第226話 あのとき追い求めていたもの

 ある意味で、パリピが俺の部下になる宣言とか、本性見せたコマンのこととかと同じぐらい驚いた。

 そもそも、俺のことを嫌いで見下している態度を全面に押し出していたくせに、何をどう間違ったら俺が姫のことを好きという思考回路になって、しかも違うと俺が言った瞬間に驚いてるんだ? むしろ俺が驚いた。


「へ、あ、……え? あ、アース……そ、その……ッ……何を」


 いや、あんたが何を言ってんだ?


「ぐぅ~、な、何を言っているんだ、アース! お、お前は、では、お前は我を好いていないというのなら、今まで一体誰を見ていたというのだ!」

「サディス」

「ふがっ!?」

「あっ……」


 秒で答えてしまった。

 いや、本人すぐそこに居るし!


「ぼ、っちゃま……おほほほほほ、おませさんですね」

「うぐ、ぐ……」

「まったく、ぼっ、っちょ、さ、坊ちゃまわわわわ……ほ、本当にもう。ま、わ、私は知っていましたけどねぇ。坊ちゃまが誰を見ていたかなど~」

「う~……ぐ、か、からかうなよぉ……」

「はうっ!? ふふ、おほほほほほ、……ボソ……ぐっ、知っていたとはいえこの反応……六覇を倒す逞しさ、身も心も成長したというのにこのウブな反応……どちゃくそてえてえ……食べてしまいたい……あぅぅ……」


 俺の口をついて出てしまったサディスへの想い。

 まぁ、それに関してはモロバレだっただろうし、サディスも『大人』の余裕で涼しい顔して笑っている。

 しかも、笑いに堪えられないのか顔を逸らして背中を向け、肩が思いっきりプルプル震えているし。

 くそ、恥ずかしい……


「……むぅ……あれ? なんでしょう……今……胸がキューっとなったような……?」

「クロン様。それは病です……恋の病……おのれ、アース・ラガンめ。だから、早くクロン様とベッドでまぐわえというのに……」

「ぐ、う、ま、まぁ、私もハニーの初恋は知っていたけども……目の前で言われるとやはり嫉妬してしまうわ……」


 って、俺としたことが、無意識でやっちまったとはいえ気が利かねえ。

 ヤミディレとか禍々しいオーラ出して怒ってる?

 胸の痛みが何なのか分からず切なそうに首を傾げているクロン。

 そして、前には出てこないまでも、それでも悔しそうにしているシノブ。

 そうだよな……


「わ、悪い……クロン……シノブ……」

「アース……」

「ハニー……」


 俺は今……


「その、あ~、その……俺のことを好きって言ってくれたお前らの前で言っていいことじゃないっていうか……思いやりが足りなかったな……ゴメン……」


 そう。こんな俺に対して恋心を抱いてくれている二人に対して、まだ俺が明確な答えも出せずに生殺しのようなことをしておいて、この仕打ちだ。

 自分でも最低なことをしてるって思う。


「あ……」

「……きゅぅ~……」


 そのとき、クロンが何か腑に落ちたように頷き、シノブが顔を真っ赤にさせて「あうあう」呻きだした。


「……なるほど……締め付けられた胸が……今度はポカポカとしました」

「クロン……」

「あなたの言葉で一喜一憂する……これが好きというものなのですね。私は今日また一つ、好きを学べました」

「ッ……」

「えへへ、あなたから学べて良かったです」

「ッ!?」


 眩し!? 女神……あ、いや、なんか、もう目が眩むほどの微笑みに、俺は一瞬立ち眩み……


「ハニーって……本当に……おバカさんね……」

「うぇ? ……な……なに?」

「この程度で心折れるほど……私の恋は弱くはないの」

「シノブ……」

「今はまだ……君が私の想いを分かってくれている……それだけで十分よ。だって、後は私の努力次第だもの」

「ッ!?」


 熱い、俺の頬が、シノブが俺の袖をチョコンと指で摘まんで照れ臭そうにハニカム。

 ああ、なんだろうな……もう……


「そっか」

「ええ、そうです♪」

「そういうことよ♡」


 俺は今まで女の子を好きになるって感情はサディスにしか向けていなかった。

 そして、サディスがまたあらゆる意味で完璧超人だったから、美人で、頭が良くて、強くて、厳しいけどたまに甘くて、セクシーで、だからアカデミーとか帝都で周りに居た女の子には正直何とも思わなかった。

 でも、ちょっと外の世界に出て視野を広げてみれば……


「ったく、ほら。ヤミディレを出して、さっさと行くぞ」

「あっ、アースってば、うふふ~、照れてますね~」

「うふっ、んもうハニーったら照れてるの? あらあら!」

「照れてねーし!」

「おやおや、そうなのですか~?」

「これは嬉しい展開ね。今は攻めていいのかしら?」


 まだ答えは出せないけど……ただ……俺も何だか甘酸っぱくて、でも温かい気持ちも……



「だーーーかーーーーるぁーーーー我を蚊帳の外にいいいいいいいいい!!!!!」


「「「あっ……」」」


「「「……はぁ……」」」


「あ~……坊や……僕は少し席を外そうか?」


 

 あっ、ヤベ、忘れてた。

 姫が自分を無視するなと涙が入り交じった憤怒の表情で叫んだ。

 フーとリヴァルとサディスはもう頭を抱え、一番状況がよく分かってなさそうな王子は引きつった笑みを浮かべている。


「えーと、あーと、ひ、姫……えっと話は……なんだっけ?」

「だから、貴様が愛しているのは我であろう? 初恋はサディスだったかもしれないが、今は我だったはずだろう!」

「…………なんでさ?」

「なん?! なんでさって……え? あ……あれ? いや……なんで?」

「は?」

「?」


 とりあえず……姫は……俺が姫を好きだと思ってる? 


