第163話 恋路の邪魔

 十年以上も追い求めていたあの丘の頂に手を伸ばそうとした瞬間に邪魔される。

 許してなるものかと、俺は服を着て壁の外へと出ると、そこには混乱が広がっていた。


「うおっ……これは……」

「あら……ひどいことを……」


 俺もサディスも思わず声に出した。

 破壊された建築物や、亀裂の走った地面。


「くそ、なんだってんだ、あいつは!」

「おい、ヨーセイ、これはどういうことか説明しろ!」

「ひどい……なんてことを……こんな滅茶苦茶に」


 怯えてこの場から引きながら怪訝な顔をしてヨーセイを睨んでいる街の連中。


「おい、若造。いきなりやらかしやがって……」

「テメエ、ただで済むと思うなよな!」

「許さんでごわす!」

「ケツぶっ壊してやるよ!」

「そして、股間を破壊してやるよ」


 さらに、そんなヨーセイに憤怒した表情で今にも飛び掛かりそうな屈強な男たち。

 だが、それらはどうでもいいんだ。

 問題は……


「ひっぐ、う、え~ん……え~ん」


 俺を探して教会の壁を破壊する前にヨーセイが少し暴れたのか、用意されていたテーブルの料理などは滅茶苦茶になって、地面に落ちていたり、皿が割れていたりしている。

 そして、その場には、地面に落ちている小さな割れた皿と、地面に落ちて汚れた『形の歪なサンドウィッチ』の前で泣く……



「おにーちゃんに……つくったのに……たべてもらえなかった、ひっぐ……う……うう」


「ッ!? アマ……エ……」


「ひっぐ……うぅ……おにーちゃん……」



 こいつ……俺の邪魔をしただけじゃなくて……俺の……俺の妹にまで! ああ……もう……



「くっ、不意打ちを……不意打ちのような卑怯な真似をしなければ勝てないなんて……はあ、はあ……殺し――――」


「テメエぇ!! あと九回死ねええええええ!」


「ッ!!??」



 俺に殴り飛ばされ、体をヨロヨロとさせながらも起き上がってきた瞬間、拳を捻じ込むようにクソ野郎のボディに叩き込む。


「がっ……かっ……ぐっ! ころ、してやる、のは俺だぼけええ! 俺の魔ほ――――」

「つか、何しに来た! ああん? 今更、何をどうしようってんだ!」

「ごほっ!?」


 殴りながら、ボディが少しだけ固くなっていることに気づいた。

 つまり、また例のクスリを飲んだっていうことだろう。

 そして、こいつのこの状況を見る限り、もっと大量に……それがどうした。


「くだらねえ。今、それほど壊れる状況になってもこんなもんなんだ……」

「ッ!?」

「これじゃあ、例のクスリとやらを死ぬまで飲んでも俺には勝てねえよ!」

「がはっ……ぐがっ」


 不自然に発達した腹筋。だけど、それは「どんな衝撃にも耐えるために歯を食いしばって得た腹筋」じゃねえ。

 ただの割れた腹筋。

 俺はそいつを粉砕してやった。


「つっ、……おえっぷ……」


 クスリとやらに手を出して、心を荒くして暴走しても、結局すぐにボロが出る。

 ヨーセイはすぐに片膝ついて、またゲーゲーした。

 すると……


「あそこにいた! ッ……ヨーセイ、もうやめてって!」

「ヨーセイくん!」

「ヨーセイ!」

「ヨーセイくん、もう、もうだめだよぉ……」

「先輩……もう、こんなことや……」


 息を切らせて走ってきたのは、例のクソ女五人衆。

 俺の試合に乱入した斬る斬る女は釈放されたようだが、剣は没収されているようで手ぶらだ。

 だが、その表情は今朝までのような頭お花畑な様子とは打って変わり、酷く消沈しているのが目に見えて分かった。


「何なんだ、テメエらは……あれだけ大恥かいて、てっきり謙虚になるかと思えば……」

「ち、ちが、ごめんなさい! 許して! ヨーセイが……目を覚ましたら急にこんな……お願い……し、ます!」


 俺が強く睨んで尋ねると、女たちは怯えたように震えながらも助けを求める。

 どうやら、これに関してはこいつらの意志に反するもののようで、ヨーセイが勝手に暴れだしたってことのようだ。


「はあ、はあ……なんだよ……?」


 そんな女たちに向け、ヨーセイはイライラしたような表情を向ける。



「もう、いいよ。ヨーセイ。だから、……もうやめよう。今回は負けちゃったけど……努力して、いつの日か……」


「はあ、はあ……うぷっ……どりょく?」


「うん。私たちも応援するから……だから――――」



 身も心も傷つき、しかしそれでも自分たちの拠り所でもある男を支えようと、クソ1号がヨーセイに寄り添って声をかける。

 だが、その言葉を聞いたヨーセイは……



「うるさい! お前らなんかに分かるか! 俺は最強無敵チート無双の大賢者だ! 俺の何が分かる! 俺のことを知りもしないくせに勝手なことを言うな!」


「きゃっ!? ……っ……え?」


「はあ、はあ、邪魔だ」


「ヨ……ヨーセイ?」



 パシンと乾いた音が響いた。それは、自分に寄り添った女をヨーセイが振り払って、その手が女の頬を打った音。


「チヨちゃん!?」

「ちょっ……ヨーセイ!」

「せん……ぱい?」


 その光景に、他の女たちは顔が青ざめ、殴られた女に駆け寄りながら、カタカタと全身を震わせながら涙を浮かべた。


「おいおい、これは……」

「女の顔を……なんてやつだ!」

「このガキ、もう我慢できねえ!」

「だいたい、お前は負けたくせに、潔くねえぞ!」


 もちろん、それを見ていた周りの連中も一斉に声を上げる。

 だが、ヨーセイは一切悪びれることなく……



「だまれ! 全てはこいつが……そうだ、お前だ!」


「ん?」


「こいつが、俺から女を……奪おうとしてるんだ! そんなの許せるか!」


「……?」



 ヨーセイが俺を指さして……え?


