第220話 幕間(父)

 崩壊した街は復興作業の真っ最中。

 この国の住民たちは、怪我人の手当てをしながら、瓦礫を撤去したり、仮設の家を作ったり、皆が力を合わせて行っていた。

 そんな街に足を踏み入れた俺は、元々は教会だったという壊れた建物の傍で腰を下ろして話を聞いていた。

 それは、アースとサディスのことだ。


「へぇ、アースと一緒にトレーニングをしてたのか~」


 二人はカクレテールに来ていた。

 いや、正確には連れてこられた。『あいつ』の手によって。

 結界の関係で脱出できず、二人はずっと『あいつ』に捕らえられていた……と最初は思っていたが、何だか話を聞いていると、そういうことではなかったようだ。

 アースとサディスは「連れてこられた」わけだが、「監禁されていた」わけじゃない。

 この国の人たちと一緒に生活し、そして色々と……本当に色々と……


「はい。彼は僕らの心に熱を与えてくれて……不遇な現実に項垂れていた僕たちの心を奮い立たせてくれたんです」


 アースがこの国で何をやっていたのか。どう過ごしていたのか。そんなアースをこの国の人たちはどう思っていたのか。

 そんなことを、アースの友達だと言うモトリアージュたちから教えてもらった。


「ああ、あいつ本当にすげー奴だ!」

「僕たち、アースくんが頑張ってるのを見て、頑張ろうって思ったんだな」

「うん……大会優勝の時は、僕たちも自分のことのように嬉しかったし……」


 真っすぐなキラキラした目をして友のことを自慢するかのように、そして誇らしげに話す若者たち。

 さらに……


「ん、アマエのおにーちゃん、かっこいい!」

「そっか……アースのこと……おにーちゃんのこと好きなんだな」

「ん!」


 アマエという可愛らしいちっちゃい女の子にまで胸を張って自慢されている。

 それが全部アースのことだということが親として誇らしいと思うと同時に、その場に居てやれなかった自分の間抜けぶりに悔しさも込み上げる。

 帝都を飛び出して、俺たちの手の届かない場所で、あいつは逞しく強く生き、そしてこうして自分の力で新たな繋がりを築いている。

 ヤミディレがアースを連れ去ったと聞いたときはどうなるかと思ったが、ここでは特に酷いことにはならず、むしろ友達と努力したり、多くの人たちからも慕われているみたいだな。

 つか、いつの間にか妹分までできていたとはな。

 あいつには、俺やマアムが、そしてサディスが見てやらなくちゃいけない、まだまだ未熟な子供だと思っていたんだけどな。

 でも、実際は俺もマアムもあいつのことを全然見てやれていなかった。

 だから大事なことを何も気づかず、知らず、分からずじまいだったんだ。


「ったく……ほんと何をやってんだろうな……俺は……そして今、あいつはどうなってんだ? なぁ? 神様よ」


 アースがしばらく居候していたという教会の敷地で俺は、アースの友からこれまでのことを聞き、色々と複雑な気分になりながら、教会で唯一無傷で残っている、「神様」と呼ばれている銅像に苦笑しながら呟いた。

 そこには、多少「盛られ」ているものの、その顔は間違いなく、かつての俺たちの宿敵のもの。

 

「アースがお前の力を使い、そのことで騒ぎになって……で、アースが俺たちに失望し、反発し、そしてたどり着いたこの地は……ははは……どーなってんだかな」


 カクレテールは連合加盟国ではなく、情報も閉ざされた鎖国国家。

 とはいえ、戦時中は魔王軍との繋がりの疑いも無きにしも非ずということで、それなりに監視はされていたが、結局戦争でもカクレテールに関連するものが表舞台に出ることは無く、そのまま戦争も終わり、何事もなかったかのようにそのままだった。



「一体どうなってんだろうな……この国を取り仕切っていたのは十数年前に体制派を打倒した、大神官……名はヤミディレ……そして……その象徴となったのがクロンという名の女神……神の血を引く女神様で、先日行われた大会で優勝したアースの嫁になるとかならないとか……」


「アースのお父さん、どうしたんだ?」


「ん? あ~、いや……」



 トレイナ。お前ら魔王軍は一体、アースをどうしたんだ?

