第207話 幕間(父)
結界によってこの数ヶ月間一切の連絡を取ることができなかった、カクレテールの結界が解除された。
そこにアースが居るかもしれない。
そこに、あのヤミディレも何か関わっているかもしれない。
そう思うだけで、これまで何度その結界を力ずくで破ろうかと考えた。
しかし、俺にそれをすることが許されず、この三か月、俺もマアムもただ祈るだけしかできなかった。
だが、その日々がようやく……
『以前にも申し上げた通り、カクレテールと連絡を取るには『ベトレイアル王国』の外務大臣を通じて、入国交渉をしなければなりません。審査にあたり、渡航目的、入国の人数、停泊する船の大きさ、国内へ持ち込むものに関する事前申請、滞在期間、更には武器や魔法の制限もあります』
『噂では近年内戦が激しいとのことで、入国審査にはかなり厳しい条件が与えられるかもしれないとのこと。それに伴い、カクレテールへの入国料、さらにはベトレイアル王国への仲介料も必要となります』
『さらに、カクレテールへ海上ルートで行く場合には、あの一帯の海を領海として主張する『ゼニゲーヴァ王国』の海軍提督への通達』
『大変です、ヒイロ様! 結界が解けた直後にベトレイアル王国がカクレテールに入国の申請をしたところ、反体制側が勝利したことで窓口が変わったようで、さらに現在その新たな窓口へ連絡を取ろうとしているようですが、一向に連絡が繋がらないとのことで……何かあったのかもしれません!』
俺たちは「愛する息子がそこに居るかもしれない」のに、手続きを無視して飛んでいくことができなかった。
『カクレテール入国できません!』
その声に、俺は頭を抱えて項垂れちまった。
三か月前から一切連絡が取れなくなった鎖国国家カクレテール。
しかし、連合加盟国でもある帝国が無断でカクレテールへ干渉及び上陸は固く禁止されている。
そのためどうすることもできなかったが、つい先日になってようやく結界が解かれたとのこと。
申請手続きの準備は三か月前からしていたから、すぐに話は通ると思っていたのに、結局それもすぐに叶いそうにない。
さらに……
『ヒイロ様、大変です! 帝都に連れ戻した姫様……リヴァル……フー……そしてパイパ家の娘、ジャポーネの忍者戦士……五人の姿が消えたそうです。報告ではフー・ミーダイの部屋に、空間移動魔法の術式が……ひょっとしたらこの三か月の間に習得したのかもしれないと……』
俺ら大人たちがダラダラグズグズしている間に、次の世代の奴らがメンドクセエもんをすっとばして動いたようだ。
それが眩しくて、自分が情けなくて……
「つーわけで……これしかねーよな」
「ほんと。久々のデート。海の上、ボートでイチャイチャ」
「そしたら漂流しちまって遭難。なんてこった」
「あら、あそこに島が見えるわ! 私たち、助かったの?」
「おお、そうだ。助かった。とりあえず行ってみよう」
結界が解かれているのなら、もうこれしかない。
俺とマアムはカクレテールから離れた個所から小舟を漕いで、漂流者っぽく偶然たどり着いたということにする。
もちろん、これは連合やミカドのジーさんや帝都にも内緒だ。
責任は当然俺たち。まあ、もし何かあればクビだろうけどな……
「はぁ……ガキの頃は……大人たちが決めて縛ったルールがうざったくて、いつもキレてそういうのぶっ壊して……そのたびにミカドのジーさんに怒られたっけな」
「そうね。あのときは、さっさと大人になってエラくなれば何でもできるって思ったのにね……」
「ああ。今の方が何もできなくなっちまった……何やってんだろうな……本当に」
小舟を漕ぎながら、マアムと一緒に自分たちの情けなさを嘆く。
行方不明になった自分の息子の元へ行くだけで、こんなに時間がかかっちまった。
「全部俺の所為だ」
「いいえ。私の所為よ」
「いいや、俺の所為だ! これまでずっとあいつをほったらかしにして……」
「それは私も同じよ! そもそも……私なんてさっさと仕事をやめちゃって、母親やってりゃよかったのよ……全部サディスに押し付けて……」
「お前も簡単にやめられる立場じゃなかった。仕方ねえよ。だから、やっぱり親父の俺の責任だ」
この三か月、何度このやりとりをしたか。
互いに自分自身を責めることで、何の意味もないことを繰り返してる。
「でも、やっぱり私よ。私が……私がカンティーダンであいつを捕まえていれば! ヤミディレの接近にも気づいていれば!」
「そんなこ…………まぁ……それは」
「……はぁ?」
「いや、あんな禍々しい空気満載の狂気の塊みてーな女が接近してんのにギリギリまで気づかなかったのは……」
「ちょ!? そ、それを言うならあんたは息巻いて、『俺がアースを必ず見つける!』なんて言って帝都から出て行って、何で全然方角の違うイナーイ都市なんかに行ってんのよ!」
「うぐっ……それは……」
まあ、つまりこの三か月何度話をしても、俺たちは互いにどうしようもねえバカで親失格ってことぐらいだった。
もう挽回なんてできないほどに。
でも、だから何ももうしない? 諦める?
