第206話 幕間(ハゲ)

「いくぜ、ブレイクスルー・アース・ミスディレクション・シャッフル!」

「ぬうっ!? ガキが……ウロチョロしてんじゃねー! ワシイはああ、エライノダゾオオオオオ!」

 

 ちょこまかと……そして幻惑するように揺れて……余計にイライラして頭が痛くなる。

 しかもこれだけチョロチョロされると、大魔法を唱える隙が……ダメじゃ……ワシも集中力が切れて来る……『アレ』を……『アレ』を摂取しなければ……じゃが、ワシが攻撃以外のことをしようとすると……


「大魔ソニックフリッカー!」

「ちぃ、メガウィンドウォールッ!!」


 拳が飛んできよる。風の壁で防いでも、気を抜くとこの壁すらも軽く貫通してくる。

 くそ……もう一度……アレさえ……アレさえ摂取すれば……いや! ワシは何を考えておる!


「天空王、俺を捉えてみやがれ!」


 こんな下等なガキ、アレに頼らずとも……ワシは王だ!


「メガウィンドカッター! メガウィンドカッター! メガウィンドカッター! メガウィンドカッター!」

「おっ……」

「風の刃で切り刻んでくれるッ!」


 威力は劣るが、その代わり絶え間なく連射。

 これはいつまでも避け続けられまい!

 それなのに……


「ふっ……どんどん荒っぽくなってきやがったな……」


 何故じゃ! 何故あのガキは余裕の笑みを浮かべ……このワシをバカにしている?


「はっ、いつまでもヘラヘラしていられると思うな! ワシの風の刃に触れれば手足など軽く切断するぞ!」

「ヘラヘラなんてしてねーよ。ちゃんと目を見開いて、そして……集中力も研ぎ澄ましている……」

「ぬっ?」


 笑いながら、何じゃ? その眼は。何か企んで……何かを狙って? 集中?


「……ああ……分かってるよ。相手の死角……視覚と思考の死角を……だろ?」


 それどころか何をブツブツと……独り言? いや、まるで誰かと話をしているかのように……いや、そんなものワシには……


「知ったことではないわ! 切り刻んで地上に捨ててくれる! メガウィンドカッター!」


 何かを企んでいるのなら、企みごと潰してくれる!


「アースッ!」

「ちっ!」


 そう、ガキがチョロチョロ動くのなら、あの人形を狙うだけのこと。

 案の定、あのガキは人形を庇うようにして動きを止めおったわ!


「アース! あ……」

「大丈夫だ、大した魔法じゃねえからよ」

「でも……」

 

 強がりじゃ。足を、そして腕にもダメージを与えた。

 これでもうチョロチョロできまい。

 

「まだだ! 伏せてろ、クロン!」

「でも……」

「俺が何とかするっ! 何故なら俺ならできるからだ! だからお前は『その時』がくるまで、伏せていろ!」


 まだそんな大口を叩いてそんな目をするか? ならばもっと……


「つか、おい」

「あ゛?」

「テメエの子もそこに居るんだが……」


 子? ワシの? 


「……ぐっ……ダディ……」


 ああ……そういえばおったな……巻き込まれて怪我でもしているか?

 そもそも、まだそんな所で這いつくばっておったか。

 

「この愚図が……出来損ないが! ワシと違ってやはりダメじゃな! ダメじゃ!」

「だ……でぃ……」


 まったく嘆かわしい。

 こんな愚図で出来損ないが……


「ったく……ほんとにこんな奴と話をして意味があるのか? 認められてうれしいのか? まあ……その場は作ってやるけどよ……」

「ぬっ?」


 ガキがまた……しかも……この……この見下すような目は……この人を見下すような目!

 これまでワシを理解できずに見下してきた馬鹿ども……あの目は……!



