第164話 女神のトドメ

「クロンとお風呂に……!?」


「「「「「え……それは……別の意味で……どういうこと?」」」」」


「坊ちゃま……いつの間にそのような……あのヘタレだった坊ちゃまがこれほど手が早くなっていようとは……」


「あ……あははは~……あんちゃん……ドンマイ」



 皆の視線が一斉に俺へと向けられる。



「ほんとだもん! 女神様、おにーちゃんの背中をふきふきしたもん! 女神様言ってた。今日はよっぽどの日って! おにーちゃんのぷら―――――」


「アマエ、もうちょっと静かに! あとでいっぱいお菓子を買ってあげるから! おにーちゃんは優勝したからお金いっぱいあるから、だから!」



 疑いの眼差し、中には若干ドン引きした顔、そして対面には……



「お、まえ、お前え、それは本当か!?」


「ま、まて、いや、うん……とりあえず、お前、クスリ抜いて落ち着いてくれ。俺も言い訳……事情を説明するから」


「何が説明だ! ふざけるなああ!」



 ヨーセイの思い込みやら勘違いは一旦抜きにして考えると……「好きな女が、公衆の面前で自分をボコボコにした男と風呂に入った」だから、あまりにも哀れ過ぎる。



「俺は女神クロンに救われた……生まれて初めて恋をした! そうだ、クロンこそ俺の運命の人だ! だから、クロンだけは誰にも渡さない! 大神官さんだって、クロンと俺が子作りすることを望んでるんだ!」


「ま、待て、落ち着け。お前のことは理解できなくても、今の事に関しては……」


「今日だって、俺の計画なら……お前が全部滅茶苦茶にしたんだ! クロンはきっと今、悲しんでるんだ!」


「あ~、わかった、わかったから、落ち着けって。別に俺も最初からアレする気はねえし……」



 俺も気付けば当初の怒りもどこかへいき、今ではヨーセイを宥めようとしていた。


「なぁ……お前……クロンがお前のこと……好きって言ったのか?」

「そんなもん、鈍感とかって言われてる俺だって分かるさ! 俺は最強無敵チートなんだ! 俺に惚れない女なんていないんだ!」


 嗚呼もう……



「……おい……誰か……こいつの言葉に納得した奴が居たら手を挙げてくんねーか?」


「「「「「いやいやいや…………」」」」」



 一応、俺の考えが万が一にでもズレている可能性も考慮して、念のため集まっている連中に聞いてみたが、誰もが呆れたように溜息を吐いていた。



「黙れ、お前みたいな低俗野郎には及ばない考えなんだ! 大体、大会に優勝してお前がクロンを手に入れるなんておかしいんだ!」


「つか……大会優勝の件とクロンの事は……」


「いいか! 俺は綺麗な体のまま、初めてをクロンで経験したいと思ってる! 俺は純粋なんだ! 純粋な愛なんだ! お前みたいなクソ野郎に渡してたまるか!」



 そもそも大会で優勝したらクロンが手に入るだなんて、公言されているわけじゃない。

 案の定、集まっている連中のほとんどが首を傾げている。シスターたちを除いて。

 だが、どうやらこいつは副賞のことを知っているようだな。


「待てよ。お前、大会で優勝したら……そこのヨーセイガールズらと結婚するって言ってただろうが?」

「そうだ! 大会で優勝して、クロンが手に入ってから結婚するんだよ!」

「……はぁ?」

「俺の正妻はクロンだからだ! 他の奴らはまとめてついでに結婚してやるんだから、別にいいだろう!」

「あ~……だめだ。多少真面目に聞いたけどワケが分からん」


 にしても……人間……なんつうか、ここまで人格崩壊するものなのか?

 まったく以前までの面影がねえ。クソムカつくのは同じだが……壊れてやがる。


『ただでさえ、クスリの副作用で末期だった者が……更に投与したのだろうな。仮初の力を得るために。そして、もう精神が完全に崩壊したのだ』


 俺の呟きに対してトレイナが憐れむような目でヨーセイを見る。

 なんだ? 

