第219話 クビ

 戦いは終わった。


「な、……な、何だこれは……コマンといい……挙句の果てに六覇まで……」


 なのに、心が完全にへし折れたかのように、姫はその場で腰を抜かしていた。


「ついこの間まで私たちの隣にずっと居たはずのアースが……数カ月離れていたが……今日ようやく追いついたのに……何だこれは……そう思わないか? リヴァル……フー……」

「フィアンセイ……」

「姫様……」

「まざまざと目の前で、アースと我らの距離を見せ付けられ……挙句の果てに……我らが束になっても歯が立たなかった六覇が……自ら敗北を認めて配下に? 何だこれは……夢か? ……じ……次元が違いすぎる……アースが……今、目の前に居るのに……果てしなく遠い……」


 今回の戦いで、色々と俺に対して思うところがあったようだが、姫……これに関しては俺も驚いてるんだが……。

 誰が誰の部下になる? いやいやいや、こんないつ後ろから刺されてもおかしくないような奴が何を企んでやがる?


『いつも息を吐くようにふざけたことばかりを言って本心を見せぬこの男が……言葉に熱を帯びている……まさか……本気か?』


 トレイナも動揺している。そうだ。それだけのことをこいつは言ってやがる。


「ゴホッ……ぐっ……コマンちゃん……魔水晶は?」

「一応私のものが……ありますが……」

「君の親……コアソは?」

「もう潮時だし、バレちゃいましたから、帝都を離れるようには伝えました」

「ヒハハハ、ゴホッゴホッ……了解。なら、その魔水晶をアースくんにあげて」

「は、はぁ……あの、アースくん……これを……」


 さっきまで何か色々あったコマンのことも薄れてしまうような状況に頭が整理できず、俺は本来敵であるはずのコマンが普通に間合いの中まで入ってくるのに、何もできず、ただ服の懐から取り出された魔水晶を手渡されて、それを受け取っちまった。

 もしこれがナイフとか魔法で強襲されていたら危なかった。

 

「アースくん! オレは体を癒すために、しばらく隠れるが……その間に何か困ったことがあればいつでもそれを使って連絡をくれたまえ。世界の表も裏も含めてあらゆる情報を君に提供しよう。軍資金に困ればいくらでも。女に不足があれば、種族年齢身分問わずにいくらでも。なんなら、このコマ――――」

「ちょ、いきなりこんなもん渡すんじゃねえ!」


 渡された手のひらサイズの丸い水晶。

 コマンの私物とのことだが、これを受け取った俺に対してパリピが俺の意思に関係なくペラペラと言ってきやがった。

 つか、パリピ……お前、瀕死だったはずなのに、さっきより元気になってねーか?


「待てよ! ま、まだ俺はお前を部下にするとか言ってねーぞ! こんな魔水晶とかいらねーし! つか、コマン! テメエもどう思ってんだ!」

「アースくん……あ……今、話の途中だよ? 最後まで……聞いたほうが……うん、いい提案もあったような……」

「知るかぁ! つうか、こいつの言葉は最後まで聞くほうが危険だろうが!」

「うぅ……」


 アブねえ。このまま何も言えないままになるところだったがそうはいかねえ。

 流されるな……とにかくこの状況をどうにかしねーと……


「それに、やっぱテメエはどう考えても危険だ! このままトドメを……」

「言っただろ? オレを生かしておくほうが役に立つって……」

「いるか! 役に立とうと、テメエはいらん!」


 トレイナには最初から「この男の言葉は何一つ信じるな」と言われたからか、交渉もクソもなく、俺はパリピの提案を跳ねのけた。


『確かにこやつの提案に驚きはしたが、それで良いぞ、童。今の童にはこの男の存在は毒にしかならんからな』


 トレイナもパリピに呆れながらも腕組んで俺の返答に異議なしと頷いている。

 だが、その時だった。



「ひは……はは……じゃあ……アースくん……君の中に居るもう一人と思われる……御方に……プレゼントを渡す……なら……どうだい?」


「なに?」


『ぬ?』



 パリピが口元に怪しい笑みを浮かべる。明らかに何か悪だくみを思い浮かべているような顔だ。

 そして、その言葉は俺ではなく、トレイナに向けられて……



「旧魔導都市……シソノータミの地下深くに眠る遺跡の……最深部へ通じる鍵……『マスターキー』……とでも呼べばいいかな?」


『ッッ!!??』



 そして俺の傍らに居るトレイナはパリピが部下になる宣言をしたときよりも険しい表情で驚愕していた。

 なんだ?


『パリピ……こ……こやつ……なんだと? 遺跡の最深部? マスターキーだと? ……あった……のか? 無いと思っていたのだが……どこに……いや、そもそもどうしてパリピが……』


 魔道都市? シソノータミって確かサディスの……それに……ますたーきー?



「今は手元にないから……ここから逃がしてくれたら……ちゃんとアースくんに送り届ける手続きをする……それで手打ちにしてもらえない……ですかぁ?」


『……こやつめ……』

 


 俺には何のことだか分からない。

 ただ、トレイナの反応から察するに、よほど重要なもんなんだろうということは分かる。

 だけど……


「ひはは……まっ、そういうことだから。さて、コマンちゃん。つーわけで、オレを運んでもらえる?」

「はわ!? わ、私が……ですか?」

 

 パリピの指示がコマンに飛んだ。「運ぶ」ということは、この状態のパリピを連れて逃げるということだ。

 

『ぬ!? 童、小娘が動くぞ! やはりまだ逃がすな!』

「ちっ、おい! コマン、まだ勝手なことすんじゃねぇ!」


 まだ結論が出ていない以上、逃がすわけにはいかねえ。

 だが……


「……う~ん……そんなぁ……それに運ぶって……私……力ないですし……アースくん睨んでますし……」

「そこを頼むよぉ」


 パリピの命令を受けたにもかかわらず、コマンは少し困った表情を浮かべていた。


「う~ん……それなら……体全部は重いですから……運ぶのは……首だけにしますね」

「は? ……ッ!?」

「じゃあ、引き千切りますね。よいっしょ」


 そう言って、コマンは溜息を吐きながらパリピの頭を掴んで……ヲイッ!?


