第198話 雲

「あそこよ! やっぱり、例の地上人たち」

「まさかこんな所まで来るなんて、男たちは何をやっているの?」

「どちらにせよ、返り討ちよ! 私たちの国に手出しはさせない!」

「民の避難も急いで!」


 雲の城から次々と出てくる女たちは、地上を襲撃してきた女たちだろう。


「うおおお、汚らわしい侵略者たちめ、貴様らにそれ以上は行かせん!」

「もう手加減はせん! 本気を出そう!」


 そして、雲の下から俺たちを追いかけてくる男たち。

 いくらこっちが鍛えられた選りすぐりの男たちや、サディスも居るとはいえ、数の差は激しい。

 囲まれて戦えば、消耗する。

 いくら暴れに来たとはいえ、それは効率的じゃない。


「どうするのです? 坊ちゃま」

「アース」

「あんちゃん」

「ひゃっー、またいっぱい来たのん!」

 

 流石にこの人数だ。全員を相手にしていたら、こっちが不利だ。

 だが 俺たちの味方には効率よく敵をまとめてオネムにできる奴がいる。


「大丈夫、心配いらねーよ。クロン、準備しろ」

「はい、分かりました」


 ようやく自分の出番が来たと、クロンが強く頷いた。

 そう、敵がどれだけ来ようとも、クロンの超強力な魔眼があれば……



【愚かな……せっかく生き永らえられたというのに……低能な猿どもの考えは理解できんな】


「「「「ッッ!!??」」」」



 そのとき、その声が俺たち全員に響いた。


「この声は……」

「あのときの!」


 思わず表情が強張ってしまう。


「これは……陛下!?」

「天空王ッ!? なぜ、自ら……」


 そして、突然聞こえたその声には俺たちだけでなく、天使たちも驚いた様子だ。

 そう、その声の主は、天から巨大な魔法でカクレテールを破壊した、あのクソ野郎の声。

 天空王と呼ばれるこの国の王だ。



【ヤミディレを処刑するまでは……ワシは本当に貴様ら地上に手を出すのは……『先延ばし』にする予定だった。それがまさか、ここまで乗り込んでくるなど……正気とは思えんな】


「……テメエ……」


【しかし、ここまで来たのなら、ヤミディレとの約束も反故しても問題なかろう。ワシらの国に攻め込んできた野蛮で低能な猿たちを、防衛のために始末するのだからな】



 天空王の呆れたような声が響き、俺だけでなく、道場の連中も皆がイラついた表情を浮かべている。

 そう、誰もが相当、この野郎に溜まっているんだ。色々なもんが。

 すると……


「たとえ私たちが野蛮であったとしても、これ以上大切なものを傷つけられるのも、失うのも、そんなことを黙って受け入れる気はありません!」


 俺たちに響き渡った天空王の声に対して、クロンが懸命に声を上げた。



【貴様、例の人形娘だろう? ヤミディレが居なければ何もできない存在が、一体誰にそそのかされてここまで来た?】


「そそのかされてなどいません! 背中は押してもらいましたが……ここまで来たのは、自分の意思です!」


【何?】


「あなたたちが私たち地上に住む者たちに対してどうしてそのように思うのかは分かりません。ヤミディレが過去にあなたたちに何をしてしまったのかも知りません。でも、知らないからって、黙って滅ぶことも失うことも受け入れることはしません!」



 クロンは天空王に対して一歩も引かない。

 強い瞳と声で、「戦う」という気持ちを前面に見せている。

 そして、その気持ちに同調するように、皆も声を上げる。


「そうかな! 大神官様は絶対に助けるかな!」

「そうっす! 私たちは家族なんす!」

「ここで黙って師を失っては、何のために強くなったのか」

「俺らの国をメチャクチャにした落とし前はちゃんとつけさせてもらうぞゴラァ!」


 自分たちも同じ気持ちだと、一斉に声を荒げて叫んだ。

 すると……



【ふっ。貴様ら数十人程度の寡兵で何ができるというのだ? だが、分かっている。人形娘よ。貴様が、紋章眼と同等の魔眼を持っているとな】


「ッ!?」


【威力偵察に向かわせたガアルたちには使わなかったようだが、ここで使われる方が面倒。そしてそれが貴様らにとっての心の拠り所だというのなら……こうしてくれよう!】



 そのとき、天空王が自信ありげに、クロンが魔眼を持っていることを口にした。

 知っている? クロンが暁光眼を持っていることを?


