第170話 手のひらの上
――ごっはーー! どしてどしてどしてー!? あんちゃんが捕まえられねーっす!?
鬼ごっこトレーニングは最終的に、俺は俺よりも遥かに速いカルイにも捕まらなくなった。
カルイもまた光速神速の世界に生きる住人のため、その動体視力はそれなりのものがあった。
だからこそ、俺のアース・ミスディレクション・シャッフルに翻弄された。
まぁ、カルイがまだ自身の速すぎる足に対する体の使い方やコントロールができていないっていうのもあったが、それでも俺のこの必殺技が有効であることは、今、目の前で証明できた。
「ふぅ……ウザったいな……小僧……」
俺を恨みがましく睨みながらも、ヤミディレの反応やリズムが乱れてきている。
俺の動きに全て反応できてしまうがゆえに、逆に脳と体が混乱している。
大抵の奴は、一つのことに集中すれば他が疎かになってしまう。
だが、俺はこういうことは五カ月前からずっとやっていた。
――よし、慣れてきたら少しずつ難易度を上げる。今度から余が外から行うステップを指示する。無論、それだけではない。ステップ及び……魔法の属性も指示する。貴様は今から余が指示したステップをしながら、指示された属性の魔法を同時に発動させるのだ。
初めてトレイナの指導を受けた日から……そう、全ての始まりはあのラダートレーニングだ。
まだ俺が帝都に居た頃、屋敷の庭で初めてラダーを教えてもらったとき、難易度を上げた指導として、ソレがあった。
――別のことをやりながらステップ。別のことをやりながら魔法。すなわち、同時に別々のことをするというのは、かなりの神経を使い、反応を混乱させる。鍛えられていない人間は、必ずどちらかに偏ってしまう
そう、あの時から俺はこういうことができるようになるよう仕込まれていた。
ステップを踏みながら魔法を使う。
一つのことをやりながら、別のことを行う。
それは、今の俺の、拳であらゆるフェイントをかけながら、ステップのフェイント、視線のフェイント、全て同時にできるようになった。
脳と体が混乱しないトレーニングが俺をこの技まで辿り着かせた。
まぁ、このカクレテールに来てから必殺技開発をするとき、アース・ミスディレクション・シャッフルという技は最初想像もしていなかった。
ただ、俺は……
――拳の遠距離攻撃……衝撃波は中々キレが出て来たな、童。この調子でこれを更に磨いて……
――なぁ、トレイナ……実は俺……もう一個……身に付けたいものがあるんだ
必殺技特訓をトレイナに付き合ってもらっているとき、俺はあの時はまだ漠然とした想いしかなかった。
――なに? もう一つだと? それは一体なんだ?
――……フットワークだ……
俺は攻撃の必殺技以外に、フットワークの必殺技が欲しいと考えていた。
――ほぅ。意外だな。貴様のような年齢だと、攻撃系の技だけを求めると思っていたが……
――まぁ、色々と……その……うん、ま……
――っ!? お、あ、う、うむ、よいのではないか? フットワーク。う、うむうむ! では、うん、よろしい!
あのとき、絶対に俺の心の中を読まれたんだろうな。
口に出しては言わなかったが、どうして俺がフットワークの必殺技が欲しいと思ったのか。
だって、フットワークこそが全ての始まり。俺とトレイナの原点。
俺があんたに初めて教えてもらったものだから、これを誰にも負けないものにしたい……なんて口が裂けても言えないことを、多分あのときは読まれちまったかな?
