第160話 優勝の労い

「あっ、帰ってきたー! おーい、遅いっすよー!」


 教会へ戻ると、既に入り口付近は道場の周りも含めて人が賑わっていた。


「う、うわ……」

「これはまた……」

『……祭りか?』


 テーブルが並んで多くの大皿に料理が盛られて、まるで立食形式のパーティーだ。

 既に集まっていた連中だけで盛り上がったり、あるところでは楽器を鳴らして演奏まで。

 カルイが俺とサディスに気づいて声を上げた瞬間、集まっていた他の連中も一斉に笑顔と拍手で俺を迎えてくれた。


「おっ、来たな、新星坊主!」

「おう、おめでとさん!」

「おめでとー!」


 闘技場でも拍手喝采が起こっていたが、あの時は試合での興奮状態で簡単に俺もそれに便乗して声を上げたり、手を振ったりができた。

 しかし、こうやって一度落ち着いてからこれほどの熱気をいきなりぶつけられると、戸惑いのほうが大きかった。

 そんな俺を次から次へと道場の連中やシスター、それに街の名前も知らないおっさんやおばさんたちも拍手しながら、肩を叩いたり握手してきたりと、もみくちゃにされた。


「おっ、来たな! 失礼!」

「オラア!」 

「よいしょっと!」

「アース君のお通りなんだな!」


 そんな人混みをかき分けて、モトリアージュたちが駆け寄ってきて、そして俺の了承も得ずに勝手に四人で俺を担ぎ上げた。


「ちょ、お、お前ら! やーめろって! ハズイだろうが!」


 人混みから頭一つ抜けて見下ろすような形になる俺。

 人混みの果てに居る連中も俺を見ている。

 もう、恥ずかしくて、照れくさくて、だけど何だかドキドキして、俺は半笑いしていた。


「坊ちゃまがここまで立派に……うううう」

『……労うのは構わないが、流石にこれはやり過ぎだろう……』


 そんな俺を静かに見守るサディスとトレイナ。


「この国の方々は、坊ちゃまが勇者の息子であることを知らないようですね。帝国では誰もが、坊ちゃまを先入観なしで見ることができませんでした。私も含めて。ですが……ふふふ……見つけられたのですね、坊ちゃま。自分を自分として見てもらえる……そんな居場所を……」


 つか、サディスに至っては感動したのかちょっと泣いている様子。

 にしても、何でこんなことに。


「あははは、やっと帰ってきたかな、アースくん!」

「ツクシの姉さん! これ、どういうことだ?」

 

 担がれて道を進む俺たちの先には、エプロン姿で苦笑しているツクシの姉さん。

 そもそも、今日はツクシの姉さんがお祝いで沢山ご馳走を作ると言っていたが、この規模は想像してなかった。

 せいぜい、教会の食堂で知り合いを何人か呼んで、っていうレベルだと思っていた。

 なのに、このレベルは……



「あのね、なんか色々な人が『これをアース君に~』って差し入れが持ち寄られて、流石に私たちだけじゃ多すぎるから、もういっそのこと……って、感じかな?」


「いや、かなって……」


「ほーらほら、とにかく主賓は真ん中にくるかな! もう街中が盛り上がっちゃってるから、私はもう大忙し! サディス姉さんも早く助けて欲しいかなー!」



 もう、大忙しだと大変そうに、しかしどこか楽しそうに笑うツクシの姉さん。

 サディスも呼ばれて慌てて涙を拭いて笑顔で駆け寄る。


「おにーちゃん!」


 そして、今度はアマエが駆け寄ってきた。

 その手に持つ皿には、ちょっと不格好だが、野菜が盛りつけられているサラダ。


「おお、アマエ」

「あのね、おにーちゃん、アマエね、お料理したよ! お料理したの! ん!」


 そう言って、ドヤ顔で胸を張るアマエ。

 うむ、まさに素材を活かした素材料理だな。うむ。

 あんまり俺、野菜は……いや……


「おお、そっか。じゃあ、一口貰うぜ」

「ん!」


 もうフォークもないのでそのまま手づかみで。俺はドレッシングのかかったトマトをその手に取る。

 うむ、素材の味とかわいいが相乗効果を生み出しているはず。


「お、おお……おいしいぞ、アマエ。ありがとな。えらいえらい」

「むふー! ん!」

 

 そう言って鼻息を出して嬉しそうにする。あっ、今日の俺ならいくらでも野菜を食べられるかも。


「そうだ、カルイ。マチョウさんは?」

「マチョウさんは、やっぱりベッドで倒れてるっすよ。あの力を使うと数日はまともに動けないみたいで……」

「そっか。まぁ、後で顔出しとくよ」

「うん、お願いっす!」


 どうやら、マチョウさんは居ないようだな。

 ん? っていうか、ワチャも居ない?