「なんじゃガキがぁ! このワシに、その見下したような目は! 誰にそんな目を見せておる!」


「自分のガキをそんな目で見るような奴が、人の視線を気にしてんじゃねえよッ!」


「コロス……ソノ目ヲワシニ向ケル愚カ者ハ全員――――」



 何故ワシにそんな目を見せる! どいつもこいつも……誰もが……ワシを、ワシを誰だと――――


「ここだ!」

「ッ!!??」

「大魔ソニックファントムパンチッ!!」


 ……な……に? 今……何かが……


「ファントムパンチの衝撃波バージョン」

「……?」

「針の穴を通すようなコントロールと小さな振りから繰り出す小さな衝撃波を、あんたの風魔法を死角にして叩き込ませてもらったぜ?」

「カッ……あ……」


 顎に何かが触れて……世界がグルグルと周り……ワシの意思に関係なく意識が飛ばされそうになる。


「打ち抜いた。意識は断てないが……だが……これでいい! クロン!」

「待っていました! 天空王! あなたを丸裸です! 『魔瞳術・カコツイート』!」


 突如、前へ出てきたあの人形の瞳が光り、ワシを包み込む。


「なに……?」

「まずは、教えてもらいます。あなたのことを……あなたがどうしてこうなられたのかを……」

「ッ!?」


 そして、その瞬間、色々なものが一瞬でワシの頭の中を駆け巡った。

 そもそも、なぜワシはこうなった?

 ワシはただ、王として、神の使徒として、自分の責務を全うしようとしただけだった。


『ディクテイタ隊長……だ、ダメです……裏切り者のヤミディレは……強すぎます……』

『殺される……私たちは殺される……地上なんかに降りて来るんじゃなかった……』

『こうして隠れていても見つかるのは時間の問題です……』


 なぜ、今このようなことを思い出す?


『し……仕方ない……ワシは一度、国へ戻って作戦を練り直す……』

『も、戻ると言われましても……一度戦闘を仕掛けた我々をヤミディレが逃がすなど……』

『ああ、そうじゃな。だから……貴様らが戦って時間を稼ぐのじゃ』

『なっ!? なんと……い、一緒に戦ってくださらないのですか!?』

『ワシはこんな所で死んでよい者ではない! 由緒正しき天空貴族……貴様らとワシでは命の価値が違う! そもそも、ここで全滅するか……貴様らの誰かが生き残るか……それともワシが生き残ること……どれが最も良い選択だと思っておる! 貴様らの家族に対する補償などはワシがちゃんとしてやる! そして貴様らは最後まで勇敢に戦ったとも伝えてやる。ゆえに、派手に散ってくるがよい!』


