第229話 新たな目標

「アース……フィアンセイ……」

「あは! 話し……ちゃんとできたのかな?」


 話を終えて戻ってきた俺たち二人を見ながら、リヴァルとフーが驚いた様子を見せる。

 そりゃそうだろう。さっきまでの混乱状態だったフィアンセイ、そして何よりも俺たちの間にあったはずの気まずい雰囲気が無くなっているのだから。


「リヴァル、フー……我はもう大丈夫だ。話は済んだ」

「姫様!」

「うむ」

「ッ! アース!」


 フィアンセイがそう答えると、フーは途端に満面の笑みを浮かべて俺に飛びついてきた。


「アース! よかった……よかったよぉ」

「ちょ、おま、首、つか鬱陶しい!」

「僕も本当にごめんね……ごめんよぉ……アースが何を抱えて悩んでいたのか、全然気づかなかったよぉ」

「あー、はいはい、分かったよ。つか男のくせに泣いて抱きついてくんなよ」

「でも、よかった……姫様と仲直りできたんだね? よかった……ほんとうに……」

「ったく……」


 留学でこいつも少しは逞しくなったかなと思ったけど、この童顔野郎は相変わらずだ。

 なんつーか、こうなるともう色々と俺もどうでもよくなってきて、自然とため息が出る。

 そんな中で、リヴァルは落ち着いた様子でフィアンセイに話の続きを尋ねていた。

 

「で……話は済んだ……となるとそれではどうなるのだ?」

「うむ、仕切り直し。そういうことにした」

「?」

「今の我等では……アースを連れ戻すだけの……また……対等に並び立つだけの力もないからな」

「ッ!?」

「お前もよく分かっているのだろう? リヴァル」


 迷いなく、清々しい表情で答えるフィアンセイに言葉を詰まらせるリヴァル。

 

「まだまだ……ということか……」

「ああ、リヴァル。何も分からぬまま手探りで追いかけてきたが……それが分かった、気付くことが出来た、それだけで収穫だ」

「それで……納得を?」

「うむ」

「…………」


 フィアンセイの言葉に少し複雑そうなリヴァル。

 そして俺と向き合って、神妙な表情で尋ねて来る。


「アース……本当に話は済んだのか? パリピが言っていたこと……俺たちがお前を追い詰め――――」

「リヴァル、言ったろ? その話はもういいんだ。フィアンセイとキッチリと済ませた。だから、もういいんだ」


 俺はそのことについてはもう十分だった。

 そんな俺にリヴァルは……


「そうか……だが……俺は勝手な期待をお前に押し付けたことは……謝らんぞ?」

「ん?」

「たとえ自分が望まぬ道、望まぬ期待だったとしても……俺たちの勝手な期待だったとしても……お前も俺たちもそういう家の子として生まれて来たんだからな……何よりお前は俺たちにとっては、そういう存在だったのだから」

「……ったく、キビシーやつだぜ」


 まるで、俺のことを「甘いんじゃないのか?」と言わんばかりだ。

 ここらへんは、フィアンセイはリヴァルと違うみたいだ。

 だけど……


「だが……これだけは……」

「これだけ? なんだ?」


 パリピに指摘されたことについては謝らないと言いつつ、リヴァルは目を瞑ってほんの少しだけ頭を下げ……



「お前を助けることができなかった……あの日は……お前を庇うことも、止めることもできず……今日は……俺は何の力にもなれなかった……お前の友と語りながら……すまん……」


「は……はは……」



 俺を追い詰めた云々ではない。俺の力になれなかったことに対する申し訳なさ。

 悔しそうに唇を噛み締めながら告げるリヴァルから、不器用な想いが伝わってくる。

 リヴァルらしい……


「だから、アース」

「おう」

「……いつか必ずお前に追いつく」


 そして御前試合前の時とは打って変わり、まるで俺を目標とするかのようなリヴァルの言葉。

 あの時のこいつは、「俺はもうお前より強くなり過ぎた」みたいな空気出してたっけ?

 それが今じゃ俺が目標?

 だけど……


「残念だが、追いつかせねーよ。俺はもっと先に行ってるからな」

「どこまで行くつもりだ? 戦士としてでもなく……勇者としての道を行くわけでもなく……どこへ?」

「あ? そんなもん、何かに向かってどこまでもだ!」


 俺がそう言うと、リヴァルも呆れたように、しかしその口元が緩んだ。


「ふっ……カッコつけているつもりか? 答えになってないぞ?」

「ああん? お前にカッコつけていると言われるなんて心外だな」

「ふふふ……だが……悪くない」

「リヴァル?」

「どこへ向かっているか分からずとも……それでもお前は俺たちよりもずっと先へ、ずっと上へ行っている……それを俺たちは引っ張られるように追いかける……それでいい……道は違えども……お前はそれでいいんだ……アース」


