第209話 気を取られる

『ったく、トレイナ……あんた……何でこんな奴を部下に……ましてや、六覇なんて称号を与えたんだよ』

『こんな奴だからだ。自由にさせたくない男には自由にさせないための役職を与え、監視も込めて余の側近にしたまで……そのうえでこやつの力は対人間には多大な戦果を発揮していたからな……』

『はは、なんだそりゃ……』


 心の中で笑っているが、笑えない相手を目の前に嫌な汗が止まらない。

 で、どうなるんだ?

 こいつとこのまま戦えばいいのか?


『よいか、童。迂闊に動くな? この男は策略家ではあるが、戦闘能力も当然ある。ヤミディレほどの力はないが……貴様を殺さない程度にしていたヤミディレよりも手加減も遠慮もない分、こっちの方が嫌な相手だ』

『迂闊に動くなって言われても……』

『特に奴の爪には触れるな? 毒だ。毒爪と呼ばれるもので、効果は指ごとにバラバラだが、一つも受けるなよな?』

『毒?』

『先ほど、クロンへの攻撃を防ぐために奴の手首を弾いたな? それで正解だった。もしズレていたら……』

『マジか……そういうのは、最初に教えてくれよ』


 近づかれるだけで後ろへ下がりたくなるんだけどな。というか、一秒も同じ空気を吸いたくないというか、もうここに居たくない。


「さて……クロンちゃん。目玉はくれる気はないのかい?」

「ッ!? な、なにを……目をくださいと言われましても、私も困るのです」

「アハ、かわいいけど、でも今ここで目をオレにくれて死んだ方が君は幸運かもよ?」

「……え?」

「どうせ、このままでもいつかハクキの旦那に攫われて、目も奪われて、そのうえで大魔の後継者を拵えるために好きでもねえ鬼に子供産まされるぐらいならさ」


 ここに居たくない。でも、ダメだ。クロンがここに居る。クロンを抱えてこいつから逃げる? 無理だ。

 だが、守らなくちゃならねえ。

 本能が訴える。

 このクソ野郎をこれ以上、クロンの傍に居させるわけにはいかねえと。


「おい……それまでにしろよ」

「ん~?」

「女を口説くのに、目をくれはねえだろうが」


 俺は怯えを誤魔化すように強気に言っ―――


『童! 右へ飛べ! クロンをそのまま抱きかかえて間合いを開けろ!』

「ッ!」

「シャアアアッ!」


 そうトレイナに言われた瞬間、俺は何も考えずに右へ飛んでクロンを抱えて飛び込んだ。

 すると、さっきまで俺が居た場所で、パリピが鋭い爪を立てた手刀を突き出していた。


「……へぇ……また避けたか。君がブレイクスルーを使えるとはいえ……当たると思ったんだけどな……なんでかな? どーちてどーちて?」


 危なかった。もうすぐで胴体に風穴開くところだった?


「あ……アース」

「あぶねーな……俺から離れるな、クロン」

「は……はい……」


 確かにトレイナの言う通り、俺を殺すことにも、クロンに危害を加えることにも何のためらいもなさそうだ。


『童……色々とこやつには疑われるかもしれぬが、そうも言ってられん。余が指示を出す。攻撃か、逃走か、いずれにせよ気を張れ』

『もうとっくに張ってるよ』


 やるしかねえ。そう腹をくくり、そのうえで俺は命をトレイナに預ける。

 だが、その時だった。


「友よ……何を……どうして……わ、ワシは……」


 倒れて動けない天空王が迷子にでもなったガキのようなツラをしてパリピに問いかけている。

 さっきのパリピの自分へ向けた態度を信じられないと思っているかのように。

 しかし、パリピは……


「ふむふむ……さて……」


 パリピは天空王を一瞥もせず、俺とクロンをジッと見て何かをしようと……


『また虚を突いて手刀を突き出してくる。正面からでなく、真横から相手の手首を弾け! そこは安全だ』

「大魔フリッカーッ!」


 そしてまた前触れもなく不意打ち噛まそうとしてきたところ、それを先読みしたトレイナの助言で俺は高速ジャブでパリピの爪には触れないように、手首を弾く。


「おろろ……」


 大丈夫だ。トレイナの指示と俺のブレイクスルーとゾーンがあれば、たとえ六覇の体術も見切ることができる。

 しかし……


「今の……間違いないね。明らかにオレの爪を避けるように……手首ィ狙ったな……」


 さっきまで愉快に笑っていたパリピの声が、今ので急にドスの効いた低い声になり……


「戦前は滅多に一騎打ちをしない、軍師がメインだったオレが……毒爪使うのを知ってる奴はそんなに居ないんだが……絵本にも教科書にも載ってないし……流石に誰に聞いた? ヲイ、こらコゾウ」


