第221話 戦の後
「行っちまった……」
『逃がしてしまったか……』
パリピとコマンが立ち去って、まだ俺はしばらく頭が整理できずに呆然としたままだった。
単純に逃げられただけだったらまだいい。すぐに切り替えて、追いかけようと思えただろう。
でも、パリピが告げた俺の部下になる宣言と、コマンの異常行動がそれをさせてくれなかった。
「……アース……その……大丈夫ですか?」
「本当に逃げたようね……ハニー、大丈夫?」
そんな俺の左右に、心配そうに覗き込んでくる二人の女。
「アース。……ぎゅっ……」
「あ……クロン……」
「傷だらけ……でも……この手が私たちを救ってくれたのです。ありがとう、アース」
そして俺を癒そうとしてくれているのか、俺の手を優しく握りながら微笑むクロン。
ちょっとドキッとする。
「ちょっ!? は、ハニー……手当は私がするわ」
「お、おい……」
そんなクロンに負けじと医療道具を持って俺にくっついてくるシノブ。
なんか照れる……だけど……なんか、少し落ち着いて来たかもな……
「ぬ、ぅ、う……つ……うぅ……」
一方で、姫が何だか悲しそうに、悔しそうに唸っている……コマンのことがショック……なんだろうな。
つか、そうだ……こんなことしてる場合じゃねぇ。
「クロン……シノブ……あ、ああ……俺は大丈夫だけど……そ、そうだった……皆を手当てしねーと……頼めるか?」
「ええ、もちろんです」
「まかせなさい、ハニー」
二人を見て俺もハッとし、ようやく振り返って周りを見た。
そこには、パリピとの戦いで傷ついた皆が未だに倒れたままだった。
パリピに一撃でやられてる奴らはまだしも、マチョウさんとかはかなり手酷くやられている。
俺に言われて、クロンもシノブも頷いてすぐに皆の下へと駆け出した。
一方で……
「……な、なあ……アース……」
気まずそうな雰囲気をしている姫たち。
ま、無理も無いか。
姫たちには色々あり過ぎた。
天空世界へ乗り込んで、事情が分からないまま助っ人してくれて、しかしパリピに惨敗して、そして昔からの友だったコマンに裏切られ、逃げられた。
そして俺と姫たちはまだ別に……
「とりあえず……今はいいんじゃねえか?」
「しかし……」
今に至るまであまり詳細を話さずに一緒に戦ってもらっていた。
だからまだ、俺が御前試合でやらかしたこと、そして今も何で天空世界に居るのか、ヤミディレのこと、クロンのこと、カクレテールのことを何も姫たちは知らない。
この状況で、パリピとコマンの問題も出てきたしな。
「姫様……怪我人も多いですし、ここは坊ちゃまの言うとおりに……」
「サディス……っ……そう……だな」
そんな俺の考えや気まずい雰囲気を察知したサディスも、「今は」と姫に告げる。
姫も全てに納得するわけではないが、しかしそれでも目の前にパリピにやられた皆が傷だらけで倒れている現状を放置することもできず、複雑な表情のまま頷いた。
「我も回復魔法はそれなりに使える。手伝おう。フーも頼む。リヴァルは倒れている人たちを運んでくれ」
「ええ、姫様」
「分かった」
とりあえず、これで話をするのは少しだけ先延ばしにできた。
実際、俺も何からどういう話をして、パリピやコマンについてどうすりゃいいのかも分かってないし、まとまってない。
「マチョウさん、大丈夫か? 眼とかやられたみたいだけど……」
「ああ……眼球の回復は時間がかかるが……まぁ、命あってなによりだ」
「だな」
「自分も皆を運ぶのを手伝おう……それにしても……」
「ん?」
「あまりにも強敵だった……世界は……広いな……」
「……だな」
大会で俺とあれほどの死闘を繰り広げたマチョウさんも起き上がるのがやっとの状態。
サディスだって今でも重い体を引きずっている状況。
これだけの奴らが束になってこの有様。
実際、俺はよくパリピを退けられたもんだと、ちょっと自分でも驚いた。
『ヤミディレに続き、パリピか……余としては複雑だがな……だが、今は勝利を誇ってよいぞ』
それはトレイナも認めてくれるほどのものだったようで……だから、色々とモヤモヤの残る戦いと結末になっちまったが、それだけは俺にとって大きな価値があったかもしれねえ。
すると、そんな時だった。
「ん?」
建物の外から押し寄せる大勢の気配を感じた。
振り返った瞬間、宮殿の扉が勢いよく開けられた。
「王子、今、駆け付けました!」
「王子! これは一体……な、て、天空王!?」
ああ、こいつら……居たなぁ……
宮殿の外で待機していた天使たちが一斉になだれ込んできた。
そういえば、天空王がクロンの暁光眼対策として入れなかったんだったな。
「僕がテレパシーで呼んでおいた……」
「ん?」
そう言って、俺の横からヨロヨロと体を引きずりながら王子が呟いて前へ出た。
「陛下、これは一体!?」
「侵入者、まさかお前たちが……!」
「王子、お顔に傷が! お、おのれぇ、貴様ら!」
