第228話 仕切り直し

「フィアン……セイ……」


「ほん……とうに……っぐ……ご、ごめんな……さい……」


 フィアンセイと出会って十年以上の付き合いになるが、初めて謝罪された。


「や、やめろよ……どうして……あんたがそんな……」

「ごめん、なさい……アース……うぅ……」

「ッ、俺も!」


 だからこそ、そのたった一言の「ごめんなさい」が重く俺の心に響いてしまった。


「……俺も……」


 俺も自然と口が動いていた。

 自分も悪かったと。

 ただ、俺の悪かったこととは何だ?

 俺は何に対して謝ろうとしているんだ? 

 フィアンセイの気持ちに気づかなかったこと?

 期待に応えられなかったこと?

 泣かしたこと?

 何に対して謝らなければいけないか整理できない。でも、今のフィアンセイを見ていると、向こうが全部悪くて俺はただの可哀想な被害者? 

 そうじゃないはず。

 そして答えは自然と出た。


「俺は……自分のことしか考えてなかったかもしれない……」


 それが、俺が思ったことだった。

 フィアンセイが自分の都合のいいように何もかも思って行動していたというのなら、あの時の俺は自分のことだけしか考えなくて、周囲の声は全て自分をイラつかせる雑音のように思って耳を塞いでいた。


「だから……俺も……悪かったよ……ごめん」

「……アース……」


 俺はフィアンセイに対しては今まで何度か謝ったことがある。

 ただし、その謝罪は……



――今のままでは、勇者である父君にガッカリされるぞ? アースよ


――め、面目、ありませんね、姫様……



 何一つ心も籠めないやさぐれたものだった。

 だから、そういう意味では俺も初めてだったかもしれないな。


「いや、我の方が……」

「いやいや、俺も……確かにあんたに慇懃無礼な嫌味を……」

「それは我がお前の気持ちを知らずに口うるさく……」

「まあ、それは俺を想ってだったんだとしたら……俺は何一つそのことに気づかず……期待に沿う成果も出せなかったことは申し訳なく……」

「そ、そんなこと言うな! 我も皆も勝手にお前に押し付けただけだ!」


 俺自身も悪いと思ってフィアンセイに謝る。

 とはいえ、俺の謝罪をフィアンセイは慌てる。

 


「それに、我は自分の都合のいいことばかりだけでなく……その……クラスの女子とかがお前に惚れたりしないように色々と言ったり……本当に最低なことをした! すまない!」


「いやいや、そんなもん……大した……ん?」



 俺の謝罪に対してフィアンセイが「いや、悪いのは我の方」、そして俺も「いや、俺も」みたいになって再び謝罪し合うが、そのときだけは俺も思わず反応した。


「いや…………いやいや……」

「アース?」

「それは……確かに……そうだよな……」

「……ほへ?」


 思い出した。そう言えば、ことあるごとにそうだった。


「いや、ほら……それこそ周囲が俺に『それでも勇者の息子か?』ばかりだったが、たまに居ただろ? クラスの女子たちが……」


 そう、たとえば……


――でも……姫様は流石だけど……でも、アースくんもやっぱり強いよね

――うん、ちょっと近づきがたいけど、顔もちょっとワイルドでカッコいいしね……

――家もお金持ちだし……


 クラスの女子たちの脈あり反応。顔を赤らめて俺を褒めてくれている。

 たとえ、サディスにしか眼中になかった俺でも、素直に嬉しいし、照れた。

 姫には勝てないが、俺は学年2位だから部類としては優等生なわけだ。

 おまけに、家柄だって良いわけだから、普通なら女子はほっとかないわけだ。

 なのに……


―――おい、そこのお前たち!お前たちは少し勘違いしているかもしれないが。確かにあいつは秀才で、顔の造形も悪くないかもしれないし、裕福な家庭だ。だがな、あいつは捻くれたところもある。かなり性格が天邪鬼で、素直でない所もあり、何よりも助平だ。幼少の頃、無礼にも我の下着を覗き見たことだってあるし、今だって部屋に艶本を隠している。この間も自室の机を二重底にして魔法トラップまで仕掛けて隠していたことを奴のメイドから聞いた。いや、年頃の男子であればそれも致し方ないのではあるが、そんなコソコソとエッチなものを隠れ見ている情けない奴だ。それに容姿にしても、顔つき自体は悪くないが、目つきがかなり悪い。いや、悪いと言っても野性的で男らしいと思えなくもないが、とにかくガラが悪い。家庭も裕福で奴の御両親は英雄であり、尊敬すべきお二人だ。しかし、優しすぎるところもあり、奴は甘やかされて育っている。そういうのは嫌であろう? いや、でも別に努力してないわけではないぞ? 意外と我に勝とうと勉強も鍛錬もしているのだから。そういう負けん気があり、人知れず影で努力する姿は我すらも見惚れるが、それでも、あ、あれだ、うん。あいつは女子に対するデリカシーがない。うん、だからあいつを狙うのは絶対にやめるべきだ


