第232話 ただの才能

 猛スピードで追いかけてくる親父たちを見ながら、トレイナは呆れたように溜息を吐いて……


『あのバカのことだ。おそらくは――――』




――うお、なんだ? 空からペガサスが……どういうことだ? うお、アレはサディス? フィアンセイちゃんも!


――旦那様……奥様……今までご心配をおかけしました


――無事でよかった……にしても、これは一体どういうことだ? それにサディス……アースは……


――坊ちゃまは帰りません


――ッ!?


――旦那様、坊ちゃまは―――――


――帰らない!? 何でだよ! そんなの……話を直接聞かねえと!


――いえ、ですから……


――ん? あの雲から影が……何かが向こうの方角に飛んでる? アレは……ひょっとしてアースか!? こうしちゃいられねえ! サディス、それと羽の生えた姉ちゃん、ちょっと馬を借りるぞ!


――旦那様!


――ヒイロ、私も乗るわ!


――おっしゃ、待てぇええええ、アーーーースウウウ!


――旦那さまあああ、奥様アアア、話しを最後までーーーー!




『——————とまァ、こんな流れになったのではないか?』


「すげえ、その光景がはっきりと俺も想像できた」


 と、トレイナが思い描いたイメージが俺に流れ込んできた。

 そして、その場面が俺は容易に想像できた。

 多分、そんな感じだろう。

 あれだけ、サディスやフィアンセイが「親父に話しておく」と言ってくれたのに、こんな短時間で追いついてくるあたり、二人の話を全然聞かずにすっ飛んできたんだろうな。


「ちっ、おい、アース・ラガン! よりにもよって……ヒイロ……マアム……どうするのだ!」

「アース、あちらの方々は……」

「くそ……このままヤミディレとクロンを引き渡せるかよ……王子! ヒルア! 飛ばせぇぇ!」

「よく分からないけど、捕まってはいけないのだね? 了解した。それにしても……とてつもない力の持ち主だ……本来天空族にしか操れないペガサスが……本能で屈服して言うことを聞いている……」

「んあ? ぼく、既に結構本気なのん! もっと速く飛ぶのん!?」


 とにかくこのままじゃ追いつかれる。

 


「アーーーースウーーーーー! ヤミディレえええええ! 止まれえええええ!」


「アース、止まって! そして私たちに話をして!」



 たとえ、サディスやフィアンセイたちとはわだかまりを解消できても……俺はまだあの二人とは……それに、ヤミディレとクロンのことも……だから、このまま捕まるわけにはいかねえ。



「ああ言われているが、止まらない。それでいいんだろう? 坊や」


「ああ。逃げ切れるか?」


「任せたまえ。空の上で僕たち天空族に速さを挑むなど人類にはまだ早すぎる」



 猛烈に追いかけてくる強烈なプレッシャーを感じながらも、王子も最初こそは戸惑っていたが今は冷静な様子。

 両手で握りしめた手綱から片手を離す。



「ファニーなドラゴンくんも、僕に身を委ねてくれるかい?」


「んあ?」


「翼だけではダメならば、風を味方につけるまで!」



 そのとき、王子の片手に魔力が集まっていく。

 


「風は時に生命を傷つける。しかし、時にはその風が後押ししてくれる。紋章眼を持つ僕だからこそ可能な絶妙な力加減……メガ・ウィンドブースト!!!」


「んあ!?」



 放たれる魔法は風。俺たちの乗るペガサスとヒルアの全身を包み込み、そして一気に前へ押し出す推進力となる。


「んあ、すごいのん! なんか、楽ちんですごいスピード出るのん! 押されるのん!」

「わあ!? さ、さっきよりも速いです!」

「ウィンドブースト……天空族が飛行の加速に使う魔法……しかし、力加減を誤れば強烈な風が肉体を破壊するのだが……それを自分だけでなく、ペガサスや他人が乗っているドラゴンにまで……まぁ、紋章眼を持っていれば容易いだろうが……」

『加速を促す魔法か……さて……』


 速い。まるで俺たち自身が風になったかのように……って、俺もマジで振り落とされる。


「んな、ちょ、速くなりやがったぞ、あいつら! 逃げる気だ!」

「もっと、スピード出せないの?」

「だー、くそ! 馬公、マジでダメか!? 後で帝国産の高級ニンジンもリンゴもいくらでもやるぞ!」


 詰められていたはずの距離が、再び広がる。

 親父と母さんは王子の魔法に面食らっている。


「ここは振り切るよ。坊や。女神様。ヤミディレ。ファニーなドラゴンくん!」


 どうやら、このスピードには流石についてこれないよう―――



「うおおおおおお!!! 気合いだあああああ!!」


「「「「ッッ!!??」」」」


 

