第231話 話を遮る

「アース、また必ず我らと高みで会おうぞ!」

「またな!」

「坊ちゃま、どうか息災で! いつでも帰ってきてください」

「アース、元気でね!」

「師範、どうかご無事で」

「女神様も大神官様もあんちゃんも、必ずまた来るっすよ!」

「絶対かな!」

「「「「うおおおお、師範んんんん、女神様あああああ、アーーーースうううう!!! あと、ヒルアアアアアアア!!!!」」」

 

 天使たちとペガサスに二人乗りして雲から飛び立つ皆がこちらに向かって手を振っている。

 多少の涙あり。だけれども、笑顔と爽やかさを感じる。

 今日は色々なことがあり過ぎて精神的にも肉体的にもつらい状況ではあるが、俺も笑顔を浮かべて手を振り返した。


「坊ちゃま……旦那様と奥様には私から話をしてみます……坊ちゃまを追いかけるのはもう……と……でも、坊ちゃまを信じてくださいと」

「うむ、我も話をする。でも、これが今生の別れではないとも言う」


 思えば、帝都から家出して色々な出会いがあったが、こんな風に笑顔で別れられるのは初めてかもしれない。

 サディスも、フィアンセイも、他の皆も……


「ハニー、また必ず会いましょう♡ ……うふふふ……好敵手クロンは別にハニーと一緒に旅したり暮らしたりするわけではないとのこと……フィアンセイ姫はもうおうち帰る状態……サディスさんも坊ちゃまお元気で……うふ、うふふふふふふふ……労せずハニーの周りのライバルが自ら居なくなるなんて……キタわコレ! あとは、タイミングを見てまた陰から……うふふふふふ、これで勝てるわ!」


 なんか、シノブが手を振りながらも物凄いニヤけ面をしているが……まぁ……いいだろう。


「皆さん、お元気で!」

「また遊びに行くのーーーん!」


 皆に笑顔で手を振るクロンとヒルア。


「……ふん……」


 そして腕組みして黙ったままのヤミディレ。

 その両目は普通の眼で、もう紋章眼が開眼することはない……はず……。


「皆さん……もうあんなに遠くへ……」

「クロン……」

「クロン様……」


 ペガサスで既に豆粒に見えるぐらいの距離まで離れてしまった皆を見ながら、クロンが寂しそうに呟いた。

 しかし、すぐにグッと両拳を握ってやる気に満ちた目をして顔を上げた。


「さぁ、私たちも行きましょう、ヤミディレ、ヒーちゃん。アースも途中まで一緒ですよね?」

「ッ、クロン様……そう……ですね」

「任せてなのーん!」


 すぐに切り替えて前を向くクロンにヤミディレも少し戸惑っている。

 十年以上も一緒に暮らしていたヤミディレでもそうなるぐらい、クロンは今回のことで変わって、本当に強くなった。

 色々と心配だったが、これならこれからも大丈夫そうだ。

 それに、『あいつ』もこれからは……


「じゃあ、僕らも行こうか?」

「ああ」


 そして、俺ももう遠く離れたサディスたちへ振る手を止める。

 ヤミディレとクロンはヒルアの背に乗り、俺は王子の後ろに乗せてもらう。

 にしても、やっぱりこれはハズイ。


「では、ハイヨ~!」

「うおっ!」

「さあ、しっかり捕まりたまえ、お姫様♪」

「俺は男だッ! って、うおっ!?」


 恥ずかしがる俺を茶化す王子は、そのままペガサスに合図を送る。

 すると、ペガサスは前足を上げて勢いをつけ、そのまま雲から飛び降りた。


「うお、ぬお、落ちっ、あぶな、ぬっ、ぐ」

「あ、……ん」


 最初は王子の腰に手を回すのは恥ずかしいと思ったが、飛び降りられた瞬間、反射的に王子の体にしがみ付いてしまった。


「……ん?」

「は、はは、驚きすぎだよ、坊や。そんなに必死にしがみ付いて恐かったかい?」

「あ、ん? いや……だ、大丈夫だし」

「はははは、そうかい。では、しっかり『腰』に手を回しなさい」


 ちょっとバランスを崩して、ビビッて王子の体に抱き着くという恥ずかしいことをしてしまい、そのことを王子にからかわれてしまったが……何か今、手の平に妙な感触が……柔らかかったというか……いや、硬いけど……ほんの少しだけ柔らかい? 俺は今、王子の体のどこに触ったんだ?