「だ、だって、我らは……将来……結婚する予定……」

「……は?!」

「なんだその初耳みたいな顔は!?」

「だって、初耳!」

「な、何を言うか! 我らは小さいころから許嫁で、お前は将来我の夫として共に帝国を導くことになっていたぞ! 父上も、それにヒイロ殿もそのつもりだったぞ!」

「え、そうなの!?」


 俺は今日、どれだけ衝撃の出来事や、衝撃的な事実を知ればいいんだ?

 俺が姫の許嫁?! 皇帝陛下や親父はそのつもり?


「サディス、そうなの!?」

「……いや……まぁ……その……旦那様たちはそれをお望みでしたし……一応私も知ってはいました」

「は? なんで! だって俺、小さいころからずっとサディスをお嫁さんにって……!」

「はうっ!?」


 サディスも知っていた。

 リヴァルもフーも知ってたっぽい?

 いや、でも何で肝心の張本人の俺が知らなかったんだ?


「まぁ、そうなのですか? アース……」

「一応……フィアンセイ姫の思い込みや妄想ではなかったのね……」

「それに、サディスのことを好きというのは……お嫁さんにしたいぐらい……」

「ぐっ、羨ましい……」


 あっ……俺はまた二人の前で……



「シノブ……クロン……その、すまな――――――」


『エンドレスか貴様ッ!!!!』


「ぬおっ!?」


「「?」」



 ここに来て今までずっと黙っていたトレイナがようやく「いい加減にしろ」と怒った。

 と言っても、その声を聞けるのは俺だけなのだが……


「な、なあ、アース……お、お前は……知らなかったのか?」

「……あ……姫……」

「我らが将来結婚するということを……」

「お、おう……」


 つか、俺はあんたに見下されてると思ってたし。


「で、では、アースは、わ、我のことを今までどう思っていたのだ?」

「目の上のたん……お、オサナナジミ」

「~~~~~~っ!!??」


 だから、正直俺は姫のこと……ぶっちゃけ苦手だったし……でも、それを口に出したら何だかまずい気がする。

 でも、言わなくても伝わってしまった。

 姫の目がグルグルと回ってふらついている。



「うそだ……」


「姫?」


「アースが帝都から家出した時……マアム殿は……アースは本当は我を愛してないから、もう我には……みたいなことを、でも、アレは我に気を遣う嘘で、アースと我は両思いで……恋人同士で、夫婦で……そうだ……本来なら御前試合が終われば我らは正式に……ッ!」



 そのときだった。


「そうだ、御前試合!」

「え?」


 混乱してブツブツ呟いていた姫が顔を上げた。


「御前試合の前……アレはどう説明する! そんな話をして登校した朝があっただろう!」

「なに?」

「お前は、お前は我の……我の気持ちや願いが何か分かっていると言った! 一方でお前も欲しいものを手に入れるために優勝すると!」


 言った……覚えてる。



―――今までお前に一度も負けたことは無い……だから、御前試合も負けん。そして、優勝して……我は全てを手にする! 全てを……だ


―――俺は、あんたに比べて将来について、そこまで深く考えたりは、確かにしてねえよ。でも……この大会は俺も真剣に考えてる……いや、真剣に挑もうと思っている。優勝するのは俺だ!



 トレイナと出会って間もないころ、確か朝の登校時に偶然出会った姫とそういう話をした記憶が……。

 あの時の姫の気持ち?

 帝国のため。世界のため。人類のため。未来のため。今の平和の世を守り続ける。

 恐らくは、そんな高尚な想いを抱き続けているんだろうと思っていた。 


「リヴァルとフーが帰ってきた日も! あのときもお前は優勝するのは自分だと! 譲れないものがあるからだと!」


 それも覚えている。

 

―――お前らが強くなったのは分ったが……優勝するのはこの俺だ! 俺にも譲れねえものがあるからな!


 トレイナに煽られて宣言したな。自分にプレッシャーをかける意味でも。



「アレはつまり、優勝してお前と結婚して未来永劫帝国の民と平和と正義のために尽くすことを誓うと全国民に宣言しようと考えていた我に対して、お前の方から我に告白してプロポーズするという意味だったのではないのか?」


「なんでそーーーなるううううう!!!!」


「な……え……」


「俺はそんなこと一回も言ってねえし……俺はそんなつもりは微塵も……」



 いや、本当に何でそうなるんだよ。

 そもそもあの時の俺は……


「そ、そんな……」


 そして、両膝から崩れ落ちるほどショックを受けた姫は全身をワナワナと震えさせ……



「うそだうそだうそだ! で、では、何だと? 我の勘違い……だと? ではあのとき、お前は優勝して何が欲しかったと!? 我ではないのか?!」


「……え?」


「お前が優勝して手に入れたかったもの……我ではないとしたら何を!?」



 あの時の俺が優勝して手に入れたかったもの……それはまったくブレずにずっと追い求めていたもの……



「そんなの! あの時の俺は優勝して、サディスのおっぱい……を……ッ!?」


「……………ふぁ?」



 俺は慌てて口を押えた。

 思わずサディスを見た。サディスはサッと目を逸らした。

 そして俺は再び姫を見た。



「あっ……姫……」


「( ゜д゜)?」



 姫は見たことない顔してた。

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