第227話 罵り合い

「とりあえず……二人で話をしたまえ。坊や。お姫様」

「お、王子……」


 この状況下、少し姫を憐れんだように苦笑しながら、落ち着いた様子の王子が手を叩いてそう告げた。


「そこの女神様たち、そして坊やのお友達も居たら気まずいだろうし、ややこしくなるだろう?」

「ま、あ……そうだけど……」

「これも男の子の務め。ちゃんと向き合ってきたまえ」


 特にクロンとシノブとサディスはややこしくなるだろうと気を使ってくれてるのだろう。

 俺も正直色々と混乱しているので、姫と俺の認識の違いを冷静に紐解いた方がいいだろうと思って頷いた。


「……姫……」

「ふぁ? なーに?」

「…………」

「どーちたの、あーす。われとおはなしあるの? うん、フィアンセイはあーすとおはなしするよ?」


 ダメだ。精神が色々と……


「とりあえず、一旦外に出よう」

「あは。手をつないじゃったのら」

「…………」


 姫の手を引っ張って、俺はいったん外へ出る。

 もう、心ここにあらずというか、現実逃避しているというか、まあずっと俺が自分のこと好きだと思ってたと勘違いしてたのが分かって色々と恥ずかしいやらでおかしくなったのかもしれない。

 そして……


『なぁ、トレイナ……』

『ん?』

『その……よ……まさかだけど……姫が色々俺に勘違いしているのは分かったけど……』


 正直色々と衝撃的ではあったが、単純な勘違いだけだったらここまでならないかもしれない。

 だから、俺は今の姫の状況を見て、ある考えが過った。


『ひょっとして……姫って……まさかだけど……俺のこと……』

『それは本人の口から聞くべきであり、余が答えるものではない』

『……そうだけど……』

『というか、さっさと話しを付けろ。やることが色々あるというのに、いつまでこんなくだらんことを……』

 

 呆れたように溜息を吐くトレイナ。もう、この状況に「いつまでもグダグダするな」という様子。

 つか、トレイナはこの状況に全然驚いて無さそうなんだけど、ひょっとして知ってたのか? 


「……姫……」

「ふぁい?」

「……フィアンセイ!」

「……はっ! あ……あ……え? ……アース」


 地下牢から外へ出て、どこまでも続く空の上で向き合う俺たち。

 俺に名を呼ばれて姫もようやくハッとして辺りをキョロキョロ見ながら状況に気づいた様子。


「……………あ」

「あ……その……」

「あっ、そっちから……」

「いやいや、お前の方から……」


 気まずい。


「「………………」」


 互いに二人きりで向き合うも、物凄い気まずい雰囲気だ。

 しかしこのままズルズルするわけにもいかねーし……


「全て……」

「ッ!?」

「全て……最初から……我の勘違い……そういうことか?」


 弱々しくそう尋ねてくる姫に胸が痛んだ。


「我はずっとアースと将来結婚すると思い、そしてアースの初恋はサディスでも、将来的には我と結婚する気で、しかもアカデミー時代は我のことを好きだと思っていた……でも、それは最初から全部……」


 そしてこの顔を見れば、さっきトレイナに尋ねた問いの答えが分かる。

 つまり、そういうことだったんだ。

 にしても……

 

「俺はずっと……サディスのことが好きだったよ」

「……そう……か……それは……」

「あの、御前試合で俺がああなって……親父を殴って帝都を飛び出すまで……子供のころからずっと……」

「ッ、そ、うか……」

「その、俺は……あんたは……リヴァルのことを……だと……」

「そ……そこからか~……」

「……ああ……」

「……リヴァルの気持ちは嬉しいし誇らしいが……そもそも考えるという選択肢が無かった。リヴァルには本当に申し訳ないが、我はずっとお前と結婚することしか考えてなかったからだ」


 目の上のタンコブ。

 いつも強くて天上天下唯我独尊って感じだった姫がこれほどか弱い女の顔をするなんて、子供の時以来かもしれない。


「ふ……ふ、は……なんという……ことだ……」

「フィアンセイ?」

「あのとき……我は……我が優勝したらお前との結婚を帝国全土に宣言し……もし万が一お前が優勝するようなことになれば我にプロポーズするものとばかり……リヴァルやフーが難関だと思っていたが、いずれにせよあの大会が終われば我らは……と……」

「……なんでだよ」


 アカデミー時代は何度こいつをいつか負かしてやると歯を食いしばって……屈辱に耐え……自分なりの努力をして……でも一度も勝てなくて……それは正に、俺の道の前に常に立ちはだかる絶対的な壁みたいな存在だった。


