第181話 俺が飛ばしてやる
俺の問いにクロンは一度空を見上げた。天空族たちの国であり、そしてヤミディレが捕らえられている場所。
「……あそこまで……遠いです……いっぱいジャンプしても、手を伸ばしても、届く気がしません」
両手を頭上に伸ばして背伸びするクロン。まるで、計り知れないほどの距離を測ろうとしているかのようだ。
「アース……あなたはあそこまで届くのですか?」
「さぁ、分からねえよ。試してみないとな」
「でも……私では無理なことですが……あなたなら可能性があるのですね?」
「……そうなるな」
自分では無理だと再認識し、その上で俺を見てクロンは言う。
「もし、私があなたのように届く可能性があったのなら……私は……きっと迷わなかったです」
「それがお前の答えか……」
「はい。私にそんな力があれば……私はすぐにでも空まで翔けていたことでしょう」
もし、クロンが一人であの空の上まで行ける力があったのなら、とっくに行っていた。
連れ去られたヤミディレの元へ。
それが、クロンの答えだ。
「マチョウさんたちも……手段があるなら喜んで殴り込みして、ヤミディレを助けるって意気込みだ……どうやら、ヤミディレはこの国にとっては、恩人でもあり、そして師匠でもあるわけだから……まぁ、見捨てることはできねーよな」
「そうですね。大神官として、更には革命派たちを率いた存在として、そして時には道場の皆さんを導く者として、ヤミディレは様々な立場でこの国の皆さんと関り、そして慕われてきました。そこに……人には言えない思惑があったとしても……です」
そう、クロンの言う通りだ。
この国に居たヤミディレは、元魔王軍の六覇大魔将軍としての顔ではなく、それ以外の顔で過ごしてきた。
教会のシスターや民たちの前では大神官として。
かつての内戦時は、市民を率いる者として。
そして、むさ苦しい男たちからは、自分を鍛えてくれる指導者として。
それらの顔を持ち、そしてそのどの顔に対しても慕う者たちがこうして大勢いる。
たとえ、ヨーセイのような奴が居たとしてもだ。
それを俺も認識したうえで、改めてクロンに問う。
「お前にとって、ヤミディレは一体どんな存在なんだ?」
なら、クロンにとってはどんな存在か?
大神官? 革命派を率いる者? 魔極真道場の師範?
そのどれでもないはず。
ヤミディレにとってクロンは特別だったからこそ、クロンにだけの顔があったはず。
すると、クロンは……
「分かりません」
「なに?」
「ヤミディレが私に尽くすのも、あくまで家臣としてだと線引きしていたようですけど……私はそれだけだとは思いませんでしたし、それだけだと思いたくありませんでした。でも、世間知らずだった私には、ソレが一体どういう気持ちで、どういう関係が相応しいのか、ハッキリと答えが出ませんでした」
ヤミディレとクロン。ただの主従関係ではないと言うものの、その関係がどういうものが相応しいかは分からないと呟くクロン。
だが……
「だから、今は後悔しています」
「クロン……」
「私には両親が居ませんから……ヤミディレは私を過保護に甘やかして……私はどんなふうに甘えればいいか分からなくて……だから……だから……」
そのとき、いつも優しく微笑むクロンが見せた、初めての表情。
「本当の気持ち……本当は呼びたかった呼び方……いっぱいいっぱいあったのに……結局私は何も伝えられませんでした!」
悲しさや後悔が入り交じり、そして涙を流すその表情。
その瞬間、俺の中で何かが熱く弾けた。
「んなの、まだ伝えようと思えば伝えられるかもしれねーだろうが! まだ……手遅れかどうかなんて誰にも分からねえだろうが!」
クロンのその涙を見て、そしてその言葉を聞いた俺は自然と叫んでいた。
「アース……」
「まだ……まだ……諦めず……もういいやなんて、そう思いさえしなければ……」
そうだ、クロンはまだ終わってない。
俺とは違うのだから。
――もう……いいよ……
そう、アカデミーの御前試合で全てを捨てた俺とは違う。
俺は後悔なんてしてねえ。
俺は諦めて、もういいやと思った。
――こんな苦しい思いをするぐらいなら……勇者の子供なんかに生まれたくなかったよ……『父さん』……
あのとき、十年以上の想いを込めて、俺は言ったんだ。
だから、俺はもう手遅れだ。
でも、こいつは違う。
まだ伝えられるはずだ。
まだ間に合うはずだ。
「クロン、行くぞ!」
「アース……で、でも……」
「このままでいいと思えないなら、ハッキリそう言えよ! 今、それを言えないと、一生後悔するぞ! 相手はいつまでも待っててくれないんだ!」
あの雲がいつまであそこに居るのか分からない。
そもそも、ヤミディレが今、どうなっているかも分からない。
だが、今すぐ動けばまだ何とかなるかもしれない。
逆に、このままウジウジしていたら、本当に間に合わないかもしれない。
なら、答えなんてもう分かり切っている。
「でも……動くと言っても……私はヤミディレのように飛べませんし……」
「だから、俺が居るんだろうが!」
そう、それが普通なら一番の問題だ。
空の雲まで飛ぶことのできない者には、どう足掻いても手が届かない。
しかし、手段が何もないわけじゃない。
「俺が飛び方を知ってるやつに聞いて、俺が飛ばしてやる!」
「アース……」
その手段を、知っている者が俺の傍に居るからだ。
『トレイナ……』
『戦う理由が見つかったか?』
『いいや。ただ、力になるべきだと思った』
『ふはははは、なんだそれは? まぁ……それが貴様のやりたいことなら、やってみるがよい!』
俺たちのやりとりを傍で見ていたトレイナが頷いた。
そう、手段があるんだ。俺も何かは知らないけど……
『では、準備をしよう。童……そしてクロン……二人は周囲に誰も居ない、そして何もない……そうだな……ヤミディレと戦ったあの場所ぐらい広々とした場所に移動しろ』
『俺と……クロンだけ?』
『そうだ。今の童の力だけでは難しいかもしれんが……クロンという存在が傍に居れば……『奴に話が通じる』可能性が高まるもしれんからな』
『奴?』
なんだ? トレイナは何をやらせようとしているんだ?
