第176話 制止

「君は、この国の人間かい? 他の者たちとはヤミディレやお人形に対する態度が違うように見えるが……」

「まーな。つか、クロンを人形とか言ってんじゃねえよ。そのスマートなツラを潰してやろうか?」


 勝てるとか勝てないじゃない。

 重要なのは、引き下がらないことだ。

 

「あは、あははははは! 面白いな! 面白い坊やが居るじゃないか地上には! 気に入った。君の名は?」

「アース・ラガンだよ」

「……アース……ラガン? ラガン? ん? どこかで聞いたことがあるような……まぁ、いいか……よろしくね、坊や」

「せっかく名乗ったのに、坊やなんて言うんじゃねえよ」


 俺の言葉と名を聞いて興味深そうに見てくる王子。


「にしてもそうか……君のような坊やがヤミディレを……すごいね」


 しかし、余裕のつもりか、それとも単純に無防備なだけか、俺から距離を取る様子もない。


「ヤミディレを……こんな子供が?」

「王子! お下がり下さい!」

「目つきの悪い人間……まさか、ヤミディレ以上の危険人物!?」

「ちょ、だから下がってください、王子!」


 そんな王子の代わりに他の戦乙女たちは慌て、そして俺へ警戒心と敵意を剥き出しにして構えて来る。

 もし、俺が何かをすれば全員飛び掛かってくる感じだ。

 流石にこの人数と、今の俺のコンディションじゃ……さて……どうしたものか……


「まったく、心配性な小鳥たちだ。でも、そうだね……」


 そして、俺が「マジでどうしよう?」と悩んでる最中に、王子は告げる。



「そんな才気あふれる坊やを、こんな形で消してしまうのは惜しい。だから……ここは下がってもらえないだろうか? そうすれば、ヤミディレとお人形以外には手を出さないし、このまま黙って帰ろう」


「……なに?」


「破格だと思わないかい? だって僕たちは先王の時代とは違う。その気になれば、いつでも空からこの花畑を業火に包むことができるのだから」



 ふざけ――――



「「「「「ふざけるな、テメエェェェ!!!」」」」」


「そんな条件、飲めないかな! 私たちの大神官様も、女神様も……たとえ、正体が何であろうと、連れていかせないかな!」


「お姉さま方、頼むっす! アマエ連れてこの場から離れて欲しいっす!」


「おうおう、俺らを脅そうったって、そうはいかねえ!」


「いくぞ、野郎共! この野郎をぶちのめせ!」


「「「「「ウオオオオオオオッッ!!」」」」」



 俺が何かを叫ぶ前に、闘志むき出しにするカクレテールの闘士たち。

 

「ちっ、こいつら……六覇を人間が救おうとするとは……呆れちまうな」

「坊ちゃま……やるのですね?」

「成り行き上、仕方ねえさ。サディスは嫌なら別にいいぞ?」

「随分と意地悪なことを言いますね……愚問です」


 俺もサディスもやるしかねえ。


「……お前たち…………」

「皆さん……私は……」


 そんな皆の心意気に、ヤミディレもクロンも何かを感じ取っている様子。

 だが……


「やれやれ、地上の下等種共……」

「王子、ここは我々が!」

「総員、戦闘準備!」


 こちらの闘志に当てられて戦乙女たちも戦闘態勢に入ろうとした、そのとき……



「……哀れだね」


「王子?」


「ここまでの想いを抱かれているとは……よほど、ヤミディレはうまく立ち回ったのだろう。純粋に欲望などを満たしてやるだけで、人はここまでにはならないだろう。ある意味、彼らも被害者か……」