「で?」

「?」

「お前は帝都を飛び出し……この数カ月の間に、あのシノブと……クロンというあの魔族……いや……女と出会ったのだな」

「……ああ」

「お前がヤミディレに攫われた後、シノブとは我も一緒に過ごしたが、お前とのことは……二人の思い出だとか言って、シノブはほとんど話してはくれなかったが……どうせ、アースは我と両思いだと思い込んでいたので、シノブをただの頭の痛い妄想癖の女だと思ったものだ」

「あ~……それは……」

「笑えるものだな。頭の痛い女は我だった……お前はそう思っているのだろう?」


 あの天才が……神童が……怪物がこんな……口元に笑みは浮かべているが、まるで力がない。

 なんとも弱々しい。


「それで……あの二人のどちらかを……それとも両方ともを……お前は好きなのか?」

「……まだ、分からねえ」


 シノブとクロンのこと。

 ああ、クソ。まさか姫とこういうコイバナをすることになるとは……しかも……そんな顔をされて……


「でも、嫌いじゃないのは間違いない……」

「そうか……つまり……女としては、意識していると?」

「……まぁ……な」

「では、我のことは……幼馴染として以外で……女として意識したことはあるか?」


 だが、ここで誤魔化す訳にもいかねー。

 


「俺はな、フィアンセイ。あんたのこと……これっぽっちも……そういう対象として意識してなかった」


「ッ!?」



 勘違いと勘違いで互いがメチャクチャに、そして物凄いメンドクサイことになっちまったんだ。

 もう、全てをハッキリさせるべきだ。


「は、はは……なぜ我は……一言でも……愛していると言うことができなかったのか……そうすれば……なぜ、我らは両想いだと当たり前のように思い込んでいたのか……」

「フィアンセイ……」

「我もお前の気持ちを何一つ分かっていなかった……とは……何という滑稽な……」


 たとえ、姫を……フィアンセイを傷つけようと……つか、もうこれ以上傷つきようがないというか、今さら何を取り繕ったり、誤魔化しても無駄だろうしな。


「我を意識しなかったのは……サディスにしか眼中になかったからか?」

「……ああ……」

「そして、あの二人の女に惹かれたのは、丁度サディスに対してお前が冷めたからか?」

「……それは違う」

「……なに?」

「フィアンセイには悪いが確かに帝都に居た頃の俺はサディスしか見ていなかった。でも、二人と向き合おうと思えたのは……別にサディスへの気持ちが冷めたからとかそういうことじゃねえ」


 実際、サディスのことを嫌いになったわけでもないしな。


「なん、だと? では……ではお前はあの二人の何に惹かれたのだ!? 顔か!? 白いパンツを穿いているからか!? 巨乳の女以外にも興味を持つようになったからか!? エ、エ、エロスなことでもさせてもらえたからか?!」


 そんな俺の言葉に「解せぬ」と勢いよく姫が捲し立てるが……つか、この人は俺のことを何だと思ってやがる。



「そうじゃねえ。単純に、あの二人は俺のことを……俺の素性を知らなかったから……だからかもしれないが……俺にとっては初めてだったから……」


「なんのこと……だ?」


「パリピが言ってただろうが。帝都に居た頃……何が俺を苦しめていたかを……」


「……あ……」



 そして、フィアンセイはようやく分かったようだ。

 ハッとした表情で固まった。

 そう、あの二人は……



「俺のことを……勇者の息子としてではなく……アース・ラガンとして見てくれたからだ……アース・ラガンを認め……好きだと言ってくれたからだ」



 それは、あの二人だけじゃなくて、心優しいオーガの親友や、お節介なヤンキーや、そしてあの鎖国国家の連中も。

 だが、俺のその言葉に姫は激高して――――


「そんなの、我とてお前のことを―――――」

「見てくれていなかった!」

「なっ……に?」

「いつだってあんたらは、それでも勇者の息子か? 勇者の息子のくせに、それでは勇者の両親がガッカリする……そればっかだったじゃねえか! ガキの頃から、アカデミーの頃も、ずっと! いつでも! だから俺は……」


 俺も気付いたらムキになって叫んでいた。



「そ、そういうお前こそ、我のことを忠告するまで姫姫姫姫と、我が忠告するまで名前でなく……お前だって人のことを言えなかったではないか!」


「……は……は~~~?」


「アカデミーに入学した時からそうだった! お前はずっと仲の良かった我のことを名前ではなく……姫と呼んだんだぞ? それがどれだけ我を傷つけたと思っている!」


「だ、だって、姫じゃん! もう小っちゃいガキの頃とは違ってそういうのはケジメをと……」


「ふざけるな! 自分は勇者の息子がうんたらかんたらと言いながら、我のことは姫と呼ぶとか、お前だって人のこと言えるか!」



 気付いたら、姫もムッとした顔で俺に頭突きしそうな勢いで顔を突き出して喚いてきた。



「ふざけろ……これが現実? パリピに散々言いたい放題言われて……コマンにまで……その挙句にこれか? 何なんだ一体! 我のこれまでの人生は何だったのだ! ふざけるなァ!」


