第五章

第158話 幕間(暗黒戦乙女)

 感無量。

 ここに至るまで、何秒もかかってしまったが、それが報われようとしていることに打ち震えている。

 もちろん、私の計画にはまだ先があり、これは計画の途中段階。

 しかしそれでも、私の胸は高鳴っている。

 あの日、情報収集のためにと魔水晶を通して見ていた帝都戦士アカデミーの卒業御前試合。

 まさか、あのヒイロとマアムの子が、大魔螺旋を使うとは思わなかった。

 どうして使えるのか?

 あの小僧は一体何者なのか?

 だが、その謎を解き明かすよりもすべきは、あの小僧を一秒でも早く手元に置くことだった。

 幸運なことにアース・ラガンとヒイロたちの親子関係は良好とは言えず、アース・ラガンは厄介な帝都から飛び出していた。

 そして、奴らよりも早く見つけ出し、そしてこのカクレテールに連れ去ることができた。


「ヤミディレ?」


 だ、だめだ、まだ笑うな。クロン様が変に思われるだろう。

 とはいえ、いかに大魔螺旋やブレイクスルーが使えるとはいえ、まだ未完の大器だった。

 万が一の時は、マチョウやヨーセイをと思ってもいたが、いらん心配だった。

 奴は魔呼吸をマスターし、マチョウをも上回る力を見せた。

 もはや文句はない。

 やつこそ、クロン様と理想の子を成す。

 そして、私と生まれてきた御子様の間から更に生まれる存在こそ、すべての生命を超越した存在であり、天地魔界を統べる真の神となるのだ。



「ヤミディレ~、聞いていますか~?」


「あ、いえ、その、申し訳ありません」


「んも~、聞いてください。あなたが言い出したのですよ? イチゴ、猫さん、白、黒、水色、赤、黄色、その他にもたくさん、それと何も履かない。どれがよろしいのですか?」


「ええ。やはり……クロン様にお似合いなのは、白でしょうね。そして、必勝を目指す意味で……白の紐で」


「あら、そうなのですか? 分かりました! では、白の紐にします!」



 思えば、ここに至るまでの日々がどれほどのものだったか。

 魔界のライファントたちの手から逃れるために地上へ。

 しかし、地上にはミカドたち連合軍の網が張り巡らされていた。

 当時、赤子だったクロン様を抱えて安息の地へと逃れるのは困難を極めた。

 仕方なく、『ハクキ』とボクメイツファミリーのボス、『イナイ』に借りを作ってこの国に逃れてきたが、全ては今日に繋がっていたのだ。


「うふふふふ」

「っ、クロン様?」


 そのとき、浮かれていた私を見て、クロン様が微笑まれた。

 身を清めた風呂上がりのクロン様の姿に、思わず同性でありながらドキッとする艶っぽさを感じてしまった。


「ヤミディレ、嬉しそうですね」

「え、そ、そうですか?」


 クロン様にも見抜かれているとは、そこまで私は顔に出ていたか?

 引き締めねば。

 クロン様をアース・ラガンの部屋に送り、アレさせるまで!

 大丈夫。クロン様のこの神々しさまで感じさせる可愛らしさがあれば、アース・ラガンも簡単に陥落するはず。

 ベッドの上にて、下着姿にリボンを巻いて微笑むクロン様にダイブ間違いなしだ。

 まぁ、万が一拒否する場合や、ヘタレて逃げようとしても……許さないがな。


「でも、心配です。アースが私を喜んでくれるか……受け取ってもらえるでしょうか?」

「もちろんです! 古代の書物より伝えられた作法……『プレゼントは私』……これを受け取らぬ男児はおりません」

「ふふふ、そうですか~?」

「ええ、間違いなしです」


 そう、これで何も問題ない。そう思うと同時に、やはり私は笑ってしまいそうになった。

 思えば、つい498340000秒ぐらい前はまだ赤子だったクロン様もここまで……



――おぎゃああ、うう、うええええ、うえええええ!


――クロン様! どうし……ああ、お漏らしを……くぅ、またオムツを交換せねば……苦手だというのに……ああ、よしよし! 大丈夫ですよ~、クロン様!



