第218話 悪魔の提案

 六覇に勝った。

 そう言ってもいいだろう。

 だが、ヤミディレを倒した時には天空族が現れて、そして今度はよりにもよってクラスメート?

 しかも今、なんつった?

 俺だけじゃねえ。

 姫たちもポカンとしてやがる。


「でも、すごいな……リヴァルくんや姫様よりも劣っていたはずのアースくんが、六覇に勝ったんだから……」


 涙をぬぐい、そして切なそうに微笑むコマン。

 褒められているのだが、今は嬉しいという気持ちよりも……


「ガ……かは……こ……まん……コマンちゃん?」


 そして、仰向けになって肉体の何割かは消失し、首も僅かな肉片が胴体と繋がっているだけのパリピが、掠れそうな声で目を開けた。

 これでもまだ生きてんのかよ。

 つか、今……


「動けますか?」

「……む……り……」

「ですよね……まさか……あなた様が負けるとは思いませんでした……」

「……負……け……?」


 ちょっ……


「おい、コマン!?」

「コマン、どういうことだ? なぜ、お前が六覇と!?」

「何が……」

「コマン!?」


 その瞬間、俺も、姫も、リヴァルも、フーも同時に驚愕の声を上げた。

 なぜ、コマンがパリピと……


「何故? 私がこの方と繋がっていたのが……そんなに不思議? 私がそんな女の子だったのが意外なの? 意外に思うほど……みんな……私のことを知らないでしょ?」


 すると、そんな俺たちの驚愕に対して、微笑んでいたはずのコマンがムッとしたように俺たちに返してきた。


「そう……みんなは本当の私を知らなかった……だって……誰も最後まで私のことを見えていなかったから……」

「コマン……お前……」

「そしてもう……ここら辺が潮時……もう……終わりだね……」


 いつもオドオドしていたはずのコマンとは思えないような、俺たちを非難する言葉。

 そしてついに俺の傍らに居たトレイナが…… 


『この小娘……スパイだったようだな』

「ッ!?」

『……こやつ……人間だが、パリピに懐柔されていたのか……まぁ、余も気にはしていたが、パリピの膨大な人脈全てを把握しているわけではないからな……』


 トレイナがコマンに対してそう断言した。

 

「……コマン……お前……まさかスパイだったのか!?」

「本当なのか、コマン!? どうしてだ! 小さいころからずっと……我らは友だったではないか! そんなお前が……」

「バカな……お前が……待て、ではお前の両親は!? パイパ家は……」

「ねえ、コマン!? どういうこと? ちゃんと説明してよ!」


 俺の言葉に姫たちもハッとして声を荒げた。

 だが、そんな俺たちに対してコマンはまた切なそうに微笑み……



「そもそも、私が生まれる前から私の家はこの方に従っていたから……」


「なに?」


「それに、スパイって要するに裏切り者でしょ? 私……アースくんたちの仲間だったの? 友達だと思っていてくれていたの? それに……姫様たちだってアースくんのことすら何も見えてなかったし、分かってなかった……そんな人たちが言う友達って……何ですか? アースくん追跡の旅だって、単に私の能力が便利だから連れてきただけですよね? だからムカついたんです」


「コマン……」


「でも、私も同じですけどね。十年以上もアースくんを見ていたのに、何も分かっていなかった……この方に勝つほどの力を身に着けていたなんて……ほんと……役に立たないなぁ……私って」



 俺たちの問いに明確に答えない。なのに、コマンの言葉に俺たちは何も言い返すことができなかった。

 そして、そんなコマンの言葉に、瀕死で転がっているパリピが口を開いた。

 

「負けた……そうか……オレは負けたのか……それどころか……もし、君が居なければ……今度こそ本当に死んでいたのか……」

「はい……アースくんに負けたんです」

「そっか……そっか……や~……これは……パナイへこむねぇ……」


 口元に笑みを浮かべ……だが、パリピの浮かべる笑みはいつも悪魔のように残虐さを孕んでいる笑みだったのに、どうした?

 今のパリピはどこかスッキリしたかのように、落ち着いている?


