第159話 何気ない時間

「で、坊ちゃま。現在この島国は結界が張られて外部には出られないようになっていますが、どのようにされるつもりですか?」


 サディスとのハグを終え、旅立ちの別れを……といきたいところだが、実際の所はそうすんなりとはいかない。

 何故なら、このカクレテールにはヤミディレの結界が張られているので、現在外界へ出ることが出来ないことになっている。

 それは、三カ月前の俺では大魔螺旋を使っても破ることができないほどのもの。


「私も魔法で出し抜くには苦労しそうですし、間違いなくヤミディレに気づかれるでしょう」

「ああ、まぁそのことなんだが……」


 三カ月前にした話。ヤミディレが俺に課したのは、大会で優勝すること。


「マチョウさんを倒して、あいつの望み通り優勝したからな。今度はあいつが約束を……」

『いや、優勝だけではないぞ、童』

「……」

 

 いや、俺もそれは覚えていたが、あまりサディスの前では言いたくなかったのであえて言わなかったんだ。

 

「坊ちゃま、どうされたのです? 大魔王が何か言いましたか?」


 そして、流石に今の俺の反応だけでサディスは目を細める。明らかにジト目である。


「ん……あ~、いや……」


 そう、ヤミディレが俺に出した条件。それは、「優勝すること」、そして「あることを手伝う」だ。

 その「あること」は明らかになっていないが、クロンに関連したことであるのは明白だ。

 そう、クロンと……ほにゃらら的な……


「……ところで坊ちゃま……」

「お、おう」

「あの……クロンという魔族の方についてですが……」

「うぐっ!?」

「……何です、その反応は?」


 一瞬、心を読まれたのかと思った。思わず声に出して驚いちまった。


「あのヤミディレが仕え……さらに……面影が……かつて、私が幼いころに見た大魔王と……」

「あ……お~……」

「で、坊ちゃまは彼女のことをどこまでご存じなのです? 大魔王はなんと? そして……大会が終わった直後のヤミディレの様子……精の付くものを食べろと坊ちゃまに……」

「……あ、ああ……」

「坊ちゃま……このあと、何があるかご存じなのでしょうか?」

「いや、直接聞いたわけではなく、あくまで予想でしかないけれど……」

「ふ~む……まぁ、既に私から卒業された坊ちゃまがどのような行動をされ、どこの誰と何をされようとも私に口出しする資格はないのですが……」


 ちょっと目を細めて……何だろう、ちょっと……昔の感覚が過る。

 いや、何でだろう。サディスはあまり深く俺に追及する気はないと言っているが、どうしてもドギマギしてしまう。


「ん、ま、まぁ……そこら辺はヤミディレというよりは、クロンと話をしてみるさ。ちょっと抜けた天然なところはあるが、落ち着いて話せばなんかあいつは通じそうな気もするしな」

「はぁ……そうですか……」

「ただ……それでもヤミディレが黙っていなかった場合は……」


 三カ月前。俺が何をどう逆立ちしたってどうしようもないほど力が離れていたヤミディレ。

 だから、大人しく従うしかなかった。


「坊ちゃま。相手は六覇ですよ? かつて、旦那様や奥様たちと渡り合った……歴史に名を残す怪物ですよ?」

「分かってるよ」


 勿論、強くなったとはいえ、今でも六覇大魔将だったヤミディレに勝てるだなんて己惚れたことを言う気はない。

 でも……何もできずにされるがまま……ましてや黙って殺される……なんてことになる気はない。



「大魔王は何と言っているのですか? 当然、ヤミディレの力をよく知っているのでしょう? 今の坊ちゃまとどれほどの差があるのか……」


『まぁ、『まとも』に戦えば、今の童でも勝つのは無理だろう……が……』


「私も多少は腕に覚えがありますので、相手の力を読み取るぐらいはできますが……ヤミディレは底知れません。今の坊ちゃまでも無理……と、大魔王もそう言うのでは?」


『だが……魔呼吸まで使えるようになった童を、殺しはしないだろう……それは分かっている。それに……ヤミディレには……』


「しかし、大魔王が仮にも坊ちゃまの身を案じるのなら、もっとそのことを強く言って危機感を煽るはず……その様子がないということは、何かあるのですか? たとえば、ヤミディレには弱点があるとか?」


