禁断師弟でブレイクスルー～勇者の息子が魔王の弟子で何が悪い～

第169話 幕間（暗黒戦乙女）

　ここまで私をコケにするバカはこれまでの人生無かった。

　憎い敵ではあるが、あのヒイロやマアムのゴミくず共とも、最低限の誇りある魂のぶつかり合いをしたと思っている。

　その息子がまるでガキのように私をおちょくり、あまつさえ神を侮辱する発言。

　許してたまるものか！

「はっ！　もう森に隠れて逃げ回ることはできんぞ！」

　一瞬で終わらせてやる。このブレイクスルーによって向上した私の拳……

「んっ！？」

　奴の拳、肩が動いた。こいつ、私にカウンターを打つ気か？　

　相手はマチョウの拳にも怯まずにカウンターした男。

　とはいえ、私相手に？　舐められたもの……ん？　違う。つま先と膝の向きがカウンターを使うには……なんだ？　衝撃波？

　いや、それ以前にこいつ、目線が何故あさっての方角を……

「へへ、大魔よそ見」

「……あっ……」

　しまっ！？　思わず『よそ見』につられて私もよそ見をして、攻撃の手をストップしてしまった。

「六覇のくせに引っかかるんだな」

「ガキがあああ！」

　気づけばアース・ラガンは私の後ろに回り込んで……フリッカーか！？　いや、あの肩の動きは……左のフェイントからの右を……こやつ、視線が私のボディに……ん？　だが、こやつの足運びだと次は後ろに下がる？　何故だ？　隙だらけの私に攻撃する気がないのか？

「大魔バックスライド！」

「……は？」

　え？　これは……たしか、数百年ほど前、魔界に現れた謎の覆面ダンサー……魔界のキング・オブ・ポップとやらがやっていた、ムーンウォークという……なぜここで？　何の意味がある？

「………」

「スーイ、スーイ、スーイ」

「……馬鹿にしているのかあああ！」

　意味などない。ただの挑発だ！　ふざけたことを……ええい、こやつどうしてくれる！？　クロン様とのチョメチョメ以外は……ッ！？

「かかったな！　くらえ！」

「つっ！？」

　しまっ、これが奴の狙いか？　私を挑発しながら距離を取り、私を怒りに任せて真っすぐ突っ込ませて、それをカウンターで迎撃？

　しかもこやつ、急に魔力を高め……大魔螺旋！？　しかも今度は衝撃波ではなく私に直接ぶつける気か！？　

　流石に直接叩き込まれれば私も……

「なんつって」

「……はっ？　……な、え？」

　なに？　私が大魔螺旋を事前に察知してストップした瞬間に、こやつは技を発動しようとしたのを解除してサイドに回り込み……なんだ？　こやつは何をしたいのだ？

「さ～て、俺も『入った』ぞ？　これからどんどんキレがよくなり、色々と織り交ぜていく」

「なに？」

　分からん。こやつ、何がしたいのだ？　右パンチ？　左パンチ？　右サイドに移動？　左サイドに移動？　それともバック？　衝撃波？　な、なんだ？　視線も頭の向きも、肩も肘も手首も拳の先も、膝もつま先も体の向きも……

「こ、これは……」

「さあ、俺を捕えてみろよ」

　その瞬間、私はハッとした。

　そもそも紋章眼を持つ私が、アース・ラガンが「次に何をしようとしているか分からない」となること自体が本来はありえない。

　紋章眼発動状態の私は、相手の魔法のコピー以外にも基本的な眼力や動体視力が大幅に向上するために、相手が常に何をやろうとしているのかが先読みできる。

　しかし、さっきの森の中とは別にこうしてアース・ラガンは私の目の前に居るのだが、一対一で何の障害物もない場所で、アース・ラガンが次に何をしようとしているのかが分からない。

「ぬお、あ、お……」

　アース・ラガンは腕や足、目線から頭の向きも全てを含めて常に動かしている。

　しかもそれは、規則的な動きやリズムがあるわけではなく、全てがランダムでリズムが違う。

　まるで、気持ちの悪いダンスを見ているかのようだ。

　その足が次にどっちに動こうとしているのか、その拳で次に何のパンチを放つのかが予測できない。

　それは何故か？

　フェイントだ。

　体全体が一度にあらゆるフェイントをかけており、そしてそれがただのフェイントではなく、「本当に次にそう動きそう」と思われるほどの勢いや演技力、本物特有の気配や殺気があって、どうしても反応してしまう。

