第203話 認めさせる
「アース、大丈夫ですか?」
「ああ。心配ない。下がってろ。俺は負けねえよ」
「はい、私、信じています!」
ここに来るまでの間、空で、雲の上で、十分にウォーミングアップは終わらせた。
体も十分に温まってキレもいい。
更に、クロンの魔眼で俺のコンディションも最高と来てる。
「くっ……やってくれるね……」
「ヤルのはこれからだ」
負ける気がしねえ。
「……ふふ……言ってくれるね……坊や……」
「くははは、最近のガキは節度がねえから、キレさせたら手に負えねえぞ?」
俺のボディブローで膝ついて顔を歪ませるも、流石に戦意も一発で折れてはくれないようだ。
その両目に紋章眼を開眼させて、ゆっくりと立ち上が……
「大魔スマッシュ!」
「ぬっ!?」
王子が起き上がろうとしたところに、俺も膝を曲げて体を沈めてからの低空スマッシュ。
だが、振りが大きすぎたな。
王子はその場で床を転がって俺から慌てて距離を取る。
俺もちょっとチャンスだと思って大技をいきなり繰り出しちまったから仕方ねえが……
「おお、どうだ? 天使が床を転がり回る感覚は」
「ッ、坊や!」
そして、これで向こうも開眼だけでなく、目の色が変わった。
「もう……油断しない!」
俺をただの坊やとしてでなく、強敵として認識したって感じだ。
「ギガローズソーン!」
床に両手を添えて、怒鳴るように魔法を唱える王子。
その瞬間、床から太く刺々しい薔薇の蔦が顔を出して俺に襲いかかる。
捕まったら身動きを封じられてしまうだろう。
だが、もうこんな虚仮威しは俺には通用しねえ。
「大魔ソニックフリッカー!」
「なっ……ッ!?」
音速の左の衝撃波。
向こうが巨大な薔薇の鞭なら、こっちは拳の鞭だ。
俺に向かって伸びる薔薇の蔦は全て弾き、それどころか砕く。
「な……拳で? 僕のギガ級の魔法を!? これは、魔法? いや、これは体術?」
「どうした? ウダウダ考えて。そんな暇はあるのかよ」
「っ……ギガローズウィップ!!」
次々と床から出現してくる蔦を片っ端から俺が砕く。
砕かれてボトボトと蔦が床に落ちていく中、それを死角にして俺は動く。
「いいのかい? 自分で見えにくい状況を作ってどうすんだ?」
「ッ!?」
「アース・ミスディレクション・シャッフル!」
そのうえで、俺は更にフットワークでこの空間で動き回る。
「チョロチョロと……だが、どれだけ動き回ろうと、僕の紋章眼で……」
「捉えられるか?」
紋章眼。伝説と呼ばれているだけあって、王子はその眼を持っていることが相当の心の拠り所になっているんだろう。
確かに、俺もこれが初めてだったら、その眼の能力を脅威に感じていただろう。
だが……
『恐れることはない。何故ならば、所詮こやつは生温い天の国でヌクヌクと育った者。一方で貴様は、歴史に名を残す百戦錬磨の六覇であるヤミディレの紋章眼と戦い、乗り切ったのだ。自信をもって翻弄してやれ』
そうだ。こいつは……ヤミディレよりも弱い。ビビる必要なんて何もない。
「くっ、ぬっ……右? 左? っ、後ろに? ばかな……な、なんだ? ちょこまか……腕が、頭が、視線が……」
「魔法は見切れても、俺の動きまでは見切れないだろ? 大魔ソニックフリッカー!」
王子が俺の動きを捉えようとする眼球の動き、それの裏をかくかのように、そして撹乱させるように、意味があって意味のない動きをすることで翻弄する。
そのうえで、拳を繰り出し、ついには王子を捉える。
「うぐっ、ぐっ……速いッ!? つっ、痛っ……」
「オルアアアアアッ!!」
王子が咄嗟に両腕を交差してガードしようとするが、俺のフリッカーはガードの上からでも肌を裂いていく。
顔への攻撃が嫌なのか、ガードが上がっている。自分で目を覆ってどうする?
