第213話 幕間(姫)

「僕たちが……アースを追い詰めた?」

「馬鹿なことを……貴様に何が……俺たちの何を……」


 我々がアースの気持ちに気づいていなかった? 


「フーくん、リヴァルくん、君らの半端な才能もアースくんにはコンプレックスだったんじゃないのぉ?」

「「ッ!?」」


 何を言っているんだ、この魔族は。

 我々は……我は……幼いころからアースとずっと一緒だった。

 一緒に遊び、一緒に鍛錬したり、一緒に勉強したり、学校もずっと一緒のクラスだった。

 忙しくて普段あまり一緒に過ごされていないヒイロ殿やマアム殿よりも、それこそサディス以外では、我こそがアースと誰よりも一番長く、一番多く一緒に過ごしてきたんだ。


――ら~か~ら、あの魔界のロリババアが息子をよこせぇ、とかって言ってきたんだよぉ

――ういっく……彼女は君とマアムの結婚に反対するぐらい君に惚れていたからねぇ……その君が手に入らないからアースをとは……


 我が幼い時、プライベートで父様とヒイロ殿が部屋で酒を飲まれていた。

 執務外の時間であり、王冠さえなければ皇帝と戦士長の二人ではなく、ただの幼馴染で親友に戻る二人のざっくばらんな会話。

 偶然部屋の前を通りかかった我は、興味が沸いて外から聞き耳立てた。


――でよぉ、俺が息子にはもう許嫁がいるからダメだ~って言ってやったんだよぉ。

――なーるほど。それでぇ、フィアンセイなわけかい?

――なんか、勢いでよぉ


 急に出て来た我とアースの名前。会話の前後がよく分からなかったが……


――僕は全然……むしろ、そうなってくれたらなぁ……フィアンセイとアースが結婚して二人でいつまでもこの帝国を……

――だはははは、そうすりゃ俺もマアムもお前と親戚だなァ!

――孫は僕ら全員の血を引いているなんて、すごい血統だね!


 我とアースが結婚したらというような雑談をされていたのを偶然耳にし……



――お父様! ヒイロ殿! 我は、アースと一緒に帝国を一生繁栄させるのです!



 我は興奮しながら飛び出して宣言した。

 ずっと好きだった。

 いつも我の部屋の窓の向こうから、屈託ない笑みを浮かべながら、我の手を引っ張って連れ出してくれたアース。



――フィアンセイ! ほら、勉強なんてしてないで一緒に外で遊ぼうぜ!


――うん! アース、一緒に行こう!



 そんなアースと我が将来一緒になることを、父様もヒイロ殿も望まれている。

 城の者たちも、学校の友たちも、皆がそんな未来を……だから……我は……



「きさ……ま……て……訂正しろッ!!」


「……は?」


「我がアースをガッカリなど……貴様が言うようなことを思うはずがない!」



 確かに、アースはここ数年は伸び悩みで腐っているときがあった。


――まだまだ甘いな、アース。こんなことでは勇者である父君にガッカリされるぞ?


 そんなとき、我は許嫁として未来の夫を甘やかすわけにもいかないと厳しく接していたかもしれない。

 しかし、それはアースならばそんな壁を乗り越えてくれると思って……期待を……



「思うはずがない? それが相手に伝わってねーから、そうなってんだろ? 心が繋がってるとか、分かり合えてるとか、自惚れたこと思い込んでるバカ程そういう勘違いするんだよ」


「ッ!?」


「アースくんは誰からも認めてもらえなかった! 勇者の息子のくせに……という、2世の呪縛と評価から逃げることが出来ず、誰もがアースくん自身を見ようとしない! そう誰も、アース・ラガンに興味がなかった!」



 誰もアース・ラガンに興味ない?

 その言葉……


――全部話せ? 何を? 今さら何を話せって言うんだ! ようやく俺を見てくれたかと思えば、そんな目で見やがって……親父と母さんがもっと俺を良く見てれば、分かったんじゃねーのか! 二人がちゃんと俺を良く見てくれて……俺が何にぶつかって、悩んで、苦しくて……世間が俺に都合のいい肩書を押し付けなければ……こんなことにゃなってねーよ!


