第175話 事実

「あなたを確保させてもらうよ。ヤミディレ先輩」

「なぜ、これほど……早く……」

「ある男が教えてくれたのさ、あなたのことを」

「なに? ……ばかな……私がここに居ることを知っているのは……まさか、その男とは、白い鬼か?」

「ん? いいや、違うよ。ちょっと変わった……愉快な男さ」


 既に抵抗する力もないヤミディレに、そいつはそう告げた。


「ヤミディレを……捕える? 何を……」

「っ……う、魔力が……痛みも……くそ、こんなときに」

「ッ、ヤミディレ! 無理をしては……」

「お下がりください……クロン様……ッ」

 

 雲の向こうから次々と現れる翼を羽ばたかせた戦乙女たち。ある者はペガサスにまで跨っている。

 ペガサスって……本当に居たんだ……


「隊長、勝手に一人で行かれては困ります!」

「相手はヤミディレ! しかも地上には何があるか分かりません!」

「王子!」

「嗚呼、王子……私たちの王子……」


 そんな呆然としている俺たちだったが、向こうも待ってくれない。



「ごめんね、僕の可愛い小鳥たち。つい、気持ちが逸ってしまった。立場を忘れて……個人的な手柄を欲してしまった。ダディに……陛下に認めてもらうために。すまなかった、私情で君たちの心を乱し、泣かせてしまって」


「「「「王子……」」」」


「お詫びにどうだろう。今夜は……僕のベッドで、可愛く鳴いてくれるかい?」


「「「「ッッッ!!??」」」」



 こいつ、どんなメンタルがあればこんなことを平然と言えるんだ?

 つか、本当に何なんだ?

 現れた美しく凛々しい女たちは、この気障野郎に向かって「隊長」とか「王子」とか言っている。

 いや、凛々しくねえか。女どもは雌の顔してデレデレしてやがる。

 つか、「王子?」。


「何なのかな、この人たちは!」

「つか、な~んか、やばめじゃないっすか?」

「大神官さまとおなじ……羽……生えてる」

「武装までして……一体……」


 とりあえず、厄介そうな状況だというのは分かる。

 ヤミディレが目的のようだが……


『天空族……ヤミディレ以外を見るのは久しぶりだな……』

『トレイナ……天空族って?』

『世界の空に漂う伝説の国……』

『空の!? ちょ、じ、じ、実在していたのか!?』


 子供のころからそういう絵本を読んだことはあった。

 俺もトレイナと世界を自由に冒険するにあたって、シャレで言ったことはあったが、まさか本当にあったとは……つか、ヤミディレって魔族じゃないのか?


「おい、あんたら、急に何なんだよ! この国は一応他国の人間は許可なく立ち入り禁止だぞ!」

「大神官様に何の用だ!」

「師範は今、御覧の通り体調がよろしくない。改めてもらえないか?」

「それでも力ずくってんなら……」

「俺らも黙ってねーぞ?」

「女ども、お前らのケツに興味ねえ」


 全員見惚れるような美しさを持つ面々。だがそれでも、武装して何の前触れもなく降りてきたことには道場の男たちも警戒するように前へ出る。

 しかし、そんな男たちの空気にまるで臆することなく、王子とかいうやつは余裕の様子で微笑む。



「大神官? やれやれ……そんな風に名乗っているとはね……。彼女は神の使徒でも何でもない、むしろその神を裏切り悪魔に魅入られた存在だというのに」


「「「「ッッ!!??」」」」


「我らが大神に、国家に、王に、種族を裏切った。そして、彼女を連れ戻そうと向かった何千人もの戦乙女たち全てを返り討ちにし、エンジェラキングダムに甚大な被害を与えた」



 この国に居る以上、住民はかつての大戦も、そもそも魔王軍とかそういうものにも疎い。

 だから、六覇という世界的な知名度を誇るヤミディレのことを皆が知らずにアッサリと受け入れ、しかも翼なんて出せるもんだから、皆が神の使徒だなんて思い込んでいたんだろう。

 俺とサディス以外の皆が驚くのも無理はない。


「その力に先代の王は恐れをなして、ヤミディレと地上世界への干渉を断った。しかし、新たに即位した王は真の神の使徒たる我らの誇りを取り戻すため、立ち上がったということだ。分かるだろう? その女は……悪魔だ」