 そう、流石に今のでこいつは何か気づいたようだ。

 

「最初は興味。だが、今は単純にパナイ謎だ。君はオレと会うのは初めてなのに……まるで、オレのことをよく知る誰かに教えてもらったような……誰なんだろうなぁ……」


 そしてこれこそが、トレイナの言っていた「疑われる」ということ。


「剥ぎたくなってきたよ……解体して脳に聞いてみるか? アース・ラガン……オレの宴で何をやるか分からないサプライズ要員としてキャスティングしようとしたが……君はオレのことを知っているのに、オレが君のことを知らないのは、何か負けてる気がしてムカつくからさ……ひはは……だから……」


 そしてこいつは、抱いた疑問を「まあいいや」と流さない。

 その疑問を追求しようとしてくる。

 俺とトレイナのことを……まぁ、追及したところで俺が話さない限り知ることはできないだろうし、話したところで信じてもらえるかは別の話だけどな。

 とはいえ、言う気はねえけどな。こんなやつに俺たちのことを。


「ひはははは、だから君も頑張って抵抗してみれば? そうすれば、後悔せずに地獄に行ける! そして地獄に行ってから後悔しろ!」

「やってみろよ、この変態野郎が!」


 侮るな。だけど、ビビるな。俺はこいつよりも確実に強い奴と毎晩スパーリングしてきたんだ。

 トレイナに比べればこんな奴……


『やるしかないか。だが、間合いの中に入るな。接近戦は避け、衝撃波で距離を取りながら戦え』

「大魔ソニックフリッカー!」


 トレイナの指示を受けて、俺は瞬時にフリッカーでの衝撃波をパリピに飛ばす。


「あーあ……うぜーなぁ!」


 パリピもその場で弧を描くように右手を大きく振る。すると、鋭い爪から紫色の真空波のようなものが放たれ、俺の衝撃波を切り裂いていく。


『アレには触れるな! 空気に毒も混じっている。触れて裂かれたら感染する! フットワークだ』

「押忍!」

『避けながら、臆せず左を積み重ねろ! ただし、右の大砲はまだ打つな! 奴はカウンターを狙っている』


 俺のフリッカーからの衝撃波を軽々と裂きやがった。

 だが、別に驚くことはねえ。相手は六覇だ。このぐらいはできるさ。

 だから俺は構わず足を小刻みに動かしながら左を放つ。


「へぇ、パナイ良い足してるね……左手はウザいけど」

『ここだ!』


 それは、戦闘開始直後のこと。

 パリピが俺の足を見て感心するかのように眺めているのを見て、トレイナは叫ぶ。


『視線が童だけに……この戦闘開始直後、いきなりされるとは思うまい。だからこそ、あえて今行く! クロンに暁光眼を使わせろ!』

「ッ、クロン! ここだ! ヤレ!」

「……え? あ……は、はいっ!」


 ここぞという場面まで温存するはずのクロンの眼を、ここであえて使わせる。

 俺もクロンも予想外だった。なら、パリピだって予想外のはず。


「ほへ?」


 完全に油断して目を見開いている。確かに、今なら―――


「天地創造(クリエイション)!!」

「ッ!?」

「大きな雷さん! 大きな風さん! アースの螺旋! 全て一斉攻撃です!」


 クロンの眼が輝いて、正に天変地異が巻き起こり、その全ての天災のような猛威が一斉にパリピに降りかかる。



「お、あ、おおおおおおおおおおおっ!!!!」



 もちろん、全ては幻術だ。本物じゃない。だが、限りなく本物に近いものを生み出して、相手の脳に思い込ませるクロンの魔眼なら……


『気を抜くな! 所詮は未熟なクロンの眼力ではまだ足止めが精一杯! 奴はすぐに正気に戻る!』

「ッ!?」

『だが、隙は作った! 本命は童、貴様だ! 大魔螺旋で奴を穿て!』


 そう、いかに暁光眼が強力でも、まだクロンはそれを使いこなすだけの想像力がない。

 だからこそ、冥獄竜王のバサラには鼻で笑われた。

 だがそれでも、相手の目くらましには十分。

 トレイナの作戦の本命はここから先。


「大魔螺旋・アース・スパイラル――――」

「おおおおおおっ、ってをい! 効くかい、こんな……って、うおおお、大魔螺旋かい!?」


 パリピの目が元に戻った。もう正気になったか。だが、俺の攻撃の方が早い!


