第196話 石

 かなり空気が冷たく感じるようになり始めたころになって、ようやく雲の向こうから真剣な顔した天使たちのお出ましだ。

 自身の翼を羽ばたかせたものも居れば、神秘的なペガサスに跨っている連中も出てきた。


「坊ちゃま」

「分かってる、全員気を引き締めろ! いいか、ビビった顔なんて見せるなよな!」


 天使? ペガサス? それがどうした?

 こっちはカバ……いや、ドラゴンだ! 

 ここから先、僅かでもビビれば相手に飲み込まれちまう。

 何が起こっても強気に行こうと、堂々と相手を睨む。


「それまでだ! これ以上の進行は許さないぞ! 穢れた地上の猿ども! 早々に立ち去れい!」


 防壁のように陣形を整えて、その中央の先頭で待ち構える一騎。

 あの地上に現れた、戦乙女たちとは違う。

 細身に見えてなかなか引き締まった筋肉を持った男たち。

 随分と鋭い目つきで俺たちを睨んでくる。

 まるでゴミでも見るかのように。


「我らはエンジェラキングダムの『守護天使部隊』! この千年、一切の外敵の侵入も許さなかった鉄壁の部隊なり! それ以上この国に近づくのであれば、我らが天に代わってお仕置きだ!」


 強い口調と、自信に満ちた堂々とした姿勢。

 気になるのは、皆があの「王子」とかいう奴と同じような整ったツラだということだ。

 なんというか、こっちはムサ苦しい男集団。

 対して向こうは、全員が女にキャーキャー言われてそうな、劇団員たちに見える。

 だが……


「早速言ってくれるじゃねぇか。そして、都合がいい」


 俺が思わずそう呟くと、マチョウさんたちも頷いた。


「アレが天使か……だが、確かに都合がいい」

「そうアル」

「ああ。またあのカワイ子ちゃんたちが現れたら困ったところだ」


 地上に現れたあの戦乙女たち。

 もしまたアレと戦うことになったら……やりにくかった。


「うほっ、なかなかいいケツ!」

「果たして俺の股間を超える野郎はいるかな?」


 相手は天使とはいえ、男。

 ならば、思いっきりぶん殴れる。


『千年の間、一度の侵入も許していない? つまり、千年も大した敵に襲われたことも戦ったこともないということだ』

「ああ! このまま―――」


 俺の隣でそう告げるトレイナ。つまり、そういうことだ。


「待ってください、アース! その前に、ちゃんとお話をしておくのは礼儀です!」


 とりあえず、このまま特攻! と、告げようとしたら、クロンが制止した。


「おい、クロン。んなの別に……」

「いいえ。たとえ戦いになるにしても……いいえ、戦いになるからこそ、せめてこういうのは必要だとヤミディレから聞きました」


 俺たちを率いる頭はあくまでクロン。

 そのクロンから、まずは言うべきことを言う。

 そんなことやってないで、とっととぶちかませばいい気もするが……


『まぁ、確かにそういうのは無くもない。やらせてやれ』

「ったく……それなら……」


 まあ、トレイナがそう言うなら別にいいか。

 そう思って俺もクロンに頷いてやった。


「というわけです。ヒーちゃん、少し止まってください」

「えっ!?」

「天空族の皆さん! 私たちは地上からやって来た――――」


 だが……



「って、止まるって……そんなこといきなり言われても無理なのーーーん!」


「「「「……へっ??」」」」


「僕、もうめちゃんこ本気の勢いで飛ばしてるのん! 止まったら重くて落下しちゃうのん! このまま突っ込むしかないのおおおおん!」


「「「「ッッ!!??」」」」



 いきなり戦争をするのではなく、まずはクロンから口上なり宣戦布告なりから始める流れになるところだった。

 だが、俺らを背負って飛んでいるヒルアはこれで限界ギリギリ。

 今、停止したらそのまま勢いを失って二度と浮上できずに落下してしまう。

 そんなことを言われたら……


「さあ、今すぐ立ち去れ、地上の下等生物共! さもなくば……さもなく……っておおい、聞け! 聞いているの……いかん、止まらん! 総員構えよ!」


 もう突っ込むしかない。


「ああ……えっと、そんな……う~……でしたら、天使の皆さん! お邪魔しまーーーーす!」


 俺たちに強い口調を浴びせて追い払おうとする天使の男たちだったが、こちらが止まる様子がまったくないと分かり、慌てて仲間たちに指示。

 慌ててクロンも一言。

 そして次の瞬間には……



「ったく、仕方ねえ! やるぞ!」

「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」」


「ええい、来るぞ! あんな醜い生物と下等種族を我らの国に決して入れるな!」

「「「「「了解ッッ!!」」」」」

 


