第200話 熱い
トレイナが何かを引っかかっているようだが、どちらにせよ俺たちがやることは変わらない。
「それでは、皆さん! 私の目を見てください!」
俺がクロンに合図を送り、クロンが頷きながら皆を呼んで魔眼を開放する。
「暁光眼発動! 『魔瞳術・プラシーボキアイダ』!」
「「「「「ッッ!!??」」」」」
俺も含めて全員がクロンに暗示をかけられる。
「皆さん。敵は強大です。でも、皆さんならできます!」
俺たちならできる。
「私は皆さんが日々、どれほどトレーニングをしてきたのかを知っています。歯を食いしばって、ストイックに自分を高めてきた成果を発揮するのは今、この時なのです!」
気合いだ。
「何度でも言います。皆さんならできます!」
熱く滾る。
倒せ。敵を。
守れ。仲間を。
「皆さんが……私たちがやれなきゃ、誰がやれるというのです!」
俺たちがやらなきゃ誰がやる!
「さあ、いきますよ、皆さん!」
「「「「「うっしゃあああああああああ、いくぞおおおお!!」」」」
「いざ、尋常に! 天も世界も……」
「「「「「全員まとめてかかってこいやあああああ!」」」」」
天空に響く俺たちの雄叫び。空気が本来薄いはずのこの世界で、俺たちの熱気がビリビリと空気を弾く。
その声に圧倒されたのは、振り上げた拳の振り下ろし場所がなく、不本意に待機を命じられている天使の戦士たちや、何も知らない民たちだ。
そうだ。戦わない奴らは下がってろ。
ただし、かかってくるなら、全員ぶっ倒す!
「来るぞ、一人たりとも通すな! 力で倒し、体で止めろ!」
「おらぁ、股間のモッコリ何もない、モクモク野郎ども!」
「犯せぬなら、消してしまおう、雲野郎」
「ぶちかますでごわす!」
「カクレテールは魔極真だけじゃないことを、この七星の剣で証明しよう!」
「カバディカバディカバディイイイイ!!」
「ホワアアアチャアアアアアッ!!」
天使たちと違って、感情のないゴーレムたちは俺らの気合に臆することなく淡々と襲い掛かってくる。
だが……
「地上をあまり舐めないで欲しいかな! せいっ! はっ!」
「天の人たち~、速さがちっと足りないんじゃないっすかー! はっはー!」
男も女も関係なく、一個の塊となって猛る俺たちを、ただのゴーレムに止められるものじゃない。
「ブツブツ……そうです……あのゴーレムを大魔王トレイナに見立てましょう……フフフフ、大魔王を一殺、大魔王を二殺、大魔王を三殺……おやおや、少しは気が晴れますねぇ」
ましてや今は、物凄い怖い顔をしながらゴーレムたちの首を刎ねていくサディスも居るしな。
「お、おいおい……なんだ、あの地上人たちはいきなり……」
「おい、ままごと騎士団、お前らの情報と少し違うのではないか!?」
「あいつら……強いんじゃ……」
「そんな……王子に手も足も出なかった地上人たちが……こんなに……」
「おい、まずいんじゃないか?」
「私たちも行った方が……」
そんな俺たちの乱戦を離れた場所で見守る天使たち。動揺が走っているのが見えるが、それでも王の命令に背いてまでかかってくる奴は居なそうだ。
そして……
【……ちっ……うるさい奴らめ……だが、これだけ暴れればすぐに消耗して動けなくなるだろう。先ほどは急に大人しくなって、持久戦でもするかと思えば、やはりバカだったな】
皆の暴れぶりに舌打ちするものの、天空王からは嘲笑の声が漏れる。
そう、確かにこの勢いはすごいかもしれないが、いきなりトバしすぎて、最初に懸念したようにすぐにバテるのではないか?
しかし……
『ふん。先ほどとは違う。クロンの暗示により、全員は頭の中の思い込みだけでなく、ちゃんと脳も肉体も反応している。引き上げられたモチベーションにより、やがて疲労や苦しみを快感に変えるようにな。その名も『脳内麻薬』。それに満たされた状態を、余は『マジカル・ランナーズハイ』と呼ぶ』
天空王の嘲笑を、トレイナは一蹴。
『暁光眼によって人為的にマジカル・ランナーズハイ状態となったこやつらは……しばらく、疲れを知らぬぞ!』
どうやら、まあ、そういった現象があるようだ。
確かに俺も、走り込みとかやりまくると、段々と疲れることもなくなってくるときがある。
むしろ、もっとやりたいとか。
クロンの暁光眼は常に俺たちをそんな状態にしてくれるってことのようだ。
「うほほほほほほほお、やばい! 女神様の目を見た後から……俺の股間がやばいことに! うおおお、もう雲野郎どもおお、俺のダッチハズバンドにしてやらああ!」
「なあ、おい。あっちの天使のイケメンたちにイッちゃだめか? くそ、なんて生殺し……ハアハアハアハア、もう雲野郎をメチャクチャにしても萎えることがねえ!」
「あああ、憎い! 思えば大魔王だけでなく、あのヨーセイという者も邪魔しなければ、今頃坊ちゃまは私のオッパイ祭りでヤメられない止まらない状態で、何だったらそのまま……嗚呼、憎い! 大魔王もヨーセイという者も憎い!」
「ちょっ、ダメ。熱くなりすぎて……マチョウさんの筋肉がもう素敵すぎるかな! いけない、こんなときに私ってば……でも、ああ、そんなマチョウさんの隣に立つ女として戦えるなんて、嗚呼、そしてこの筋肉はもう私のもので……ムズムズ悶々するかな!」
まぁ、一部危なくなってるのもいるけどな……
だけど、そろそろかな?