「あ~、とりあえず、俺とクロンでちょっと準備をする。皆は……あ~、マチョウさんや、ツクシの姉さんもサディスも、ちょっとここに残っていてくれ」
「坊ちゃま? 一体何を……」
「それが必要……らしい。方法は俺もまだ知らねーけど……」
「……ああ……そういうこと……ですか」
これだけでサディスは分かったようだ。
手の届かない雲の上まで届く手段がある。それが俺のアイディアではなく、トレイナのものだということを。
「え? 女神様とアース君で……何をしようとしているのかな?」
「ツクシ……ここは、坊ちゃまにお任せしましょう」
「サディス姉さんは何か分かるのかな?」
「分かりません……が、手があるのでしょう。そしてそれの準備に私たちは居ない方がよいのでしょう」
「どういう……ことなのかな?」
「さあ。ですが……坊ちゃま……そのアイディアを出した人物に伝えておいてください。無茶だけはさせるな、と」
皆もどんなアイディアなのかが気になる様子だが、サディスがそれを止める。
もっとも、サディスはどこか気に食わなそうにジト目……いや……俺にではなく、トレイナに向けてだろうけど。
「じゃあ、行くぞ、クロン」
「はい!」
とにかく今は動こう。クロンも俺を疑わずに純粋な瞳で強く頷きながら、俺と並んで走る。
で……
『で? どーするんだ?』
そろそろ俺にも教えて欲しいとトレイナに尋ねる。
すると、トレイナは……
『うむ。あの雲の上に行く方法なのだが……二つある』
『二つ?』
『一つは魔法で飛んでいくこと。ただし、生まれながらにして飛行能力を持つ天空族を相手に無闇に飛んで行っても、的になって打ち落とされるだけだ』
『ま、ま~、そりゃそうだろうけど……じゃあ、それがダメだとして、もう一つってのは?』
二つ方法があるが、一つ目の方法では無さそうだ。
となると、トレイナが提案するのはその二つ目の方法ということだが……
『空を飛べる者に連れて行ってもらうことだ』
『……は?』
いや……そりゃ、そんなことできるなら……最初から……
『例えば……空を飛べるモンスターなどだ』
『ッ!?』
まさか? 思わず俺は聞き返した。
『なあ、まさか……今から空を飛べるモンスターを捕まえろってのか? この国にそんなことができるモンスターが居るのか?』
『いいや、捕まえるのではない。仮にいたとしても、そんじょそこらのモンスターでは、同じように天空族やペガサスナイトたちにやられるだけ』
『?』
『そう、空を飛べるモンスターに連れて行ってもらうにしても……圧倒的な強さを持ち、天空族を国ごと相手にしても問題ないほどの怪物が望ましい』
いや~、いやいやいやいや、望ましいって……そんなことできるわけねーだろうが?
そんなとんでもない空を飛べる怪物を味方にして、連れて行ってもらう?
んなこと、どうやったら出来るって言うんだ?
『童よ。『召喚魔法』……そして……『冥獄竜王』……この二つを知っているか?』
そして、今から俺は衝撃的なトレイナの案を聞くことになり、そしてその説明を全て受けた後に、俺は心の底からツッコミ入れてしまう。
なぁ、トレイナ……空飛んで天空族とその国を敵に回すより……そっちのほうが難しくて命懸けでは? と。
――――――
読者の皆さまへ。
お世話になっております。
本作のWEBコミカライズが本日18時にアース・スター様の公式サイトで更新されます。ご興味ありましたらご拝読いただけましたら幸甚です。
引き続きよろしくお願い致します。
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