 暗黒戦乙女と恐れられた私だが、神と結ばれることが叶わなかったため、未婚どころか、いまだ純潔である私に、赤子だったクロン様を守りながら成長させるのは、ある意味で戦争よりも困難だった。



――うぅ、お、おかあさ……


――クロン様、私は母ではなく、ヤミディレ。あなた様の臣下です。そして、どうされたのです? 涙を流されて


――私はどうして角があるの? どうして皆と違うの?


――それは、そうです。あなた様はそこら辺の猿どもとは違うのです。神の血を引きし選ばれた存在なのです! ですので、気をしっかりもってください!


――私、神じゃなくていいです……普通で……ヤミディレのことも、家来じゃなくて……


――クロン様。さぁ、そのような戯言はおっしゃらず、お勉強の時間です



 弟子や後輩を育てたこともない私に、いきなり神の血を引く女神とはいえ、まだ幼い存在を育てるのは本当に大変だった。



――では、クロン様。このあと革命派の皆に号令をお願いいたします。そのあとは休まれてください。あとは、私とマチョウで敵を皆殺しにしてきますので


――はい、わかりました。でも、ヤミディレも気を付けてくださいね。怪我とか……


――何も問題ありません。



 そして、ある程度クロン様が大きくなられた時期には、このカクレテールを乗っ取るのに本格的に動いた。

 私よりも強く、目の上のタンコブだったハクキもしばらく身動きが取れないことを知り、さらに革命が成功した後にはボクメイツファミリーも勝手に滅んでくれたおかげで、すべてが私の理想通りに進んだ。

 そう、全てはまるで、神が私の後押しをしてくださっているように。

 嗚呼、神よ。見ていてくださっていますか? 

 もう少しです。

 神を失えど、再び神の血を世界に宿し、この世に永劫の支配をもたらすのです!


「ねえ、ヤミディレ」

「はい?」

「ヤミディレは……私がアースの子供を産んだら嬉しいですか?」


 そのとき、興奮していた私にどこか落ち着いた様子で微笑まれるクロン様が問いかけてこられた。

 うれしいか? そんなもの答えは分かり切っているもの。


「ええ。それこそが、臣下である私の悲願にございます」

「……そうですか……」

「?」


 そのとき、クロン様は何か一瞬考えられる様子を見せたが、すぐにもう一度微笑まれた。


「分かりました。私、い~~~~~っぱい、産みます!」

「ええ、その意気です、クロン様!」


 まあ、産んでくださるのは一人でも……いや……生まれてきた子が女児だった場合も考えて、確かにいっぱい産んでいただく必要があるか?


「そうしたら、ヤミディレが喜んでくれるのですよね?」

「……え?」

「だったら……はい! アースにもちゃんとお願いすることにします! いっぱいお願いします、って!」


 どうされたのだ?

 一見、気合を入れられている様子で、それは私がお教えした女神としての使命に燃えられていると思ったが、少し違う気もする。

 いや、そもそも私が喜ぶのと何が関係あるのだ?


「だから、ヤミディレ……あなたの願いが叶い……あなたが満足して喜んで下さったら……一つだけ、私のお願いも聞いてもらいたいのです」

「お願い……?」


 珍しいことだ。これまで、クロン様がこのような表情でおねだりをされたことがあっただろうか?

 別にそんな改まる必要もなく、クロン様の命令であれば、私はたいていのことならば……


「私……ヤミディレのことを……名前ではなく……違う呼び方で……」

「?」


 呼び方? なんだ? 私に対する呼び方? 


「……ううん、これは、また今度言います」

「は? いや、クロン様、どうされたのです? ちゃんと仰ってください」

「いいえ、よいのです。これは……ちゃんと、ヤミディレの望みが叶ってからにします」

「クロン様……」


 何かを言いかけるも、最後まで言われずにそのまま笑顔を見せられるクロン様。

 どういうことだ? 違う呼び方というと、あだ名? 異名? 分からない。クロン様は何を仰ろうとしたのだ?


