第171話 ●●●
『よいか? ここまでくれば、最後の作戦を実行するためには、ヤミディレが『自分の思い通り優位に立った』、『童にはもう手はない』と思わせるように誘導する。そのためには……痛みにも耐えろ。よいか? 『右腕』だけは何があっても死守しろ?』
トレイナが最後の作戦を実行するための耳打ちをしてくる。
俺は分かっていると頷く。
そのためには、まずはヤミディレが「俺のアース・ミスディレクション・シャッフルを破った」というところまで持っていく必要がある。
「いくぜ、ハッタリ女! 俺を捉えられるものなら、捉えてみろ!」
俺の技が破れるのは確定。
トレイナが言うんだから、間違いない。
だがそれでも、俺は「まだ通用するのではないか?」という僅かな期待を抱きながら、再び技を発動する。
「くくくく、紋章眼が無い方が返ってスッキリするというのは、なかなか無い。ある意味で貴重な経験だったが……もう、これまでだ!」
さっきのように動揺しまくった様子とは打って変わり、不敵に笑うヤミディレ。
そして……
「単純なこと。貴様が足場の不安定な砂場から移動した時点で察するべきだった」
「へ、何をだよ!」
「水属呪文―――」
「……あっ……」
「はっは、魔法は温存と言ったが……使わないとは言ってないぞ?」
ヤミディレが地面に手をついて魔力を放つ。
その瞬間、俺は身構えたが、その魔法は俺を攻撃するためのものじゃない。
ただ、俺の周囲に水をまき散らす程度の呪文。
もう少し魔力を込めれば、これを水鉄砲のようにして攻撃したりとかできるのだろうが、魔力を温存しているヤミディレがやったのはもっと簡単なこと。
しかし、これで実は十分だったりする。
「くっ……」
大量に水をまき散らして、地面が滑ったり、泥状になったりしてしまった。
それにより、足が取られてしまう。
「そう、こんな簡単なことだった。貴様のフットワークは所詮、支えのしっかりした大地でなくては使用できない。砂場や泥、水場、こういったところでは、足が取られてフットワークが使えまい」
「しまっ、……足が……」
「とはいえ、私も正直こんな汚いところで泥だらけになるのは嫌なのだが……まるで経験がないわけではない。まぁ、それだけ貴様を油断ならぬと認めてやったということで!」
次の瞬間、ヤミディレは破れかけていた大神官の長いローブのスカートを太ももまで千切った。スカートがずぶ濡れになって動きにくくなることを避けるため。
「さて……お仕置きの時間だ!」
そして次の瞬間には、まるで三日月のように鋭く鋭角な笑みを浮かべて俺に向かってきた。
「ちっ、大魔フリッカー!」
「おやおや? 強いパンチは地面を強く踏み込んで打つ……足場を悪くしたことで……遅いぞ?」
「ッ!?」
さっきまで俺に翻弄されていたヤミディレだが、俺の放ったフリッカーを片手で軽々弾き出した。
「左のリードジャブでリズムを生み、相手を自在にコントロールするのがいつもの貴様の手なのだろうが、ジャブそのものが私にはもう通用しないということだ!」
「大魔スマッシュ!」
「強打を放つも単発でリズムが悪い」
ジャブをはじかれ一気に俺の懐まで飛び込まれ、俺は突き放すようにスマッシュを打ってやったが、これも簡単に回避された。
そして、俺が大振りで拳を突き上げた瞬間……
「ちなみに、ブロに蹴りを教えたのは私だ」
「ぶごほっ!?」
「魔極真ニーキック……」
俺に抱き着くように手を伸ばし、そのままジャンプしガラ空きになった俺の胃に強烈な膝蹴り。
胃液が全部逆流する! 悶絶!
「お、あ……」
ブレイクスルーによる身体強化を軽々と貫く一撃!
「ぐっ、ぬ、あ……おおおおお!」
意地でもここで這いつくばってなるものかと、再び左を……
「もういい。見飽きた」
「ッ!?」
片手で簡単に弾けるからこそ、もう掌で俺のパンチをキャッチするのもヤミディレなら容易い。
掴まれ、そしてサイドに回り込まれて……
「少し破壊する」
左手を片手で掴まれたまま、俺の肘に向けてヤミディレが拳をアッパー気味に突き上げる。
その瞬間、伸びきった状態のまま俺の肘が……
「ぐ、あがああああああああああああああああ!!??」
砕けた……
「そして……これも痛いぞ?」
「ふ、がああああああああああ!?」
左手を掴まれたまま、後ろに引っ張られ……外れた! 肩が! 左肩が外れた!
「これでもう邪魔なジャブは打てまい」
「っ、ぐっ……テメエ……」
吐き気がするほどの激痛。腕だけでなく、頭もガンガン響く。熱く焼けるような痛み。
トレイナの指示は『右腕』だけは守り、その他は多少の痛みにも耐えろってことだが……これはキツイ!
こればかりは演技じゃねえ。
「そして、今のでさらに貴様のことが分かった。貴様……関節技には疎いな?」
「ぬっ……」
「その右腕も一緒に……」
「させるか! 大魔螺――――」
痛みに堪えながら、俺はヤミディレを吹っ飛ばすために大魔螺旋の大渦を発動させようとした……が……
「と、右腕に不用意にまとわりつけば、大魔螺旋で弾かれるので、こうしてやろう」
「ッ!?」
俺が大魔螺旋を出現させた瞬間、その隙を突いてヤミディレは俺の背後に回り込んで強烈な足払いをしてきやがった。
ただでさえ不安定な場で、俺の足は完全に払われて、水たまりに全身を打ち付けて……
「がっ……はっ……」
「まぁ、本来はここで両足をへし折って、全身を痙攣させてやってもよいが……もう、面倒なのでこのまま……絞め落としてやろうか?」
「ッ!?」
俯せになって倒れる俺の背中にドスンと座るヤミディレ。
「つっ……こいつ……」
強い。ちょっと相手に冷静になられ、僅かでも俺に不利な環境にされちまえばこのザマか?
