第202話 幕間(王子)

 侵略者の報告を受けてダディの元へと駆け付けた僕に命じられたのは「待機」の一言だけ。

 余計なことはするなという言葉を受け、僕は出撃できぬまま、ただ宮殿から街を見下ろすだけ。

 僕の小鳥や、守護部隊たちも戦うことが許されずに民の避難誘導のみ。

 戦っているのは、ダディのゴーレムのみ。

 しかし、そのゴーレムも、地上人たちの怒涛の勢いに押されている。


「むぅ……なぜ、あの魔族の女はアースと手を……うぅ、後で絶対教えてもらう! それまでは、貴様らを穿つ!」

「ふふふふふ、おやおや坊ちゃまもモテモテですねぇ~、嬉しいと同時に少しイライラしますねぇ~」

「まぁ、私はハニーが少し他の女に触れたぐらいで怒るほど心は狭くないわ? ただ、面白くはないから、憂さは晴らさせてもらうわ」


 ダディの強大な力を前に一歩も引くことなく、一つの意思の下に団結した地上の戦士たち。


「アースの仲間が手を貸してくれるとは頼もしい。自分はマチョウという。名は?」

「リヴァル。……あなたはアースの力を知って……?」

「良く知っている。先日あいつと戦い、そして負けた」

「ッ!? ……そうか……俺と同じだ。俺もあいつに負けた」

「ほう」

「アースは……あなたほどの者にも……勝てたと……」

「ふっ、まあそういうことだ。なら、負けた者同士。ここで雪辱といこうではないか」

「……ああ、賛成だ」


 まるで、雑談をしながら次々とダディのゴーレムを蹴散らしていくその強さ。

 彼らの戦いを見ているだけで胸が熱くなる。

 そして同時に、その牙がこの天の世界に食い込んでしまっている事態に、危機感を抱かずにはいられない。

 それなのに、僕は未だにここにいる。



「ダディ!」


「……なんだ!」



 もうこれ以上は我慢できない。

 そう思って王座の間にてダディに進言する。



「僕に出撃の許可を! 彼らは手練れだ。しかし、ダディのゴーレムたちに加え、戦乙女騎士団と守護天使部隊もこの戦いに投入すれば……」


「黙れ! 出来損ないの貴様らが魔眼で操られる方が面倒だと言っているのが分からんのか! 下がっていろ!」



 しかし、苛立つダディは僕に対して不快そうな顔しか見せずに、まったく聞き入れてくれなかった。



「ダディ……しかし、僕の紋章眼ならば必ず抵抗することが……」


「おのれ……下等生物どもめ……図に乗るな? ワシの魔力ならばさらにゴーレムを強化できる! もしくは……奥の手を使って……」



 もう、ダディの視界に僕は入っていない。

 全て一人で戦い、仲間も、部下も、家族の手も借りようとしない、天空王。

 僕がもっと強く、頼りになる存在であれば何か違ったのだろうか?


「ひははははは、ま~、ガンバレガンバレ、ディクく~ん」


 しかし、そんなダディだが、たった一人だけ言葉を聞く存在が居る。

 それは、この国で唯一ダディのことを「ディクテイタ」の名からあだ名のように「ディク」と馴れ馴れしく呼ぶ存在。


「友よ。笑っている場合ではない! お前も奴らのことを知っているのなら、全てを話せ」

「ひはは、いやいやいやいや、オレもね、な~んか分からなくなってね、もう普通にパナイ驚いているのよ」

「なに?」

「……まっ、意外な子も来たみたいだし……ちょっと、ちゃんと教えてもらわないとね~……あのお嬢ちゃんに」

「ぬ? 誰のことだ?」

「ほら、あそこの笛を……って、ディクちゃん、テレパシー切ろうね?」

「ぬわっ!?」


 そう、ダディも友の助言は聞く。

 友? 数年前にこの国に現れたあの男。

 あの男の存在が無ければ、ダディは天空王になれなかっただろう。

 ゆえに、ダディはあの男のことを誰よりも信用している。

 そう、家族である僕なんかよりもずっと……


「僕が……出来損ないだからか……僕が……」


 僕がもっとできる子であれば……?