 早口でまくし立てるように俺の悪口を延々と女子たちに吹き込んでいく。

 そして、それを聞いた女子たちは笑顔を見せながら……


――うふふふ、分かってますよ~、姫様

――私たちの中で……いいえ、この帝都に居る女の子は誰もアースくんの恋人になろうだなんて、絶対に思いませんから

――ねー♪


 と、そういうことになって、俺はアカデミーで甘酸っぱい思い出があまりなかったんだ。



「そうだ、アレはどう考えてもひどいじゃねえか! 誰も俺を認めてくれない……そうやってひねくれていた中で、ひょっとしたら認めてくれたかもしれない女子たちに怒涛の勢いで俺をボロクソ言いやがって!」


「あ、う、だ、だってアレは……」


「そうだ! 思い出したらまたムカムカしてきたぞ! もしあれで俺にもアカデミーで良い思い出の一つでもできれば何か変わったかもしれねーのに!」


「そ、それは、だって、アースが褒められるのは嬉しいけど……アースがモテモテになったり、我以外の女子がアースに言い寄ったりするのは……い、嫌だったから……」


「ぬな、な、なんて自分勝手な! そんな顔してシュンとしても、これはひどいぞ!」

 

「う、あ、あ、ほ、本当にすまない。あ、謝って許されることではないが……本当に人として最低なことを……ん? で、でも、お前は当時、サディスしか眼中になかったってさっき言っていたではないか!」


「それはそれ! コレはコレだ!」


「ぬな?! な、なんだそのナンパな考え方は! それはつまり、本命は他に居るけど、他の女の子たちとも仲良くなりたいとかそういうことか!」


「そこまではいかねーけど、いや、でも、どうなるかは分からねーわけだし……」


「お前えええ、我の気持ちには微塵も気づかなかったくせに! いや、伝えなかった我も悪いけども……でもぉ! 我も最低だけど、その考えはアリなのか!」


「いや、人間だもの! たとえ本命でなくても、なんか女の子にキャーキャー言われるって……気持ちいいだろ! リヴァルとフーはあんなに騒がれてるのに俺だけ!」


「な、なんだそれは! ちょっと情けないぞ!」


 

 なんか、さっき互いに感情的に罵り合ってから、シュンとなっての謝罪……かと思えばまた俺たちは口論。

 でも、なんでだろうな……



「だ、だいたい、お前はそうでなくても元々助平なんだ! しかも持っていた本のジャンルにも危険なものがあった! 『魔法学校パンチラコレクション』とか、『戦士候補生に「くっ、殺せ」と言わせてみた』とか、『卒業式と同時に誘う、マジカルミラー馬車』とか、いかにも我らのような制服着た学生を卑猥に写した本ばかり見ていたではないか!」


「アレは、転校したオウナが別れ際に友情の証として……つか、それまであんたに渡ってたのか!? アレらは言っておくけど俺が好んで集めたわけじゃねぇ!」


「でも、読んでいたのであろう! だって、本に折り目がついていたもん!」


「もらったんだから見るよ! そりゃ、見るよ!」


「威張って言うことか!」


「男はそういうもんだ! つか、黙って人の部屋から艶本を勝手に盗みやがって! そんな奴が何をキレてんだ!」


「何を~!?」


「なんだぁ!!」



 さっきまでの重い雰囲気なんかがなくなって……



「「フー、フー、フー………………ぷっ……」」



 歯を剥き出しにして睨み合って怒鳴り合っていたのに……

 

「ぷぷ、まったく……もう……ふふ……ほんとうに、アースは……」

「くははは……ったく、ほんと勘弁しろよ、フィアンセイは……」


 あれ? 何でだろうな。

 俺たち……


「ふ……あは」

「くはははは」


 笑ってるよ。


「ふふ……なんで……我は……もっと早く……」

「ん?」

「もっとこうやって……全てを曝け出せなかったのだろうな……みっともない嫉妬心も……それを含めて我なのだから……そんな醜い部分も見てもらわなければ……本当の自分をお前に受け入れてもらえなければ、何の意味も無かったというのに……」