 そう言って、俺の肩を軽くグーで叩くリヴァル。

 御前試合の時は、俺が勇者や帝国騎士、そして親父とはまるで違う道を選ぼうとしていたことに憤慨していたこいつだけど、今の俺を見て、もう俺はこれでいいと納得してくれたようだ。

 そして……


「お前が何を目指し、これから誰と戦うかは分からないが……今度お前がまたピンチになった時……今度こそ必ず力になってみせる」


 そして、それは自分自身への宣言のようにも感じた。

 リヴァル自身も今回の戦いで、六覇というレベル違いのかつての伝説、そして自分たちが目指す親父たちのライバルだった連中の強さに蹴散らされて、色々と感じることがあったんだろうな。

 なんか、覚悟でも決めたって感じの目をしてやがる。

 これは、フィアンセイと同じだな。


「おお、そうかい。まっ、俺は一人でも大丈夫なぐらい強くなるつもりだが、もし万が一そういう時があれば頼ってやるよ」

「ああ」


 俺も肩を軽く叩いてやった。

 そういや、こういう男らしいやり取りみたいなもの、こいつとやったのは初めてだったな。

 本当に今日は幼馴染たちの初めての面を見るな。


「もう! 僕も仲間に入れてよおお!」

「ぬおっ」

「むぅ」


 そのとき、未だに俺の首にしがみ付いたままのフーが手を伸ばしてリヴァルの肩に手を回した。


「ええい、離れろ!」

「やだーよー! ほら、皆で昔みたいにくっついてさ~!」

「って、そんなこと一度もしたことねーだろうが!」

「じゃあ、今しようよ!」

「え~い、うざいうっとうしいきもちわるい」

「ひどいよ!」

「ええい、お前もフィアンセイやリヴァルみたいに頑張るとか言えよな! お前だってパリピにズタボロにやられたんだから少しは――――」


 二人と違って空気読めないようなフーを振り払おうとした瞬間……


「当たり前だよ」

「……お……?」


 だが、それでもやはりこいつもまた七勇者の子供として、そのことを誇りに生きてきた。

 皆が仲直りできて良かった良かったでニコニコしているだけの楽観的な奴じゃないか。


「僕だけ置いていかれるなんて絶対に嫌だ……今日……アースが今いる世界が……そしてかつて僕らのパパたちが戦ってきた世界を垣間見ることが出来たんだ……絶対にもう見失わない」


「……そうかい」


 まっ、こいつが……こいつらがこう言うんだし、新しい目標が見つかったことで頑張るんだろうな。

 俺も追いつかせねーように、また師匠と鍛えなおしだな。

 今日みたいに運やトレイナの作戦で勝つだけじゃなく、実力で勝てるようにならねーとな。



「とりあえず……さっきまで気まずい雰囲気だったけれど、もう大丈夫かい?」


「「「「ッッ!?」」」」



 と、これまでずっと黙って俺たちを見守っていた王子が、腕組みしながら俺たちに微笑みながら出て来た。


「いいね、君たち。なんかいいよ」

「な、なんだよ、王子……」

「僕には一緒に戦ってくれる部下がいる……慕ってくれるカワイイ小鳥たちがいる……でも、君たちのように……いがみ合ったり、でも刺激し合ったり、笑い合ったり、そして自分を認めてくれる友や仲間が居なかったから……僕も……欲しかった」


 俺たちを何だか羨ましそうに眩しそうに笑う王子。

 なんだ? そんな大げさに言うようなことでもないような気もするが……


「まっ、僕が最初に認めて欲しい人は……身内からなんだけどね……」


 そうか……そういやこいつも色々と面倒な境遇で生きてきたんだったな……


「とにかく僕も君らと同じ……仕切り直しだ。この天空世界そのもの……もう一度。ヤミディレが居たあの国の人たちにも本当に申し訳ないことをしてしまった」

「ああ、ま~そこら辺はマチョウさんたちとジックリ話し合えよ。謝罪も、これから何をどうしていくのかもな……」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 フィアンセイ、リヴァル、フーだけじゃない。

 さっきはクロンもそうだったように、王子もまた今日の経験でこれから自分が何をすべきかを自覚し、もっと頑張らなければならないと思うようになったようで、何だか皆爽やかにまとまった気がした。


「さあ、君らの仲間たちの手当ても済み、ヤミディレの眼の封印も済んだ。もう……大丈夫かな?」

「ああ」


 そして、俺とフィアンセイが話をしている間に、その他の事後処理的な手続きは終わったようだ。

 そうなれば、もうこの国であとやることは何もない。

 正直、せっかく伝説とまで言われている世界に辿り着いて足を踏み入れたのに、特に何かをゆっくり見て回るようなこともできなかったが、この国も今はそういう状況ではないだろうし、面倒にならないうちに……



「よし、んじゃあ行くか……」



 戻ろう。地上へ。そして俺とトレイナは次の――――

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