 王子はまるで哀れむかのように俺たちを見て、そして次の瞬間には紋章眼を光らせて……



「……坊やと……傍らに居るレディと……あと一人か二人ぐらいか……それ以外は僕の前に立つことすらできない。まぁ、疲弊しきっている坊やも今はもう相手ではないが」


「「「「ッッ!!??」」」」



 俺と、サディスとツクシの姉さんだけを一瞥してから王子は手を翳し……


「偉大なる薔薇に抱かれよ! ギガローズソーン!!」


 次の瞬間、大地に地響きが走った。

 俺とヤミディレの戦闘で荒れ果てた地の底から、突如、棘を生やした巨大植物が顔を出し、俺たち全員に襲いかかってきた。


「なっ!?」

「ちょっ!?」

「うが、い、いっでえええええ!」

「つあ、こ、これは!?」


 それは、一瞬の出来事だった。


「な、なんだこいつは!」

「植物魔法……しかも巨大な!」

「みんな!」

「ちょ、まじっすか!」


 俺とサディスとツクシの姉さん、そして咄嗟に反応したカルイだけは避けることが出来た。

 だが、俺たち、そして非戦闘員以外の道場の連中たちは一瞬で巨大な薔薇の棘に全身を絡まれて、そのまま全員が高く伸びる巨大な薔薇の花と一緒に縛り上げられていく。


「テメエ……」

「言っただろう? 僕はその気になれば君たち全員を……」

「知るかァ! ブレイクスルー!」

「むっ!?」

「大魔・アース・ミスディレクション・シャッフル!」


 やらなきゃ、やられる。もう、残りの体力なんて気にせず、押し通す。


「これは……速い……僕の紋章眼を……」

「大魔ソニックスマッシュ!」

「ッ!?」


 紙一重……俺の右スマッシュが直撃せず、寸前の所で王子の頬を掠めて僅かに裂き、薄っすらと血を流させるだけだった。


「……なっ……王子ッ!?」

「王子の顔が!」

「こ、この下等生物ッ!」

「いや……それにしても……この人間……」

「紋章眼を持つ王子を相手に、傷をつけた!?」


 ダメか……左腕が使えないから、相手の撹乱が中途半端だったか……だが……


「ちっ……王子とか言ったな? テメエこそ、ちゃんと認識しろ。地上の坊やも、その気になれば、テメエのイケメンを潰れた豚顔にするのもワケねーんだってことをな」


 それでもやるしかねえ。


「素晴らしい……僕の紋章眼でも見切れない力を振るう者は……生涯で二人しかいなかった……君で『三人目』だ。だが……」

「ッ!?」

「ギガローズウィップ!!」


 王子が即座に俺へ反撃の魔法。

 極太の薔薇の棘が次々と地中から顔を出し、しかも鞭のようにしなって俺に向かってくる。


「坊ちゃまに手を出すな、下郎ッ!」

「おやっ?」

「空間魔法・異次元ポケット……取り出す武器は……デスサイズ!」


 その時、その両手に……死神が持っているような大きな鎌を振り回すサディスが、巨大な薔薇の鞭を全て切り裂いた。



「坊ちゃまが抵抗されるのであれば、私も戦いましょう。そしてあなたたち。坊ちゃまに刃を向ける以上、私は容赦なくあなたたちの首を刎ねます」


「ほう……恐いな……君は……僕の可愛い小鳥たちでは相手にならないかな?」



 サディスの魔法の一つ。異空間にあらゆる道具をしまっておけて、自分の意思で自在に出し入れできる……家財道具も、日用品も、武器すらも。生物は無理だっけ?

 

「サディス!」

「坊ちゃま、ここは私が」

「サディス姉さん、私も!」

「状況的に私もっすね!」


 サディスはあくまで俺も遠ざけようとするが、それで俺まで引き下がるわけにはいかない。

 今、戦闘できて動けるのは、俺たち四人。 

 四人でこの全員を……


「ふふふ、なるほど……あくまで戦うか。面白い!」


 そして、王子もこの状況に興奮したかのように好戦的な笑みを浮かべる。



「相手になろう、地上の勇猛果敢な花たちよ! そして、その身に刻みたまえ、僕の名を! 僕の名は、『ガアル』! 『天空戦乙女騎士団』を束ねし、『天空騎士王子・ガアル』だ!」


「知らねえよ! つか、何で戦乙女を束ねる奴が、男なんだよ! ハーレム気取りか? ムカつく野郎だ!」


「ん? おと……あははは、ああ……あのね、僕は……ん~、まあいいか。さあ、来たまえ、坊や!」



 己の名を名乗り、俺たちを迎え撃つかのように身構える王子……ガアル。

 俺は動けるうちに全開でやってやると、ブレイクスルー状態のままガアルに……



【いつまで下らぬ遊びをしている……ガアル……】


「「「「ッッッ!!??」」」」



 すると、その時だった。



【ヤミディレが動けぬようだが……そんな状況でいつまでダラダラしておる? この出来損ないが。それでも、ワシの血を引いているのか?】


「ッ!?」


【それでも、王の子か?】



 俺たちの上空から、まるで俺たち全員の脳裏に響き渡るかのように聞こえる謎の声。

 その声が、ヒートアップ寸前だった俺たちを一瞬で制止させた。

 そして、その声が聞こえた瞬間、常に笑顔だったガアルの表情が一瞬曇り、同時にヤミディレはどこかハッとしたような顔で空を見上げていた。

 

 そして俺はその時、響き渡った声が告げた「それでも、~~の子か」というフレーズに、どうも嫌な気分にさせられた。

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