第199話 行くべき

「ぜー、はー、ぜー、はー……ふぃ~……僕、もう限界なの~ん」

「ヒーちゃん!」


 そのとき、俺たちをここまで運んでくれたヒルアがついに体力の限界を迎え、ゼーゼー言いながら雲の大地に着陸した。

 とはいえ、ここまで連れて来てもらえたのだから十分。

 俺たちは誰も文句を言わずに、雲の上に着陸した。


「くっ……ついに地上人たちが我らの国に足を……」

「おのれえ……今すぐにでもこの手で……」

「やめろ。王の言葉を忘れたか?」


 そんな俺たちのことを悔しそうな表情を浮かべている天使たち。

 遠目で今にも飛び掛かってきそうな形相だが、それでも離れた位置から俺たちを睨んでいるだけだった。


「おい、天空王様は一体何を仰られているのだ?」

「それに、何で私たちが戦ってはいけないの? 私たちが、この天を守る戦士だというのに!」

「ゴーレムに戦わせて、戦乙女である私たちが民の避難誘導しかできないなんて……」

「ちっ、なんでだよ……ままごと騎士団ならまだしも……俺らまで……」

「なんですって? 私たちがままごと?」

「それにしても、先日のヤミディレの捕縛も我々に最後まで任せず、途中で王自らが……我々は信用されていないのか?」

「分からないわ。でも……王の仰られた通りに……」


 この国を守るため、俺たちを取り囲んで捕まえようとした天使たちだったが、天空王の言葉に止められて戦いから遠ざけられることになった。

 そのことに一部の天使たちが不満の表情を浮かべているのが分かる。

 

『なるほど。やはり、ヤミディレが先日叫んでいたように……新たなる天空王というのはあまり慕われていないようだな……ならば、いくらでもやりようがあるな』


 そんな天使たちのボヤきすらも見逃さず、トレイナは色々と悪い表情を浮かべている。

 もうトレイナの頭の中で一体いくつの策があって、どんな悪いことを企んでいるのか、気になる一方で、少し怖い。


『いざとなれば、この天の世界を構成している魔力核を破壊すればよい。この雲の世界は、大量の魔力の循環によって固められてできている。しかし、魔力である以上それを司る核がある。あの城の丁度真下あたりだろう。そこを大魔螺旋で破壊すれば、この雲の世界は一瞬で消滅する。それを交渉の材料に使っても……』


 あのぉ、トレイナさん。俺にしか聞こえないからって、物凄い怖いことを言わないでくれ。

 サラッとこの国を消滅させる方法とか言われても、流石に俺もそこまでのことは、「よっしゃあ」とか言ってできねえぞ?


【さあ、我がクラウドゴーレムたちよ。その不届き者たちを押しつぶすがよい!】


 と、そのとき、再び天空王の声が響いた。


『っと……童。今はこっちだ』

「ん? あっ……」


 天空王の言葉で一斉に襲いかかってくる敵。

 一方で、俺たちの目の前に現れた新たな敵に対し、既に抑えきれない男たちが飛び出した。

 

「何がゴーレムだ! 俺の拳で砕いてやらァ!」

「いくぜ、俺たちの力を見せてやれ!」

「魔極真を知れ!」


 この状況を打破するため、俺が何かを言う前に、血気盛んな野郎たちがヒルアの背中から飛び降りて、群がる雲のゴーレムたちに挑んでいった。


『あまり前に行かせすぎるな。ここでの役目はあくまで持ち堪えることだ。自分たちから打って出てどうにかなる数ではない』

「お前ら! すぐに飛び出すな! ちゃんと最初で決めた三人一組で、ヒルアを守るように戦え!」

「坊ちゃま。どうやら、皆さん聞こえていないようですね……」


 さっきまで投擲とか限られたことしかできなかった皆からすれば、今は足場のあるところで思う存分暴れられるという状況。


「ちっ、しゃーねーな! こうなったら俺も少しは敵の数を……」

『やめておけ、童。大した魔力を使われていないゴーレムに、あまり体力を使うな。奴らにもそう言え』

「だけど……」

『あのゴーレム一体の力は、道場の連中でも一人で倒せるレベル。だが、それが返って悪い意味で奴らを調子に乗らせてしまい……気付けばペース配分を忘れてすぐにバテる』


 トレイナはそう言うが、そう簡単に収まるもんじゃない。


「魔極真一本背負い!」

「七星の剣に刻まれよ!」

「魔極真正拳突き!」

「どすこいいいいい!」

「へ、なんだよこいつら、大したことねえぞ!」

「よし、ドンドンぶっ潰せ!」


 そして、トレイナの言う通り、相手の数は多いが一体一体の力は確かに大したことがない。

 だが、そのために皆が休む間もなく暴れて、このままでは……


「魔極真ダブルラリアット!」

「「「ッッ!!??」」」


 そのとき、マチョウさんが剛腕振り回して、竜巻のようなものを発生させて、次々とクラウドゴーレムを吹き飛ばしていく。

 そのあまりの破壊力に、野郎たちも少し呆気に取られてしまった。

 すると……


「皆よ。アースの指示に従え。これは喧嘩ではなく、大事なものを取り返すための戦いだ」


 熱くなって舞い上がっていた皆の気を引き締めさせるために、ビシッと一言。


「そうかな、皆! バラバラで戦っちゃダメかな!」

「魔極真ヌンチャク術! ホワチャ~~、アチャ! ワチャチャチャチャチャ、ホワチャァ!! ……ふう……さっ、少しスッキリしたところで一旦戻るアル」

「たのんますよ~、お兄さん方! ヒーちゃんはバテバテで動けないんすよ?」

「そうなのーん、誰か僕を守ってなのーん!」


 マチョウさんに続いて、ツクシの姉さんたちも一言告げて、興奮していた皆もようやくハッとしたように頷いて元の位置に戻りだした。

 

