第222話 空気読め

「足元に気を付けてくれたまえ、坊やたち。それに美しいレディたちも」


 どこまでも続くかと思われる螺旋回廊。

 底へ進めば進むほど闇が深くなっていくが、同時にその奥底から禍々しい瘴気を感じる。

 捕らえられ、魔法も使えないようにされているという話だが、それでもこの奥底に居る奴がとんでもない力を持ってることは誰でも分かる。

 だが、その人物こそが俺らの目的。

 俺たちを案内する王子。その後に続く、俺とクロン。サディス。

 そして……


「数か月前は一瞬だけだったが……改めてみると……これほどの……」

「す、すごい不気味なオーラを感じるよ……」

「信じられん……姿を見ていないのにここまで伝わってくる……」

「きゃ、こわいわ、ハニー。私、暗闇は苦手だからくっついてていいかしら?」


 姫たちが後に続き、そして「あいつ」が発するプレッシャーに汗をかいていた。

 シノブだけは相変わらずだが……つか、暗闇怖いとか嘘つくな。棒読みだし。


「アース……その……この奥に……」

「ああ」


 不安げな顔を浮かべる姫に俺が頷いた。

 そもそも、どうして俺たちが天空世界に乗り込んだのか。

 それは全て、この奥底に捕らえられている女を助けるため。

 そして、その存在は姫たちも数か月前に一瞬だけだが遭遇していたようだ。


「おお……捕まってるくせに……相変わらず……」


 ついに辿り着いた奥底の牢屋。

 そこにはあいつが、目をふさがれた状態で囚われていた。

 魔法が使えないようにされているようだが、それでもこれほどの圧迫感は相変わらず。


「ん? この気配……ッ、クロン様!? クロン様の気配! それに……アース・ラガン!」

「目を隠されていても、流石に分かるか」


 そこには、囚われのヤミディレが居た。

 俺たちが近づいただけで、クロンや俺を察知して驚いた反応を見せてくる。



「ヤミディレ! よかった……無事で……よかった」


「クロン様……どう……して」



 何故ここに? ヤミディレにとっては当然の疑問。 

 一方で、姫たちは……


「これが……六覇のヤミディレ……」

「すごい……魔法を封じて囚われているのに……こんな……」

「あのパリピ同様……レベルが違う……」


 こんな状態でも力の差が分かるほど、ヤミディレに圧倒されていた。


「この国が襲撃されたとの話は聞きましたが……やはり、クロン様……しかし、クロン様……どうして?」

「むぅ……言わなくちゃ分からないの? あなたを助けに来たに決まっているではないですか!」

「ッ、アース・ラガン! 貴様も……貴様の仕業か!? クロン様をそそのかしたのか?! 私なんぞのためにクロン様に危険な真似をさせて……貴様はクロン様と夫婦(めおと)となって、次代の神を創生するという使命を忘れたか!?」


 ヤミディレの怒りが俺に向けられる……が、ちょっと待っ―――


「んなっ!? あ……アースと……めお!? めめめ、おお夫婦ぉぉぉ!?」

「……アラ……まったく……我がハニーと結ばれるには本当に障害が多いこと多いこと……その分、愛が燃え上がるのだけれども……」


 姫、驚きすぎ。つか、今は空気読めよ。

 んで、シノブ……相変わらずのシノブで、何だか苦笑いしちまう……


「違いますよ、ヤミディレ。私はアースにそそのかされたのではありません。私が私の意思で、そして皆は皆の想いでここまできたのです。アースには私がお願いしたのです」

「な、ん……ですと?」

「あなたを助けたい……その私の願いを、アースは聞き入れてくれたのです」


 俺がクロンをそそのかしてここまで連れてきたと思ったようで、そのクロンの言葉にヤミディレも戸惑った様子だ。


「つか、俺がそんなことでもねーかぎり、あんたを助けに来るわけねーだろうが」

「アース・ラガン……」

「俺に惚れてくれた女からの……涙ながらの願いだ」


 そう、元々は俺を攫って面倒なことしたのも、つーか元々敵だった女だしな。

 だから、俺が自分の意思でここに来るわけがない。クロンに頼まれたから来ただけだと強調して言ってやった。


「ほ、惚れ……女の願いは……あ、あぅ……あ……」


 だから姫……


「ヤミディレ。私はあなたが昔……何をしてきたのか……何をしてしまったのか……どんな罪を犯してしまったのかは知りません。でも……私は自分の気持ちに嘘はつけないのです。あなたを……失いたくないという気持ちに」