 あ、つか、密着しすぎか? 香りが……男のくせに何でこいつ、こんな良い香りするんだ?


『あ、童? 貴様……まったく気付いていないのか?』

『ん?』

『そやつ、そんな服装をしているが、実は――――』


 そのとき、トレイナが俺にキョトン顔して……


「で、どこへ向かえばいいんだい?」

「え? ……あ、えっと……」


 と、トレイナが何かを言おうとしていたが、王子の質問に被せられた。


「あ~、クロンたちは帝国の最西部の海岸線へ向かってくれ。そこに迎えが居る」


 それが、パリピとの話で決まったこと。

 そして俺は……


「そうかい。で、坊やはどこへ送ればいいんだい?」

「ああ、クロンたちを送り届けてから、もうちょい先へ向かって欲しい」

「ああ、構わないよ」

「……つか、よくよく考えればちょっと立ち寄るだけとはいえ、せっかく離れた帝国の領土に逆戻りか……」


 それが、トレイナと決めた話だった。


「ふふふ、僕のペガサスならどんな距離でも大した時間もかけずに送り届けられるよ。ただ、そこのファニーなドラゴン君は大丈夫かい?」

「あ、何なのん、僕を今バカにしたのん?! 見てろなのん! 僕、実はけっこう速く飛ぶのには自信あるのん!」

「わ、速い速い速いです!」

「クロン様、あまり身を乗り出されては……って、今さらながら、そういえばこのドラゴンは何なのです? 一体どこで……アース・ラガン?」

「ん? おお。俺とクロンが召喚した」


 そしてそんな話をしている間に、カクレテールともっとも近い大陸が俺たちの視界に入った。


「おや。見てごらん、坊や。あちらに……」

「ん? おお……大陸が見えてきた……つっても、あれは違うよな……あれは……」

「……ベトレイアル王国……か……」

「わぁ、アレが別の国なのですね。私、初めて見ました!」


 海に面した海岸線に沿うように大きな港町が見え、何隻もの船が停泊している。

 俺も一度も行ったことのない国。

 クロンは目を輝かせている。


『おお……アレか……ベトレイアル王国……』


 トレイナも「ほ~」と眺めている。


『トレイナはあの国には行ったことがあるのか?』

『いや、あの国には無いな。特に興味もなかった。一応連合加盟国ではあるが、国力としては中の下……帝国やジャポーネ王国に遥かに劣る国だしな……』

『そうか。まぁ、俺もあんまり知らねぇしな』


 本来、自由な旅をしているんだから、行ったことのない国ほど足を踏み入れてみるのも醍醐味の一つではあるんだろうけどな。

 クロンたちの送迎が無ければ、ちょっと寄り道してもいいと思ったかもしれねえ。

 すると……



『ベトレイアル王国か……そういえば……七勇者の一人だった『あの小娘』はあの国出身だったな……そういえば、奴は何をしているのだ? こんな目と鼻の先にヤミディレが十数年間も潜伏していたのに、まったく気づいていなかったのか?』


「ベトレイアル王国か……そういえば……七勇者の一人だった『あの小娘』はあの国出身だったな……まぁ、終戦後も奴があの国には二度と戻らなかったので、私も近場のカクレテールで潜伏できていたのだがな」



 トレイナとヤミディレがほぼ同時にそう呟いていた。

 そして二人とも口にしたのは、あの国出身の七勇者のことだった。


『ん?』


 そして、ヤミディレの呟きにトレイナが反応した。


『おい、童……』


 そういえば、親父と母さん以外の七勇者のことで、その一人のことだけはトレイナにも……


『ん? あ~……そりゃ、あんたは知らなかったか。そういえば、そういう話はしてなかったし』

『うむ。どういうことだ? 七勇者は全員故郷で重職に就いていると思っていたが……まぁ、大半は帝国の人間だがな』

『ああ。五人な。親父、母さん、皇帝、リヴァルの親父さん、フーの親父さん』

『そして、ジャポーネのコジロウは侍戦士のトップなのだろう? 確かにそこまでは聞いたな。だが、そういえば残り一人の『あの小娘』については聞いてなかった』


 確かカクレテールの大会の合間にそういう話をしたんだっけ?