　さらにもう一つ厄介なのは、フェイントと合わせて行われている、視線の誘導だ。

　最初から左拳が来ると分かっていれば左拳だけに集中できる。だが、この男は同時に右手や足の動きなどでも何かやりそうな動きも織り交ぜており、私も自然と反応して一瞬視線が誘導されてしまう。

　視線の誘導……何と言ったか？　この技術。ミス……ミスディ……？

　いずれにせよ、私の紋章眼は全てが「見え過ぎている」ために、全てのフェイントや動作に体が自然と反応してしまう。目で見て脳が反応している間にも新しい情報がどんどん入ってきて、先読みしようにも情報量が多すぎて処理できずに頭の中が混乱する。

　常人であれば逆に反応することもない僅かな動作も、この私には全てが見えてしまっているがゆえに、どうしても反応してしまう。

「だが、所詮は小手先！　何も考えず、多少の被弾に構わず、ただ力で押して貴様を捕まえてや―――」

「大魔ソニック……」

「しまっ！？　……あ……」

　ダメだ。何も考えず、被弾を恐れず突っ込もうとしても、相手の動きが見えてしまっている以上、自然に体が反応してしまう。今もアース・ラガンのカウンターを予想してしまい、思わずストップしてしまい、その間にまた距離を離されてしまった。

　何百年もの戦いで体に染みついた、『紋章眼で相手の動きを先読みし、被弾せずに戦う』というものが、私に捨て身の行動を取ることをできなくさせている。

「くっ……」

「大魔コサック！　ほーれ、よっ、ほっ、よっ、ほっ！」

「ぬうううっ、な、なんだその踊りは！？　貴様、真面目に戦う気はあるのか！？」

　そして、ちょっと余裕があればこの私を挑発するかのように訳のわからん、そしてやる意味すらもない変な動きをする。

　どうする？　いっそのこと、紋章眼を解除するか？

「お？　もう攻撃混ぜていいのか？　押忍！　大魔ソニックジャブ」

「っ？……ちっ！？」

　ダメだ。こやつは私よりは弱いが……こやつの拳は紋章眼無しでは見切れない……いや、しかし被弾も恐れずに……というか、こやつ急に「誰か」と話でもしているかのような独り言を……

「大魔ソニックフリッカー！」

「この……このガキいい！」

　ダメだ、考えがまとまる前にまたどんどん新しい情報が目を通じて頭の中に……クソ！　もういっそのこと魔法で全て消すか？　いや、しかしせっかくの鍵を殺すわけには……それに、私とて強力な魔法を放つには僅かでもタメの時間が必要。こやつはそれを見逃さないだろう。

　空中へ飛んでも、衝撃波と大魔螺旋の餌食に……

「良すぎる目ってのも、考え物だな？」

「ッ！？」

「これが俺の新必殺！　更なるフットワークの向上を目指した結果……全身を使った連続フェイントとフットワークを融合させた……『大魔・アース・ミスディレクション・シャッフル』だ！」

「ミス……ディレクション、シャッフル？」

　どこまでも自信に満ち溢れたその生意気なツラがもはや忌々しい！

　だが、それでも、この男の小細工は、ただの小細工ではない。

　もはや、一つの技として完成されている。

「ちっ……生意気な……」

　そしてもう一つ不可解なことがある。この男、紋章眼と戦ったことでもあるのか？　紋章眼の見え過ぎてしまう目をむしろ弱点として突いてくる。

　独り言を叫んでいるところを見ると、誰かに指示を受けて？　いや、テレパシーを使っている魔力の流れは感じない。

　だが、この小僧が一人ですべての作戦を考えているとは思えない。

「貴様！　技とは別に……一体誰に……」

「ん？」

「一体、誰の入れ知恵だ！　誰の作戦だ！　まるで私を知り尽くしているかのような……こんな小細工交じりの不愉快な作戦を考えるなど、碌な奴ではない！」

「……………」

　なんだ？　私の問いに奴は視線を隣に移して、物凄い憐れんでいるかのような目。

　だが、私の質問に答えるわけではなく、その間もアース・ラガンの動きは止まらない。

　私はある意味初めて「自分がどうすればいいのか？」が分からなくなってきた。

　そして同時に思うのは、これだけの戦略、技術を持ち、更にこの男は戦闘において全体のバランスが良く、弱点と思えるものが見当たらない。

　そう認識すると……この男……侮っていたわけではないが……

　ああ……

　強いではないか。