正面からギュッとしがみつき、俺の胸に顔を埋めたまま誰にも顔を見せずに唸っている。それは、親父と母さんから取り上げた、アマエだ。
泣きながら俺たちを追いかけて、だけどこうして俺たちの腕の中に入ってきても未だに何も納得せずに泣いて、怒って、ふてくされて、そして駄々をこねている。
「大神官さまも、女神さまも、おにーちゃんも、いっちゃやだ。ずっといっしょがいい……」
「アマエ……泣くなよぉ……」
「む、ぬぅ……」
「アマエ……泣かないでください……」
「あぅ、アマエちゃん泣いたらダメなのん、アマエちゃんは笑ってるのがカワイイのん」
アマエのその願いに、俺も、ヤミディレも、そしてクロンも、そしてヒルアですら困った反応しか見せられない。
「やーだああ! いっしょじゃないとやだぁ!」
悲しいだけじゃなく、俺にしがみ付く腕と足に入る力は「絶対に離れたくない」という意思を感じる。
でも……
「しばらく留守にするだけで、もう二度と帰って来ないわけじゃない……俺も、クロンも、ヤミディレも」
「……や……ぐす……やっ!」
「それによ、皆が居るだろうが。ツクシの姉さん、カルイ、マチョウさん、教会のシスターたち……それに、モトリアージュたちもお前のことはもう妹みたいに想ってるだろうし……道場の連中だってそうだ。お前にはいっぱいお前を大事にして可愛がってくれる人たちが――――」
「でも、でもぉ……おにーちゃんたち……いないの……やだぁ……」
別れの挨拶をしっかりできなかったこともあったし、アマエにだけはちゃんと別れをしてから……というのが本来の目的で、そのために親父と母さんを相手に頑張ったんだ。
しかし、この駄々っ子を説得するのは、ひょっとしたら親父と母さんを出し抜くよりも大変な最後の難関かもしれんと俺は思わず苦笑し、ヤミディレもクロンも、そしてヒルアや王子も複雑そうな表情を見せていた。
つか、ヤミディレもアマエには強く言わないんだな……
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