『うむ、弱点がある。ヤミディレには……致命的な弱点……がな。それはヒイロたちも知らぬことだがな』


「しかし、仮に弱点があったとしても……やはり、危険すぎます……相手はあの……」


『いずれは超えねばならぬ壁。何も考えずに突っ込むのはただの無謀ではあるが……相手の力を知り、己の力を知り、それでも挑戦することは必要だ』


「それでも坊ちゃまをヤミディレと戦わせるのを……指導というのであれば……ッ、しかし……いえ……もう、その指導を坊ちゃまは信頼されているのですし、私には何も……ですが……」 



 あ……あるぇ? サディスって、トレイナの姿も見えなければ声も聴けないはずなのに、なんか微妙に会話が成立しているような気も……?

 なんだ? 俺を大事にしてくれる奴らは自然と会話が繋がるようになってるのか?

 いや、偶然なんだけど笑ってしまいそうになった。

 

 不謹慎かもしれない。


 サディスは別にトレイナを許したわけでもないし、和解なんて以ての外。


 なのに、今は俺という存在を通じて……そう考えるのは、俺の自惚れかな?


 でも、少しだけ嬉しい気もした。


「とりあえず、教会に戻ろうぜ、サディス」

「坊ちゃま……」

「皆が待っているだろうしな」


 そう、とりあえず今は外に出れないなら一回教会へ帰ろう。

 それに今日は、打ち上げパーティーをやるみたいだしな。


「そんな楽観的でよろしいのでしょうか?」

『構わぬだろう。童にとってのゴールはこんな所ではない。だが、労うに値する勝利であった』

「まぁ……優勝した坊ちゃまをお祝いしたい気持ちは私にもありますが……」


 いや、お前ら本当は会話できるんじゃねえのか? 見えてんじゃねえか!? 

と、ツッコみいれそうになってしまった。


「坊ちゃま……私から卒業をされても……今日は祝勝パーティーのようですし……私の手料理は……食べて戴けるのでしょうか?」

「え? ああ……それは当然、ありがたく」

「……なら……そうしましょう」

 

 そして、サディスも折れてくれたようだ。

 複雑そうに苦笑しながらも、俺に頷いてくれた。


「はぁ~……」

「って、なんだよ、サディス。いきなり溜息吐いて……」

「いいえ……ただ……本当に……坊ちゃまは……成長されたのだなと……やっぱり悔しい気持ちがありますね」

「そっかな? まぁ、トレーニングだけじゃなく……帝都を出てから……色んな出会いとか、経験もあったしな……」


 俺と並んで浜辺を歩きながら、サディスが切なそうにそう言った。

 そして……


「坊ちゃま……帝都を出られてからここに来るまでの間……そういえば、カンティーダンにも訪れられていたのですね?」

「ああ」

「そういえば、ジャポーネの忍者戦士とも会いましたよ? 女性で……坊ちゃまのことをハニーと……」

「えっ!? それって……まさか……シノブ?」

「んふふふふ~、何やらソッチ方面でも成長されているようで……何です? 大魔王には女性の口説き方まで習っているのですか?」

「ち、ちげーよ……シノブはその……その前の……ホンイーボで……」

「ホンイーボ?」

「ああ、そこにアカさんってオーガが居て、俺の親友なんだけど……」

「は!? お、オーガ!?」


 気付いたら、俺は帝都を出てから何があったのかを話していた。


「坊ちゃま……もし、よろしければ……私たちと離れたことで……どのような出会い、経験があったのかも……」

「ああ、せっかくだしな」


 とはいえ、教会までの帰り道の間に語りきれるほどのものではない。

 でも、俺は自慢するかのように、サディスに話した。

 カクレテールに来るまでにあった出来事を。

 それを、サディスは真剣に、しかし笑顔を見せて頷いてくれた。


 そんな、何気ない時間をまたサディスと過ごすことが出来て、俺はやっぱり嬉しかった。

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