 確か、六覇のことを話している流れで……


『七勇者最年少……当時はまだ七~八歳ぐらいの小娘だったか? 『エスピ』……今はもう二十を越えているのだろうが、アレはなかなか興味深い存在ではあったな……いや、だからこそ……ベトレイアルの大人たちに利用されていたのだろうが……そこら辺の事情が原因か?』


 そう言って、かつての敵でもあった七勇者の一人の名を懐かしそうに口にするトレイナ。

 俺もその『名前だけ』は知っている。


『俺も話しで聞いたことがあるだけで、会ったことはねーんだけどな』

『ほぅ。奴は、貴様の両親にとっては仲間でもあり、妹分のような存在に見えていたが……たまに会うなども無かったのか?』

『俺はな。親父と母さんたちは戦後もたまに会ってたのかもしれねーけど、少なくとも俺はコジロウとエスピとは会ったことねーよ』


 会ったことない。 

 ま、物心つく前は分からないけどな。

 あのミカドのジーさんだって、俺が赤ん坊のころには会ったことあるって言ってたしな。


『まあよい。それはさておき……エスピは今、何をやっているのだ?』

『さぁ?』

『……さぁ?』

『いや、俺も知らねえし。ただ、聞いた話だと……国とは色々あって絶縁したとか……家族もいなかったみたいだし……しばらくは連合軍の方で何かやってたみたいだけど、今は何をしているか知らねえし、親父も母さんもそこら辺は詳しく教えてくれねーし、別に俺もそこまで興味なかったし……』


 七勇者の武勇伝はよく聞いたし、それこそ教科書にだって載っていた。

 終戦後の魔族や魔界との政治関連とかそういうのもだ。

 だけど、エスピについてはよく分からねえ。

 

「アース・ラガン。お前は……エスピについて知っているか?」


 だから、知らねえってトレイナに言おうとしたら、それを聞いて来たのはヤミディレだった。


「ん? いや、名前だけしか……他の七勇者と違って、今は何をやってるのかも……」

「そうか……」


 俺がそう答えると、ヤミディレはジッとベトレイアルの港町を見つめ、そして……



「以前……ハクキに聞いたのだが……エスピはノジャと――――――」



 だが、それを口にする前にその言葉は遮られる。

 



「見つけたァァァァァ!!!!」


「見つけたわァァァァ!!!!」




――――――――――――ッ!!??



「すまねえ、馬公! もうちょいスピード出してくれ!」


「疲れてもいくらでも私が回復させてあげる! あとで高級ニンジンいっぱいあげる! だから、お願い!」




 振り返る。

 そこには、遥か後方から猛スピードで追いかけて来る何者か。



「な、なん、なんだ!? 速いッ! 何かが来る……! って、あ、アレは……」



 目を凝らしてみると、それは猛烈な勢いで飛んでくるペガサス。

 そして、声を荒げながらそれに跨っているのは……



「え、ちょ……なんで!?」


「な……なにィ!?」



 俺とヤミディレが同時に驚愕した。



「あら? どなたです?」


「ちっ、……ヒイロ……マアム!」



 親父!? 母さん!? 何で?

 だって、サディスとフィアンセイが話しといてくれるって……



『……話もまるで聞かずに、とりあえず天空族のペガサスでも借りて、気合で追いかけてきたのだろうな……』


「……ありえる……」



 そっか……あの二人が……人の話を聞くわけねーか……サディスやフィアンセイに「俺を信じて」なんて言われても……信じることも……いや、その話を聞く前に追いかけて来たのか?


 いずれにせよ……これはマズイ!


 そして、そんな慌てた俺はまだ気づいていなかった。


 ヤミディレもクロンも気付いていなかった。


 一頭のペガサスに二人乗りして追いかけて来る親父と母さん。


 しかし、本当は『二人』じゃなかった。


 実はもう一人……すごく小っちゃいのが一人……親父と母さんの間に……親父の背中にギュッとしがみつき、後ろから母さんが抱っこするように……

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