 フィアンセイが微笑みながら雲の上でそのまま仰向けになって倒れた。

 俺もその隣で座りながら、年相応の女子らしく微笑むフィアンセイを見て笑った。



「そうだな……十年以上も一緒に居たのに……一緒に居るだけじゃ分からねえことってあるんだよな……やっぱ、言葉にしねーと分からないまま、勘違いしたまま……幼馴染だろうと……親子だろうとな」


「……うむ……」


「そういう意味では、コマンもそうだしな」


「……ああ」



 フィアンセイの言葉に頷きながら、少しだけしんみりした空気が俺たちに流れた。

 そして、フィアンセイが……


「アースは……もう帝都には戻らないのか? 言い訳も弁明も、我がいくらでも……」

「言い訳も弁明も何もしねーさ。だって俺は、自分の行動と使った力、身に着けた力に何の後悔もねーからだ」

「そういえば……そうだったな。そこらへんは……教えてくれたりするのか?」

「ん……ん~……」


 フィアンセイの疑問が『あのとき』のことに向いた。

 それは、御前試合で俺が大魔螺旋を使った時のことだ。

 でも、それは言っていいことなんだろうか? そんな俺の迷いにフィアンセイは苦笑して……


「なるほど。なら、今はいい」

「……え?」

「お前の気持ちを無視して、言いにくいことを聞くことはしない。話せるようになったら聞かせてくれればそれでいい」


 躊躇う俺を見てアッサリと引いたフィアンセイ。

 ちょっと意外だった。そもそもそれを聞き出すために俺を追いかけてきたというのもあっただろうに。

 ただ、それとは別に……

 

「ちなみに、クロンとシノブは……知ってるのか?」

「いいや。何も」

「そうか。うん……では……」


 真相は聞かない。代わりに真相を知っている奴は他に居るのかの確認。

 そして、クロンとシノブは知らない。そのとき、フィアンセイが僅かに拳をギュッと握ったように見えたが、すぐに俺の顔を覗き見ながら……


「では、サディスは知っているのか?」

「ああ。サディスには教えた」

「ぬ、むぅ……そ、そうか」


 その問いに、俺はハッキリと頷いた。

 するとフィアンセイは少しむくれた表情になるが、すぐに息を吐いてまた笑った。


「アース。今の我はサディスより弱い」

「まぁ、それは仕方ねーよな。リヴァルもフーもサディスにはまだ敵わないだろうし」

「ああ。そして……我は……一度もお前に負けたことが無いのに、今はお前に勝てる気がしない。そして今のお前はサディスよりも強い気がする……」

「それは、どうかな? サディスとガチで戦ったことないし、相性もあるだろうし……」

「まあ、そこはいいとして……ようするにだ」

「?」

「それだけ、我とお前にはもう差があるということだ」


 つか、パリピやヤミディレのときのようにサディスと戦うことは無いしな。

 ただ、姫が言いたいのはそういうことではなく……



「我もまだ未熟。まだまだ自分を磨かなくてはならないということだ。お前を連れ戻すだとか、結婚だとか、そんなことを宣う前にやるべきことがあった。我もまた狭い世界しか知らず、井の中の蛙ということを気づいていなかった」


「フィアンセイ……」



 意志の籠った強い口調でフィアンセイは俺に告げ、そして立ち上がってどこまでも続く空の果てを見つめ……



「仕切り直しだ。世界に飛び出して自由に生きようとするお前に負けないよう……姫としても、戦士としても、一人の女としても……我は……もっと高みを目指して行く。今、この瞬間からな」


「そっか」


「ああ。だから……お前はこのまま好きにしろ。どうせ今の我ではお前を捕まえられないしな」



 まるで迷いなく、清々しいぐらいの真っすぐな目と微笑みに、俺も頷き返した。

 そして……



「アース。今の我に別れのハグはいらん。接吻も性交もな」


「っておい、誰がするか!」


「ふふふふ、だが……代わりに……」



 姫は俺に右手を差し出して……



「握手を交わしては貰えないだろうか?」



 別れの? 再会の? 友情の? それとも誓い? 色々な意味はあるかもしれないが……



「ああ。俺も頑張るよ。あんたも頑張れよ」


「うむ」



 少なくとも今日、俺たちは元の幼馴染に戻れ、本当の友になれたような気がしながら、俺は差し出された手を握り返した。

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