「おい、ガアル! いつまでそこに突っ立っておる! お前もサボってないで、民たちをもっと遠ざけろ! これからワシのゴーレム魔法の最終奥義……五体のグレートクラウドゴーレムを合体させ……『究極完全体グレートクラウドゴーレム』を召喚してくれよう!」


「おお! それはそれで、また盛り上がる! いよっ、流石は天空王!」

 


 僕がもっとできる子であれば……ダディの期待に応えられるような……出来損ないで……いや……


「……違う……僕は……出来損ないなんかではない!」


 結果で証明してみせる。

 僕が出来損ないではないことを。

 新たなる天空王となったダディ。その子である僕のことを……認めさせてみせる! 

 必ず!


「ひはは……あ~あ……ガアルちゃん……そういう短絡的なところが君は……」

「ん? どうした? 友よ」

「いーや、何でも♪」


 出撃だ。

 このままダディ一人に押し付けるようなことはしない。

 

「皆、僕だ。ガアルだ。天空戦乙女騎士団、全隊員に告ぐ」


 今、この宮殿の戦士のほとんどが出払っているため、宮殿には僕の走る音しか響かない。

 だが、言い換えれば戦闘準備を整えた戦士たちが既に外に待機しているということだ。

 ダディの指示に背くことにはなるが、全ての責任を僕が負うことで、待機している全戦士たちを今すぐ……


「おっ」

「あら?」


 え……?


「なっ、なに?」


 宮殿の大階段を下りて、正門から外へと出ようとした僕の目の前に……


「バカな……君たちは……!」


 なぜ? 彼らは地上で会った……僕の頬を傷つけた男と……あの人形の……


「へへ……まさかこんな形で再会できるとはな」

「どうも、お邪魔します」

「君は……君たちは……どうしてここに?」


 だって、彼らは街でゴーレムたちと……それなのに二人だけでこの城に……ヤミディレの救助?

 いや、それとも……


「天空王とやらはどこに居るんだ?」

「ッ!?」


 目的はダディ! 他の者たちが広場でゴーレムたちと戦って気を引きつつ、少人数でダディの元へ……この二人が?


「……教えると思っているのかい?」

「なら、聞き出すさ」

「行かせると思っているのかい?」

「なら、押し通るさ」


 そう言って、彼は何の迷いもなく正面から一歩前へ出る。

 この僕を相手にまるで余裕の笑みを浮かべながら。


「……分からないね」

「あ?」

「……何故ここまで……」

「お前らが、クロンや皆から大事なもんを奪っていったからだろ?」

「……ヤミディレのことかい? 君たちは、彼女が一体どれだけの―――」

「ああ、もうそういうのはどうだっていいんだよ」

「ッ!?」


 許されぬほどの罪を犯した大罪人であるヤミディレを助けるために、ワザワザ地上からこの天の世界まで命を賭して乗り込んできた。

 何故それほどまでに? と僕が疑問を口にしようとすると、彼は鼻で笑って更に前へ出た。



「あいつが本当はどういうやつで、どういうことをしたやつでとか、そんなんじゃねーんだよ。ただ、あいつを失いたくないと思っている奴らが……あの国に……俺が仲良くなった奴らに多く居た……だから、俺はそれの力になってやるだけだ」


「なん……だと?」


「そう。こんな俺を……俺を俺として認めてくれた奴らに……報いてやりてえ。俺の理由はそれと……あと、テメエらにやられた借りを返してやりてえってことだな!」



 一瞬、僕は目の前の男の言葉に戸惑ってしまった。

 僕よりも背が低く、僕よりも年齢は遥かに下だと思われる人間の男。

 だが、そんな彼の言葉が――――


「いくぜ! ブレイクスルー!」

「ッ!?」

「アース・ミスディレクション・シャッフル!」


 これは、地上でやられた彼の独特の闘法! 


「させない! 紋章眼―――」


 だが、同じ技は通用しない。僕の紋章眼で見切―――


「大魔ボディブローッ!」

「うぷっ!?」

 

 ……み、き……る? え? な……んだ? 内臓が……体が……体内で……


「うぷっ、ぐ、がはっ!」

「なんだ? 男のくせに、随分と柔らかい腹筋だな? 一発で片膝つくなんてな」


 バカな! 地上で見たときよりも遥かに複雑で……速く……それに……な、なんだ、このパンチは!? 

 い、一撃? この僕が? 

 地上では既に疲弊していた彼だったが、本当は、こ……これほどの……



「これは地上でやられた分だ。そこをどけば、そのイケメン面はボコボコにしないでやってもいい。だが、立ちはだかるならどうなっても知らねえぞ?」


「こ……この……」


「さあ、討ち入りに来てやったぜ!」



 そのとき、僕は僕より小さく若い目の前の男が、とてつもなく大きく見えた。

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