第230話 送迎天馬

「「「「ぬあにいいい、女神様と大神官様が国を離れられるううう!!??」」」」


 クロンとヤミディレがカクレテールへ戻らない。いや、戻れないことについてを手当てを終えた皆に伝えた瞬間、驚愕の声が上がった。

 当然だ。ここに居る連中のほとんどが、ヤミディレの弟子みたいなもんだからな。


「そんな、どうしてっすか!? 私ら、皆に必ず皆で帰るって約束したんすよ!?」

「そうかな! せっかく戦いは終わったのに……それに、お二人が居なければ私たちはこれからどうすれば……」


 これまで家族のように共に過ごしてきたカルイやツクシの姉さんは特にそうだ。

 既に涙を流してしがみついている。


「ありがとうございます、みんな。私たちをそこまで想ってくださって……」

「女神様!」

「でも、これはもう決めたことなのです。もう私たちはカクレテールに戻ることはできないのです」

「ど、どうしてかな! ひょっとして、今回のことを気に病まれて!? そんなの私たち誰もお二人を恨んでないかな!」

「ツクシ……」

「それとも、もしまた同じようなことがあった場合を気にされ? そんなの大丈夫かな! 何度だって私たちは……」

「それではダメなのです」

「ッ!?」


 どうしても別れたくないと縋るツクシの姉さんたち。

 そんな中で、マチョウさんは冷静だった。



「今日、アース・ラガンがここに居なければ、自分たちは敗れていた……全員殺されていただろう」


「マチョウさん!?」


「そしてアース。お前は女神様と夫婦となっていつまでもカクレテールで暮らす……というわけでもないのだろう? ならば、もしまた同じようなことがあったら……何よりも師範も力が封じられている……今の自分たちでは……そういうことなのだろう」