「クロン様…………」

「それは私だけではありません。ツクシやカルイ、マチョウ、道場の皆さん……そして街の人たちも同じです。そんな私たちにアースは力を貸してくれたのです」


 ヤミディレは目隠しされて今のクロンの姿や顔つきを見ることは出来ない。

 しかし、声から溢れる強い意志は伝わっている。


「……クロン様……僅か数日で……一体何が……ただ……強く……大きくなられて……」

「うふふ、あなたにそう言って戴けるのは嬉しいです」


 成長したクロンに、ヤミディレも驚きを隠せない様子だ。


「おい、アース……そろそろいい加減教えて欲しい。何故、六覇のヤミディレが……それに、このクロンという魔族は―――」

「姫。まだいいだろ? 今は空気読もうぜ」

「あぅ、あ、すま、すまん……」

「……いや、そんなシュンとならないで、もうちょい黙ってくれてればそれで……」


 せっかくいい雰囲気なんだから、もうちょい黙ろうぜと姫に言うと、姫はものすごいオドオドした様子で縮こまっちまった。

 あれ? つかちょっと気になったが、姫ってこんなにメンタル弱かったっけ?


「坊ちゃま……それが一番……」

「アース……それは……ちょっとひどいよ……」

「……アース……おまえ……」

「私はいくらでも空気を読むわよ、ハニー。……と言うと空気を読めてないように見えるので、しばらく静かにしているわ」


 つか、何だよこいつらまで……まっ、いいか。


「待て……アース・ラガン……だからと言ってここまで来たということは……勝ったと? おい、ディクテイタの子も居るのだろう!?」


 と、成長したクロンに対して感慨深そうにしていたヤミディレがあることに気づいた。

 ヤミディレがそう問うと、王子も頷いて前へ出た。


「ああ。僕がここまで連れてきた」

「一体何があった? それに……奴はどうした! あの、史上最悪のクズは……」


 ああ、やっぱそこは気になるよな。


「パリピなら逃げた。かなりの重傷を負いながら」

「……なに?」

「坊や……アース・ラガンくんが奴を退けた」

「ッ!?」


 どうやら、ヤミディレもパリピがここに居たことを知っていたようで、だからこそそのパリピが俺に負けたという話には、一番驚いた様子を見せた。


「ば、ばかな! パリピが……腐っても六覇! あのパリピに? アース・ラガン……貴様が……勝ったと?」

「ああ」

「バカな、私の時のような策が通じるような相手では……しかし、ここに居るということは本当に……バカな……」


 パリピの強さをこの場に居る誰よりも知っているのもまたヤミディレ。

 だからこそ、信じられないんだ。

 とはいえ、事実だ。


「だからこそ。王子が俺たちをこの場へ連れてきたのは……その恩だか借りみてーなもんだ……」

「……なんと……いうことだ……」

「そして……あんたをここから出すのもな……ただし……厳しい条件付きだが……」

「だ……出す!? わ、私を? バカな! いくら何でもエンジェラキングダムの連中が私をだと!?」


 そう。俺がそれだけのことをしたということで、ヤミディレのことも色々と王子は折れてくれた。

 ただし、かなりギリギリの条件があり、それをこいつが飲むかってのもあるが……



「あんたを捕えているその魔力封じの戒め……それを外さないこと……今後あんたは一切、魔眼も魔法も使えなくなる……それが条件だそうだ」


「ッ!?」


「それは天空世界でしか解除できないそうだ。そしてあんたは……二度とこの国に足を踏み入れない……永久追放。それがあんたを外に出す条件とのことだ」



 まぁ、もちろんこいつはこの条件を飲まないだろうな。

 とはいえ、女神さまに言われたらどうなるか?

 それに、親父たちのことを考えると、ヤミディレが力を失うことは果たしていいことなのか悪いことなのか……さらに……



『ヒハハハハハハハ、そーいうこと、あ・ね・ご♪』


「……は?」


「げっ……」



 おっと、俺の懐にある、捨てたかったけど、まだ捨てられていない魔水晶からクソムカつく声が聞こえてきた。

 ヤミディレが口開けたまま固まっちまった。

 そう、あいつだ。



『改めてこんにちは、アネゴ。アース・ラガンくんの右腕にして一番の部下のパリピです』


「…………あ……え? ……は?」


『それと、アースくん。さっきはドーモ。んで、早速だけど帝国に居たオレの部下……『コアソ』から報告だ。知ってるでしょ、コマンちゃんの親。聞きたい~? 聞きたいよね~? オレ、お利口でしょう? 褒めて~って……『あの方』に言ってくれる?』


 

 未だにポカーン状態のヤミディレ。

 そして、コレ……投げ捨てよう……そう思って魔水晶を俺が振りかぶった、その時だった。



『君のパパとママは既にカクレテールの近海に居る……なんだったら、もう既にコッソリ上陸してるかも?』


「……知ってるよ……切るぞ?」


『あ~、待った待って、ちょ待てよぉ~、君の『お友達』の話もあるんだよぉ~』



 姫よりも空気を読めない奴から、こんなにすぐ連絡が来るとは思わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る