 どこで狂った? ワシの人生は? いや、間違ってない。ワシは正しい人生を歩んできた。

 たとえ誰を犠牲にしようとも、ワシは死んではならぬ存在じゃ。

 選ばれし天空族……王の側近……いや、王にすらなれる正統な血筋……


『なあ、聞いたか? この間の、ヤミディレ討伐作戦』

『ああ。どうやら、あいつだけが生き残ったようだな……』

『ちっ、家柄だけの無能な奴が……奴が生き残るぐらいなら、若い兵士が一人でも生き残ったほうが……』

『それなのにあいつ、自分がいつか天空王になるとか言ってるらしいぜ?』

『はは、そんなことありえないってのに、うぬぼれた奴だな』


 無能な小市民が何を言おうと所詮は負け惜しみ。

 選ばれた上級の民であるワシの存在は何よりも重い。


『あなたは何も分かっていません……あなたは愚かで……そして哀れです……そのことに気づいていないことが何より……』


 ああ……一人だけおったな。

 このワシに生意気な口を叩くも……あいつだけはそれを許せた……


『あなたがそれでも王を目指すというのなら、あなた自身がどれだけちっぽけか……私が教えて差し上げます』


 厳しい女だった。ワシが間違ったら頬を引っ叩いた。

 だけど、間違っていようとどうであろうと、ワシのことをワシとして見てくれた女だった……だからワシも許せ……そして次第に変わっていった。

 だが……


『ディクテイタ様……奥様は相当危険な状態です。たとえ赤子を産んでも母体は……』

『ぬぅ……では……子を見捨てろと? ようやくワシと妻の間にできた……天空族の女は生涯に一度しか子を産めぬというのに……』

『しかし、命には代えられません。やはり、お腹の中の子は……紋章眼を宿しております。そのため、子に全ての魔力が……しかし、今ならまだ……』

『……くっ……そうじゃな……妻の命には……すまぬ……我が子よ……すまぬ……』


 元々体の弱かった妻にとって、出産は想像をはるかに上回るほど過酷なものであった。

 それこそ、命を左右するほどに。

 妻の命には代えられぬと、ワシらは妻の腹の中の子に魔力を流し込んで堕ろそうとした。

 しかし、妻は命を振り絞ってワシらの魔法を弾いた。


『だめ……ぜったいに……』


 そのときの妻は、まさに命がけで子を守る母親そのものじゃった。


『なんと……そうまでして産みたいか?』

『……はい……』

『ッ、な……ならば産むがよい! その代わり、失敗は許さぬ! 必ず産むのじゃ! たとえ、その身に何があろうと、ワシらの子を産むのじゃ! ワシらの間にできた子じゃ! 間違いなく、未来の天空族を担う存在となるはずじゃ!』


 そうだ……ワシは……あの日……一つの命が途切れ、しかし新たに芽生えた命を見た……そうじゃ……命は……


『これほど重いのか……命は……ワシは……ワシは何という……まだまだ未来ある命を……かつて、ワシなんかのために……生き残るべきはワシ? 違う。そんなことすら気づいていなかったワシこそ……いらぬ命……』


 だからこそ、自分がかつて捨て駒にした命の重みを……だから……


『ヤミディレはワシが……ワシがヤミディレを討伐する! ワシがケジメを付ける! ワシなんぞのために犠牲になった者たちに報いるためにも……仇は必ず……必ず! この命に代えても、ヤミディレと、そして奴を引き込んだ魔族の王をワシが!』


 ワシは本当に戦うつもりじゃった……死んでも良いとすら思った……生まれてきた子を抱いた瞬間、かつて自分が捨てた命の重みを知り、そのためにも……しかし……



――今後、ヤミディレの討伐及び地上への干渉を一切禁ずる。これ以上の犠牲者を増やすわけにはいかぬ。全ては天空世界の安寧のために。王国も移動し、ヤミディレたちが干渉できぬ空を漂うこととする。



 それが、先代王の決定だった。

 ふざけるな……それでは死んだ魂はどうやったら浮かばれる?



――王の命に背いたな? ディクテイタ。いかに天空貴族とはいえ看過できぬ。よって、貴様を投獄する。数百年の投獄は覚悟せよ?



 最初は何も知らなかったワシは……取り返しのつかないものを失って初めて知り……そして、せめてもの償いのために行動しようとしたらそれもまた咎められ……ではワシはどうすればよかったのじゃ?

 どうすれば……?


『釈放おめでとうございます……ダディ……』

『ぬ? 貴様は……ガアルか?』


 牢から出たころには、自分の子の見違えるほど成長した姿に戸惑い、同時に劣等感を抱いてしまった。

 父も母も傍に居なかったというのに、ガアルは逞しく育ち、それどころかかつてのワシとは違い、国中の者たちから慕われ、認められ、そして憧れの存在となっていた。

 頭脳も、力も、そしてその紋章眼という才能も。

 あやつがワシに微笑むと、ただただ自分が情けなく、そして子に見下されているのではないかと思ってしまう。

 父の威厳などあったものではない。

 だが、それは当然のこと。

 ワシが投獄されている間、この天空世界は平和そのもので、ましてやあのヤミディレが所属していた魔王軍とやらも滅びたというではないか。

 一体、ワシは何を……


『ひははははは、君は何も間違っていないよ。君は本当に選ばれた存在なんだ。そのことを知らない皆が愚かなんだよ』


 ああ……そんな時だったか? 地上世界から突如現れた流浪の旅人と出会ったのは。



『何を言う。ワシの人生は間違いだらけで無意味なもの……取り返しのつかないこともしてしまった……子にも見下されているのかと思えてしまい、まともに顔も合わせられん』


『いいや、間違っているのは天空王と、そのことに気づいていないバカな天使たちだ。オレには分かる。君の潜在能力は他の天使たちと違う。たとえ魔眼を持っていなくとも、君の子にも負けていない。その潜在能力が覚醒さえすれば、あのヤミディレをも上回る……だから君は何も間違ってなかった。君は何を犠牲にしても生き残るべき天空族だ』