 始まったのだった。



『童! 貴様とメイドとワチャは船首に立って蹴散らせ! クロンは温存!』


「いくぞ! 俺とサディスとワチャで前方の敵を蹴散らしていく! クロンは俺たちの後ろに控えてろ!」


『船の後ろには、マチョウ組を立たせろ! 後ろから来る敵はそやつらに跳ね返させよ!』


「マチョウさん、ツクシの姉さん、カルイ! 最後尾を頼む!」


『残る者たちは左右に分けて防御と迎撃だ! 特に、ヒルアドォンの翼への攻撃は何があっても防がせよ! 下からの攻撃も警戒しろ!』


「残る皆は左右を防御! ヒルアが落とされないように守り切れ! 敵が下から攻撃してくるかもしれねーから、それも気を付けろ」



 トレイナの指示を皆に伝えて、俺は船首に立って待ち構える。

 対して雲の向こうから現れたペガサス騎士や天使たちは続々出てきて数百は見える。

 そして、先頭の天使の指示なのか、皆が上下左右に広がりだした。



『……敵は……広く展開して囲むか。都合がいい。真っすぐしか飛べないヒルアドォンを考えると、正面の壁が薄くなるから、そのまま正面突破がしやすい』


「っしや、ヒルア! 敵は俺らに任せろ! お前はそのまま真っすぐ進め!」


「ひゃああああ、そそ、そんな、で、でも怖いのん!」


「ヒーちゃん、私たちがついています! だから、頑張ってください!」


「クロンおねーちゃんのためなら火の中、水の中、雲の中なのん!」



 ……俺の言葉には後ろ向きだったくせに、クロンの声には……ますますこいつとは気が合いそうだと、俺は笑ってしまった。


『敵を近づけるな。武器を』

「サディス!」

「承知しました。ヒルアくん、少し重くなりますが我慢してください。それでは、皆さん!」


 こちらも船上での配置に着いて構えると同時に、サディスが魔法によって異空間からドバドバと武器を取り出した。

 弓などの武器も転がっているが、皆がそこから迷わず取り上げたのはダンベルの重り。

 さらには、投石用の石などだ。


『太古より、投石は立派な戦術だった。技術の発達と共に、投石機やスリングなどが開発されたが、従来は人力で投げるもの。さあ、鍛えられた者たちよ。貴様らの肩を見せてみるがよい!』


 屈強な男たちが石などを持って笑みを浮かべる。

 相手は魔法やらを駆使して天空を飛び回る天使だというのにだ。


「ふははは、なんだあいつらは! 石ころやガラクタを持ってるぞ?」

「流石は地上! 蛮族の発想だ!」

「誇り高き天の力を見せてくれる!」


 当然、そんな俺らを敵連中は滑稽だと嘲笑する。


「打ち落とせ! 天弓部隊ッ! 一斉射出!」

「「「「「了解ッ!!」」」」」


 そして、俺らを見下したまま、天使連中は配置について一斉に攻撃をしかけてくる。

 風などの魔法を纏って強化した弓が一斉に放たれる。

 だが……


『童、最初が肝心だ。敵の度肝を抜け』

「いくぜ! 大魔螺旋・アーススパイラルトルネード!」


 放たれた弓は、俺たちを取り囲むように出現させた、竜巻のような螺旋の大渦で全てを弾く。


「なに……?」

「魔法を使える奴も居たか……」

「構わん、続けろ! あの壁とていつまでも続くまい! ほら、現に風が少しずつ収まって……」


 もちろん、大魔螺旋をずっと出しっぱなしにはできないが、魔呼吸を使えばかなり長い時間までやろうと思えばできないわけではない。

 だが、先もまだあるわけだから体力の温存とあとは……


「よっしゃ、今だ!」

「「「「おうっ!」」」」


 みんなも、溜まっていた怒りやら鬱憤を発散させたがっているわけだから、俺もタイミングを見て大魔螺旋を解除し、そして……



「地上の石ころも……鍛えた肩であれば、天にも届くぞ? アースの大魔螺旋ほどではないが……螺旋を描いて突き進む石……魔極真ジャイロボールッ!!」


「よし、風が止んだ! 一斉に……へぶっ!?」



 地上にいくらでも落ちてる石ころが、天使たちに届いた。


「おっしゃ、マチョウに続け!」

「見せてやるぜ、マジカルベースボールで鍛えた俺らの肩をッ!」

「魔極真カーブ!」

「魔極真スライダー!」

「魔極真分裂魔球!」

「魔極真カットボールッ!」


 休む間もなく次々と、鍛えられた男たちの肩で勢いよく放たれる投石攻撃。

 所詮はただの石であろうと、勢いよく投げれば生身の天使たちも無傷では済まない。

 むしろ、下手に弓を構えたり、魔法を唱えたりするよりも早い。


「な、こ、これは!」

「なんだこいつら!」

「魔法じゃなくて、い、石やガラクタを投げてきて……」

「ええい、怯むふぼおおっ!?」

「次々と……ダメです、近づけませんッ!」


 次々と放たれる俺らの投石に、面を食らった天使たちの表情が次第に歪み始めた。


「くそ、な、なんだこの、や、野蛮な蛮族どもめ! 貴様らには誇りが無いのか!」


 だが、そんな文句を言っている間、動揺した敵の薄い壁を目掛けてヒルアは突き進む。 

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