第182話 血

 召喚魔法。魔導士にとっては結構ポピュラーな魔法だ。

 契約した生き物を、魔導士の手によって、いつでも、どこでも、呼び出すことのできる魔法。

 アカデミーで習得する魔法ではないが、家系ゆえにフーや姫は使え、自分の召喚獣を持っていたな。

 ちなみに親父と母さんは使えなかったので、俺も使えない。

 とはいえ、契約さえできれば、それほど難しい魔法ではない。

 だから、やり方と、あとは契約した生き物さえいれば俺も習得できるはず。

 問題なのは……


「めーごく……りゅうおう?」

「はい? アース、何です? その、りゅーおうというのは」


 キョトンとするクロンは純粋にその名前を知らないのだろう。

 とはいえ、俺も知っているわけではない。聞いたことがあるだけだ。

 それこそ、絵本とか、御伽噺とか伝記とかで。

 ようするに、有名ではあるが、実在していたかどうかも分からない伝説上の存在。

 以前、チラッとトレイナが口にしたことあったけど、やっぱ本当だったんだ。


『冥獄竜王……遥か昔、余と魔界の覇権を争い続けた竜族の王。余に敗れ、その後は余の使い魔となったが、その力は間違いなく最強クラス』


 いやいやいや、そういうことじゃなくて……



『余の使い魔になったとはいえ、まぁ、色々あってな……貴様の父……ヒイロたちの世代との戦いでは召喚することもなかったので、奴の名は伝説だけが独り歩きしていたが……それでも呼び出しさえすれば……』


『それ以前に、あんたが契約したドラゴンなら、俺には召喚できねーだろうが!』


『その点は大丈夫だ。誰かの使い魔となった以上、その正式名称、特殊な魔法陣、古代詠唱を唱えれば、自分と契約していない使い魔を強制的に召喚することが出来る裏技がある。ある意味、強制転移とも言えるが』


『はっ!? 何それ!?』


『ただし、貴様の言う通り、貴様とは契約していないので、仮に呼び出したとしても言うことを聞くかどうかは分からぬがな……』


『ダメじゃん! 相手は竜王だろうが! 人間の言うことなんて聞くわけないじゃん! ってか、世界を滅ぼすんじゃねえのか!?』


『普通ならな。ただ、あやつは地上の支配や滅亡などに興味はない。余と争っていたのも、別の理由。あやつは少々普通とは違うので、意外とノリでどうにかなる可能性も無きにしもあらずで……しかも、今回はクロンも居る』


『ぬっ……?』


『あやつは、義理堅い。クロンが余と無関係な存在でない以上……そして更に貴様が余の技を受け継いだ存在であり……断固として折れぬ信念を見せつければ……あやつはそういうのが大好きだからな』



 なるほど。どういう奴かはざっくりとだが分かったが、とりあえずクロンにも来てもらったのはそういうことか。

 だが、それも全ては「もしかしたら」の運の要素がデカすぎる。

 トレイナにしては珍しく、人の情に訴えかけるような提案だった。


「アース。どうされるのです?」

「あ~、なんでも……ドラゴンを召喚して雲の上まで連れて行ってもらうんだが、そのドラゴンを手なずけるためにも、お前に協力してほしい……ってことなんだが……」

「ドラゴン!? それって、よく絵本とかに出てくる、あのドラゴンですか!?」


 ドラゴン。その響きはやはりいい。クロンも目を輝かせた。

 実際俺も普段ならそうだっただろう。

 ドラゴンに乗る。ドラゴンを倒す。そういうのはやっぱり男として憧れがあったりする。

 リヴァルが留学先でドラゴンを倒したと聞いたときは、かなり嫉妬したものだった。

 ほら、ドラゴンスレイヤーとか、物凄いカッコいい称号だし。

 だが、今回は普通のドラゴンじゃねえ。


「そのドラゴンで、しかもそれは……冥獄竜王の……え~っと、名前は……」

「ドラゴンのメーゴク……ッ!? 絵本で読んだことあります! 『冥獄竜王バサラ』という伝説のドラゴン!」

「ああ、そうそう、それだよ。へぇ~、お前も俺と同じ絵本を読んだことがあるんだな」

「はい!」


 おお、意外な親近感。まぁ、そりゃ有名だしな……



「勇敢なる『女勇者カグヤ』と、世界の存亡をかけて戦い、二人の戦いの影響で西の大陸に草一つ生えない巨大な砂漠地帯を作ってしまった……争いは決して何も生み出さないと最後に締めくくる、少し後味の悪い物語だな~と思いました」


「ああ、俺も子供の頃に読んだトラウマ絵本だったからな。ちなみに知ってたか? 女勇者カグヤって大昔に実在したかもしれない勇者らしくて、絵本に出て来た砂漠地帯の元となっているのが、実際に西の大陸にあるんだぜ?」


「まぁ、本当なのですか!? 私、てっきり絵本の中だけなのかと……そうだったのですか」


「らしいぜ? まぁ、俺は冥獄竜王そのものは作り話だと思っていたけどな……」


『ああ、童よ。それは少し違うぞ? カグヤとバサラが戦ったのは、この世界ではなく、月だ。懐かしいものだ……冥獄竜王と、三大魔眼の一つである月光眼を持ったカグヤ……そして実はあの時、シソノータミの――――』



