第204話 よく見る

 這いつくばって立ち上がれない王子を見下ろしながら、自分が強くなったことを実感する。


「ア~ス~!」

「うわっ」


 すると、ずっと黙っていた女神様が興奮して俺に飛びついてきた。


「すごいです、アース! アースは強くてかっこよくて、そんなことは分かっていたのに、今日のアースは私が分かっていた以上にすごかったです!」

「お、おお、そうか」

「あのね、私ね、ドキドキしています。もぅ、アースすごい~って、ココが。分かります?」


 自分の胸を突き出しながら俺に柔らかい体を押し付けて抱き着いてくるクロン。

 あ~、もう積極的だけど男の気持ちがまるで分からんけしからんかわいい恥ずかしい。


「とにかく、落ち着きなさい」

「……?」

「天空王はこの先に居るんだろうしな」


 そう、まだ何も終わってない。

 敵のボスを叩けていない以上、外で皆が戦っているゴーレムも止まらない。


「そうでした。その方に負けてしまっては、ヤミディレも、そして皆さんも……そうですよね?」

「ああ」


 はしゃいでいたクロンも緩んだ顔を改めて引き締めなおす。

 だが―――


『ッ、童! 来てるぞ!』

「……え?」


 突然、トレイナが大声を出した次の瞬間―――


「負けるのが嫌なら、死ね」

「ッ!?」


 クロンの背後に迫る影。

 ソレは手刀を振り上げて、白くて細いクロンの首を狙おうとするが……


「大魔ジャブッ!」

「ッ、ちっ……」

「……え?」


 もし、トレイナが今のを教えてくれなければ……


『落ち着けと言いながら、貴様が油断するな。ここは敵の腹の中なのだぞ?』


 俺を叱責するようなトレイナの言葉に、クロンに続いて、今度は俺がその通りだと頷いた。

 そして……


「ちっ……魔眼の人形を殺せなかったか……」


 そう言って俺の左で邪魔されてクロンを仕留められなかった男が舌打ちする。

 その男は全身を真っ白い法衣に身を包み、その背には天使の証たる翼。

 モジャモジャの白い口髭を生やし、しかし頭部はツルツルピカピカ。

 鋭い眼光で怒気を全身から発している。

 こいつが……


「ダ……ディ……」


 床に倒れて這いつくばっている王子が掠れる声でそう呟いた。


「テメエが……天空王か?」

「ゴーレムのスタンドアーロンにも制限時間がある。ましてや、薄汚れた下等生物と会話する気はない。死ね」


 俺の問いに答えることなく、再び向かってくる髭モジャジジイ。

 こちらのクロンを脅威に思って、自ら不意を突きに来たってことか?

 つまり、答えはしなかったがこいつは……


『間違いないだろうな。クロンさえ始末すれば、他の兵たちも投入できる。ゴーレムでは決定打に欠けるので、自らの手でコッソリ……そんなところだろう。まぁ、貴様とクロンがここに居たのは向こうも予想外だっただろうが……』


 間違いないようだ。王のくせに、随分と短気なことだ。

 そしてこれはこれで……


『迂闊な奴め。そしてこれはチャンスだ』


 その通り。


「クロン、来るぞ! 俺から離れるな! 眼も準備しろ!」

「はいっ!」


 ここでこいつを倒せば全てが終わる。



「侮るな! 魔眼持ちとはいえ、所詮は小娘! 目を合わさずに足だけを見て戦えば何も問題ない! 吹き荒れろ! ギガストームッ!!」


「そうやって、目の前の相手をよく見ねえから、ここまで来られたんだろうが! 大魔螺旋アース・スパイラル・ソニックインパクトッ!!」



 室内だというのに、強烈な風の魔法で俺とクロンを吹き飛ばそうと放ってくるが、俺も咄嗟に大魔螺旋の衝撃波で迎撃。


「ぬっ!? ワシの魔法を……」

「へへ、ほら。よく見ないから……目の前の敵がよく分からねーんだ」

 

 同時に……


「アース、すごい……きゃっ、風が……」


 そうだ。よく見ないと……よく……白……紐……って、そっちじゃないのだきゃのにこん!


