第217話 十分な勝利
パリピの野郎、驚いてやがる。
当たり前だ。俺だってトレイナに最初言われた時は驚いたからだ。
俺の魔法剣で、あいつの両手を斬りおとせって。
――正気か!? 十年も無駄な努力をした魔法剣を今更……
六覇相手に俺の半端な魔法剣が通用するはずがない。
だが、そんな俺にあいつは……
――魔法剣は確かに貴様に合ってはいなかった。しかし、費やした努力の日々そのものは、無駄などではない!
真剣な表情で……
――費やした時間を『無駄』の一言で片づけるな。そして良いことを教えてやろう。貴様は今のファイトスタイルで戦い、そしてトレーニングをしてきたが、それは剣にも必要な腕や手首、広背筋、足腰、その他全身の成長に繋がり、更にはブレイクスルーや魔呼吸の使用で貴様の魔法も以前より洗練されている。つまり、貴様は自然と魔法剣の腕前も、半年前とは比べ物にならぬほど上昇している。
――な、に……?
――不意を突いた一撃であれば、十分に奴の腕を斬りおとせる。それこそ今の貴様ならば、あの姫や剣聖二世よりも魔法剣の力は上だ
無駄の一言で片づけるな。全ては使い方次第。
大魔王のお墨付きならば、これ以上自信になる言葉はない。
そして、その言葉の通り、俺の十年かけて身に着けた魔法剣は今この場で報われた。
だから、満足だ。
もう、これで本当に未練が無くなっちまった。
あとは……
「あとは、テメエをぶっ飛ばすだけだ!」
「かっ、が……」
「大魔低空スマッシュ!」
「ッ!?」
両手を失ったパリピに俺のパンチを捌くことはできねえ。
力いっぱい、手にしびれが残るほどの手ごたえを感じながら、俺は殴った。
伝説の六覇をひたすら殴った。
「がーっ、このガキ! オレの蹴りで―――」
『もう受ける必要はない! 集中し、逆に叩き込んでやれ!』
ブロのように蹴り専門でもない奴が、不用意に前蹴りで俺の顔面を蹴ろうとしてきやがった。
俺は迫ってくる奴の前蹴りに対して、右のアッパーをアキレス腱に叩き込んでやった。
「大魔ショートアッパー!」
「がっお、おごおおおおおっ!?」
ブチィッと切れ……いや、粉砕してやった。
「こ、おま、が、ちょ……タイムタイム!」
「大魔ジャブッ!」
「は、はが?! お、はがあああ!?」
そして、片足立ちで苦痛に顔を歪めながら、パリピが慌てて俺を制止しようとするが……その大きく開いてる顎を打ち抜いた。
外した……いや、パンチを外したんじゃなくて……顎を外してやった!
これでもうペラペラ喋れねぇだろ。
「す、すごい……アース! さっきの魔法剣もすごかったが……やはり、拳ではもっと……」
「これがアース……そうだ……御前試合で俺を圧倒した……あの時よりもさらに強くなっている!」
「うん……間違いないよ。アースがどういう経緯で魔法剣を捨て、どうしてこの戦い方を選んだかは分からないし、どうして大魔王の技っていうのも使えたのか分からないけど……アースのこの力は本物だよ!」
そうだ。よく見てやがれ、お前ら。
これが俺だ。
勇者の息子じゃねえ。
これがアース・ラガンだ。
お前らが求めた勇者の息子はもう居ない。だから代わりに、今のこの俺を目に焼き付けろ!
「ふぁ、あ、も、もうだめ……私のハニーがヤバヤバのヤバだわ! 素敵すぎるわ! もう、十分だから……これ以上私を惚れさせたら、惚れ死にしちゃうわ!」
「いけー! アース、そこです! そこです! えい、えい、えいーっ! ガンバです!」
お前らは少し落ち着きなさい……シノブから目に見えてハートの湯気が出てるし、興奮したクロンが俺の真似してパンチの動作しながら飛び跳ねてるし……いや……もう、もっと惚れさせてやるよ!
そして……
「坊ちゃま! 今こそ……今こそ知らしめるのです! アース・ラガンの力を!」
最後の一押しの声が俺に届いた。
だから、俺はもう……
『行け! ここで決着を付けろ、童! たとえその命を奪うことになろうとも……こ奴は確実にこの場で仕留めておけ!』
ここでキメる! 断ち切る! 穿つ!
「最後だ、パリピッ!!」
もう一度だけ魔呼吸をして再び魔力を全回復させてから、俺は右手に全魔力を集中させて掲げる。
「あの技は! 御前試合で最後に見せた……」
「アースが帝都を出るきっかけとなった技……」
「そして……僕たちが……飛び出すアースを止められなかった……あの……」
「さあ、坊ちゃま……存分に!」
「嗚呼もう……しゅきい……ハニ~♡」
「いくのです、アース!」
あの技を、またあいつらの前でやる。
魔法剣ではなく、最後を決めるのはこの技だ。
「ガ、かはっ……はあ、はあ……アース……くん」
そのとき、自分の肩に顎を当てて無理やりハメたパリピは、苦笑しながらもようやく動くようになった口で俺に向かって……
「なぁ……アースくん……ひょっとして君の中に……誰か……もう一人いるのかい?」
それは、ある意味で真実に最も近い言葉だった。
なるほどな。パリピはヤミディレほど盲目じゃねえ。
これまでのことから、普通ならありえない仮説にたどり着いたのかもしれない。
そう、俺が自分から話したサディスを除けば、俺の謎に対する答えに、一番近い所までこいつは来た。
まぁ、正解は俺の中だけじゃない……今は背中に……時には傍らに……いつだって、俺の全てにこいつは染みついている。
そして、側に居る。
これからもずっと一緒に!