「フィアンセイ……」



 そして、姫もまた溜まりに溜まったものをぶちまけた。



「ふざけるな! 思わせぶりなことばかりしておいて! 結局お前は自分を甘やかしてくれるような都合のいい女がいいということか!」


「だ、誰がだ! つーか、俺がいつあんたに思わせぶりなことをした! それに二人のことを都合がどうとか思ってねーし!」


「我はあえてお前に厳しくしたんだ! イチャイチャベタベタしたい気持ちを抑え、お前にもっと成長してほしい、もっと良い男になって欲しい、もっと我に相応しい男になるようにと!」


「誰がそんなことをいつ頼んだ! 自分に相応しい男に? 何様だ! 自惚れんな!」



 ああ、何かもう気付けば互いに醜く言い合って、罵り合って、今にも互いに取っ組み合いでもしそうなほど激しく。



「仕方ないであろう! 仮に勇者の子云々を抜きにしても、お前は我より弱かったんだから! ただの一度も勝てないほどにな!」


「そ、それを言うか!」


「しかもそこからお前は、我やリヴァルやフーに劣等感を抱いて、ウジウジグズグズ、捻くれたり自分を貶めるようになって、常にイライラして……なんか子供の頃と打って変わって情けなくなった! 我はただ、昔の時のように我等を引っ張った頃のお前を思い出して欲しかった!」


「こ、この……何を……」


「そうだ! だから姫でもあり、女でもある我よりも弱い男を世間はなかなか婚約者として認めぬだろうと思い……それで我は厳しくしたんだ! お前が最初から御前試合の時ぐらい強ければ、我だってあんなに厳しく接しなかったし、口うるさく言わなかった! それこそお前が隠し持っていた『セクシーにゃんにゃん大集合~エッチな御主人様はひっかいちゃうにゃ』の本に載っていたような衣装でお前に好きなことさせてやった! サディスにご褒美お願いしなくても、乳ぐらいいくらでも揉ませてやった!」


「な、何であんたがその本を!? あ、あの本はサディスが処分したって……つか、別に望んでなかったし!」


「ああ、そうだろうな! お前は我のことなど眼中になかったみたいだからな!」


「ああん?」


「何だったんだ、我は一体お前の何だったんだ!」



 ある意味で、ここまで互いにみっともないほど口喧嘩したのは初めてだった。



「そう、我はお前の気持ちに何も気づかず……自分の気持ちばかり押し付けて……勘違いして……空回りして……お前を無意識に傷つけて……苦しめて……そんなことはもう分かった! 分かったが……でも……でも……我にもちょっとぐらい言わせてくれ……」


「……フィアンセイ……」


「我の人生……お前と出会ったときから……お前の事しか意識せずに生きて来たんだ……ちょっとぐらい……言うのも……許されないぐらい……お前は我を嫌いで……それほど我は罪深いの……か?」



 そして、段々途中から互いに何を言っているのかも分からなくなったが、俺もフィアンセイも肩で息をするようになり……

 

「はあ、はあ、はあ……もう……もう……何をやっているんだろうな……我らは……」

「ほんとだよ……ただでさえ、六覇とのバトルで疲労困憊だってのに……」

「ああ……我も……戦いでは何の役にも立たなかったのに……疲れた……」


 気付けば二人とも雲の上で腰降ろしてガックリと項垂れていた。

 でも……



「ただな、アース……我は確かにお前に……勇者の息子であることを望んでいた……でも……勇者の息子だったからお前を好きになったわけではないんだ……」


「……フィアン……セイ……」


「伝わってなければ何の意味もない言い訳だろうが……ただ……それでも……」


「フィッ!? あ……」


「ひっぐ……ぐす……アース……我は……パリピにああやって言われるまで……そして今……お前と初めてこんなに罵り合って……自分がここまで醜い女だと思わなかった……」



 ついに姫の両目から大粒の涙が零れ、そのまま姫は腰を下ろしたまま両手を着いて……



「アース……ひっぐ……ごめんなさい……」


「ッ!?」


「我が一番……自分に都合のいいことしか考えていなかった……」



 ああ……もう……本当に今日は……なんて日だよ。

 自分まで情けなくなって、罪悪感が芽生えちまう。

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