『おい』


 そう、俺が目を見開いてぶっ飛ばさないといけないのはこいつだ。


「ウオルアアアアアアアアアッ!!」

「ちぃ!」


 ぶつかり合う暴風と渦巻は、宮殿内に激しいかまいたちや乱気流を生み出して、壁を破壊。

 結果、互いに互いを打ち消し合って相殺。


「貴様……」

「へへ、ようやく俺のことを見てくれたか?」

「ぬっ……」


 だが、互角ではあるものの、天空王からすれば自分と同じ威力の技を俺が使えるとは思っていなかったのか、王子と同じように俺を見て驚いた表情を浮かべている。

 すると……


「ダディ……」

「……ガアルか……」

「はあ、はあ……ダディ……気を付けるんだ……彼は……強い」


 俺たちの技同士のぶつかり合いに吹き飛ばされそうになりながらも、父親である天空王の足に這いよる王子。

 父を案じる子供に……敵に戦いを挑むも敗れて傷だらけになって倒れている我が子に……



「このバカ者が! だいたい、貴様がもっとちゃんとしていれば……紋章眼を持ちながら、何だこのザマは!」


「ぐっ!?」


「どこまで貴様はワシを失望させれば気が済むのだ!」



 父が倒れる子を踏みつけた。


「この千年以上の日々、世界を広げることもせずに小さな環境に満足していた前天空王に代わり、真の神の使徒として世界を広げて統括し、生命を導こうというワシの責務。それを、王の子である貴様がここまで役立たずとは……まったく、ガッカリさせてくれる」


 それは……天空王? 王? 

 俺にはただの、家庭内暴力するクソ野郎にしか見えなかった。


「ひどい……なんてことを……」


 思わずクロンも口元を抑えるような光景。 

 良かった、俺だけじゃねーんだな。

 目の前で繰り広げられている光景を、クソみたいなもんだと感じているのは。

 だが、それだけじゃねえ。


「その眼も宝の持ち腐れ。おい、ガアル……その眼を抉り取ってワシに寄越せ」

「ッ!?」

「それが嫌なら、服を脱いでワシの子でも孕め! おお、そうだ、もういっそその方が良い! ワシの愛する妻の死と引き換えに生まれたのが貴様だ!」

「……ダディ……な、なに……を」

「そうすれば、今度はもっとちゃんとした跡継ぎを――――」


 怒りが頂点に達しすぎて、もう何を言ってるか支離滅裂だ。

 あの王子も、父親のあまりの発言に表情が悲しみに満ちて、まるで子供や女みたいに弱々しい表情になっている。

 もう狂ってる? イカれてる? 親父が息子になんつう吐き気がするような……ああ……もうダメだ。


「何やってんだよ!」

「ふぐっ!?」


 クソ野郎が何かをギャーギャー騒いでいたが、俺は気が付けば手が出ていた。

 完全に油断していた天空王は俺に殴り飛ばされ、何とか態勢を立て直して踏みとどまるが、その頬から血を流した。



「貴様! 何を! そもそも貴様には何も関係―――」


「うるせえよ。子供を愛する気が無いなら、これ以上子供の人生に関わって口出しすんじゃねえよ。つか、もう口を閉じろよ、このド変態野郎が」


「……な、に? な……このワシに……」



 まあ、ある意味でこれはこれで……だって、やっぱり多少なりとも最初は気が引けたから。


「ま~とりあえず、ぶっ飛ばすことに躊躇わなくて済むから、これぐらいクズで助かったけどな」


 敵の国に殴り込みし、相手の国の王をぶっ飛ばすことは、もう取り返しのつかないようなことで……だから……安心した。



「ふっ……これだから……無知な奴らは。貴様らは何も分かっていない。我が友がワシに教えてくれた。ワシこそが、世界を統括し、全ての生命を導く神の使徒……それが何故分からぬ?」


「分かってもらおうって態度じゃねえな」



 人を嘲笑い、バカにするかのように溜息を吐く天空王。俺は話を聞く気にもなれず構えた。


「クロン」

「はい」

「俺が隙を作って合図を出す。その時は……頼んだぞ?」

「……はい」


 クロンにもそう耳打ちして、あとはトレイナが最高のタイミングを俺に教えてくれれば……


『ふっ、童め……ん?』


 すると、その時だった。


『この天空王……正気ではない目……支離滅裂な発言……抜けた頭髪……短気な性格……足取りは今のところしっかりしているが……ふむ……まさか……な』


 何だかトレイナが俺の横で天空王に対して、なんか別のことが気になるのか、難しい顔を浮かべていた。

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