「…………はっ?」


 いや、まさかの言葉に俺も怒りが一瞬抜け落ちて、首を傾げてしまった。


「えっ、あんちゃん?」

「アースくん?」

「坊主?」

「……坊ちゃま?」


 一斉に向けられる皆からの視線。だけど、これに関しては本当に意味が分からなかった。



「ちょ、ちょっと待て! 俺がいつ、お前から女を奪おうとした! つか、は? お前の女ってそこの五人だろ? ヨーセイガールズとかいうクソ集団! そんな奴らに欠片も興味ねえどころか、顔も見たくねえぞ!?」


「「「「「ちょっ……それ言い過ぎ……」」」」」



 俺に対して街の皆が一斉にツッコむが、これに嘘は何もない。

 ヨーセイガールズとかいうクソ女五人衆に何の興味もない。

 だが、ヨーセイは目を血走らせて……



「ちがう! こいつらじゃない! 俺が以前から絶対にと決めてた女だ!」


「「「「「…………え?」」」」」


「皆とも結婚するけど……この一人だけは……何があっても俺と結婚する運命の相手! それをお前が奪ったんだ!」



 完全に予想外の言葉に俺もしばらく呆然としちまった。


「よ、ヨーセイ……うそ……だよね? なに……いってるの?」

「ヨーセイくん、う、うそだって言ってください……」

「なあ、ヨーセイ、どうしちまったんだよ!」

「私たち……だけじゃないの?」

「せん、ぱい……なにが……なにがどうなって……」


 そして女たちは全員絶望に染まって涙を……まあ、それはどうでもいいとして……


「まぁ、お前が誰と結婚しようと、重婚しようと、それはどうでもいいが……そもそも、俺が奪おうとした女って誰なんだよ?」


 そう、こいつが俺に殺意を剥き出しにするほど怒っている、「俺の女を奪おうとしてる」って誰のことなんだと。

 その答えは……



「とぼけるな! お前なんかに渡すか……女神さんは……女神クロンは……クロンは俺が目をつ……クロンは俺と結ばれる女だ! 俺の女だ!」


「はい?」



 まさかの……クロン?



「えええええええええええええ!!?? く、クロンがお前の女って……ええええ!? ちょ、えええ!? お前ら、そうだったの!?」


「「「「うそおおおおおお!!??」」」」



 これは予想外過ぎて俺だけじゃなく街中が驚きの声を上げた。

 だって、クロンにそんな空気はまるで……



「だって、俺たち二人は運命の相手だと決まってるんだ!」


「「「「……ん~?」」」」


「確信だってある! この前、クロンと街ですれ違ったとき、お互い一瞬目が合って微笑んでくれたんだ! どう考えても俺に気があるに決まってる! 恋する女神の微笑みは……鈍感とかって言われている俺にだって分かる!」


「「「「すれ違って目が合っただけ……?」」」」


「教会での謁見の日にも、微笑んでくれたし……間違いないんだ!」


「「「「謁見の時~?」」」」


「俺が転んだときも……『大丈夫ですか?』って、聞いてくれたし、どう考えても俺のことを好きだとしか考えられない!」


「「「「…………うわ………」」」」



 こ、これは……なんだろう……なんか、今ベラベラとまくしたてられたけど……目が合ったら微笑んでくれる? あの女神様はたいてい誰にでも微笑むだろ?

 ほら、あっちのおばさんからも、あっちのじーさんからも「私も微笑まれたわ」、「ほっほ、ワシも女神様に微笑まれたのう」とかって言ってるぞ!?

 だいたい、クロンは俺と一緒の時もずっとニッコニコだったし。

 にしても、おかしい。こいつ何か勘違い……いや……なんか物凄い自惚れた思い上がりをしているんじゃ……


『ぬぅ……これは……』


 そして、トレイナは頭を抱え……



『難聴になったり、何もない所で転んだり、周囲に無関心になって鈍感になったり……かと思えば、急に周囲の視線が気になって思い込みが激しくなったり、短気になったり……まぁ、副作用の兆候でもあると言えばそれまでだが……』


『トレイナ?』


『こういう思い込みの勘違いをしている者を見ると……ヤミディレを見ているようで……色々ともう……童……終わらせてやれ』



 なんか、ものすごい疲れきったようなため息を吐いていた。

 しかし、俺が何かを言う前に……



「ひっく……うう……女神様は、おにーちゃんのことが好きだもん!」


「「「「……え???」」」」


「アマエ?」


「ん? なんだ、お前……おにーちゃんって俺?」


「ちげーよ、アマエのお兄ちゃんは俺で――――」



 涙を流したアマエの……



「だって、アマエとおにーちゃんは……女神様と一緒にお風呂入ったもん!!」


「…………え?」



 無自覚テラ級の破壊力がぶち込まれた。


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