でも、今は、ハッキリと言える。
恥ずかしくなんてねぇ。誇らしい、と。
「大魔ソニックフリッカー!」
「うぅ……ぬぅ……」
「大魔ソニックラッシュ!!」
人の動きを先読みできるヤミディレが全て後手に回っている。
このまま押し切れる……
『さて……ここまで……だな』
と、そこでトレイナが冷静な一言を呟く。
そう、このまま押し切れる……わけがない。
「ちょ、ちょっと……タイムだ! はい、メガバリア!!」
「あっ……」
俺を捕まえられない、俺に踏み込んで攻撃できない、俺の動きに翻弄される。
そんなヤミディレが取った手段は、魔力によって自身を覆う丸いシールドを張って、全ての攻撃を遮断すること。
もともと、このカクレテール全土を覆う結界を張れるヤミディレならば、これぐらいの魔法は使えてもおかしくなかった。
「ふぅ……少し落ち着かせてもらおう……アース・ラガン」
「へっ、何をだよ? 大魔王に振り向いてもらえなかった、行き遅れ戦乙女……ん? 乙女って年齢か?」
「アアアン?? ……と、キレては貴様の策略にハマってしまうな」
「……ちっ……」
「大魔螺旋やブレイクスルー、そして魔呼吸を駆使してマチョウを倒した男……私の貴様への評価がそこで止まっていたことで、結果的に貴様の力……いや、技術や戦略を見誤っていたことは認めよう」
挑発させてまた冷静さを乱す……っていうのは、流石にここまでくればいつまでも通用しない。
相手は百戦錬磨の六覇。
あれだけ怒りに満ちていた形相も、今ではどこか少しずつ落ち着いて、俺をその輝く紋章眼でジックリ観察でもするかのように見てくる。
「しかしつくづく……ヒイロともマアムとも戦闘スタイルが違うのだな……大魔の力以外を見ようとはしなかったが……今さらながら不可解な男だ」
『時間稼ぎだ。ヤミディレはここに来て、貴様という存在を測りかねている。これまでの生活と先ほどの大会で貴様の全てを見極めたはずが、ここに来て予想を大きく上回った。冷静になる時間を作り、その上で対処を考えようとしている』
トレイナが相変わらず落ち着いた様子で俺に耳打ちする。
そう、こうなることも全て……
「だが……こうして挑発に乗らずに一度落ち着いてしまえば……貴様の狙いも見えてくる。そうすれば、これまでの戦いの流れにも筋が通る」
『そして、ヤミディレは笑みを浮かべ……紋章眼とブレイクスルーを解除する……落ち着いたことでヤミディレは、今の自分の魔力量がどれほどか気付くからだ』
「誰から聞いたかは知らないが……紋章眼とブレイクスルーの併用はとてつもない魔力を消費する……あらゆる魔法をコピーできても、身体の技術でもある魔呼吸を私は使えない。つまり、貴様の狙いはソレだろう?」
『ヤミディレも気付いている。ヤミディレの最大の弱点……それは……持久戦に弱いということ』
「私は、紋章眼とブレイクスルーを使ってしまえば……持久戦に弱い……その弱点を貴様は突こうとしたのだろう?」
『万の兵を率いる戦場では、将軍という立場もあり、無闇に紋章眼やブレイクスルーを使うことはなかったが……』
「私としても久々の実戦で、更には生意気な小僧に激怒していたため……あやうく策略にハマる所だった……今、こうして解除したら、どうなる?」
『魔力の温存。これにより、童の大魔螺旋などを魔力切れで防御できないという最悪の展開だけは回避』
ほくそ笑むヤミディレは、紋章眼とブレイクスルーを解除して、通常モードに戻った。
だが、本来ならそれでも十分俺よりは……
「ちっ……」
俺は舌打ちをして、作戦が見破られてしまったことを悔しがる……「演技」をした。
『童……いよいよ仕上げだ』
そう、これは全てトレイナのシナリオ通り。
ここまで来ると、逆に俺も怖くなるな。
「さて、紋章眼とブレイクスルーを解除したとはいえ、私も相当魔力を消費したので、これ以上無駄に魔法は使いたくはない……そのうえで、貴様を殺さずに捕らえるには」
『体術しかない』
「体術しかないが……貴様のミスディレクションとやらを掻い潜るのは骨が折れる……ましてや、貴様の拳を私の通常の目では見切れないからな……だが……」
『そして、ヤミディレは再びほくそ笑んで、あることに気づく』
当然このことも……
「貴様の大魔・アース・ミスディレクション・シャッフルには……致命的な弱点がある!」
『そして、同時に……弱点らしい弱点の無かった貴様の弱点にも気づく。そこをヤミディレが突いてきたら、迷うな。合図と指示を出す。そこで……最後の作戦を実行しろ』
そう言われて俺も、「ある物」を握りしめる。
そのことを、紋章眼を解除しているヤミディレは気付かない。
そう、全ては大魔王の手のひらの上だ。
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