「よし、クロン」
「はい、どこまでも!」
あとはタイミング。この場から抜け出して、あの宮殿まで。
この第二陣の敵が居なくなれば……
「へっ、おらおらどうした天使共!」
「この程度で天とは、片腹痛い!」
「天空王の魔法とやらもこの程度か!」
「お前のかーちゃん、でーべそ!」
とにかく勢いある皆は敵を倒しながらも、しだいにより過激になり、ついには天空王にまで暴言を。
これはこれで大丈夫か?
まぁ、相手も王と名乗るからには簡単に挑発には……
【なんだと……? この下等生物共が! このワシに何たる……もう許さぬッ! ワシの力がこの程度? 目に物を見せてくれる! ええい、止めるでない、友よ! この者たちにワシの力を見せてくれる!】
って、挑発に乗るんかい!
なんか、傍に居ると思われる側近が止めているような様子だが、天空王は止まらない。
【新たにクラウドゴーレム三百の増援! さらに……さらに!】
まず、皆の怒涛の勢いに一気に数を失ったゴーレムをさらに生成して増やし……さらに……
【五体のグレートクラウドゴーレム!!】
なんというか……うん……次々と新たに生成された雲たちがくっついて合体していき、また随分とデカく、俺らに影を落とすような巨大な人型クラウドゴーレムを出現させやがった。
「でか……」
思わず見上げてそう呟いてしまう。
どうやら、天空王もマジのようだな。
『ふん、王でありながら……単純な挑発で我を忘れるとは……底が知れるな、天空王は』
「……………」
『おい、童。なぜそこで余をそんな目で見る?』
「……べつに……」
トレイナもチョイチョイ俺の挑発に……まっ、言わないでおこう。
だが、たとえ底が見えたとしても……
「ふっ、恐れるに足りません。あれほどの巨体、動きは鈍重なハズ。私のデータで―――」
「所詮見せかけ! 雲よりはるか上空の七つの星により―――」
腐っても相手は、天空王。
【グレートホワイトパンチ!】
「うぼっ!?」
「がっ!?」
デカ物に臆さずに身構えていた味方の何人かが、その拳一発で殴り飛ばされてしまった。
「リロン!? グランシャリオッ!?」
「なっ……あの大きさで、けっこう速い!?」
「ッ、サディスさん!? 頼む、二人を!」
「今ッ!」
かなりの威力の巨大なパンチ。同じようなことを出来るのがあと四体。
さらには、俺たちの周囲は何百ものゴーレムに囲まれている。
【まだいくぞ。天候魔法・メガストーム。天候魔法・メガサンダーボルト。天候魔法・メガスコール】
天空王がそう唱えた瞬間、グレートクラウドゴーレムのデカ物たちが一斉に、俺たちへ向けて魔法を放ってきた。
『童!』
「うおっ! ッ……大魔螺旋ッ!!」
咄嗟に俺は飛び出して、大魔螺旋の大渦で皆を守るようにして、敵の魔法を全て弾く。
その結果、何とか被害を受けずに済んだが……
【ぬっ……防いだか……ん? 友よ。何故目を輝かす?】
まさかゴーレムが魔法を使ってくるとは思わなかった。
「っぷは~……魔法使いやがったぞ!?」
「助かったか……すまん、アース」
「坊ちゃま、お見事です」
俺だけじゃない。全員思わず安堵のため息が漏れるが、それでもさっきまで意気揚々としていたのに、急に皆の顔が強張りだした。
「まさか、単純な命令しかできないと思ったら……その気になれば、ゴーレム全員が天候魔法を使えるってのか?」
『そのようだな。ゴーレムに魔法を使わせる……そこそこ高度な技術だ。腐ってもそれなりだな……』
「ちっ! これって結構手ごわいぞ!」
今まで単純な動きしかしなかったクラウドゴーレムだが、さっきよりも手ごわく、そして何よりもバカでかいゴーレムが五体。
【ふん、少しはできるようだが……しかし、いつまで耐えられるかな? このワシに……天に逆らった罪、毛穴の奥まで思い知るがいい!】
天空王が挑発に乗って本気を出してきたってことだ。
だが……
『なに、臆するな、童。これだけ力を出したということは、天空王はかなりの魔力を消耗しているはず。それにこのゴーレムの精度と込められている魔力から、天空王の魔力容量が大体計算で分かる。対峙すれば……ヤミディレよりも遥かに容易く倒せるはずだ』
それでもトレイナの冷静は変わらず、むしろこれをチャンスかのように俺に告げる。
確かに、当初の作戦通りに行くなら、多少きついかもしれないが俺が行くしか……
「アース。ここは何とか堪える。アレは自分が何とかする」
「マチョウさん?」
「だから、お前は女神さまと……」
マチョウさんが険しい顔で俺に耳打ちしてくる。
自分が一人で引き付けると。
だが、流石のマチョウさんでも、あの五体を一人では……
「坊ちゃま、上です!」
「ッ!?」
そのとき、ウダウダしていた俺の頭上から巨大な白い拳が振り下ろされる。
しまっ、油断ッ!?