「いつもありがとう、ヤミディレ。私、頑張ります! アースはとっても素敵な男の子です。好きになってもらえるよう、頑張ります!」

「その意気です。もっとも、頑張る必要もなく、あの男は簡単に靡きますよ」


 まあいい。今は。それにクロン様もどういうわけかこれほどまでにやる気を出してくださっている。

 ならば、まずはこちらを優先すべきだ。

 もっとも、そのためには……


「では、クロン様。ちょっと席を外させてもらいます」

「ええ。私はもう一度、作法の復習をしておきます」


 そう言い残して、クロン様の部屋から出た私は……ふふ……ネズミが……


「さて……私の紋章眼の前で……隠れて魔法を使うことなど意味がないというのに……ふははははは!」


 壁があろうと透過して物を見ることができ、その視力は果て無く遠くまで見渡せ、そして発動された魔力を色のように見ることができる。

 どれほど少量でコソコソしていてもな。


「そういえば……闘技大会でも試合の合間にコソコソと使っていたな……まぁ、『相手』も分かっていたことなので目を瞑ってやったが……仕方ない!」


 廊下の窓を開けて外へ飛び出し、街の屋根を飛び越え、裏通りの影に……



「ミツケタ!」


「ッ!?」


「コソコソ何をしているのだ? なあ?」


「あ、ははは……師範……」



 そこには、引きつった笑みを浮かべて、私の存在に後ずさりして頬に汗をかいている男。

 そしてその手には、今からどこかへ連絡を取ろうとしていたのか、魔水晶が握りしめられている。


「くくくく、報告か? なあ、ワチャよ」


 ワチャ・ホワチャ。

 この後、教会で開かれる闘技大会の打ち上げに顔を出す気もなかったのか、離れた場所でコソコソと……だが、私も甘く見られたものだ。


「魔水晶を渡せ」

「え……?」

「私が直接話をしてやろう」


 どのみち、『奴』は聞いてくるだろうしな。

 ならば私の口から直接言ってやる方がいいだろう。

 すると、その時だった。


「ん?」

「あっ……」


 まだ何もしていないのに、魔水晶が発光した。

 これは、逆にこちらに通信が飛ばされていることを示すもの。

 どうやら、こちらから連絡する前に向こうから……



「私だ」


『よう、ワ……って!? な、や、ヤミディレ……様?』



 向こうはワチャに連絡を取っているつもりだったようで、私がいきなり出たことで、驚きのあまり魔水晶の向こうから転げ落ちるような音が聞こえてきた。

 どうやらかなり驚いたようだ。


「ふっ……闘技大会の結果確認……いや、最後の鍵の確認か?」


 目的は十中八九分かっている。一応確認のために聞いてみた。

 すると……



『あっ、いや、それもそうなんですが……丁度よかった! ボスからの緊急の伝言を、ヤミディレ様宛に言付かっており……ワチャから伝えてもらおうと思っていたので……』


「……なに?」



 それは予想外のことだった。

 てっきり、クロン様の相手となる男のことを確認するためだと思っていたのだが、『奴』からの緊急の伝言?


「待て。そもそも、奴は今どこに居るのだ?」

『それは私にも……ただ……唐突に伝言だけを……』

「ちっ……まあいい。で?」

『ボスの言葉をそのままお伝えします。【雲の上の王国・エンジェラキングダムで、新たな王が即位した】』

「……ッ!?」


 その伝言は流石に私自身もまったく考えていなかったことだった。



『で……【新たな王は民へのアピールのため、王国史上最大の汚点である、裏切り者・ヤミディレを捕えるために動き出そうとしている】……とのことです』


「ッ!? な、なに……?」


『【奴らに地上の鎖国事情は関係ない。今すぐ魔界へ二人で帰れ。鍵を見つけたのなら三人で】……とのことです』



 まさか、ここにきて、何百年以上も昔に捨てた過去が出てくるとは思わなかった。


「ちっ……今さら何を。かつてこの私に有望な戦乙女たちを全員返り討ちにされ、怖気づいてそれ以来は雲の上に引きこもった連中が何を……しかし、ハクキがそこまで忠告するとは……」


 やはり、何もかもが全て自分の思い通り順調に進むわけではない。

 何かしらの試練は常に付きまとうということか。

 だが、ここまで来て台無しにされてたまるか。

 この国はようやく私の思う通りになってきた。

 ここで、魔界に戻っても、これ以上ハクキの世話になる? その方が厄介だ。

 なら、答えは出ている。

 

「知ったことか。来るなら来い、クソカスオーディンなどという偽物を崇める羽虫どもが……皆殺しにしてくれる」


 私の願いは誰にも邪魔させない。

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