第168話 翻弄

――はっはー! あんちゃん、小手先の技術では私は振り切れねえっすよ! 何故なら、あんちゃんには何よりも、速さが足りな……え?? あれ?? つ、捕まえられない!?


 ヨーイドンで、同時にまっすぐ走って目的地にどれだけ早くたどり着けるか。

 その勝負をすれば、間違いなく俺はカルイよりも遅い。

 だが、フリーランニングでの鬼ごっこで、俺より速いカルイに勝てないかと聞かれたら、そうでもない。


「ちっ……ガキが……なら、この森を吹き飛ばして炙りだしてやろう!」


 ヤミディレが未だに俺を捉えきれない。

 イライラが頂点まで達したのか、随分と物騒な怒号が響く。

 ただ、それが脅しではなく、またそれだけの力が奴にある事は俺にも分かっている。

 しかし、俺の師匠……いや、相棒は変わらず冷静だった。

 

『よし、いよいよ奴は広範囲魔法を放つ。それはあえて発動させよ! 奴が放つのは、得意の雷……『ギガスパーク』だ。しかし、この距離までは及ばない』


 この距離ならば、奴の得意魔法でも範囲外だから安心しろと告げる。

 これほど安心できる言葉はない。

 そして、同時にトレイナは「ここがむしろチャンス」と目を光らせた。



「雷光石火に飲み込まれよ!」


『雷雲や光に惑わされるな。余がカウントした後、大魔螺旋を発動して空に向けよ! 奴は必ず魔法を発動したら、空中へと飛んで上空から貴様を探そうとする! 5、4、3、2――――』



 一瞬で空に暗雲が出現し、激しい轟音を響かせながら天が光った。



「ギガスパーク!」


『今だ! 発動しろ!』


 

 森の広範囲を覆う天からの光。だが、トレイナの言葉を信じるなら、俺が今いる場所はその範囲外。

 そして、光がまさに森へと降り注ぐと同時に、トレイナは俺の傍らで指を斜め上の上空へと向ける。



『大魔螺旋の衝撃波だ!』


「おおおおおおおお!! 大魔螺旋・アーススパイラル・ソニックインパクトッッ!!」



 その瞬間、俺は微かにだが確かに見た。

 雷が森へと降り注ぐと同時に上空へ飛んだ影を。


「さて、どこへ……な、え!?」


 その影を撃ち落とすように放たれた俺の大魔螺旋は……



「な……なにいいっ!!?? ば、か、な、ぬあああああ!?」


「ふっとべえええええ!」



 間違いなくヤミディレを捉えた!

 螺旋の大渦状の衝撃波に巻き込まれてヤミディレが打ち上げられていく。


「うあ、ああああああああ! こ、この……このぉ!!」


 ふきとんじまえ、どこまでも。

 なんだったら、そのまま天までふっとんじまえ。

 俺はそれぐらい思いっきり大魔螺旋を突き出した。

 だが、これで終わるほど甘くはない。



『まだだ、童。ヤミディレは耐える!』


「ちっ……マジかよ」


『奴はブレイクスルーを発動し、その波動で衝撃波を吹き飛ばす』


「押忍!」



 トレイナの指示通り、どこまでも勢いよく飛ばせるかと思われた螺旋の渦だが、途端に手ごたえが変わった。

 あのマチョウさんの全力全開の突進すら吹っ飛ばした、今の俺が使える最強技の一つだというのに、それが……



「ガキガアアアアアアアアアア!!!!」



 解放されたヤミディレの魔力と雄叫びだけで空中で四散した。


「こんなもので……コンナモノデ、ワタシヲタオセルトオモッタカ!!」


 自分ではかなり自信があったんだが……ダメージは……ほとんどねえ。


「くそ……やっぱとんでもねー女だな……」


 むしろ、怒らせたぐらいか?

 とっても元気のいい声が聞こえる。

 そして……



「あれが……ヤミディレのブレイクスルーか……」


『ああ……』


「はは……ただでさえ強いってのに、その上でブレイクスルーまで……恐ろしいもんだぜ」


『だが、これで……条件が揃った。さあ、童。いつまでも見ていないで、すぐに移動だ!』 



 青い光が輝いているように見える。あれが、ヤミディレの魔力の色。

 つか、俺とトレイナ以外のブレイクスルーは初めて見た。

 そして、それ以外でもう一つ。

 輝くブレイクスルーを発動したヤミディレを見て、もう一つだけ気になったことがある。


「……ん? なん……だ? アレは……」


 ヤミディレは無傷……だが、衣服までは無事ではなく……身に纏っていた大神官用のローブが千切れて……あれは何だ? スカートが微妙に破けて、その下から微妙にはみ出しているのは……パンツじゃない? 鉄のパンツ? 防具?

