第180話 気丈

「あら。皆さん、お揃いですね」


「「「「あっ……」」」」



 その時、集まっていた俺たちの所へ、あいつが来た。


「女神様! も、もう起きられて……」

「もう、十分グッスリ眠ったので大丈夫です! さぁ、怪我をしている人が居たら教えてください!」

「いやいやいやいや、朝から数百人もの手当てをして、一時間ぐらい前にお休みになられたばかりじゃないですか!」

「はい、皆さん大変なのに私だけお休みして申し訳ありません!」

 

 現れたのは、クロンだ。


「アースも元気そうで何よりです!」

「あ、おお……腕、ありがとな」

「どういたしましてです!」


 俺が目を覚ました時、グッスリ眠っていると思っていたが、どうやら少ししか休んでいないようだ。

 いつも健康的で元気な笑顔を見せていたクロンが、目の下にクマが出来ている。

 髪も少しボサボサで、明らかに疲れているな。

 ツクシの姉さんたちが慌てるのも頷ける。

 

「みなさ~ん、お体が痛い人は居ませんか~?」

「ちょ、女神様ッ!?」


 なのにクロンは、自分の身体などお構いなしに、笑顔を見せて元気よく広場に入って声を上げた。

 ヤミディレのことや、空のこと、不安なども含めて一切口にしない。

 そんなクロンの存在に気づき、街の連中もすぐに反応する。


「おぉ……女神様じゃ」

「女神様!」

「嗚呼、女神様……」

「あんなにやつれて……それでもワシらに笑顔を見せてくださる……」

「なんとありがたいことか……」


 クロンの姿を見て、皆がありがたそうに手を合わせて拝んだりしている。

 傷つき、疲れ切り、中には広場で安静のために寝かせられていた連中も慌てて体を起こして、涙目になっている。

 どうやら、直接何かをしなくても、そこに存在するだけでクロンは皆の支えになっているようだと感じさせられる。



「みなさん、なかなかごきげんようとは言えない状況ではありますが……どうか今は耐え忍んでください。私にできることは頑張りますから」


「女神様……」


「あら、おじーさん。歩きづらそうですね……腰ですか?」


「ひゃっ!? あの、め、女神様!?」


「はい、痛いの痛いの飛んでいけ~」


「な、なんということを?! め、女神様、ワシのようなジジイにお力を使う必要などありません! なんともったいない!」


「そんなことありませんよ。力があるのに使わない方がもったいないではありませんか」



 クロンが広場に入り、一人の爺さんの腰に手を添えて魔力を流す。それは治癒の魔法のようだ。

 気の抜けた詠唱ではあるものの、効果はやはりある様子。俺の腕もあれに治してもらったんだろうな。


「女神様、もう少し休まれてください!」

「そうです、我々はもう大丈夫ですから!」

「大神官様を連れていかれて、誰よりもおつらいのは、女神様でしょう!」

「そうです!」


 どうやら俺が思っている以上に、この国の人たちにとって、クロンとヤミディレの存在は大きかったんだろうな。

 これを見るだけで、どれだけクロンが慕われ、そして愛されてきたのかが分かる。

 それはきっと、ヤミディレのこともそうなんだろう。


「い・や・で・す! 私も一緒に頑張ります!」


 たとえ、この国の外の連中から見たら、全てヤミディレが仕組んだもので、クロンの存在を人形のようだと見られたとしても、それでもやっぱり……


「くぅ、よし! 僕たちもさっさと仕事に戻ろう!」

「オラァ! 女神様が頑張ってんのに、いつまでもダラダラしてられるか!」

「うん、そうだね! 空のことは怖いけど、怖がってても仕方ないよね」

「行くんだな!」


 クロンの姿に感化されて、モトリアージュたちも更にやる気を出して、仕事の続きだと走り出した。

 

「うん、私たちもかな!」

「そっすね!」

「アマエ、がんばる!」


 ツクシの姉さんとカルイもそうだ。

 この国に住む人たちは、そういう人たちばかりなんだろうなと、改めて気付かされた。


「色々と……複雑ですね……坊ちゃま」

「サディス……」

「人類の敵であった六覇……そして……あの女神様は……」

「ああ……気丈にふるまってんな……」


 そんな皆の姿を眺めながら、サディスは俺の傍らで少し複雑な表情を浮かべていた。

 まぁ、そりゃそうだなと、俺も苦笑しながら頷いた。


「で……サディス『は』これからどうする?」

 

 とりあえず、この国の連中は悲しみや恐怖に震えているままではなく、復興に向けて皆が頑張りだした。

 そんな中、元々この国の人間ではない俺たちはどうするのか?