 聞いてない聞いてない、何言ってちゃってんの?! 月? なんか、今、サラリととんでもないこと言ってなかった!? えっ、何? どーいうこと? トレイナ? でも、怖いからこれ以上は聞かない。


「コホン! あ~、とりあえず、絵本の話は一旦置いておこう。まずは、その竜王を呼び出すことからだ」

「はい! 私、何でも協力します! 教えて下さい、アース!」


 とりあえず、今のは聞かなかったことにしよう……っていうか、大丈夫なんだろうか? そんなバケモノを呼び出したりして。

 さて、トレイナ……


『うむ、まずは地面に魔法陣を描け。書くのは十二芒星だ』

「げっ……めんどくさ……そんなの書いたこともねえ」

「アース?」


 これまで、トレイナに習った古代魔法とか自分で魔法を覚えるときも、五芒星とか六芒星で、かなりポピュラーなものだったんだけどな。

 それだけで、今回使う魔法は、通常とは違う、かなり特殊な魔法陣を描かなくちゃいけないようだというのが分かる。


『本来ならこれで詠唱して強制的に呼び出すのだが、魔法の練度が低ければなかなか成功しない。そこで、魔法陣の上に一滴で良い……クロンの血を垂らせ』

「……え!? 血?」

「?」

『そうだ。クロンと余は……遺伝子情報が同じ……そのため、たとえ契約をしていなくとも呼び出せる可能性がグッと高まる……』

「いや、その、よく分からねえ理屈だけど……まぁ、あんたが言うなら正しいとしても……クロンの血って……」

「あの~、アース。どうしたのです?」


 俺の独り言に首を傾げる、クロン。

 こんな純真無垢な女の子に「お前の血をくれ」って、俺は変態か?

 ものすごい気が引けるが……


『おい、その程度のことで狼狽えるな。血を使っての召喚は意外とよくあるのだぞ? それこそ、ジャポーネの忍者戦士たちも、同様の術を使う』

『つっても、俺ならまだしも、クロンだぞ? こんな虫も殺さないような顔して、今までだって過保護に育てられて怪我もしたことないような子に、血をくれって……』

「アース。ち? 血の事ですか? 私の血が何か必要なのですか? それならば、どうぞ」


 そのとき、俺がトレイナの指示に少し戸惑っていると、キョトンとしながらもクロンは何の迷いもなく俺に腕を差し出した。


「ど、どうぞって……クロン?」

「私の血が必要なのでしょう? 何か針とか刃物でもありましたら……もしくは、私、自分で腕でも噛み切ればいいですか?」

「ちょ、ちょちょちょ!?」


 普通、「血をくれ」なんて言われても、嫌だろう。戦って怪我して血を流すならまだしも、戦ってもいないのに体を傷つけて血をワザと流すなんて……でも、クロンはまるで当たり前のように、まったく迷いなく受け入れた。


「お、おい、クロン……いいのか?」

「だって、そうしないと召喚できないのでしょう? どうして私の血が必要なのかは分かりませんが、アースが言うんですから、私はアースを信じます」

「……クロン……」

「そして、これがヤミディレを救うことに繋がるのなら……私の血など、いくらでも使ってください!」


 その瞬間、俺はクロンのことを少し見くびっていたことに気づいた。

 天空族たちがクロンに「人形」と言ったときには俺も怒ったが、何だかんだで俺もクロンのことを世間知らずな箱入り娘としてしか見ていなかったから……


「そうだな……。ああ」

「はい、では、た~んと持っていってください」

「安心しろ、少しだけだから……」


 こんなことで俺の方が戸惑うとは、クロンに失礼だったなと苦笑し、そしてヤミディレとの戦いでも使用した隠し持っていた針を、傷一つない真っ白なクロンの肌に俺は―――――



「あっ、でもあまり痛いのは……私……こういうこと、初めてで……できれば、優しくしてくださいね?」


「ああ。俺に任せろ」


「はい……私を……アースに委ねます」


「痛いのは最初だけだ。肩の力を抜いてリラックスしろ……」


「こ、こうですか? ……ん~、やっぱり少し強張ってしまいます……そうだ! アース……手を……握ってもいいですか?」


「……ま、まあ……そ、それで安心するなら……」


「ありがとう! アース……おっきい……そして、逞しくて温かい……」


「やめろ、照れるだろうが……」


「ちょっとドキドキしますけど……私、もう大丈夫です。アース……はやく……きて」


「あ、ああ……」


「あ、ん、……ッ!」


「クロン!?」


「だ、大丈夫です……さ、アース……続きです……アースの好きなようにしてくださ……んん!?」


「頑張れ。まだ、先っぽが少し――――」



 覚悟は決めたものの、やはり少しだけ緊張しているクロンを落ち着かせるために、俺もできる限り協力……



『たかが針をチクッと刺すだけで何をイチャ……だ、ダラダラダラダラしておるか! 見ていてイライラする! さっさとやらぬかぁ!』



 そのとき、トレイナが物凄い不愉快そうな顔で俺の耳元で急かしてきた。

 そして、俺はある意味で、クロンをキズモノにした。

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