「パ、パナイまずい……ひはは……なんちゃって!」

「ッ!?」


 俺がいざ攻撃をと思った瞬間、パリピが急に悪魔のような鋭い笑みを浮かべ……


「レッツパーリィ……クラッカーを鳴らしましょう♪」


 パリピがパチンと指を鳴らしたら……


「げふっ!?」


 全く予想もしないところで、何かが爆発した音が聞こえた。

 思わず手を止めて横に振り向くとそこには……



「だ……え? だ……ダディッ!?」



 突然のことに悲鳴のような声を上げる王子。

 そして、腹が爆発したかのように大量の血を噴き出している天空王。

 一体……


『バッ、童ッ! 視線を逸らすな!』

「……え?」

『ミスディレクションだ! 天空王ではなくパリピを見ろ! 目を離すな! おい!』

「ぁ……え、あ……」

『童ッ!!』


 トレイナが慌てて俺に叫んだが、俺は突然のことで何が何だか分からずすぐに動けず、そして……

 

「はい、隙みっけ♪」

「え……あ……」


 気づいた時にはパリピの爪が俺の左肩を突き刺していた。

 そして、次の瞬間には……


「ガっ、っ、う……おっ……」

「アースッ!?」


 体が痺れ、急に手足が……え? あ……



「安心しなよ。ただの神経毒だから、これでは死なないよ。まぁ、痛みは感じるからこれからのことを思うと地獄かもだけどね」


「て、テメ……な……」


「ひはははは、にしても……もしものためにハゲに仕掛けておいたけど……六覇にダメージを与えられる千載一遇のチャンスで、友達でもないハゲの腹を吹っ飛ばしただけで気を取られて呆然とするとは、やっぱメンタルはガキだね……」

 


 毒? バカな……それに……天空王……な、何が……


『こ、こいつ……天空王の体にそんなものを仕込んで……ッ、しかもそれを童の気を逸らすためだけに……! クロンに暁光眼を使わせて『毒など効かない』と思い込ませる幻術をかけさせろ! 童!』


 だめだ、力が抜けて……つか、力が入らねえ、立ってられねえ……声……叫……


「ぁ……天空王……それに……ッ、アースに何を!」


 そして、俺が膝をついた瞬間、クロンが……


「待って、クロンちゃん! オレがこんなことをするのには理由があるんだ!」

「何を! アースから離れてください! 魔瞳術―――」

「嘘じゃない! その証拠に、ヤミディレのことでどうしても君に教えないといけないことがあるんだ!」

「……え? ヤミディレ……?」


 怒ったクロンが暁光眼で何かを唱えようとした瞬間、パリピの口からヤミディレの名が出て、そしてクロンが思わず呪文を止めた瞬間……


『バカ、惑わされるな! この男はそんな男ではない! 聞く耳持つな!』


 トレイナがどれだけ叫んでも、俺を介さなければその声はクロンに届かない。


「ウ・ソ」

「あ……」


 その隙をついて、パリピが俺に突き刺したのと同じ爪を今度はクロンの傷一つなかった白い肌に突き刺しやがった。 

 クロンは次の瞬間、ガクンと膝から崩れた。


「く……ろ……ん」


 俺の声は届かない。そして、そんなクロンの眼の前で、パリピは肩を震わせて……


「嗚呼……はは、ひははははは! あ~、パナイちょーろいねー。大して体力も魔力も使わないでアッサリ勝っちゃって、ほーんとオレなんかがこの世に生まれてきてごめんなさーい!」


 その顔面を思いっきりぶん殴ってやりたいのに、拳をうまく握れねえ……悔しくて……腹立たしくて仕方なかった。

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