腹を吹っ飛ばされて血だらけのハゲと頬を腫らした王子を見た天使たちが、殺気を剥き出しにして俺たちに襲い掛かりそうになるが、それは王子によって止められた。
「静粛に! 彼らに手を出すことは僕が許さない!」
「王子!?」
「彼らは確かに侵入者だが……同時にこの天空世界を救った恩人でもある……彼らが居たからこそ、僕たちの誰もが気づけなかったパリピの陰謀に気づき、そしてその悪の手から守ってくれたのだから……」
「「「ッッ!!??」」」
これまでのことを一部始終見ていた王子の言葉に、天使たちは誰もが言葉を失うほど驚愕している。
「パリピ……が? 王子、それはどういう……」
「説明は後で。父……陛下と……そしてこの国を救ってくれた傷ついた恩人たちの手当てを至急に!」
「し、しかし……」
「すぐにだ!」
「「「「「しょ、承知しました!」」」」」
今にして思うと、もしこの場に王子がいなかったら、またメンドクサイことになってたかと思うとホッとした。
「一応、空気は読んでくれたみたいだな。あんた」
「……これ以上……恥は晒せないさ……」
俺の皮肉に唇を噛みしめながらそう答える王子。
こいつもこいつで色々とショックが続いただろうからな……つか、こいつの頬の怪我はぶっちゃけ、俺が殴ったからだしな。
「つっても、あんたというよりはハg……親父さんの命令で、……つか騙されて……まぁ、結果的にはパリピが全部悪いんだから、あんたがそこまで気に病むことでもねーんじゃないのか?」
「そんなわけにいかないさ。僕は父の命令やパリピの言葉に従って……全ては……ただ……僕が認められたかったという欲求のために……何も見えてなかったのだから」
「認められたかった……か」
「……でも、もういい。もう……いいんだ、そのことは」
「そうか」
「君たちには礼になるか分からないが……ヤミディレの件も……僕が何とかしよう」
「お、そうかい。それならこれ以上、暴れる必要もねーか」
そういえば、クロンの能力であのハゲの過去を見て、ああなった事情を垣間見ることができた。
そして、こいつとハゲが微妙な関係であることと、そしてこいつ自身が何を望んでいたのかも。
――あんな親でも認められたいものなのか?
俺が言えたことじゃねえなと、今更ながら笑っちまった。
「……親か……ん?」
そのとき、俺はあることを思い出した。というか、気づいた。
「……おい、姫」
「ん? あ、な、なんだ、アース。わ、我に話があるか? うん、な、なんだ? 事情を話してくれるのか?」
手当の作業をしている姫に声をかけると、急に慌てたように顔を上げて早口で食いついてきた。
「いや、事情というよりは……姫たちはここに来てくれたが……その……親父や母さんは何やってんだ? カンティーダンでは母さんも居たし……フーが空間転移覚えたんだったら、一緒に来れたんじゃ……」
「あ、ああ、ソッチか……あ、うん……」
思ってたのと違ったのか、少しガックリと姫は肩を落とすが、すぐに顔を上げた。
「カンティーダンでお前とサディスが消えてから……六覇のヤミディレの存在をマアム殿は察知した。その後、お前の友であるブロという半魔族……自分からは何も話さなかったが、素性を調べたところカクレテール出身……さらにはヤミディレとの繋がりもあると疑いもあり、お前たちはカクレテールに居るのではないかという話になったのだ」
「……ああ……」
そのとき、クロンやマチョウさんたちがブロの名に反応するが、構わず姫は続ける。
「しかし、カクレテールは鎖国国家。とりあえず政治の絡みもあるので、我らはカクレテールへの調査部隊から外されてしまい、更にカクレテールはある日を境に結界に覆われてしまっているので上陸することもできずズルズルと……我らも指を咥えて待っているだけではなく、何とかならないかということで……」
なるほど……それでフーが空間転移の魔法をこの数ヶ月で習得したと……つか、空間転移とか禁術みたいなもんじゃないっけ? ヤミディレはアッサリ使ってたけど。
ま、とはいえ習得できちゃうあたり、やっぱフーも……ん? あれ?
「……カクレテールへの調査部隊?」
そのとき、姫が口にしたある言葉が引っかかった。
カクレテール調査。
つまり、親父たちは俺がカクレテールに居ると分かっていた。というか疑っていた。
しかし、ヤミディレの結界で中に入れなかったので今までは……あれ? でも、今は結界が……
「アース?」
今、ヤミディレはこの天空世界で囚われている。
だからもうカクレテールの結界はない。
もし、親父たちがカクレテールの近くで様子を伺っていたら? 今、結界がないことがバレたら?
あれ? もしそうだとしたら、俺はこのままカクレテールに……つか、クロンとヤミディレもカクレテールに戻ったらヤバくねーか?
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