 俺が居なければ今日は勝てなかった……か……そもそも、俺がヤミディレと戦って消耗させなければこうなってなかったかもしれないことは黙っておくか……


「今回の戦いで理解した。自分たちは弱い。無力だった。ツクシ、カルイ、皆。誰かを必ず守りぬくと誓いを口にするならば……相応の強さを持たねば何も意味を成さない」


 今日はクロン、フィアンセイ、リヴァル、フー、王子、更にはマチョウさんたちにとっても新たな決意日みたいなもんになっちまったな。

 あのパリピとの戦いによる惨敗が、本来なら超人級の力を誇り、それでいて普段から手の付けられないほど努力をするマチョウさんに更なる意識の改革を植え付けた。

 そして、マチョウさんの言葉を聞いて、クロンたちがカクレテールへ戻らないことに不服しか叫んでいなかった皆もそれぞれ複雑そうに顔を顰めた。


「私たちが……弱かった……確かに……そうかな」

「私も……最終的に逃げ回ってばっかだったっす……」

「それを言うなら……皆、同じでごわす」

「俺の股間も……」

「私も瞬殺された……」

「クソ……帰ったら筋トレの量を三倍に増やしてやる」

「俺は正拳突き一万本だ」


 自分たちが弱かった。それが身に染みて皆が分かったようだ。

 そしてマチョウさんはそんな皆を代表して……



「師範。自分たちは、師範不在でも鍛錬は怠りません。お二人が今度こそ何の不安に思うことなく守り切れるよう……強くなってみせます」


「マチョウ……」


「ですから……その時はもう一度……自分たちと共に暮らしていただきたい。カクレテールも必ず復興させてみせます」



 マチョウさんの言葉に俺やフィアンセイたちは何とも言えない気分になった。


「大神官様、お願いかな!」

「私たち、強くなるッス!」

「今度こそ、必ずでごわす!」

「師範!」

「女神様!」


 これから先、カクレテールには連合のような外部からの手が入るだろう。

 何故なら、既に親父が関り、そしてヤミディレがあの国で住んでいたとバレちまったからだ。

 何よりもパリピの話だと、今のカクレテールを復興させるには、外部からの支援が必要不可欠だって話だし。

 そうである以上、世界最高額級の賞金首であるヤミディレが再びカクレテールで堂々と暮らせる日がくるのか……だが……



「ふ、まあ……全員……精進するがよい」


「皆さん、ガンバです!」



 ヤミディレもそのことを分かっているのだろうが、それは口にしない。

 色々と裏では企みがあったり、利用しようとしていただけの場所や人間関係だったのかもしれないが、ヤミディレにも心はある。

 十年以上も過ごし、更には自分が手塩をかけて育てた弟子たちだ。

 それなりに思うところはあるようで、ただ激励の言葉だけを口にした。



「「「「「押忍ッ!!!!」」」」」



 ビリビリと振動が伝わる気合の籠った声と一礼が最後に響いた。


「ってことは、アースももう居なくなるのか?」

「まじかよ、まだお前とは股間勝負してねーぞ!」

「お尻は!?」

「お前は剣も使えると聞く。俺の七星の剣と是非手合わせしたいのに……」

「君はどこへ行くつもりアル?」

「うぇ~、あんちゃんマジっすか!?」

「アースくん!」


 そして、俺もここでお別れということでこの数ヶ月一緒に過ごしたツクシの姉さんやカルイや他のむさ苦しい連中も一斉にしがみついてくる。


「あ~、まぁ、俺もたまに遊びに来るよ……落ち着いたらな」

「絶対かな!」

「絶対すよ!」


 とりあえず、俺はヤミディレと違ってまた遊びに来ることぐらいはできるだろう。

 ただし、親父たち連合の目が厳しくなくなったらの話だが……


「アース、世話になったな」

「マチョウさん」

「お前が居てくれてよかった。自分もまだまだ鍛錬に励む」

「ああ、俺も感謝してるぜ。マチョウさんとのバトルが俺を次のステージへ押し上げてくれたんだからよ」


 マチョウさんとパチンとハイタッチし、カクレテールで出会った皆と別れの挨拶を交わし……


「さて、そろそろ君たちを送ろう」


 王子が手を叩いて、出発の合図を出す。


「ん? そういや、皆で漁船に乗って……あ……でも、ヒルアはクロンとヤミディレを乗せてもらうし、俺も……」

「ああ、そのことなのだが、君たちが乗ってきた船は相当痛んでいたようなので、後でこちらで修理してお返ししようと思う」

「え、あ、そうなのか? でも、そうなると俺らはどうやって……あんたらがまさか担いで降ろしてくれるのか?」

「大丈夫。数十人ぐらいなら……さあ、小鳥たち! おいで!」


 帰ると言っても行きと同じ方法では帰れないので、まさか天使たちが一人一々オンブでもしてくれんのかと思ったら、少し違った。


「おおお! ぺ、ペガサス……え、絵本でしか見たことないのに……実在したのか……」

「へえ! マジすか!」

「わ、すごいかな!」


 王子が手を叩いた瞬間、白き天馬……すなわち、ペガサスに跨った戦乙女たちが数十騎現れた。

 美しい毛並みのペガサスを目の当たりにして、姫たちは目を輝かせて興奮してる。


「一人一々、彼女たちの後ろに乗りたまえ。僕のカワイイ小鳥たちが操る、天空世界が誇る天馬でお送りしよう」

「「「「「オオオオオオオオッッ!!!」」」」」


 そして、そんなペガサスに乗せてくれるとなったら、当然男たちも興奮……


「うお、マジか! あのめちゃんこカワイイ天使ちゃんの後ろに?」

「くぅ~、どさくさに紛れて……」

「七つの星がざわついている……星の導きにより運命の女に出会うのは、今?」


 まぁ、単純にカワイイ天使たちの後ろに密着して座れるからか……こいつら……


「王子……本当によろしいのですか? まだ、陛下の意識も戻られていないのにこんな……それに、ヤミディレのことも……」

「ああ。責任はすべて僕が。たとえ、父が何と言おうとも、全て僕が何とかしてみせる。だから、君たちも力を貸して欲しい」

「……あ、わ、私は……王子のためでしたら……どこまでも、何でも……」


 つか、そんな野郎どもの空気に天使たちは顔を青ざめさせていかにも嫌そうな表情だ。

 そりゃ、王子と違ってこいつらは宮殿の中での戦いを見ていたわけでもないから、俺たちが実は天空世界を救った恩人だ~みたいなことを言われても、あんまり納得できてないのかもしれないから、王子の命令とはいえむさ苦しい男と密着するのは嫌なのかもな。