そういうことするなら、セオリー通りに……
「大魔ボディブローッ!」
「うぶっ?!」
さっきと寸分違わぬ同じ場所にもう一度叩き込む。
悶絶したように一瞬でつま先から頭のてっぺんまで痙攣したように震え嗚咽する王子の顔面は完全に無防備。
その顔面に叩き込む。
「大魔コークスクリュー!」
相手の頭を破壊するための拳。ひねりを加えてよりねじ込む。
手応えあり。
「ガッ……かっ、う……」
俺に殴られ、床に叩きつけられるようにしながら再び転がる王子。
これで決定的。
こいつの紋章眼は俺を捉えきれない。
「バカな……僕が……手も足も……紋章眼を持つ僕が……そんなこと……」
「くはははは、節穴なんじゃねーのか?」
俺の言葉にムッとしたように顔を上げる王子。
だが、その綺麗で彫刻みたいだった顔が腫れちまっている。
「よくも殴ってくれたね。ダディにも殴られたことがないのに」
「そうかい。だが、それがどうした? 殴られることがいいこととは思わねえが、殴られたこともないやつには、負ける気がしねえ」
「ッ……な……に?」
負ける気がしないとはいえ、だからって侮って油断はしねえ。
今、相手は倒れてるし隙だらけに見えるかもしれねえが、ちゃんと俺との距離を王子も考えて、俺が距離を詰めようとした瞬間、さっきと同じ魔法で床から薔薇の蔦を出そうってんだろうが、そうはいかない。
「大魔ソニックストレートッ!」
「くわっ?!」
離れた距離から衝撃波。
たとえ紋章眼を持とうとも、俺のパンチについてこれない以上、倒れた態勢から回避できるわけもなく、再び王子は転がった。
「ガハッ……ば、かな……僕が……手も足も……強い……これほど……強かったのか」
俺に痛めつけられ、思わずそう漏らした王子。
だが、それでもそのまま這いつくばるわけではなく、痛む体に鞭打って起き上がってきた。
「だが……君がどれほど強くとも、ここから先に行かせるわけにはいかない! ダディに……失望されてたまるか! 僕を認めさせるためにも……負けられない!」
そう叫んで再び戦意を瞳に宿して構える王子。
そして俺は今の言葉に少し引っかかった。
こいつの父親は天空王。だから、こいつが天空王を守るのは「父親であり、家族だから」と思っていたのだが、今こいつは「父親に認めさせる」と言っていた。
「なんだ? お前、親父に認めてもらいたいのか?」
「……気にするな……君には関係のないことだ」
自分でも失言だったと思ったのか、慌てて口を押える王子。
しかし、その様子を見て、俺は不意に口をついたように言ってしまった。
「親父に認めてもらうためだけに頑張る……か? 随分と……視野の狭い野郎だな」
「な……なに?」
そのとき、俺の耳元で……
『うむ、ブーメラン』
と、腕組んでるトレイナがそう突っ込んだがそれは無視。
「聞き捨てならないな……大体……君に何が分かる! 僕の何が……」
そして、こいつの人生を何も知らず、何も関係のない俺が言った言葉に、当然こいつも反応する。
だが、俺はどういうわけか……
「お前の視界や……お前の世界には親父しかいないのか?」
「……え?」
「お前は親父に認められたいんだろうが……俺は俺を、いつか世界に認めさせる!」
別に説教するつもりもないし、それこそこいつとは何も関係ないはずなのに、言ってしまった。
すると、王子は少しポカンとした顔を浮かべるものの、すぐに笑って……
「はは……世界がどうとかなんて……そんな大きなことは、まずは僕を倒してから言ったらどうだい?」
「ああ、秒でな!」
駆け出して、一瞬で距離を詰める。
王子も即座に反応。
両目を大きく開けて、俺のあらゆる動きに対応して見切ろうとしてくる。
だが、俺は……
「フェイントは、しないことで、逆にフェイントになることもあるんだぜ?」
「あっ……」
そして、俺の左は見てから反応するんじゃ遅い。事前に予測しないと。
だから、裏をかかれたならば……
「あっ……」
王子の下顎を掠めた俺の左。次の瞬間、王子は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。
「かっ、あ……あぅ……あ……」
正面から、何の小細工もフェイントもない単純な左ジャブ。
それが逆にフェイントとなって、王子はまともにくらって、そのまま脳を揺らされてダウン。
目の前に倒れた王子を見下ろして俺は拳を握りしめた。
王子は決して弱くは無いはず。ましてや、伝説の魔眼を持っている。
だけど、こうして勝ったのは俺だ。
何だろうな。俺……
『ああ、童。まあまあ強くなっているではないか。やはり、マチョウ、そしてヤミディレ、冥獄竜王との戦いを経て、更に磨きがかかったな』
「……おう……」
そして、その言葉が今の俺には何よりも嬉しかった。
クロンがいなければ、この場でガッツポーズしてはしゃいでいたかもな。
そうだ、別にいいんだ。
親父に認められなくても……自分を自分として認めてくれる奴が居れば……少なくとも、今の俺は……
『……だから……筒抜けだと……』
それでも、嬉しいから俺は構わずそう思ったことを、そのまま心の中で思ってやった。
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