 こいつ自身の元々の性格はどうであれ、俺がこいつを追い詰めたと―――――


『そんなこと思うはずが無かろう! こんなジャンキーになったクズなどどうでもよい。貴様は余を何だと思っている?』

「……っ……すまん」


 俺がちょっと不貞腐れたことを言おうとする前に、トレイナがちょっと本気で怒った表情で俺を睨んだ。

 どうやら、トレイナはヨーセイを心底嫌っているようだな。

 とはいえどうする? 

 すると……



「あら~~? 随分と騒がしいですが……まぁ、これはどういうことなのですか~?」


「「「「………ッッ!!??」」」」


「あっ、これが宴会というものでしょうか?」



 この大騒ぎを聞きつけて、クロンが教会から外に出て来た……ってそうか、こいつ先に帰ってたんだったな。

 今こうして行われている惨状を、このズレた女神様は宴会で盛り上がっているのかと思っているようで、さらに……


「あら! アース、お帰りなさい!」

「っ……クロン……」


 クロンは俺を見て微笑み……あ~、ほら、そこにボコボコになってるヨーセイが睨んでるぞ? ん? 視界に入ってないのか?


「アース、丁度良かったです。私、あなたが帰ってきたら、言おうと思っていたことがあるのです」

「ん?」

「私……あなたにお願いがあるのです」


 というより、クロンは俺をジッと見つめて、もう周りをまるで見ていない。

 ただ俺だけをその無垢な瞳で見つめてきて……



「実は私は……神の意思により、大会の優勝者と結ばれて次代の神を生む宿命を定められているのです」


「「「「「やっぱりそうなんだ……」」」」」



 そして、今まで予想でしかなかったものが、ようやくハッキリと事実として認められた。

 この大会で優勝したらクロンと結ばれて子を作るという……


『神の意思だってさ?』

『おのれえええ、ヤミディレめ! 勝手に余の発言などと馬鹿なことを……』


 勿論トレイナは何も関係ない。

 全ては神なんて関係なく、ヤミディレの独断の考え。

 ある意味で、クロンも騙されているというか、言い包められている。

 そう、クロンも……ヨーセイも……実際の所は……被害者なのかもしれない。

 だけど、クロンは……

 


「そして、私ね、アースの赤ちゃんがいっぱい欲しいのです! 今日から不束者ですが、私をもらってください!」


「ちょっ!?」


「「「「「ちょぼおぉお!!!???」」」」」


 

 騙されてるとか、不幸とか、そういう悲しい運命を全く感じさせないぐらい純粋で満面の笑みを見せた。



「いや、待て! あんた、今は―――」


「だから、今日から私はアースのものです! これから毎日、い~~~~っぱい、アースとイチャイチャ――――」


「もうやめてええ! なんか、俺の方がもう申し訳なくなってきたから! ヨーセイの命はもう――――」


「むぅ、どうしたのです? あの……アースはやっぱり嫌ですか? 私とチュッチュッてしたり、ず~っと抱き合ったり――――」



 そして次の瞬間……


「やっ、やああああめえろおおお! いやだあああ、聞きたくなあいいいいい、やめろおおお!」


 すごい、ある意味でトドメを刺した。笑顔でえぐいぞ、この女神。

 っていうか、もう流石に不憫になってきた。

 だって、ヨーセイ今ので何回死んだ?


「ヨーセイ……もうやだ……何がどうなって……」

「こんなことって……」


 そして、もはや死んだように心のダメージを受けてグッタリとしている女たち。

 一方で……


「さて……坊ちゃま……一体……どのようにされるおつもりですか? っていうか、これでクロンという娘と普通にエッチなことをしたら、私、咎める資格は無くとも、ちょっと泣きますよ?」


 何やら目を細めてブツブツブツブツと呟くサディス。

 そんな状況の中……



「おやおや、なんだ? 騒がしいではないか」



 やけに上機嫌で、しかし全ての者たちを抑えつけるかのような威圧感だけは剥き出しにしながら……



「何をしている? 貴様ら、女神様の御前であるぞ! 頭が高い! 控えろ!」



 全ての元凶でもある大神官……いや……暗黒の戦乙女がこの場に現れた。

 

 あっ、何か一気に酔いが冷めたな。

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