 目を凝らすと何かマジックアイテムのような気が……


『おい、走れ!』

「ご、ごめ! でも、あいつが変なのを装備していて……マジックアイテムかなんかか?」

『あれはただの貞操帯だ』

「てーそーたい?」

『いいから、走れ! 断じて気にするものではない』

「押忍!」


 ちょっと見たことも無いものに目を奪われたが、再び前を見て走る俺。



「で、あいつは無傷だけどいいのか? 少しぐらいは……って思ったんだが……」


『これでよい。別に倒すのが目的ではない。ただ奴の冷静さ、更には紋章眼発動状態でブレイクスルーの併用という、魔力を大幅に使わせることに成功したのだからな』



 大魔螺旋の衝撃波が無傷だったことは少しだけショックだったが、トレイナは「上出来」とほくそ笑んだ。



「おい、森を抜けるぞ!」


『抜けて構わん! あえて一旦奴に姿を晒せ! そうすれば、奴はブレイクスルー状態のままで貴様に真っすぐ飛んでくる! 隠れているだけでなく、必ずどこかで姿を見せなければならぬ局面がある! それが今だ!』



 森を抜けると、そこには起伏が少しあるものの、広い草原が広がっている。

 特に人の住まいがあるわけでもなく、手を付けられていない広い空間。

 確かに、これは隠れる場所がない。

 ここで、ヤミディレの前にあえて姿を晒せとのこと。



『よし、ここでさらにヤミディレを挑発だ。もう攻撃ではなく、言葉で十分。今からは攻撃ではなく全神経を足に注げ』


「押忍。って、挑発? 言葉で?」


『余の悪口でも言え! もはやそれがトドメとなって、奴は我を忘れて来るだろう!』


「トレイナの悪口? って、そういうのは事前の打ち合わせで言ってくれ! あんたの悪いところなんて、いきなり思い浮かばねえし!」


『うな!? ……ヴぁ、ヴァカ! そそ、そんなこと言っておらんで、ほら、何でもよい!』


「う~、それじゃ……」



 ここで、ヤミディレを更に挑発して誘うために、トレイナの悪口でも言えとの事。

 この状況でトレイナの悪口って言われてもすぐに思い浮かばない。

 ようやくひねり出したのは……



「だ、大魔王トレイナは、ば、ば~か!」


「ッ!?」


「神様なんて嘘っぱち~、ま、ま、負け犬~! ボーケ!」


『うぅ……ま、負け犬……』


 

 いや、本心じゃねえよ? 

 だから、俺だって言いたくねーんだよ! つか、あんたも自分で提案しといてチョット悲しそうにすんなよな?

 でも、一応効果はあったようだ。


「……ばか? 神デハナイ? マケイヌ? ……ダレガ?」


 ああ、恐い! 恐い怖い! でもあと一押しで……もう一押し……他に何か悪口のようなもの……何か……何か…… 



「だ、大魔王トレイナはな~!」


「ヌッ?」



 もはや火山の噴火直前状態のヤミディレと目が合う。

 そして俺は……



「大魔王トレイナはヤミディレなんか大嫌いで、俺のことの方が大好きなんだぜー! いつも俺を見守ってくれるのさ! 俺の味方さ! ザマーミロ!!」


『…………………………お……い……』



 いや、だってあんたが傷つかなくて、ヤミディレを挑発する言葉って、これぐらいしか他に思い浮かばなかったんだ。

 でも、何だか叫んだら俺も恥ずかしく……トレイナも顔逸らすなよ、気まずいだろ!

 


「ウガアアアアアアアアアアアアアアア!! キサマアアアアアア、何をでたらめ言っている! 我が神を侮辱するかあああ!」



 でも、ヤミディレに効果は滅茶苦茶あったようだ。


「挑発するだけなら、最初から言葉で良かったんじゃないか?」

『体を動かさなくては、体も温まらず……何よりすぐに……『入れない』だろ?』

「確かにな」


 ヤミディレ火山が噴火した。

 もう、鬼の形相で超スピードで俺に向かってくる。



『さあ、ここからだ。鬼ごっこで鍛えたもの……パルクールだけでなく……貴様が考え編み出した、衝撃波以外のもう一つの必殺技の出番だ!』


「ああ。もう、ウォーミングアップは済んで、温まってるぜ!」


『ゾーンは?』


「すぐに『入る』!」


『なら、度肝を抜いてやれ!』


 

 結局大会では使わなかった。別にマチョウさんを馬鹿にするわけじゃないが、使う局面は特になかったので、隠しておけた。

 その技を、今こそ魅せてやる! 

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