 あのとき……


――大体、今の俺の何が悪かった? 俺は反則も、セコイ手も何もしていない! 自分が訓練して身に付けた、俺の力で戦っただけだろうが! それで、何でそんな目で見られなくちゃいけねーんだよ! 俺が壁にぶち当たって、ハズレの2世だとか、物足りないとか言われているのもずっと知らん顔してたくせに……そんな俺がようやくここまで来たってのに……なんでだよ!



 なぜ、アースがそんなことを言っていたかは分からなかった。

 だけれど、確かにアースは言っていた。

 御前試合で、あの技を使った後……


――今、分かったよ。この国は……親父も含めて……俺に……アース・ラガンに興味がねえ。興味があるのは、都合のいい理想の勇者の息子……俺は……アース・ラガンは……別にどうでもよかったんだ……


 違う……我は……そんなこと……我だけじゃない……誰も……


――こんな苦しい思いをするぐらいなら……勇者の子供なんかに生まれたくなかったよ……『父さん』……


 誰もそんなこと思っていない! 少なくとも我は!



「そんなはずあるものか! 我は……我が一番アースの傍に居たのだ! 我こそがアースと誰よりも一番長く、一番多く一緒に過ごしてきたんだ!」


「そう……だ。貴様、いい加減にしろ! 姫は……フィアンセイは少なくとも誰よりもアースの傍に居た……俺は……そんな二人を見ていたから……分かる。フィアンセイの隣にはいつもアースが居た……」


「そうだよ! 僕たちの中では誰よりも……」



 途中、留学などで離れることになったリヴァルやフーだって認めてくれている。

 そうだ、我は……



「一番長く、一番多く、それでいてこのザマかい? じゃあ、パナイ浅くて薄かったんだろ?」


「「「ッ!?」」」



 長さでも、数でもない?

 浅い? 薄い?  

 何を言っているのだ、この男は?

 我は……我は……



「ひははは、ようやく自覚した感じ? おっそ! ひはははは、ねえねえ、どう? 自分が以心伝心と思っていた相手のことを実は何も分かっていなかった! むしろ自分が傷つけていた要因の一つだと分かってどう?」 


「あ……わ……我は……違う……我は……」


「ねえ、今、どんな気持ちィ! 大事なことなんでもっかい聞くねぇ! 今、どんな気持ちィ? ひはーっはっはっは!」



 我が……我もアースを傷つけ……


「おい、テメエ……さっきから、いい加減ダマレよ」

「ん~?」

「人の話題でベラベラと。つか、テメエこそ俺の何を知って、そんなエラそうなこと言ってんだ。テメエ『も』俺のことは何も知らねえだろうが」


 そのとき、言われるがままだった我を庇うかのようにアースが……だけど……アース……その言い方だと……やはり、そうなのか? 

 お前は、我がお前のことを何も分かっていない女だと……そう言っているのか?



「まぁ、確かにオレは帝都時代のアースくんはパナイどうでもいい。でもね、今のアースくんにはとてつもない期待と興味を抱いているんだよ」


「あ゛?」


「二流だったはずの君はあの御前試合で帝都を驚愕させ、そして失望させ、罵倒された。だけれどオレはヤミディレの姉御と同じで胸が震えた」



 我を嘲笑し、我が言葉を失っている間も、不快で勝手なことをベラベラと……ダメだ、アース……そんな男の話など聞くな……


「そして、だからこそ気になる。大魔の力を何故使えるのか? ヤミディレの姉御が仕込んだんじゃないとなれば、誰に仕込まれた?」


 アースの使える力? それは我も気にはなっている。

 だからこそ、それは教えてもらえばいいと……だから、最初に知るべきは我だ!

 貴様などではない! 貴様なんか…… 


「仮に君が他の六覇と接触していたとしても……デカブツのゴウダはガチで死んでるし、ハクキの旦那は師匠なんてガラじゃない。堅物ライファントが接触していたならヒイロが知らねーはずがねぇし、変態ノジャちゃんなら気に入った相手には首輪付けるし……っていうかそもそも、誰であろうと大魔螺旋を教えることは出来ない……それこそ、大魔王様から技のコツなんて誰も教えてもらえてねーし……だから想像できねーんだよな……答えが……」


 六覇がどうした! 既に滅んだ過去の遺物が、これからを生きる我とアースの間に入るな!