 ヤミディレ。お前は十数年ぶりに表に出て来たと思ったら、アースをどうしたいんだ?

 どうしてアースがトレイナの技を使えたのかは分からない。アースが魔王軍の残党と繋がりがあるのではないかという疑いもまだ帝都では晴れていない。

 でも、これじゃぁ……


「で、そのアースたちは今、あの空の雲の上に居るわけか」

「はい。連れ去られた大神官様を取り戻すため、皆と一緒に」


 で、今は天空世界に殴り込み……つか、天空世界って本当にあったんだな。

 まぁ、ヤミディレはそういう種族と言えばそうだったかもしれねーけど。

 にしても、人間の仲間たちと力を合わせてヤミディレを救出に……か……ダメだ。頭が整理できねえ。

 そして何よりも……



「あの空の奴らは卑怯な奴らだ……大神官様がアースとの喧嘩で負けてボロボロの状態になっているときに襲ってきやがったんだ……くそ、思い出しただけでムカつくぜ、オラァ!」


「アース君も力を使い果たしていて、どうしようもなかったんだな……」


「でも、今回は万全のアース君、それにマチョウさんや女神様、サディスさんたちだっているんだ。きっと、大神官様を助けてくれると思うんで!」



 そう、それだよ、一番「マジかよ」って思ったのは。

 アースが、ヤミディレと喧嘩して勝ったって……本当かぁ?

 たとえ、かつての戦争から十数年経っていようとも、六覇大魔将の強さは俺が一番よく知っている。

 何度も戦い、打ちのめされ、仲間も多く失った。

 

 ハクキには何度も殺されかけた。

 ゴウダは何もかもがとにかくデカかった。

 ライファントは敵ながら誇り高い奴だった。

 ヤミディレは禍々しくて怖かった。

 ノジャは二度と敵に回したくねえ。

 パリピのことは思い出したくもねえ。


 力の差や、戦闘スタイルに違いはあれど、それでも六人全員強く、そしてヤバかった。

 アースも御前試合を見る限り、俺とマアムの想像を遥かに上回るほど強くなっていた。

 だけど、三カ月前の力では、まだ六覇と戦うには力不足だった。

 それなのに、勝った? 仮に何か策を弄したのだとしても、策だけでどうにかできるほど六覇は甘くねえ。

 つまり、今のアースは六覇と戦えるレベルまで強くなっているってことだ。


「アース……どうなっちまったんだよお前は……」


 自分の愛する息子のことがここまで分からなくなるなんて……俺は一体何度、自分で自分のことを父親失格だと……


「ん……どうしたの?」


 そんな頭を抱える俺をポンポンと叩きながら、アースの妹分が俺を覗き込んできた。

 こんな子にまで心配されるぐらい、俺は顔に出てたみてーだな。


「ああ、おじちゃん……お前のおにいちゃんのことで悩んでてな……心配だしな……空の上のことも……」

「おにーちゃん? おにーちゃん、心配ないもん!」

「え?」


 いずれにせよ、今、天空世界に行っているというのが本当だとしても、正直俺もマアムも飛行の魔法を使うことは出来ないので、今の時点ではあそこまで行く手段がねえ。

 だから、居場所が分かってもこればかりはすぐに助けに駆けつけることもできず、どうしたもんかと思う俺に、アマエという娘が胸張って……

 

「おにーちゃん、強いもん! オジサンも一緒だもん! おねーちゃんもいるもん! 皆帰ってくる! おにーちゃん、帰ってきて、いっぱい遊んでくれる! 約束した! アマエがいっぱい応援したから、ご褒美でいっぱい遊んでくれるって!」