「大魔螺旋・アース・スパイラルブレイクッ!!!!」
俺は肯定も否定もせず、ただ掲げた大魔螺旋をパリピに叩き込んだ。
全てを風穴開けて貫いていく。
手に伝わる感触は、紛れもなくパリピの胴体を貫き、そして引き裂いていく。
「ア゛————————ッ!!??」
響き渡る悪魔の断末魔。
そして、俺が持てる魔力を全て出し尽くしたそこには……
「カ……ア……ガ……」
もう、戦闘不能だと見ただけで分かる状態のパリピが転がっていた。
「はあ、はあ、はあ……」
魔呼吸で一気に回復し、一気に全てを出し尽くす。
強烈な虚脱感と疲労が押し寄せるが……
「や……やった……のか?」
「アース!」
「すごい……本当に……」
「ハニーが……ハニーが!」
「お見事です……坊ちゃま!」
「アースが勝ちました!!」
勝った? 俺は……六覇に勝ったのか?
周りの声を聞いて思わず顔を上げ、そして目の前の現実を見て俺は拳をグッと握りしめた。
そうだ……俺は……
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
そして、気付けば俺は雄叫びを上げていた。
倒れているのは六覇のパリピ。
立っているのは俺。
勝ったのは俺だ!
『ふふ……よくぞ……いや……童』
「ッ、あ……」
だが、俺が雄叫びを上げて浮かれたのも一瞬、トレイナは真剣な顔でパリピを見る。
『もう動けぬが……奴はまだ……生きている……』
「ッ!?」
その言葉が何を意味するのか……分からないわけじゃない。
そもそも、その覚悟を俺はしていた。
今、パリピが生きているのはたまたまで、あとはこいつの生命力が予想以上だからだ。
だけど、あの感触を……もう一度か……命を奪うという目的で……人を……殺――
『構うな。その手に残る感触を軽く考える必要はないが……貴様がここでやらねば、もっと後悔するぞ!』
俺が心のどこかで「この瞬間」に対して僅かに手が止まりそうになるが、トレイナが俺の背中を押す。
そうだ、こいつは今、この場で確実に……
「……ごめんね……アースくん」
「……え?」
その時だった。
突如、消え失せそうなほどか細く、そしてどこか悲しそうな女の声が確かに俺には聞こえ……
「赦しの唄……~♪ ~♪」
「あ……え?」
優しい……だけど心に響く笛の音色が聞こえた……どうしてだろう?
この音を聞くと……こいつを許すことはできないが……別に殺すまではしなくてもいいんじゃ……
『この音は……この笛……ッ! 童、耳をふさげ! この音色に惑わされるな!』
「……え? あ……?」
あと一歩踏み込めば、俺はパリピを葬り去ることが出来る。
だけど、今、俺の目の前には仰向けになって、胴体にでっかい風穴を開けて、かろうじて上半身と下半身が僅かな肉で繋がっているだけのパリピを見て……
「は、ひ、は、が、ひー、は……ヒハ……」
人間とは違って、これが魔族特有の生命力なのか、これほどの状態になってもまだ死んでない。
だが、もう身動き一つとれないこいつにトドメを叩き込むのは容易い。
でも何でだ?
「ここまでやれば……もう……十分じゃないか?」
『童!?』
これ以上……そこまで徹底的にやらなくてもいいような気もして……
「この、音色は……この笛は……あ!」
「ッ!? あいつ……何を……」
「そ、そういえば、い、居ないと思ってたら……」
「あの方は……」
「は? どうして彼女が……?」
「あら? これは一体……」
姫たちの声で俺も振り返った。
そしてそこには、意外な奴が居た。
『今の笛の音は……感情操作の音魔法……完全洗脳まではいかぬが……殺しが初めての童の手を止めるぐらいはできたというわけか……』
どうしてだ? いや、あいつも姫たちと一緒に来てたのは分かってたが、そういや今までどこに?
そして、なぜここで出てくる?
何であいつが……
「コマン……?」
「ごめんね……アースくん」
コマンだ。
クラスメートだったコマン。
姫たちに連れてこられていたあいつが、ここにきて何で……そして……なんでそんな悲しそうな顔をしている?
何で泣いている?
つか、ガキの頃は何度か遊んだり話をしたりしたが、アカデミーに入っては疎遠になって、こいつとまともに話したことなんてほとんどなかった。
いつもオドオドビクビクしていて引っ込み思案で……
「ぐす……悲しいな……」
「え?」
「こんな形で……うぅ……こんな形でアースくんと久しぶりに正面から話をすることになるなんて……アカデミーでは姫様がいつもアースくんの傍に居たから……」
「コマン……」
「ごめんね……こんなことになっちゃって……ほんとうに……」
何か問題を起こすような奴でもなく、それこそ虫すらも殺しそうにないはずの女が……
「ほんとうに……姫様って…………………むかつくよね?」
「……は?」
俺は、こいつに初めてゾクッと鳥肌が立った。
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