「いい加減にしてください! それも、どうだっていいことだと思います!」


「その通りだわ。耳障りな声で人のハニーのことを語っているようだけど、不愉快で目が覚めたわ!」



 でも、そのとき……パリピの言葉に耳を塞ぐことしかできなかった我と違い、二人の女が急に……



「おっと。どうした、お人形さん? 忍者のねーちゃんも意識が戻ったのかい?」


「クロン……シノブ……」



 アースを守るかのようにパリピの前に立った。



「結局あなたもハニーのことを何も知らないって言ってるようなものじゃない。何をエラそうに言っているのかしら?」


「ほう……じゃあ、君は知ってると?」


「私も知らないわ。ハニーが使える技……大魔螺旋って、あの大きな渦巻の技でしょう? それをハニーがどうして使えるかは知らないわ」


「……?」


「私が知っているのは、ハニーの家族構成は父と母と家族同然のメイドさん。最終学歴は帝国戦士アカデミー中退。好きな科目は特にないけど、嫌いな科目も無く、将来の夢はビッグな男。趣味はイメージトレーニングで、好きな食べ物はオムライスで、嫌いな食べ物はピーマンとブロッコリー、好きな女性のタイプは普段は余裕があって冷たいけど本当は優しい感じの女性。初恋は4歳。デートをするなら公園で手作りのお弁当を食べたい。好きな下着の色は―――」


「お、おお、急にパナイどうした?」


「そう、こんなところ。だから、ハニーがどうしてあの技を使えるかは分からない。でも、これだけは分かるわ。ハニーはあの技を……きっと、とても努力をして身に付けた……そうではないのかしら? そして、それが一番重要なのではないかしら?」



 それは……思わず、我も心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃的な言葉だった。

 どうして使えるかではない。アースがどうやって身に付けたか。

 それは、誰かに教わったからかもしれない。パリピが知りたいのはそのことなのだろう。

 しかし、シノブにとって重要なのは、誰に教わったかではなく、アースが頑張ったかどうか。



「ハニーはそういう人。熱きハートを滾らせて、自分の意思を貫く人。その意思が、かつて暴走した親友をも止めたのを私はこの目で見ているわ」


「シノブ……」



 そうだ……アースは……努力をしていたんだ……



「はい、アースは強い意志を持って、そして誰よりも努力をする人です。そして、アースは努力そのものを誇らず、成果を結果で示す人です。それを、カクレテールの人は皆が知っています」


「クロン……」


「そして、アースはとても情に厚いのです。アースが頑張る人だから……同じように頑張ろうとする人……踏み出そうとする人を見て見ぬふりをできず、手を差し伸べ、そして一緒に並び、時には背中を押してくれるのです。そんなアースが私たちは大好きです」



 そして、あの魔族の女が口にしたアースは、我の知らないアースの側面。

 昔はそうだったのかしれないが、ここ数年ではそんなアースを見たことはなかった。

 帝都を飛び出して、我の知らない所で、我の知らないアースの側面を我々以外に見せ、そしてそれこそが今のアースだと?


「ちっ……おい、シノブ、クロン……ハズイ」

「あら、私は誇らしいわ」

「私は事実を言っただけです」


 頬を染め、恥ずかしそうに舌打ちしながらも、どこか満更でもなさそうな……い、やだ……いやだいやだいやだ! アース! アース!



「いやぁ、君らも熱いねぇ。御馳走様。まっ、無自覚で姫様にトドメを刺しているところはエグイけど……ひはははは、しゃらくせえ」


「まっ、俺ももういいや。テメエがベラベラ喋っていたおかげで、こっちも色々と治った。色々喋り過ぎなその口も、そろそろ黙らせてやるよ」



 そう言って、伝説の六覇を前にして、ギラついた目を見せるアース。

 その傍らに居るのは、呆然としているリヴァルでもフーでもなく、ましてや情けなく蹲っている我でもない。


 今のアースの隣に居るのは……我では……ない……


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