 ヨーセイは……どうでもいいが、一応居ない。


「つか……なんだよ、俺が大会で対戦したやつがほとんど居ないじゃねぇか?!」

 

 他の連中はチラホラ見るというのに、肝心の俺と戦ったやつらがあまり居ないという、ちょっと寂しい事態。

 にしても、ワチャが居ないのは少し気になるというか……あいつにも……ちょっと聞きたいことがあったんだけどな。

 すると……


「なんだよ、俺だけでは不服と?」

「あっ……」

「ほら、グイっといけ!」


 二回戦で戦ったヤワラだ。どうやらこいつだけは来てくれたようで、笑顔を見せながら俺にコップを持たせる。

 そして、他の出場者たちも次第にゾロゾロと集まりだした。


「ほらほら、何をボーっとしているでごわす!」

「そうそう、早く飲まねえか! お尻触っちゃうぞ?」

「あのマチョウが負けるとは……だが、股間は負けないぞ!」

「まったく。また、データを書き換えないとですね」


 大会が終わり、戦いも終われば敵も味方もないと、誰もが馬鹿みたいに笑って楽しそうだった。

 俺もそのノリに最初は少し戸惑ったが、次第に楽しくなって、「もういいや」と思うようになってハシャグことにした。



「おっしゃ、じゃあ乾杯だーーー!」


「「「「オオオオオオオオオッッッ!!!」」」」



 むさ苦しいオッサンたちと、乱暴にコップをぶつけあい、とりあえず手渡された飲み物をそのまま一気に……ん?


「ッ!!??」


 な、にが!? いや、何この香り!? あれ? 冷たいのに、体がポカポカ熱くなって……


「ん? どうし……あ……」

「おい、ちょっと待て! こいつ、まだ十五歳じゃ?」

「あっ……ま、まずいでごわす!」

「ばか、ヤワラ! 何やってんだよ!」

「……こ、これは……」


 あれ~? なんでなの~? 世界が~、なんか揺れてるのら~?



『ちょっ!? わ、童ぇ!?』


「ん? 何か騒がしいようで……って、坊ちゃま!? 顔を真っ赤にされて、ちょ、何を!?」


「ええ? あんちゃん、どうしたっすか!?」


「おにーちゃん?」


「ちょっと、サディス姉さんはやく……って、アースくん!?」



 ん~、なんか、すごい楽しくなってきたのら。でも、熱いのら。みんなも三人とか四人になってグルグル回ってるのら。

 仕方ない。



「ういっく、あちゅいから……脱ぐよ~」


「「「「ちょ、お、おいいい!?」」」」


「アース君!?」


「おい、坊主! なんで……まぁ、脱ぎたければ脱ぎなさい!」


「うおっ、いきなりか! しゃーねい、俺も脱ぐぞー! コッチじゃ負けねえ!」



 服は脱ぎます。折りたたみます。万歳なのら!


『ぬお、おのれ! 童に酒などを……まずい、これではブロたちの時と同じように……』

「坊ちゃま!?」

「ちょ、あんちゃん!?」

「お~……ぷらぷらだ」

「アースくん!? ちょ、みんなの前で何やってるのかな!?」


 ん? おお、みんな見て……あ~、サディス。そうだ、サディスだ。


「ねぇ~、サディス~」

「坊ちゃま! 気をしっかり、あ~、もう、誰かお水を! あと、坊ちゃま、全裸はシャレになりません!」

「いいのら~、俺、サディスにお願いがあるの!」

「え? お、お願い……ですか?」

「そうだよ~、なんでとぼけちゃうの? サディス~、約束~」

「や、約束……ですか?」


 まったく、サディスは忘れてるのかな? 俺としたじゃないか!

 約束守らないで、こにょままバイバイはダメなんだから!



「優勝したら、おっぱい!」


「う゛ぇえ?」



 優勝したらおっぱい好きにしていいのだ!

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