「……私『は』……ですか。ただとりあえず……帝都で旦那様と奥様には天空族のことは話します」

「……まぁ……そーなるよな……」

「……で……坊ちゃま『は』どうされるのです?」


 実在した空の上の住人達。そしてそれが地上に干渉してきた。

 その事態を黙っているサディスじゃない。当然、親父たちには伝えるとのこと。

 そんな中、俺は?



「坊ちゃま、天空の世界は御伽噺だと思われていたものですので、現在この世界に彼らと戦いを禁ずる法律は存在しません……が……行動一つで大規模な戦争に発展する可能性はあります」


「ああ。でも、あいつらのやったことは、もう戦争そのものじゃねーのか?」


「だから、こちらもやり返す。そんな感情の総和がかつての人間と魔族の戦争を生み出したのです」


「……そうなんだろうな」



 幼かったとはいえ、戦争の時代に生きていて、そして戦争による悲しみを知っているサディスだからこその言葉。

 敵がその辺のチンピラではなく、種族であり、国であり、王である以上はあらゆる可能性がある。

 もうサディスから俺は卒業したとはいえ、それでも言わずにはいられないという感じで、サディスは俺に告げた。

 だが、サディスはそれゆえに俺を止めるのではなく……



「それでも、パンチを叩き込みますか?」



 あくまで俺に自分の考えを告げ、その上で俺の意思を確認するにとどめた。

 その問いに俺は……

 


「バカなことをする気なら……自分も手を貸そう、アース」


「「ッ!?」」


「自分も同じバカなのでな」



 すると、サディスの問いに俺が頷く寸前に、割って入ってくる声。

 振り返るとそこには……


「マチョウさん!? 無事だったか!」

「ああ。寝込んでいたが、女神様に治療していただいた」

「そっか……」


 マチョウさんだ。

 そして、居たのはマチョウさんだけじゃない。


「私も協力するアル。諸事情で」

「おう、あのふざけた奴らに挑むってんなら、俺らもやるぞ!」

「俺らは魔法で手も足も出なかったが、今度はそうはいかねえ! 投げてやる!」

「事情は聞いた。どんな反則を使ってでも、奴らを倒す!」

「お前さんもやるってんなら、これ以上頼もしいのはねえ!」

「相手の性別も関係ない。必要なら、天空の尻もぶっ壊す!」


 大会に出てた連中、あの現場に居た道場の連中、数十人の屈強な男たちがゾロゾロと俺たちの所へ来た。



「あんたら……」


「自分が寝込んでいる間のことは聞いた。師範が連れていかれたこともな。師範の過去や奴らの事情は知らないが……泣き寝入りするために、自分たちは己を鍛えてきたのではない。大事なものを守り、奪われたのなら助けられるようになるためだ」


「「「「「そうだ! 俺らの師範を攫われたまま黙ってられるか!!」」」」」


 

 ん~? っていうか、アレ~? なんか、一緒に乗り込もうぜ的な流れになってるが、ちょっとこれは予想外。


「マチョウさん……本気か?」

「あんなものにいつまでも空の上に留まられていては気になるだろうし、やはり師範のことを諦められない。奴らの元へ到達する方法があるのなら、自分たちも関わらせて欲しい」

「戦争するってのか?」

「奪われた我々の大切な人を奪い返す。それを戦争と呼ぶのならば、構わない。今のこの国があるのは、師範と女神様の存在無くしてありえないのだから」


 まるで一切の迷いなく、戦争になろうともむしろ構わない、上等だとでも言わんばかりの表情だ。


「さて、次は私もお料理のお手伝いです! 食材を取りに行ってきます!」

「あ~、もう……女神様……分かりました、私も行くかな? 女神様、お手伝いします」

「はい! お願いします!」


 と、そのとき、張り切って走り回るクロンがまた俺の前に現れ、そのまま俺たちの横を通り過ぎ――――



「女神様!」


「?」


「安心してください! 師範のことは、俺らが必ず救い出してみせますから!」


「ッ!?」



 って!? おいおい、誰だ今のは?! 

 クロンが俺らの横を通り過ぎようとしたときに、興奮した男たちの誰かがいきなりそんなことを言い出しやがった。

 そして、それを聞いてクロンは驚いたように目を大きく見開いた。


「そんなこと……できるのですか?」


 頑張って無理して作っていた笑顔が一瞬で崩れ、不安で崩れ落ちそうな弱々しい、今にも泣きそうな子供のような表情を見せた。


 ああ、やっぱり。


 本当は誰よりもヤミディレのことが心配で、気になって、でも皆を不安にさせないようにとそれを押し殺していたんだ。


「アース……できるのですか?」


 だがしかし、こうして人から言われてしまえばもう耐え切れないとばかりに、クロンは俺に尋ねて来る。

 なら、せめて……


「お前はどうして欲しいんだよ? いや、どうなって欲しいんだ? どうしたいんだ? クロン」


 女神としてではなく、お前の気持ちを聞かせてくれと、俺は逆に問うた。

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