大魔螺旋……間に合わな……
「ッ!?」
そのときだった。
「え……?」
俺の足元が突然発光し、同時に魔法陣が出現した。
それが一体何なのか、俺には全く分からなかったが……
『これは……転移魔法陣……』
トレイナがそう呟いた。
転移? 何で? 新手? 一体誰……
「やった、ついに成功だ!」
「……え?」
突如魔法陣から現れた予想外の……え? なんで……
「まったく……って、なにあの大きいの!? いきなり!? うわ、わ、ええい、メガウインド!」
現れた奴は、登場して突然視界に入ったグレートクラウドゴーレムの姿とその攻撃に驚きながら、咄嗟に風の魔法を放つ。
それは、特に詠唱したり、力を練ったりして出したわけではない魔法。
にもかかわらず、その威力はまるで暴風のようで、グレートクラウドゴーレムの拳を弾き飛ばした。
「ふ~、びっくりした……。にしても、ここが……カクレテール? 今まで結界が張られて弾かれてしまったけど、急にそれが無くなったと思って試してみたら……それにしても、状況がまるで分らないや……でも……どこでもいいかな? 会いたい人には会えたしね」
そう言って、辺りをキョロキョロ見渡しながらも振り返ったそいつは……これほどの魔法を放ちながらも、俺に対してニコニコした童顔を向けてきた。
「あ……あの方は……」
「誰かな? あのかわいい子は?」
「ウホッ、好み」
「?」
突然現れたそいつに、サディス以外の皆が首を傾げている。
だが、俺はよく知っている。サディスもだ。
「なん……で……」
そんな俺が、ようやく口にできた言葉はそれだけだった。
「ねえ、アース。この方は誰です? ……って、アース! 後ろです!」
「ぬおっ!?」
やべ、ボーっとしてた。
後ろから数十のゴーレムたちが俺を……
「何でだと? ふざけるな、理由が必要か?」
「我らからいつまでも逃げられると思うなよな? なぁ、アース……って、おい! そそそ、そのててて、手を繋いでいるのは、だだ、だ……れ? おい!」
うそだろ? 背後から俺に襲い掛かってきたゴーレムたちを、一瞬で切り刻んで、突いて砕いたこの二人。
長髪長身のイケメン剣士と、高慢な態度で俺を睨みつける槍使いのお姫様と……
「ふぇーん、どうして私まで……って、あれ? ここがカクレテール? 違う……雲? え? あれ? ……あ……ひょっとして……ここは……『あの方』が……!?」
ってええええ!? あれええ!? こいつに関してはマジで何で?
笛を持ってキョロキョロ周りを見渡して驚いた表情を浮かべている、引っ込み思案な元クラスメートの女子。
そして……
「雲の上? ここは空の上なのかしら? でも、空の上は凍えるような世界だと聞いたことあるのだけれど、とても暑いわ。いいえ、熱いのね。ほとばしるパトスが私の体を熱くするの。そう、これは恋!」
どういう組み合わせ!?
もう、なんつーか言葉が出ない。
長い黒髪を靡かせて……俺にゾッコンだと……告白してくれた美少女……
「ハニー。まだ純潔は無事かしら?」
あるええ? ええ? う、お、ええ? ええええええ?
「そして……随分と仲良く手を繋いでいるのね」
「……え?」
「でも、その人なのね? ようやく再会と同時に、出会うことが出来た……魔族だったのは意外だけれども……」
そしてその女は俺が手を繋いだままのクロンを見て……
「あなたがサディスさんね?」
「……はい? いいえ? 違いますよ?」
「……?」
「?」
そして、二人同時に首を傾げているが……ゴメン、俺も首を傾げたい。
何でこの「五人」がここに居るのかを。
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