 自信満々に……いや、どこまでも信じきった純真無垢な子供の言葉に、俺はハッとした。

 そうか……


「はは、そうか……なら、そうなんだろうな」

「ん!」


 ああ……そうか……俺は「今のアース」をこの子よりも知らないし、分かってないんだ……


「おにーちゃん、アマエが応援したら優勝したし、だから大丈夫! これ、しょーこだもん!」

「ん? ……ぬおっ、そ、それは!」

「これ、おにーちゃん優勝したの!」


 そう言って、トコトコと駆け出して、アマエは瓦礫の中から何かを取り出して、それを俺にグイッと向けてきた。

 そして、俺はそれを見て再び衝撃を覚えた。


「こ、これは……ゆ、優勝トロフィーか……は、はは、誰がデザインしたかはすぐに分かるが……こ、これをアースが優勝トロフィーとして受け取っ……たと……」


 もし、この場に誰も居なければ、俺は自分の息子が手にした勲章を見て、のたうち回っていたかもしれない。

 何とも憎々しい。

 金ぴかに輝く大魔王トレイナが背中から翼を生やし、腰に左手を置いて、右足を四角い台の上に乗せ、右の人差し指を天に向かって突き出して、さらにその頭には王冠をしている像だ。

 

「は、はは……はぁ……」


 もう、呆れて笑ってしまう。

 なぁ? トレイナ。地獄で見てるか?

 もしこれが、お前の俺に対する復讐なのだとしたら、これ以上の復讐はねえよ。


「ヒイロ~、こっちは何とか落ち着いたわよ」

「お? そうか」

「うん。……って、何よその金ぴかの! ……と、トレイナ?」

「ははは……俺たちの愛する息子の勲章みたいだぜ?」

「は……はぁ?」


 そのとき、トレイナトロフィーに苦笑している俺の所へ、マアムが駆け寄ってきた。

 案の定、マアムもトレイナトロフィーに驚いたようだな。


「で、どうだった? あのヨーセイとかって若いのは」

「え? あ、うん。かなり重度に全身の魔穴や神経、筋肉を傷めているわ。薬物の副作用で、ほとんど廃人寸前だったわ」

「そっか……で?」

「うん。一応私の方である程度の治療はしておいて、体内に残っていた薬も吐き出させたわ。でも……」

「完治は難しい……か?」

「多分ね。今後、安静にしていれば日常生活を送るぐらいには回復できるだろうけど……魔法使いや戦士みたいなことはもう……」


 俺たちがこの国に足を踏み入れて、その惨状を見てかつての戦争を思い出して心が苦しくなっていた中で、女の子たちに看病されている一人の若者を見つけた。

 アースとほとんど年齢も変わらないだろうその若者はかなり危険な状態だった。


「それもまた……ヤミディレの仕業なんだろうな……ったく……」


 アースのことだけでなく、モトリアージュたちから教えてもらった、今のヤミディレのこと。

 この国の民たちからは、それこそ命懸けで助けに行こうと想われるほどに慕われているという話。

 だが一方で、その裏ではまだアースと大して変わらない年代の若者を……そうなると、やはり許せる存在じゃねえ……


「そうね。あと……」

「ん?」

「その薬物……詳しく分析しないと分からないけど……あの六覇の最低悪魔がかつて蔓延させようとしていたものと少し似ていたというか……」

「パリピか……ま、あいつのことはいいとして……もう死んだ奴だし」

「そ、そうね。私も名前を聞いただけでも鳥肌立つわ。とにかく、そんな最低の薬物ってことよ」


 思い出すだけでも嫌そうな顔をするマアムの気持ちは俺もよく分かる。

 そして、そんな薬物をヤミディレは……


「……アースは……この国の人たちとヤミディレを助けに行ったそうだ。洗脳されているわけでも脅されているわけでもなく、自分の意思でだ」

「ええ。サディスも一緒に。何か理由はあるんだろうけど……」

「ああ……だけど……」


 ヤミディレは危険人物として、今は世界最高額クラスの賞金首。

 見つけ次第即確保。生死問わずだ。

 容赦は不要だ。実際、未来ある若者を廃人に陥れようとしていた。

 そこにどんな事情があったとしても、それを許していいはずがない。

 だけど、俺もマアムもどうすべきかの答えが簡単に出てこなかった。


 何故なら、話を聞けば聞くほど、俺たちは何も分かっていないと思い知らされるからだ。


 そんな何も分かっていない俺たちだから、アースに失望されたんだ。

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