『潜在能力? 何を馬鹿な! そんなものがワシにあるものか……大体、今さらそんなことを知っても……もうそんな力は必要ないだろう? 魔王軍とやらは滅んだのじゃろう?』


『だけど、ヤミディレは死んでない。生きている。この数百年が平和だった? 今後百年も無事だとどうして言い切れる? むしろ、主を失って絶望に落ちたヤミディレほど怖いものはない。今は身を隠しているだけでも、そのうち必ず表舞台に出てくる』


『ぬっ……』


『今はまだ、育ち切っていないが……次代の王が育てば、必ずヤミディレはその王に世界を獲らせるべく、再び立ち上がる。そして、地上を滅ぼせばその狂気は当然空へも向けられる』 



 何もすることが無く……子ともまともに話をすることもなく……隠れるように静かに暮らしていたワシの前にその男は現れ、誰も話しかけることも接することも関わることもなかったワシに馴れ馴れしく接してきた。

 ワシも久しぶりに誰かとあれほど多く話をして……



『それに、地上と魔界の戦争が終わったのなら、どちらにせよ人間たちは次に空を狙ってくるとは思わないか? それこそ、ヤミディレと大魔王トレイナを倒した者たちだ。二人よりも強い脅威……そう思わないかい?』


『ッ!?』


『ならば、君が王となって全てを守るんだ。クーデター……いや……聖戦だ。オレは君を全面的に手助けする。ほら、オレたちダイシンユウじゃないか!』



 そして、その男はペラペラとよくしゃべる男だったが、その言葉は何故か聞き入ってしまい……



『そこで……この『薬』と『針』を君にあげよう』


『なに? なんじゃ……この薬は? それにこの針は?』


『君はね、力が解放されていないだけでなく、自分に自信も持てず、そして過去の出来事から心も閉ざしてしまっている……それではだめだ。力を目覚めさせ、そして心も解放しよう。ため込んではダメだ。君の目覚めを世界が待っている! これはそんな君の目覚めを手助けする薬……ヘロイ……『ヒーローイン』という。これを使って、恐怖や痛みを忘れ、全てを超越するんだ! そして君が王に! うん、パナイ!』


『そんな薬が……ワシが……王に……しかし……。それに、この針は?』


『ああ、この針はね。ちょっと頭にプスッと刺すだけで―――――』



 ああ……全ては民のため……この世界のため……ワシが王になる……ワシが……ワシが……


「これが、あなたの記憶ですか……天空王……いいえ、ディクテイタ……」

「ダディ……」


 再び元の場所に……目の前にはあの人形娘とガアルが……そして……


「すげーな。一瞬で頭の中に全部流れ込んで……にしても、あの魔族は一体……ん? おい? どうした? 慌てて……は? ……あの魔族が…………え゛?」


 そして、あの人間の小僧……なんだ? 一人で……隣には誰も居ないのに、誰かと話をしているかのような……



「ダディ……僕は―――――――」


「ガアル……ぐっ、やめろ! そんな目でワシを……ワシを……ワシは貴様に見下されるような存在ではない! 貴様のような出来損ないと違って、ワシの方が優れておるんじゃ!」



 ワシは王! 天空の王! そして神に……そうじゃろう? なあ、友よ! 友――――



「ひははは……最初は面白そうかなとも思ったけど……このイベントもダレて飽きた……もう、ショータイムも終わりでいいんじゃないのかな?」



 あ……おお……来てくれたか……真の友よ……



「まっ、最後に挨拶だけして……ね?」



 ん? 最後……?

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