『……パリピ……?』


 パリピの様子にトレイナもどこか驚いた反応を見せている。


「アースくん……この勝負……君の勝ちだよ。オレは君に負けた……」

「ッ!?」

「強かった……パナイ強かったよ……まぁ……一対一だったかは微妙だが……それを言い訳にする気にもならねぇな」


 そして、こんな状況で思わず俺は今の言葉に拳を握って胸を熱くさせちまった。


「自分に合った道を見つけ……それでも今はまだ足りない部分があれば……補うため……策を弄し……それを実行する勇気……それを見事成し遂げ……ヒハハ……見事……としか……言えないなぁ……」


 こんな口から出まかせばかり言う野郎の言葉は何一つ信用しちゃならねーのに……何か今だけは……

 あの六覇の一人が俺を……


『悪意の塊でもあるパリピから禍々しさが消えている? ……こやつ……本当に……そこまで……童に屈服したか? ふっ……これは……余も初めて見るな。珍しいものを見た』


 トレイナすらも思わずそう言っちまうほど、今のパリピの言葉は本音なのかもしれない。

 そう思うだけで……くそ……何を嬉しがってんだよ、俺は……

 それに今は……


「けっ……褒めてくれているところ悪いが……お前はここで……トドメを刺した方がいい奴だと思うんだが……コマン……そしてお前はそれでもそいつを庇うのか?」

「アースくん……」

「ブレイクスルーッ!!」


 そう、ここからどうするかだ。


「どけよ、コマン!」

『確かに、この男はここで生かしてもマイナスにしかならん。ここで断ち切る方がよかろう』


 俺はブレイクスルー状態になり、コマンに告げる。

 するとコマンは、俺をジッと見ながら、次の瞬間には持っていた笛を口に咥え……


「音属魔法・メガディスソナンス!」

『不協和音の衝撃波だ! 正面から潰せ!』

「大魔ソニックジャブッ!」


 突如発生した音による衝撃を放つも、俺はそれを正面から潰し……


「く……音属魔法・陰の―――」

「遅ぇ! 大魔ジャブッ!」

「ッ!?」


 コマンが追撃の魔法を放とうとするも、今度は発動前にその笛を俺はジャブで弾いてやった。



「あっ……は……速い……すごい……」


「もう、その笛は通用しねーぞ? それに、今の俺ならお前が笛を吹く前にジャブで笛を弾き飛ばすことができるしな」


「ッ……そう……だね……うん……私じゃ無理……すごいな……本当に……」



 パリピは危険だ。

 今は爽やかに殊勝なことを言ってるが、体が元に戻ったらまた何をしでかすか分からない。

 このまま放っておくわけにはいかねえ。

 コマンとその両親がパリピのスパイだったのは驚いたし、地味にショックだ。

 だけど……



「どけよ、コマン。確かに俺はお前のことを全然見てなかったし……知らなかったよ……でも……だからって……お前なんかどうでもいいから力ずくでぶちのめそうと思えるわけじゃねーんだ……」


「アース……くん?」


「何も思わねえわけじゃねぇ……だけど……このままお前らを見過ごせるわけねーだろうが!」



 ショックだけど、だから動けませんでした、逃がしました。なんてことにするわけにはいかねえ。



「天空王の記憶を見た。あのハゲも色々と極端な奴ではあるが……黒幕はそいつだった! その結果、天空族と人間が戦争をすることだってありえた! 分かってんのか? 皆だって一歩間違えたらそいつに皆殺しにされていたんだぞ!」


「……ふふ……アースくん……まるで勇者みたいなことを言うね」


「茶化してんじゃねぇ! もう一度言う! どけよ!」



 だから、俺もこれで「最後」のつもりでコマンに訴えた。

 一方でコマンは……



「こんな形で……アースくんが……真剣に話をしてくれるんだ……こんな汚く醜い私と……本当の私はすごい嫌な奴なのに……みんなのこと大嫌いなのに……」


「ん?」


「どうして……こんなことに……なっちゃったのかなぁ? 私だって……いや……だよぉ……でも……ッ!? うっ!」


「コマン?」



 また悲しそうに笑ったかと思えば、急に頭を押さえて蹲りだすコマン。

 どうした? そう思って顔を覗き込もうとしたら急に……



「嗚呼……アースくんが……私の一挙手一投足を見てくれるんだ……戦ったら……もっと見てくれるのかな? 叩いてくれるのかな? 私を無理やり力ずくで屈服させてくれるのかな……」