「うんしょ、おいしょ、どっこいしょ」

「ちょまっ!? コマ、お、おいい!? グギュアアアアアアアアアアア!?」

「ひう!? あ、あまり大きな声出さないでください……こわいよぉ……うんしょっ、お肉も硬いし……」


 響き渡る悪魔の苦痛の叫び。

 いや当たり前だ。


「な、こ、コマン!? 何をしている!」

「バカな……」

「ひい!?」

「これは……」

「あ……あふぅ……」


 俺たちも目の前で起こっている光景に思わず、唖然として息を呑んだ。

 クロンなんてあまりの光景に顔を青くして腰抜かしそうになっている。

 いや、むしろ抜かすだろ、こんなもん!


「うんしょ……うう、なかなか千切れない……う~ん」

「ほぎゃああああ!? も、ちょ、そ、それ、死んじゃう死んじゃう!?」

「でも……私の体格と力ではあなた様を運んで動けませんので……だから、首から上だけを持っていこうかと……再生できますよね?」

「脳さえ無事なら多分! でも、そこまでやったことなくて……ちょ、しゃ、シャレにならんから、一旦待って! ごぎゃあああああああ、ま、マジで死んじゃうのでは!?」


 俺の大魔螺旋を真正面から受けたパリピは、胴体と首と手足がかろうじて肉が繋がっている状態……だった。

 そんなパリピの頭を両手で掴み、コマンは引き千切ろうとしている。

 悪魔の叫びだけでなく、辺りに血が噴水のように飛び散る。

 ブチブチと、神経と肉が千切れて、そんなグロい光景に思わず吐き気が込み上げる。


「あ、いけない……スカートが汚れちゃう……うぅ……買ったばかりなのに……ぐす……」


 気の弱い少女が、まるで泥まみれになって卸したての服を汚してしまって泣いているような光景に見えるが、実際は気の弱そうな少女が人の首を引き千切ろうとしながら返り血を浴びている光景。

 そしてその悲しみは、自分のやっている所業にではなく、自分の服が汚れてしまうことへの悲しみ。


「あっ、やった……獲れた」

「ガッ……ガ……」


 やばい。

 嬉々として人を蹴散らして、俺たちをいたぶったパリピにも恐怖を抱いたが、これはこれで俺も恐怖を感じた。



「さてと……ねぇ、アースくん……」


「コマン……テメエ……」


「そんなに睨まないでよぉ……この方がアース君の配下になられるのなら、私ももうアースくんのモノだし……ね? だから……見逃して欲しいの……」



 まるで、抜けないカブでも抜けたかのように達成感に満ちた表情を浮かべるコマン……パリピの生首を両手で掴み上げるも、その両手は血に染まり、その足元には首から未だに流れる夥しい血の量で、池のようになっている。


「アースくん……おねがぁい!」


 瞳を潤ませて、乙女の表情で俺に懇願してくる……顔だけ見れば「かわいい」と思ってしまうものが、今では恐怖しか感じない。

 なのに、今は足が竦んじまっている。

 目の前の女は戦えば俺よりも弱いはずなのに……



「あぁ……これ……痛いとかレベルじゃないよ~……コマンちゃん……元通りになるのに……どれぐらいかかるか……アース君との合流は……かなり先になりそうだね……」


「あ、ごめんなさい……私……こういうこと初めてで……うまくできなくて……」


「今度……コアソに説教しないとね……娘どーなってんのって……」



 ヤバイ……この女……そしてこいつら……ヤバい……。

 生首だけでパリピが何か言ってるが、全然頭に入らない。つか、その状態でも生きてられるんだ……


「コマン……お、お前……」

「どうされたのです? 姫様」

「お前は……本当に……コマンなのか?」

「はい?」


 そして、これまで絶句していた姫が、震えながらそう問うのも無理はない。


「なんです? まだそんなこと聞いてくるんですか? 怒りますよ?」

「なっ……あ……」

「でも、これで最後……どうせサヨナラだから、あなたには何もしません。私の役目が終わり、新たな役目を得た以上、もうあなたに何の興味もありませんから……」


 正直、今までのコマンは偽者で、これが本物だと言われても受け入れることができないぐらいの所業だった。

 そして、そんなコマンに俺たちが言葉を失っている間に……



「サヨウナラ、姫様、フーくん、リヴァルくん。そして……また会おうね、アースくん」


「コマンッ!?」


「亜音速の唄!!」


「ッ!?」



 姫たちへは別れの言葉。

 俺に対しては再会を匂わせる言葉。

 それを口にして、コマンはパリピの生首抱えたままその場から、高速のスピードで飛び出した。

 コマンがそんなスピードを出せるとは思わず、完全に反応が遅れちまった。

 だが、ここは空の上。逃げ場はない。

 いや、パリピのことだから、地上へ帰る手段は何かあるのだろう。

 このまま地上へ逃げられたら、もう本当にあいつらを捕まえることは出来なくなる。


 それなのに、俺たちはしばらくその場で立ち尽くしたままだった。

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