『……何をする気だ?』


 天空王の自信に、トレイナも様子を伺うような表情を浮かべる。

 一体何を……



【我が配下たちよ……そして、ガアルの部下共……全員下がって民たちを遠ざけていろ。混乱して同士討ちなどされるほうが迷惑だ】


「「「「「天空王ッ!?」」」」」


【その程度の雑魚共など、この偉大なる天空王自らの手で抑えてやろう】



 まさか、ここに来て、数百や千にも上る大軍で押し寄せようとしていた天使たちの翼を止めさせる。


『……にしても……暁光眼を読んでいたか……意外だな……まぁ、クロンの存在を知っていたのなら分からなくもないが……』

『トレイナ、どうする? 本当だったら、敵を眠らせたり混乱させたりで、そのドサクサに紛れてヤミディレを奪還する算段だっただろ?』

『なに。別にそこまで切羽詰まる必要はない。策は色々と考えてはいる……が……』


 流石はトレイナ。これぐらいじゃ大した動揺はしていない様子。

 冷静にこの後、天空王が何をしてくるのかを伺っている。



『この場に居る限り、地上の時のように大呪文や砲撃を使ってこちら側を殲滅することはできまい。この街も被害を受けるからな。とはいえ、王自らが馬鹿正直に姿を出すとは考えにくい。となると……味方の軍を退かせて、こちらに攻撃する手は何かといえば……』


『……何かといえば……どーすんだ?』


『……『ゴーレム』……か?』



 トレイナが呟いたその時だった。



【天候魔法・クラウドゴーレム!!】



 天空王がそう唱えた瞬間、俺たちの足場の固まった雲が徐々にモクモクと盛り上がり、やがてその雲が何百もの人の形となって俺たちの周囲に出現した。


「ちょっ!? なな、なにかな、これ!」

「……ゴーレム……一度にこの数を?」

「ごご、ごーれむってなんすか、サディス姉さん!?」

「奇怪な……」


 それは、俺も初めて見る魔法。雲がゴーレムとなって人の形を?

 土の塊で造ったサンドゴーレムや、鉄くずを固めて動かすアイアンゴーレムとか、水とか炎とかのゴーレムも確かにあるけど、雲のゴーレムなんて初めて見た。


『一体ごとの力は大したことないが、そこそこ数が多いな』

『マジかよ……トレイナ、どうする?』

『貴様ら全員で暴れ回ればなんとかなるかもしれんが……消耗と……数は減るな』


 数が減る。それが示す意味は単純に「味方に死人が出る」ということと同じだ。

 もちろん、戦いに来てるんだ。そうなる可能性だってあるさ。



【聞いているぞ? 暁光眼とやらとは直接対峙するな……とな。そして、ゴーレムに幻術は利かぬ】


『……聞いている? 暁光眼対策をこの世界の者が? ……誰からだ?』


【さあ、始めて……そして終わらせてやろうぞ!】



 トレイナが天空王の言葉に何か引っかかりを感じたみたいだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


『まあよい。この数のゴーレムだ。あまり複雑な命令はできまい。倒すのはそう難しくはないが……それでもやはり、魔力の元を断たねばいつまでも出てくる』

『魔力の元……つまり……』

『天空王を始末する。それが最優先事項だな』

『ッ!?』

『まずは、クロンの幻術で味方全員を強化してから別動隊を編成し、天空王を叩くのだ』


 天空王を倒せ。そうしなければこの状況は変わらない。

 つまり、誰かがここから飛び出して、天空王の元へと行かなくてはならないということだ。

 誰が?


 そんなもの……だが、ここで考えている時間も……

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