 一応俺はトレイナをチラッと見てみた。

 すると、俺の視線を感じたトレイナはしっかりと頷いた。


『全て事実だ。奴は余の配下となり、そしてしばらくの間、奴を連れ戻そうとした天空の戦士たちを力の限り叩きのめした。かつての仲間たちを……』


 トレイナが死んでも銅像立てたり、クロンを作ったりなんて、狂った信仰をしているヤミディレだ。

 かつての仲間たちを手にかけてもおかしくないだろう。

 それに、俺たち人間側からしても本来ならヤミディレは超高額の賞金首。

 つまり、別にこいつらは何も間違っては……


「な、そんな……師範が……」

「大神官さまが……悪魔?」

「う、うそよ! 大神官さまは私たちをお救い下さった……」

「そうだ、俺たちを鍛え、ここまで強くしてくれた!」


 ヤミディレをこれまで信じ、慕ってきた者たちは戸惑い混乱している様子。

 無理もない。全てはヤミディレには別の思惑があったとはいえ、それでも結果的にこいつらにとっては悪いことではなかったからな。

 他国と干渉しない鎖国国家ゆえに隠れていた。

 この国を自分の都合のいいようにするために革命に携わった。

 次代の神の創生のためなどという意味不明で狂った思想のために力を持ったものを作ろうとした。

 全てにヤミディレの事情があり、別にこの国や人々のためにとやったことではない。

 でも、それでも全てはこいつらのためにとなった以上、こいつらが王子の言葉を信じることができないのも無理はない。


「ヤミディレが……悪魔……? うそです!」


 そして何よりも、王子の言葉が事実だった場合……


「ヤミディレは神の使命を全うするために今日まで尽力されました! 多くの人々を救い、導きました! 女神である私に今日まで十数年以上も尽くしてきたのです! そんなヤミディレが悪魔であるはずがありません!」


 王子の言葉など信じないと、クロンが毅然とした態度で反論する。

 こんな真剣な顔のクロンは初めて見る。

 だが……


「女神? ふふふ、確かに君はとてもキュートだよ。でも、君は……魔族というものだろう?」

「……え?」

「そうか……君が……哀れなお人形さんか。君も僕たちと一緒に来てもらいたいね」


 それは、もう俺もサディスも言っても仕方ないことだと思って別に触れることもなかったこと。

 この国に居る者たちにとってはよく知らない、「魔族」という存在。

 そして、女神として崇められていたクロンの正体。


「貴様ァ! クロン様になんと無礼――――」

「「「「確保!」」」」

「ッ……ガキど……も」


 それ以上は言わせるものかとヤミディレが王子に掴みかかろうとした瞬間、現れた戦乙女たちが一斉に手に持ったランスでヤミディレを封じ、取り押さえ、その刃先を寸止めした。

 こいつら……


「っ……速い……かな、この人たち……」

「ちょお、ちょお、どうなってんすか!」

「こいつら! 女だからって容赦しねーぞ!」

「やるのか? お? やんのか!」


 戦乙女共が武器を抜いた瞬間、完全にその場は一触即発。

 ヤミディレを未だ慕う奴らが声を荒げて、すぐにでも拳が飛び出しそうな空気だ。


「ふふふ、困るな……僕たちはまだ、地上の雑草を狩る気はないのだから、穏便に済ませたい」

「皆さん、落ち着いてください! それに、あなたたちもヤミディレを離してください!」

「おやおや、かわいいねぇ、そして君たちも……色々と哀れだ」


 そんな空気でも未だ笑う王子。だが、そのたたずまいは明らかにいつでも動き出せるように身構えているように見える。



「どうやらこの国は地上にありながら、僕たち以上にこの世界のことや、魔族のことを知らないと見えるな。まぁ、僕も数年前までは……『あの男』に出会うまではそうだったけどね」


「まぞく……? まぞくって何ですか? 私は女神クロン! 神の血統で……」


「神? 違うよ。この世に神はただ一人。我らが大神のみ。そして君は――――」



 ただ、事実を伝えてるだけ。それは、正しい情報だから別に悪いことでもない。

 俺もそんなこと分かっている。

 なのに……どうしてだろうな……


「おい、それまでにしておけよ」

「……ん?」

「あんたらにはあんたらの事情があってこの国に来たんだろうが、この国にはこの国の、人には人の事情があるんだ。気持ち悪いワザとらしい笑顔でペラペラ喋ってんじゃねーよ」


 俺は気づけば立ち上がり……


「アース……」

「坊ちゃま!?」

「アース君!」

「あんちゃん!」


 王子とやらを制止していた。


「おやおや、生意気な坊やだ。にしても、ひどい怪我をして……というより、さっきから気になっていたが……君は誰だい?」


 立ちはだかった俺に興味を示して笑みを浮かべる王子。

 つか、何やってんだ俺は……魔力は魔呼吸で……でも……体力、怪我、もう既に……でも……



「ワザワザ雲の上から来たあんたらの活躍の場面を奪った男だよ」


「……? ああ、そういうこと! へぇ……君が……ヤミディレをこんな状態に? それはすごい」



 俺は挑発を込めて笑みを返してやった。


「でも……ヤミディレとこんなになるまで戦っていたのなら、何で庇うんだい?」


 そして、そんな俺に驚き、そして問うてくる王子。

 何で? それは……



「ヤミディレを庇う気は俺にもねえよ。そいつが元々あんたらの国の女で、そのケジメを取らせるってんなら、止める理由はねえ。そもそも、俺はこの国の外の人間だから、こいつのことも知っていたし……」


「おや、そうなのかい?」


「ああ。だけど……クロンには何も罪は無いはず……と俺は思っている」



 こいつらがヤミディレだけでなく、クロンも……というのであれば、それは邪魔する理由になったからだ。

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