第166話 二対一
「ところで、貴様。本当に私と戦うつもりか? まさか、マチョウに勝ったぐらいで私に勝てると思っているのではないだろうな?」
砂浜で向かい合う俺とヤミディレ。
「単細胞な父よりは賢いと思っていたが……一対一で、私を相手にするなど、バカとしか言いようがないぞ?」
そんな俺に最後の通告のように、ヤミディレが問いかけてくる。
このまま本当に戦うつもりか? と。
「何言ってんだ。俺の親父も母さんも、今の俺と同じ年齢で、あんたらや、あんたの崇める神と戦って勝ったんだろ?」
「ぬっ……」
「俺があんたと戦って、何が悪い?」
『卑怯な手でだぞ~』
左を下げ、フリッカーの構え。俺の最も得意とする形に持っていく。
するとヤミディレは俺の言葉と態度を不快に思ったのか、イラついたように目尻が動いた。
「私がどれだけ心が広いか分かっているのか? 神を滅ぼしたヒイロとマアムの息子。本来ならその血縁も全て葬り去ってもおかしくないところ、貴様が大魔の力を使えるということで、生かしてやっているに過ぎないということを」
「ああ。そういう意味では、あんたはよく辛抱していたよ。三カ月もな。俺も最初はいつ親父たちの恨みを俺にぶつけられるかと、気が気じゃなかったからな」
「もう一度言う。クロン様と契りを結べ。そうすれば思うがままに生かしてやる。この地に張り巡らしている結界も解く。それだけのことだ。男であるなら、あれほどの存在を抱けるということがどれほどのことか分かっているのか?」
「どれほどのことか分かっているし、俺も男だからそういう欲求はある。だが、これに関しては……そうもいかねーのさ」
答えは決まっている。
このまま、ヤミディレの思い通りに全てを進ませやしない。
それが、俺と、そしてトレイナの本当の意思。
「ブレイクスルーッ!!」
本当に戦う気か? その返答にこれ以上ないものを見せてやった。
「ッ……馬鹿が! 黙って種馬になっていればいいものを!」
「相手を見てから言えよ。俺が馬なんてタマか?」
「暴れ馬とでも? まぁ、いずれにせよ……手綱を付けておくか」
ヤミディレが殺気を剥き出しに。
向こうもまた、手荒に来る気だ。
『分かっているな、童よ』
ああ。分かっている。やるべきことは。
「では、来るがよい! 体感させてやるぞ、誇り高き六覇の力。そして、我が紋章眼の――――」
「さらば! 大魔スプリント!」
「……はっ?」
まずは。この何もない砂浜からダッシュして、近くの木々、林を超えて、街の方角からは外れて、緑が多い森へと俺は向かった。
まさかの、戦闘開始と同時のこの逃亡にヤミディレはまるで予想外だったのか、ポカンとした。
「なっ、おい! 貴様―――――」
「そして、振り向きざまに、大魔ソニックフリッカー!」
「ッ!?」
ある程度距離が離れたら、振り向きざまに衝撃波。
当然この位置からだと当たるはずもないし、距離も離れているから威力も弱まる。
だがそれでも、ヤミディレの神経を逆なでするには十分だった。
「きっ、さま……」
そして、すぐにダッシュでまた離れる。
これだけ距離を取れば、ブレイクスルー状態の今の俺には簡単に追いつけない。
「な、な……なんのつもりだ、貴様あ!」
このおちょくるような攻撃に、ヤミディレも激怒。
背中に翼を出し、勢いよくこっちに向かってくる。
だが、これも全ては予定通り。
「これでいいのか?」
『ああ、これでよい。まずは奴を怒らせよ。奴は一度自分が決めたことに対しては辛抱強いが……それに逆らうようなものに対しては、極端に沸点が低い』
「結構怒っちゃったぞ?」
『これでよい。ヤミディレ対策その1。奴から冷静さを奪う』
まず、砂浜じゃフットワークが効かないから、相手が完全な戦闘モードに入る前に移動し、同時に挑発して冷静さを失わせる。
『そして、ヤミディレ対策その2。紋章眼の正面には立たないことだ』
紋章眼。全てを見透かすかのような反則の魔眼。
『紋章眼の本来の能力。それは、相手のいかなる魔法も解析してコピーして自身も習得することができる。奴はそれでブレイクスルーを使えるようになった。まぁ、魔呼吸に関しては、魔法ではなく身体の技術のようなものなので、習得はできていないがな。もっとも、魔法合戦をしない貴様にはそれほどその能力は脅威ではない』
三大魔眼。教科書に載っているほどの伝説の魔眼。
『とはいえ、三大魔眼は各々の能力以外にも、単純な動体視力や眼力を常人の数十倍向上させるものであり、それを接近戦で使えば相手の動きを予知のように見切ることができる。奴のマジカル・ビジョントレーニングの叩き出した数値はその能力故だ。だからこそ、まともに正面に立っての接近戦は避けるべし。さすがの奴も集中しきる前だったため、戦闘開始と同時の逃亡までは読めなかったようだな』
紋章眼相手に……というか、ヤミディレ相手に真正面から戦うのは得策ではないというトレイナの指示だ。
「逃がさぬぞ、アース・ラガン! 生い茂る森で私の視界を奪って攪乱する気か? 甘く見るな! 森の障害物などで後れを取るほど、この紋章眼は安くはない!」
『さぁ、ここからだ! 囲まれた闘技場では披露する機会のなかった、パルクールの特訓を思い出せ! 足を止めるな。常に動き続けろ! そして、余の指示があるまで無闇に飛び出したりするでないぞ? 間合いを常に意識しろ』
「押忍!」
そして、ここから先は俺も一人で戦うことはしない。
俺の一番近くでトレイナがほくそ笑む。
『ヤミディレよ。童は大会でマチョウを倒して優勝した。それは全て、童の努力と力によるもの』
そう、トレイナは大会では戦いについて、ほとんど俺に任せていた。
そのうえで俺はマチョウさんに勝って優勝できた。
しかし、ここから先は違う。
『ここから先は余も戦おう。言いつけを破り、余を何度も怒らせた貴様をここで叩く! 行け、童。今は余がついている!』
そうここから先は、こいつが付いてくれる。
これまで、戦いに課題を課したり、多少の助言はしてくれていたトレイナが、本格的に身を乗り出す。
「ったく、俺としては……たとえ、指示を出さなくても、あんたが常に傍にいてくれるだけで一緒に戦っている気分だったのに……あんたは今まではそうじゃなかったのか? 寂しいぜ」
『ちょっ、ぬ、し、真剣にやれ! こんな時に照れさせ、ご、ごほん……こんな時にバカなことを言うではない!』
なんだろうな。これ以上ない最強の味方。
まるで軍師のように俺の傍にいて指示をくれる。
負ける気がしねえ。
「悪いな、ヤミディレ。これは、一対一じゃねえ。二対一だ!」
だってトレイナがここまで自信をもって俺を動かしてくれている。
俺たち二人なら勝てるって思っているからだ。
そう考えると、力が湧いてきた。
俺の隣にはトレイナが居る!
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