「は? あ~……おい?」


「あは……それなら……もっと早くこうすれば良かったのかなぁ? 目立たないように……あの女に気を遣って……王族に睨まれる方が面倒だからご機嫌取って……ずっとムカついてた……嗚呼……見せちゃっても……いいのかな? 私を……見てくれるかなぁ? ねぇ、どう……かなぁ?」



 あっ……なんか……こいつ、ヤミディレやシノブとは違う方向性で、だけど何だか似たような……うん……何か……ゾッとする……こういう奴だったっけ? いや、こういうのが本性なのか? 何か急に人が変わったみたいに……


「ヒハハハ……ムリムリ、コマンちゃん。やめときな。『そっちの顔』……出しちゃダメ」

「あっ……ッ、……私……」


 そんな急に暴走しそうになったコマンを止めたのは、意外にもパリピだった。

 パリピの声で、興奮気味に艶っぽい顔をしていたコマンがハッとして急に止まった。



「君の魔法はタイマンに向かないし……今の感度パナイ状態のアース君には敵わないよ……」


「……でも……このままじゃ……」


「そうだねぇ……二人とも……いや……君の親も含めて終わりだねぇ……アースくんは見逃さないだろうし……今のオレを生かしても……彼になんのメリットもない。オレに何の信頼もないだろうしね」



 そう言って、パリピは口元に小さく笑みを浮かべながら俺に顔を向ける。

 俺の様子を窺っている?

 そんなもん聞くまでもねえだろうが。


「あったりめーだ、この死にぞこない野郎が!」


 信頼? あるわけがない。

 見逃す気だってねえ。



「それに……ゴホ……もし……君の中に居る『誰かさん』がオレの知っている『御方』であれば……その方も容赦なくオレを殺せと……言う……だろうしね」


「ぬっ……」


『ふっ……正解だ』



 なかなかきわどいことを……こいつ、やっぱりもう俺の秘密にほとんど辿り着いているようだな。

 まあ、こいつに話す気はねえけどな。


「だから、やめなって、コマンちゃん。君ではどうしようもない」

「……なら……どうされるのです?」

「大丈夫。オレはもう……決めたから……」


 決めた? 何を? 覚悟か? ひょっとしてこいつは諦めたのか? いや、そういうタマじゃ……



「オレを生かすことのメリット……オレの信頼は……これから少しずつ得ていこうと思う」


「はい?」


「はっ?」


『は?』

 


 そして、まったく意味が分からなかった。

 コマンも俺も、そしてトレイナすらも首を傾げた。

 分からねえ。

 パリピは何を……


 


「アース・ラガンくん」



「お、あ、あ?」




 すると、パリピは急に真剣な口調になって……つか、こいつ真剣な口調できたのか……。

 だが、そんなことは些細なことで、次にパリピの口から出てきた言葉は……




「オレは……君の配下になってあげる……よ」



「………………は?」



『……ハ?』



「「「「「はぁぁ!!??」」」」」



「バカの天空族を煽ったり、クスリを捌いて遊ぶより……君の行く末を見る方が……パナイ楽しそうだ」



 

 幻聴? 聞き間違い? トレイナ?




『う゛ぇ……え?』




 あっ……トレイナが変な顔して口開けて固まってらっしゃる!?

 じゃあ、今のは聞き間違いじゃない?



「今は、こんなだし……癒えるまで……当分……同行はできな……い……が……オレは絶対……パナイ君の役に立つ!!」


「し……死んでもお断りだ!!」



 とりあえず……俺も驚いて頭が回らないが、何とかそれだけは絞り出せた。

 いやいや、だってそうだろ?! 

 この惨状見ろよ! 皆、ズタボロにやられちまってんだぞ!?

 ハゲだって腹ふっとんでるし、王子は既に蚊帳の外でポカーンだし!

 そして、案の定……



「「「「「………………」」」」」

 


 皆、絶句していた。

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