それだけはできなかった。
たとえ、アースがもう俺たちを親だと認めてくれなくても……
「っと……到着。ここがカクレテールか」
「ええ」
そんな想いを抱きながら、俺とマアムはようやくカクレテールの海岸線にたどり着いた。
これまで色々な国に行ったが、ここは初めて上陸した地。
海岸には特に建物があるわけでも、人の姿があるわけでもないが、まず気になったのは……
「随分と荒れてるな」
「ええ。何か戦ったような……破壊されたような痕ね」
荒れ果てた海岸線や植物。もともとそういう感じだったわけじゃなく、明らかに誰かの手によって壊され、荒れて、至る所にデカい穴も開いている。
激しい戦闘でもあったかのような……
「魔力の残留があるな。それに、結構大きめの」
「多分この向こうに居住区があるんだろうけど……」
「どうなってるかな? とりあえず、今は……戦っているようには感じないが……」
「それと……」
しばらくは内戦があり、それは最近になって終わったという情報はあったが、この数日も何かあったのは間違いなさそうだ。
それと……
「結構いるな」
「うん。そうね……」
こっちを伺うような視線や人の気配。力は大したことないかもしれないが、明らかに俺たちを警戒している。
まあ、向こうからすれば侵入者かもしれないし、当然だろうな。
さて……何とか無害な漂流者を装って情報を……
「あなたたちは、何者ですか? この国に何しに来たんですか!」
だが、俺らが何かを言う前に、隠れていた連中が姿を現した。
ゾロゾロと何十人も現れて、若者から年寄りに、シスターと思われる女たちも居る。
全員が、箒やら斧やら包丁やら、日用品を武器にする感じで俺たちに敵意を向けている。
しかし、誰もがこの国の戦士や軍人って感じじゃなく、民間人だ。
「この国は、外部から無断で入国することは許しません!」
そして、そんな連中を代表するように一人の男が俺たちに告げる。まだ子供? 年齢はアースぐらいか?
「オラァ! もしこの国に攻めてきたってんなら容赦しねーぞ!」
「こ、この国は、ぼぼ、僕たちが守るんだな!」
「うぅ、どうか危ない人ではありませんように……」
そう言って全員俺たちに構えるが、あまり大した力は……ただ「あの四人」の兄ちゃんたちは……ちょびっとばかし鍛えているようだが……
「ね、ねえ……モトリアージュ君……あの人たち、悪い人たちには見えないけど……どうなのかな?」
「分からないよ。でも、大神官様や女神様たちが居ない今……それに国がこんな状況で……外の人たちを勝手に入れるわけにはいかない」
一応、俺もマアムも武器は目に見えるように携帯はしてない。いつでも取り出せるようにはしてるけどな。
だから、そんな俺たちがとりあえずは海賊やらどこかの国が攻めてきたとかそんな雰囲気は出していないので、俺たちを取り囲む連中も少し戸惑いは生じている様子。
シスターや年寄りたちが少し困ったように若者たちに相談している。
すると……
「オラァ! 敵かどうかなんて分からねーだろ? ひょっとしたら油断させるためかもしれねえ! 大体、あの天使たちだってあんなツラして俺らの国をメチャクチャにしたんだ! もう二度と、あんなことを起こすわけにはいかねーだろ!」
そして威勢のいい兄ちゃんが乱暴に声を荒げるが、言ってることはなかなか正義感溢れている。
やっぱ何かあったようだな。結界が解かれているのもそれと何か関係が?
それにしても、天使……
「少なくとも、今は誰も入れるわけにはいかねえ! アースと約束したんだ! あいつが留守の間は任せるって俺らに言ったんだ! だからあいつらが出ている間は、この国は俺らが守るんだ!」
天使? まさかヤミディレ……ん?
「ね、ねえ、ヒイロ……彼……今……」
「ああ」
一瞬聞き間違いかとも思ったが、間違いない。
あいつは今、「アース」って言った。
「ちょちょ、おい、お前!」
「オラぁ、何だ!」
「そのよ、今、お前が言ったアースって……アース・ラガンのことか!?」
「なっ……ッお前、何でアースを……俺らのダチを知ってんだ!」
その瞬間、威勢のいい奴だけでなく、他の男たちやシスター風の女たちまで驚いた顔を浮かべている。
しかもダチ?
「マアム!」
「うん! やっぱり……やっぱり、アースがここに!」
やはり間違いなかった。アースがこの国に居る。
それが嬉しくて、涙が出そうで、そんな気持ちを込めて俺とマアムは叫んだ。
「俺はヒイロ・ラガン! アースの父親だ!」
「私はマアム・ラガン! アースの母親よ!」
俺たちにそんな資格はあるのか? でも、そう叫ぶしかなかった。
「「「「ッッッ!!??」」」」
たとえ、アースが俺たちを認めなかったとしても……
「「「「って、んなわけあるかー!」」」」
「「……え?」」
だけど、まさか初対面の連中にまで認められないとは思わなかった。
俺らの言葉に驚愕した表情を浮かべた連中は、そう叫んですぐに……
「何がアースの父と母だ! あいつは俺らと同じ歳だぞ!」
「だったら親があんなに若いわけねえ!」
「アース君の親? 男の人はまだしも……ねえ?」
「っていうか、あの女の子……私たちよりも年下じゃないの?」
「そうだそうだ! 普通にアースの妹って言った方がまだ分かるぞ!」
「そんな分かりやすい嘘に騙されるか!」
その瞬間、俺もマアムも呆気に取られて苦笑しちまった。
だって、帝都では俺ら親子のことを知らない奴らは居ないから、「容姿が親子に見えない」なんて言われたことがなかった。
「あら……あははは、わ、私ってまだまだそんなに若く見えるのかしら? まぁ、永遠の十代だし?」
「まぁ……胸は十年以上変化ねーからな……」
「んな!? ちょ、アースを産んだときは少しは膨らんだのよ!」
「でも、すぐ萎んだだろうが……そういや、アースが赤ん坊のころにはいつもそれで泣かれて……そういや胸の大きさも、サディスが十歳ぐらいの頃には抜かれ―――」
「うっさいわこのバカッ!」
とにかく、俺とマアムのことを信じてもらうのに、ちょっと時間がかかった。
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