第195話 幕間(暗黒戦乙女)

 まさか……まさか……生きていたのか? この男は!

 しかし、もう十年以上も昔に死んだはず。

 偽物? しかし、この醜悪な空気は……聞いただけで殺意が芽生えるようなこの声は……


「っ……襲撃だと? このエンジェラキングダムに?」

「はい! 今、守護天使部隊の『男たち』が出陣していますが、敵は未知数! 私たちももしもの時のために―――」

「分かった、すぐに向かおう!」


 それにどうなっている? 襲撃? 醜い生物?

 分からない。一体何がどうなっているのだ?


「あ~あ、これだから若者は~。ダメじゃない、オレを残して行っちゃうなんて……別に何もしないけどさ。今は……ね」


 そして、急報を受けて慌てて駆け出すあの若造の足音が遠くなると同時に、あの男が愉快そうに笑いだした。


「さ~て、ヒハハハハ、改めて……おひさ~」

「……貴様……」

「そんな反応するなよ~、姉御~、なんなら……牢から出して……助けてあげようか?」

「嘘をつけ」

「ウン嘘♪」


 やはり、間違いない。

 この声だけでなく、この私を相手にどこまでもどんなときでも小ばかにするような態度を取るのは、過去において一人しかいない。


「貴様は……七勇者の……剣聖と大魔導士に殺されたはずでは? 生きていたなら何故……」

「何で魔王軍に帰ってこなかったか? まぁ、当時のオレは……ぶっちゃけ戦争に飽きちゃったからねぇ」

「ッ!?」

「オレよりも大魔王様の方が良い作戦を考えるし~、それならいっそ死んだふりして~村人になってスローライフを満喫したり~、たまには世界を旅して遊んで回ろうかな~っとか」


 飽きた……? 何を言っているんだ? 死んだふり?

 バカな! バカな! たとえ、どれほどのゲスとはいえ、この男もまた神に選ばれた存在の一人。

 そんな男が飽きた?

 私が、私たちが、遥か昔から続く大戦。一体何千何万の命を懸けたと……


「ヒハハハハ、説教する気ならやめよーぜ? もう終わったことだし、オレに何を言っても無駄なことは姉御も知っているだろう?」

「ッ……」


 そうだ、この男の言う通りだ。

 この男と話をしていても、ペースを乱されるだけ。

 私が怒れば怒るほど、こいつは余計に嬉しそうに機嫌よくなるだけだ。

 乱れるな……


「おい……貴様は、なぜ……エンジェラキングダムに?」

「ん~? ただの隠居先の一つだよ。あと、天使の女とヤッてみたかったから♪ 姉御みたいな美人な女がいっぱい居る楽園だったら、一度は行って、思う存分に天使の女たちとヤリまくりを楽しんで見たかったんだよねぇ」

「な……に?」

「三~四年ぐらい前かな? この国を見つけたのは」


 落ち着くために話題を変えたというのに、この男は……


「でも、ダメだねえ。天空族の女も、羽が生えて、骨の上のツラの皮が少し人より優れてるだけで、ヤッても特別なことは特になかったねえ。どんな美人も三回ヤレば飽きた。それにどいつもこいつも、甘い顔して口説いたらすぐに落ちるほどチョロくて達成感ないし、頭がお花畑だったり思い込みが激しかったりで、最近ではうっとおしいぐらい」

「っ……」

「ああ、王子には内緒ね? 女をバカにすると怒っちゃうから」


 もうこれほど不愉快極まりない気持ちになるのは一体何年ぶりだ? 

 かつての仲間が生きていたというのに……いや……こいつは……仲間だったのだろうか?


「まっ、でも食っちゃ寝、飲んじゃ寝、騒いじゃ寝、ヤッて寝、そんな毎日の繰り返しをここで過ごしていたよ。何百年も戦争ばかりだったオレには、空を漂うだけのこの雲の世界は心の平穏そのもので、何だかんだで気づけば数年間は悠々自適に過ごしてたよ」

「……心の……平穏? 貴様が? 何をふざけたことを」

「いいじゃない、平穏。雲はいいよ~、漂うだけだから。人間関係、くだらない政治、策謀、偽善、全てを忘れさせてくれる」


 これほど「死んでいればよかったのに」と思うとは……


「そうやって平穏を過ごしていた貴様は……何を考えている?」


 だが、一方で分からない。

 この男は一体何を考え、何を企み、何が目的なのか。



「ん~……まっ、平穏にノンビリ過ごしていたのだけど……でもね、変わらない天気もいい加減飽きるもの。漂うだけの雲も、時には雷を落としたり、雨雲になったりして、荒れた天気になってくれないと、刺激を感じず腐っちゃうわけだしねぇ」


「……そのために……ディクテイタに協力を?」


「人聞きが悪い。誘導したと言ってくれ。でも、ちょっと政治や人の関係弄って耳打ちするだけで、天使共も地上や魔界と変わらない、醜い勢力争いとか繰り広げちゃって、久々ウケたよ」



 そういうことか……どうしてずっと世界に不干渉だった天空族が今さら世界を獲りに来たのか……大体どうしてディクテイタのようなカスが天空王になれたのか……この男の策謀が裏で動いていたのか。


「ま、あとはオレもオレなりに不完全燃焼だったところもあったのかもねえ」

「なに?」

「魔界史上最高は大魔王様。魔界史上最恐はハクキの旦那。で、オレは? たぶん、魔界史上最悪の魔族かな? なら、適度に荒らさないと」


 そして、私としたことがマヌケなことを疑問に思ったものだ。

 この男が何を企んでいる? 何が目的? 