この体勢からならば何をやられても俺は死ぬ。
しかし、俺を殺さないようにしているヤミディレが、俺を行動不能にするには一つしかない。
「教えてやる。関節技に疎い素人には、この技は絶対に返すことができない」
『ここだ、童! ヤミディレはここで後ろから、裸締め……チョークスリーパ―で貴様の首を絞める! ここで決めろ!』
そして本当にまいったもんだぜ……ここまで……ここまでトレイナは読んでいたとはな。
全てはヤミディレにこの体勢まで持っていかせるためのシナリオ。
何か一つでも狂ってしまえばここまで持ってこれなかった。
しかし、ヤミディレが俺の左腕を折るなんてところまで普通読めるか?
最初に大魔螺旋を見せておけば、迂闊にヤミディレが俺の右腕に攻撃してこないことまで読めるか?
未来でも見えてんじゃねぇのか?
そう、分かっていたこと。
俺の最強技の大魔螺旋も、ヤミディレにまともに当てることもできない。
でも……
だが、それでも微妙に……
『よいか、童。気が進まないかもしれなくとも、これが実戦だ。相手はヤミディレ。今の貴様が勝ち方にこだわる相手ではない。正々堂々と戦うことの価値は認めるが、この戦いでこれだけは学べ。今は貴様の方が弱くとも、それでもやり方次第で貴様は六覇を戦闘不能にできるということを』
そんな俺の微妙な気分を察したかのようにタイミングよく、トレイナが俺の隣で語りかけてきた。
相変わらず、以心伝心……って、繋がっちまってるんだから、当然か。
分かっている。
ワチャの時や、マチョウさんの時とは違い、これが現時点での今の俺のレベル。
ヤミディレ相手に勝ち方を選ぶことは出来ない。
今、最も必要なのは、勝つこと。
それは分かっている。
だから、ここまで来たなら、後は作戦を実行するだけ。
だけれども……
『なぁ、トレイナ』
『なんだ?』
ああ……俺はどうして……
『作戦は実行するけど……もうちょっとだけ時間を俺にくれないか?』
『………………』
『バカなこと言ってるのは分かってる! でも……でも……』
ここまでお膳立てをしてもらって……トレイナがここまで導いてくれたのに俺は……なんでこんなワガママを……
『一つだけ……』
『……『試してみたいことがある』……だろう?」
『……え?』
『やってみるがよい』
『ッ!?』
しかし、俺のその言葉にトレイナはアッサリ頷いて……
『今の貴様なら、……そう言うだろうと……読んでいた』
『トレイナ……』
『フハハハハ、余はヤミディレのことをここまで先読みしていたのだぞ? 貴様のことなど、もっと容易に先読みできる』
『うっ……』
『条件は、最後の作戦に支障が出ぬ範囲までだ。そこで余が止める。それまでは……試してみるがよい! 左腕が折れようと心がまだ折れていないのであればな!』
この師匠は、本当に……本当に……もう、どこまでも俺のことを……
『押忍!』
『で、まずはこの態勢からどう逃げる?』
『だああああ、そうだった!』
背中に馬乗りにされてしまったので、身動きが取れない。
本来は身軽な女の体重なはずが、ヤミディレを跳ねのけることができない。
ここら辺がヤミディレの単純な技術ってところか?
どうする? どうやって? この状況だと足をバタつかせても、腕を伸ばしても何もできない。
届くのは……声……声か……
『うむ……仕方ない……一度だけだが……』
『ッ!?』
『一度だけなら通じる……言葉で……ヤミディレをどかせよ』
そのとき、トレイナはあまり気が進まなそうな物凄い微妙な表情をしながら……
『よ、よいか? 童……ヤミディレはな……その……かなり激しい性格で、口汚い言葉や、卑猥な言葉も口にするが……実際は……ただの……だからな……』
『ッ!?』
その言葉を聞いた瞬間、俺はぶっ殺されるんじゃ……とも思ったが、他に手はないし、何よりも師匠の言葉なので俺は叫ぶことにした。
「ヤミディレ!」
「ん?」
「気づいてないのか? あんた……てーそーたいから……●●●がハミ出てるぞ!!」
「……ほわ?」
『童ええ、そこまで言えとは言っていないぞおおおおおお!!』
トレイナの怒号の後、一瞬静まり返り、ヤミディレも停止。
一瞬何のことか分からなかったようだが、ヤミディレはようやく俺の言葉の意味を理解したのか……
「ひゃっ!? きゃっ。え? なななな、んななああ、え?」
慌てて俺の背中から飛びのいて、顔を真っ赤にしながら自分の股を凝視。
おいおい、成功しちゃったよ。
なるほど。この人……やっぱ一応はまだ……純潔の乙女だから、自分の口から言うのはいいが、人からこういうことを指摘されることへの免疫はないのか?
「って、何もないではないか! 貴様、嘘を……あ……」
そして、ヤミディレはデリケートな所に問題がないことを確認して俺に怒鳴るが、そこでようやく何があったかを理解した様子。
「貴様あああ、騙したなあ!!??」
不覚にも一瞬だけこいつが可愛いと思っちまったが、これで試せる……ちょっと思いついちゃったことを……
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