 だが、離れた所から聞こえている親父と母さんの声が……なんか、また少しずつ近づいてきているような……



「……な、なにい!?」


「は?」


「あら~……」


「ちっ、これだからあの規格外な奴は……」


『……ふっ……そうきたか。相変わらずだな……』



 ペガサスとヒルアを風の魔法で加速させる。王子がついさっき、「紋章眼を持つ自分だからこそできる」みたいなドヤ顔で言っていた。

 ヤミディレも感心したように頷いていたはず。

 なのに……


「おい、どういうことだ、王子! 親父が乗ってるペガサスも……風の魔法で加速して追いかけてくるんだけど!」

「バカな……一体どうして……」

「あの人たちも速くなりました。一体どういうことなのです?」


 そう、親父と母さんが乗ってるペガサスが、俺たちと同じように風で加速して追いかけてくる。

 王子もこれには驚いている。

 そして、その意味が分かっているのはこの場においては、この二人。

 


「なんてことはない。ヒイロのバカは……紋章眼を持っていなくても、とりあえず見様見真似でやってみたらできた……そういうことだ」



 一人はヤミディレ。

 ある意味で俺以上に親父のことを知っている。

 俺も知らない、「本気の親父」と戦ったことがあるからこそ分かるんだ。


「バカな……僕の魔法を見様見真似で? 力のコントロールも完璧に……? いや……そんなこと認めない!」

「王子?」

「ならば、これはどうだい? 二の脚!」

「ッ!?」

「坊や、僕の代わりに少しの間、手綱を握っていてくれ!」


 王子はまだ更に上の「技術」を持っていた。

 掴んでいた手綱を後ろの俺に掴ませ、自分は両手を離す。

 そのうえで、両掌の中央に魔力を凝縮させる?



「単純な風の後押しだけではダメならば……ため込んだ風……すなわち、風を極限まで圧縮してから解放する。そうすることで、一瞬だけ更なる爆発的な加速を生み出す!」


『ほぅ……魔法を圧縮させてから解き放つ……か……これも、魔法技術の応用力が必要となるものだが……』


「いくよ、坊や! ドラゴン君! 瞬間加速・メガ・ターボジェット!!」



 それは、まさに爆発。さっきまでの比じゃないぐらいの強烈な加速。

 しかも、ペガサスや俺たちの肌を風で切らないよう、周囲に障壁のようなものを張る思いやりぶり。

 

「うお、おおおお!」

「きゃああ、すごいです!」

「すごいのん!」


 俺もクロンもヒルアもその強烈な加速に思わず笑みがこぼれる。

 これなら……



「おお、なんかまた……アースと一緒に馬に乗ってる奴がやったのか? 見たことねぇ魔法だな……」


「ちょっと、また離されてるじゃない、バカヒイロ! ほら、あんたもアレと同じことやりなさいよ!」


「ったく、えっと、こうやって、こうやって……こうか? いけーーー! おお、できた!」


「「「ッッ!!??」」」



 と、思ったら、また親父は王子と同じ魔法を見様見真似で使って、再び追いついてきやがった。


「な、な……なんだと?」


 王子がそう思うのは無理ない。俺だってそうだ。

 するとここで、ヤミディレ以外で親父を知るもう一人……


『紋章眼は眼で見た魔法を理論や理屈を持って詳細に解析し、頭で理解し、その上でその魔法を自身のものとできる。そういう意味で、ヒイロは今の王子の魔法を理屈や理論では説明できないだろう。しかし、奴はそれでも見ただけで王子の魔法を使えてしまう』


 それは、それこそヤミディレよりも親父のことを知っているトレイナ。



『あれは、能力ではない。眼で見たイメージ、体で感じたものを、理屈や理論抜きでフィードバックして体現できてしまう』


『トレイナ……』


『そう、能力ではなく……ただの才能だ』


『ッ!?』



 人が血の滲むような努力や、飽きることなく何度も繰り返す反復練習の果てに身に着ける力すら、そのたった一言で解決してしまう、ある意味でこの世でもっとも残酷な力。



「あっ、この魔法……連続でやればもっと速くなるんじゃねーか? こうやってこうやって……おっしゃ、できた!」


「ッ!? な……連続で僕の魔法を!? バカな……超高速で魔法を溜めて放出し、また溜めて放出の繰り返しは……とてつもない高度な技術と魔力量が必要だというのに……何者だ、あの男は!」



 はは、挙句の果てに王子の魔法を真似するどころか、もっとすごいのに発展させたか。

 ああ、それだよ親父……


「どんなもんだい! 気合があれば何でもできるんだよ! さあ、もう地の果てだろうとどこへ行こうと逃がさねぇからな!」


 それなんだよ……親父。

 やっぱり、親父には分からねえよな。


「なぁ、アース! もういい加減止まってくれ! ヤミディレのことも信用はできねーが、父ちゃん、ちゃんとお前の話しを……いや、そんなことよりも、父ちゃんも母ちゃんも、お前に謝らないといけないことが―――」


 だから、俺は……接近してきて、背後から俺に向かって叫ぶ親父に対して……



「なぁ、親父」


「ッ!? ああ! なんだ、アース!」


「親父は……自分の才能に絶望したことってあるか?」


「……へ?」



 俺が親父を呼んだことに、一瞬嬉しそうな反応を感じたが、俺の言葉が予想外だったのか、キョトンとした声が聞こえた。


 でも、俺は振り返らない。捕まる気もねえ。


 前を向いたまま、親父に対して愚痴のような八つ当たりのような……そんな情けないことを……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る