第214話 そういうこと

「ふぅ……ブレイクスルーッ!」


 黙らせる。


『その通りだ。かつての余の部下とはいえ相変わらず不愉快……少しハシャぎ過ぎだ……』


 俺の言葉に頷くようにトレイナが傍らで……


『さあ、反撃だ。そろそろ奴を黙らせ、その笑顔を引き攣らせてやれ』


 頼もしい限りの言葉を聞きながら、俺は息を整え、拳を握りしめて体の感覚を確かめる。

 大丈夫。シノブの治療が効いて戻っている。

 そのうえで……



『では、童。まずは……』


「ああ。シノブ、クロン、それに姫もリヴァルもフーも。ちょっと危ないから皆は部屋の隅まで離れてくれ。倒れている皆を連れてな」


「「「「「なっ!?」」」」」


「こいつは、俺一人でやる」


 

 まずは皆を遠ざけることだった。


『あのメイド、マチョウ、そして忍者娘とクロンあたりならと思ったが、他の連中がやられることで、童が気を取られる……その方が問題だ。それならば、最初からいない方がいい』


 とのこと。

 そう、俺が最初に毒を食らったのもそれが原因でもあった。

 敵だったハゲがああなっただけで、俺は気を取られたんだ。

 今のメンツだと、『たとえ味方の誰がやられてもイチイチ反応するな』と言われても、無理だ。

 なら、最初から一人で戦った方がいいというのがトレイナの判断だった。

 まぁ、シノブの忍法やクロンの暁光眼は惜しいけどな。

 

「ちょ、待て、アース! どういうことだ!」

「アース……ここは俺たちが力を合わせるべきだ」

「そうだよ、アース! 僕たちも……」

「ハニー、死ぬときは一緒よ」

「私もあなたとともに……そう言ったでしょう?」


 とはいえ俺の言葉にアッサリ引き下がる様子のない姫たち。

 まぁ、当然の反応だろう。

 こいつらなら、「一緒に戦う」と言うだろう。


『何とか説得しろ。こうなっては……足手まといだ。そう伝えろ』


 うん。「お前ら足手まといだから下がってろ」……って、言えるか!

 シノブやクロン、そして……もう断ち切った過去……と言いつつも、やっぱ一応昔は仲良かった幼馴染だし、今は気まずくとも一応は俺を追いかけてここまで来た連中にそんなハッキリと言えるほど俺も冷たくできねえわけだし……


「……僕たちも……いや……」

「ん?」

「ねえ、アース……『そういうこと』……なの?」


 皆と一緒に、引き下がることを拒否しようとしていたフーが、一人だけ落ち着いた様子で、しかしどこか切なそうな表情で……



「今の僕たちでは……足手まとい……むしろ邪魔……そういうこと……になっちゃうのかなぁ?」


「フー……」


「僕たちでは、アースの力になれない……そういうことなのかな?」



 俺が口にしなかった、俺の真意をフーだけは察したようだ。


「今日、追いついたと思ったけど……君はもう、僕たちよりもずっと遠くへ行ってしまってたの……かなぁ?」


 そういえば、ガキの頃からそうだったよな……こいつは……姫や俺やリヴァルとは違い、いつも一歩引いて皆を宥めたり、空気を読んだり……


「なっ……んだと? わ、我らが……」

「俺たちでは……足手まとい……だと?」


 そんなフーの言葉にショックを受けた様子の姫とリヴァル。


「ハニー……くっ……っ……そうなの? ハニー」

「まぁ……そういうことなのですか? アース」


 そして、悔しそうな表情を浮かべているシノブとクロン。


「姫様、行きましょう」

「な、にを……フー……どうし……て……」

「リヴァルも。僕たちで怪我している人たちを遠ざけよう」

「なっ、お、おい、フー! 何を言っている! アースを一人で六覇と戦わせるなど……俺たちの力を合わせなければ……」

「僕たちは弱い。今の僕たちじゃ、アースの迷惑になるだけだよ……」

「「ッ!?」」


 認めたくない。そんな想いが皆の顔に表れているが、フーが姫とリヴァルの肩に手を置いて引いた。

 その様子を見て、複雑そうな表情をしながらも、シノブも溜息つきながら頷いた。

 