 そんなことを疑問に思っても仕方ない。


「戦後から十五年。地上の各国も発展して、魔界も落ち着き、両世界とも次世代たちが育ち始めた。寿命の短い人間たちを考えると、ヒイロもマアムも、他の七勇者共も今がまさにピーク。過去の人魔の戦争パーリーを超えるものを生み出すには、今でしょ!」


 何故なら、この男が何を企んでいようと、この男の目的は昔から一つしかないからだ。



「マジで今やるのが一番楽しいっしょ! 絶対に! オーイエイ! マジでパネエっしょ!」



 そう、こういう男だ……昔から。

 どうして神は……かつて、この男に私と対等な地位を与えたのだ?


「で、このまま姉御には開戦の合図を兼ねて死んでもらおうかなって思ってるんだけど、ちょっと聞きたいことがあってね。それで天空王に頼んで話の場を設けてもらったんだ」


 そして、今度は向こうから……というより、本題か?

 この男はこの男で私に聞きたいことがあるようだが……クロン様のことか?

 それだけは何があろうと……


「あっ、ちなみに聞きたいことは、あんたが十五年も遊んだお人形さんのほうじゃないから」

「っ、貴様!」


 クソ……忌々しい……こんな状態でなければ……一体この男を何度殺していたことか……くそっ!

 大体、クロン様の事ではないのなら、一体この男は何を……



「オレもね……色々と帝国の情報は仕入れていたんだけど……アース・ラガンって何者だい?」


「ッ!?」


「この数カ月、あんたの所に居たんだろ?」



 それは……予想外ではあるものの……ある意味で納得のいく質問だったかもしれない。



「実は二十年ぐらい前から、帝国にはオレの息がかかった人間をスパイとして潜り込ませていてね。オレが死んだふりをして戦争から手を引いている間も、そいつを通じて、今の帝国の戦力、家族構成、次世代たちの力や魔力量も情報としてもらってたんだ~」


「なんだと? そんな奴が? ヒイロやソルジャに気づかれることも無く二十年も?」


「ふふふ、それだけ優秀なんだよ。ちゃんと溶け込んでいるからねぇ。今ではもう結婚して子供も生んでるしね……『コアソ』って言うんだけど……って、まあ、それはどうでもいいか」


 

 知らなかった……そんな人材まで居たとは……。

 それこそ、そのスパイの情報をかつて我ら魔王軍も把握していれば……かつての戦争でも色々とやりようはあったのに……この男め……



「だからこそ、アース・ラガンも当然チェックしていた。だが、そのガキの数値が大幅に変わった。少なくとも、剣聖の息子に勝つ実力もなかった。何よりも……ブレイクスルー? 大魔螺旋? 何で?」


 

 だからこそ、こんな男の疑問に答えてやる必要はない。まぁ、実際私も知らないが。

 だが、これだけは言える。



「なんで? 決まっている。クロン様の運命の相手。アース・ラガンは最後の鍵であり、大魔の後継者だからだ」


「ああ、ダメだ。やっぱ会話通じねえや、このクソ女。まっ、あんたはそういう奴だけどね。そういうとこ、大魔王様も呆れてたよ。つか、何で大魔王様は、あんたなんかを俺と同じ地位にしてたのやら……」


「それは、こっちのセリフだ!」



 私のその言葉を鼻で笑いながら口汚く罵り、そのまま奴が踵を返す音が聞こえた。



「とにかく何者であれ、あのガキは……今後の世界の流れのキーパーソンだと睨んでいるよ、オレは。是非ともオトモダチになりたいな。友愛の精神で。そして、あとは本人に直接聞こうかな?」


「なにっ?」


「たとえ、仲違いしようともヒイロの息子だ。なら、あのガキは来るさ。ここまでね。ひょっとしたら、さっきの襲撃云々は……」


「ッ、ま、まさか!?」



 まさか、アース・ラガンがここまで? どうやって? 醜い生物に乗って? いや、確かに方法は分からないが、ありえなくはないかもしれない。

 戦略を駆使したとはいえ、この私を倒したあの男ならばひょっとしたら……。

 待て、それはそれとして、先ほどの話だと……醜い生物が、地上人「たち」を乗せて……と言っていたな?

 一人じゃない? まさか、他にも? マチョウか? いや、クロン様は? まさか、そんなことは……


「ヒハハハハハハハハ! さあどうなるかな? いいじゃない、いいじゃない! 用意したイベントと客だけで盛り上がるだけじゃつまらない! パーティーには常にサプライズが付きまとう! 未知の存在? 心の底から大歓迎! さあ、パーティーを盛り上げるか台無しにするのか、どちらでも構わない! どんなに荒れようとも、楽しめたならオレの勝ち! さあ、盛り上がっていきまショータイム!」


 そんな私の気持ちを逆撫でするように、悪魔の愉快な笑いが響いた。

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