「ああ、男性諸君。言っておくけど、いくら君たちに恩があるとはいえ、僕のカワイイ小鳥たちに何か猥褻なことをしたらそのまま海に落とすので気を付けたまえ」


「「「「……はい……」」」」


 

 まっ、とりあえず王子が多分脅しじゃなさそうな注意をしたので野郎共も大丈夫だろうけど、でもやはり嬉しそうな様子は隠せていない。

 そして、それは純粋にペガサスを目の当たりにした姫たちも同じだ。


「おお、わ、我も……ペガサスに……ほぉ……ううむ、一頭でも帝都に持って帰れないものだろうか……」

「確かに、これならば買い物はとても楽になりますし、坊ちゃまの危機には山も海も越えて簡単に駆け付けられるでしょう」


 で、そんな中、意外な奴も……


『ほぅ、ペガサスか……戦いのときはあまり気にしていられなかったが……ふむ……翼での移動が主のため、脚は弱いと思ったが……トモの運びもしっかりしている……ほほう……』


 それは、傍らのトレイナだった。

 目の前を闊歩するペガサスの群れを興味深そうに眺めている。


『なんだよ、トレイナ。あんたもペガサスに興味あるのか?』

『まぁ、余もあまり見たことがなかったからな。だが、興味という意味で言うなら、ペガサスというよりは馬全般にだがな』

『は? 馬? なんだよ、あんた……馬にも乗ってたのか? え? あんたが? 馬に乗る……意味あるのか?』


 またもやサラリと教えられたトレイナの意外な一面。

 ってか、こいつならどんな場所でも空飛んだり、ワープであっという間みたいなことできただろうし、馬とかに乗る必要ないんじゃ……


『別に移動のために乗っていたわけではない。単純に趣味として乗っていた』

『趣味?』

『うむ。それこそかつては正体を隠して、地上や魔界競馬に愛馬たちと共に参戦したものだ』

『……なに!? あ、あんたが……競馬!?』

『ふっ、驚くな。余はかつて、正体不明にして世界最高のリーディングジョッキーと呼ばれ、魔界ダービーを始めとした数々の重賞レースを制覇したものだ』


 腕組んでドヤ顔で武勇伝を語るトレイナ……いや……言葉が出ない……



『懐かしい……魔界競馬において三冠を取った余の愛馬・カンクウブライアン……フカインパクト……皆、良い馬だった……』


『そ、そうか……』


『そういえば、地上世界における世界最高峰の『出陣門賞』に――――』



 と、段々と昔語りに熱が籠ってトレイナの眼がキラキラし始めた丁度その時だった。



「さぁ、坊や。君は皆とは違う所へ向かうのだろう? 女神とヤミディレと同じで」


「ん? あ、ああ……途中までだけどな」



 気付けば皆が既にペガサスに二人乗りの準備をしていて、余っているのが俺だけっぽくなったとき、王子が爽やかに微笑んで……



「乗りたまえ、坊や」


「へ?」


「君は僕が送ってあげるよ。どこへでも」



 何だか同じ男なのに美形すぎてドキッとするようなことを言われて、思わず狼狽えそうになったのは一生秘密にしておこう。

 余計ややこしくなるから。


「あ、あんたの後ろに……?」

「嫌かい? なら、前に座るかい? 僕の腕と腕の間に……ね? 落ちないように、しっかりホールドしてあげるよ」

「ちょ、俺は子供か?! つか、気色悪いこと言うんじゃねえ!」

「ははは、恥ずかしがって……あんなに強いのに……結構可愛いじゃないか。魅力的な花たちが君に惹かれる理由がよく分かるよ」

「あ、あ~ん?」

「ほらほら、恥ずかしがらないで僕の腰にしっかりと手を回したまえ♪」

 

 人をジロジロ見たり、微笑んでからかったり……つか、こいつ本当に美形すぎるというか……本当に男か?



『ふっ、そういえばあのレースは、誰も余のことを知らなかったため配当率がすごいことになっていたとか……ふふふ、一番人気が惨敗して馬券が紙きれになって呆然とする者たちの表情は痛快だったな』



 あ、トレイナ? ごめん、途中から聞いてなかったわ。

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