「それが……この化け物に勝つためというのであれば……私もハニーに迷惑をかけないよう、大人しく引き下がるわ」

 

「シノブ……」

 

「ハニー。いつか私は必ずハニーの隣に立てる女になってみせるわ。だから今は……黙ってその背中を見ているわ」


「……おう」



 一方で……


「アース……私……あなたに頼ってばかりで……」


 フーやシノブに納得しながらも、どこか申し訳なさそうな表情のクロン。

 それならば……最後に……


『いや、そんな時間はないぞ、童。敵はお人よしではなく外道だ』

『……むっ……』

『まぁ、どうせなら……そのまま何も気づかぬふりしてカウンターだ。4秒後だ』


 俺は心の中でトレイナに頷きながらクロンを見て……


「クロン……なら……一発気合入れてくれるか?」

「は、はいッ!」


 せめて少しだけ力になってもらおうと俺が提案すると、クロンも嬉しそうに頷いて、魔眼を開いて――


「ヒハハハハハ、いーつまで、そんなベチャクチャ―――」

「大魔ソニックコークスクリューっ!」

「ッ?!」


 クロンが魔眼で俺を強化しようとした寸前、その瞬間だけは隙だらけだと思ってパリピが外道らしく鋭い爪を光らせて正面から俺に不意打ちしてきた。

 だが、それを予めトレイナに耳打ちされていた俺は、慌てることなく真正面から右のカウンター衝撃波を食らわせてやった。


「アースッ……あっ……」

「シノブ! クロンを、皆を連れて!」

「分かったわ、ハニー! 武運を祈るわ!」

「フー! リヴァル……姫ッ!」

「……わ、かったよ、アース! ほら、リヴァルも! 姫も!」


 もう、ここから先は俺もパリピだけにしか集中しない。

 トレイナと一緒に、こいつを倒すこと以外のことは考えない。

 だから、下がっていろ。

 

「ッ……すまない……俺が……弱いばかりに……アース」


 フーに強い口調で引っ張られ、リヴァルもようやく理解したのか、屈辱と悔しさに満ちた声が聞こえるも、その気配は俺から離れていく。


「うっ……うぅ……ぐぅ……」


 そして……涙? 姫の? そこまで悔しかったか? あの姫の涙なんて子供のころ以来……いや、今はもうそんなことどうだっていい。



「さあ、来やがれ、闇の変人ッ!」


『さあ、一度休んで固くなってしまった筋肉をほぐしながら、ゾーンに入れ!』



 今はただ、こいつをぶっ飛ばすだけだ。


「ひはははは、って~な……変人でも賢人でもどっちでもいいよ……でもなぁ、オレを一人でヤルとか調子こいてんじゃねえッ!」


 さて、またあの時の繰り返しだ。

 ヤミディレと戦った時と同じ、トレイナの力を借りてのニ対一。



『来るぞ。だが、奴の爪を考えるとインファイトは『まだ』避けろ。アウトファイトに専念しろ。まずはそこからだ。もし奴が貴様を捉えきれずに、業を煮やしてクロンたちに襲いかかろうとも、余が必ず先に気づく。その時はむしろそれを隙だと思って大魔螺旋を叩き込んでやれ。つまり、何も気にするな!』


「押忍! アース・ミスディレクション・シャッフル!」



 唯一違うのは、今度は相手も俺を殺すことに何の躊躇もないってことだ。

 だが、その方がむしろ緊張感が増す。

 その緊張感が、俺をより深い集中の海へと誘う。



『そして、ここからが重要だ。もし奴が余計なことをせず、尚且つ自力で貴様の動きを先読みして捉えてこようとしたら……ギアを変える』

 

 

 そして、足を小刻みに動かして集中力を高めていこうとする俺に、トレイナは……



『奴を仕留めるには必ずどこかでインファイトが必要になる。だが、毒の耐性がまだない貴様には奴の爪は掠っただけで致命傷になる。それを避けるには、まずやらねばならぬことがある。それは――――』


「ッ!?」



 内心では少し複雑だけど……でも……どこか胸に来るというか、涙が出そうな作戦を立てやがった。

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