『やるではないか』

「流石、マチョウさん。頼りになるぜ」

『ああ。こやつが適任だろう』

「だな」


 仮に別動隊で天空王を倒しに行くとしても、マチョウさんがいれば……なら……



「よし、皆。少し予想外なことになったが、落ち着いてくれ。どっちにしろ今から乱戦に入る。ヒルアを取り囲むようにしてこの場所を本陣として守り切る。だけど、それだけじゃ勝てねえ。そこで……俺がこの乱戦から抜け出して、ドサクサに紛れて天空王をぶっ飛ばしてくる」


「「「「「ッッ!!??」」」」」


「この数のゴーレムとの乱戦だ。一人ぐらいいなくなっても分からねぇだろうからな」


 

 まあ、作戦と言うにはあまりにもシンプル過ぎるけどな。要するに、皆が頑張ってる間にコッソリ抜け出して敵の親玉を倒すってことだしな。


「お待ちを、坊ちゃま。一人では危険です! でしたら私も……」

「サディス……そうだな……来てくれたら心強いけど……」

『ダメだ。その女は皆の武器も持っているだろうし、回復も使える。対魔法や状況判断も臨機応変にできる。この場に残ってマチョウのサポートをさせる方が良いだろう』

「……マチョウさんのサポートを……」

「……それを言っているのは坊ちゃまですか? それとも、私には見えない……ダレカサンデスカ?」


 恐い。俺が心配だと言ってついてこようとするサディスに対して、俺が残るよう言うと、何だか物凄い殺意のこもった目が、俺の傍らに向けられる。


「確かに一人では危険アル」

「そうかな、アースくん。せめてもう一人ぐらい……」

「あんちゃん!」


 とはいえ、俺一人で行くのはどうかという意見は他からも出る。

 俺としてはトレイナも一緒に居るから別に大丈夫なんだけどな。


『中途半端に人数を割くのは得策ではない。童ならば一人で十分だろう。だが、あえて連れて行くとしたら……』


 すると、トレイナが誰かの名を言おうとする前に……


「私も連れて行ってください、アース!」

「クロン!?」

「私、行きたいのです! いえ……私は行くべきだと思うのです。私は行かないとダメなんです! どうしてだか分かりませんが、そう思うのです!」


 クロンが手を上げて名乗り出た。


『まぁ、それがよいだろうな。暁光眼の暗示で皆を強化したあとは、幻術の効かないゴーレムの敵しかいないこの場では他に役に立つまい。むしろ、守られる対象となる分、足手まとい。それならば童と行動して、あの天空王の元へ連れて行く方が良いだろう』


 そして、トレイナもクロンを連れていくことに反対はなく、むしろ提案しようとしていたみたいだ。


「……坊ちゃま……」

「……そういうことみたい」

「ぬっ、ぐっ……」


 俺はサディスに「トレイナも賛成している」という意味も込めて頷くと、サディスは露骨に悔しそうにしている。

 なんだか、サディスがますますトレイナへの憎しみがましてそうで、視線が痛い。


「おい、第二陣が来るぞ!」

「モクモク野郎どもが……来るならきやがれ!」


 っと、いつまでも作戦会議している場合じゃない。

 マチョウさんたちにふっとばされたゴーレムたちだが、次々と雲の大地から生成され、そして増殖していき、俺たちを取り囲みながら輪を狭めて来る。


「よし、クロン。行くか」

「ッ、はいっ! ありがとうございます! 不束者ですが、よろしくお願いします!」

「……あの、それはちょっと不適切な発言……」

「はい?」


 ちょっとクロンの発言に調子がくるってしまいそうになるが、気を取り直して俺はクロンの手を繋ぐ。

 離さないようにしっかりと握り絞める。


「よし、自分たちはアースと女神さまが作戦を完遂できるまで、ここで粘るぞ? 歯を食いしばって耐え抜くことは、自分たちの得意分野だろう?」

「マチョウさんの言う通りかな! ここを守り切るかな!」

「三人一組で固まって、調子に乗り過ぎない!」

「治療が必要の場合は私を呼んでください。すぐに駆けつけます」

「さあ、来るアル!」

「「「「「おうッッッ!!!!」」」」」


 皆も納得したようで改めて気合を入れて構える。

 だが、今度はすぐに飛び出したりしないで、あくまで待ち構えるように。


【なんだ? 勝手に暴れて調子に乗って自滅するかと思ったが……持久戦のつもりか? ふふ、醜いあがきを……】


 そんな俺たちの様子を見て、天空王が嘲笑う。

 だが……


【言っておくが……ん? どうした、友よ。なに?】


 ん? なんだ? 急に……



【他に狙いがあるかもしれない? どういうことだ? 戦の基本は大将首? それはどういう……っ、しま、テレパシーを繋いだま――――】


『ん?』



 今、天空王が誰かと話をしていた? 近くに誰かいるのか? 

 テレパシーを繋いだままというウッカリを見せていたが……


『……ふむ……』


 すると、今の出来事にトレイナは何か引っかかったのか、顎に手を置いて宮殿をジッと見ていた。


『……周りからあまり慕われていない様子ではあるが……それでも、王に助言できるものは傍に居るのか? そして、その助言を素直に王が聞くような存在が……意外だな……』


 それって気にすることなの……いや、トレイナが気にするってことは、ひょっとしたら何か重要なことが?

 だが、どっちにしても、今はもう行くしかない。

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